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制御のシシリー

「では、失礼いたします」

 シシリー・マウセンは扉の前で深く一礼すると、パタリとドアを閉めた。

「ふぅぅ――――何か恨み言でも言ってくれれば気も楽なのだけれど」

 次の目的地へと向かうために、ノートを取り出し今回の『海老事変』で犠牲になった生徒の名前の上に線を引く。

 謝罪のために遺族に会うのはこれで今日は3組目。

 日は高く上り、既にあちこちで昼を食べ始めている光景を目にすることが出来た。

(そろそろお昼どきねぇ)

 シシリーも何かを食べようと、表通りの店を見て回わることにしたのだが――――

(前に来た時よりも店が減ってるかしら?)

 はっきりとは言えなかったが、そんな感じがした。

(確かここら辺に食堂があったはずよねぇ)

 記憶を頼りに表通りから脇道へと入ると―――――そこには一軒の食堂が見えた。

「良かった。まだあったのね」

 昔の記憶に頼って来てみたのだが、店は確実に存在してくれていた。

(私の記憶も大したもんね)

 2、3人の列の後ろにシシリーは並び、順番をまつことにした。


 暫くして中へと通され、木造の店内の角にある席へと案内され、メニューを渡された。

「どれがいいかしらねぇ」

 正直、食べたい気持ちはあるが、謝罪で気持ちが萎えているのか――――あまり重いものは受け付けそうにない。

 ぺらぺら―――とメニューをめくりながらシシリーが選んだのはひき肉がピタパンのような生地に包まれた軽食と豆茶だった。



(それにしても――――謝罪も楽ではないわ)

 謝罪をするという行為は見た目よりもずっと疲れる。それなりに気力も削られているのだろう。軽食が運ばれてきてもしばらく彼女は、手を付けられずにいた。

(でも、今食べておかなければ、食べる時間は無くなってしまうでしょうね)

 手を付けないシシリーを見ても、給仕は何も言わないでいる――――ただ忙しそうにしているだけだ。が―――――それがかえって、今のシシリーには心地よかった。

 ローデリア市街のなか、今この時は、自分はただの老人なのだ―――――そう思うと疲れていた心にも力が沸く感じがした。

 軽食を口に運び――――咀嚼する。肉の味と、野菜のシャキシャキ感が心地よかった。


 豆茶を飲み干しテーブルに代金をおいてから、店の外に出る。―――――と。喧噪に紛れて何者かに見られている感じがした。

(気のせいかしら?)

 気の迷いのせいにしようとも思ったが、通りの人ごみから見られている感覚は消えない――――どころか、一層強くなった。

(まあ、ローデリアの膝元に居るんだもの。一人や二人に付けられるのは当然かしらね)

 ローデリア市街に入ってから3日ほど経つが、監視の目が気になったのは今日が初めてだった。

(見られて困るものは無いからいいけれど・・・・もう少し気配は消すべきよ監視さん)

 シシリーは特に気にもせず表通りに出ると地図を見ながら、次の目的地へと進んでいった。


(止まった)

 シシリーを物陰からつけていたロージー・シャーウッドは一旦、歩を止め、シシリーの様子に警戒を強めた。

 今年から、ウェイルズ教室の信認を得て、晴れてローデリア諜報部へと入ったばかりの新人でもある、ロージーに与えられた仕事は、王国から一人で入国した要人

 シシリー・マウセンの監視だった。

 ロージーはローデリアの市街によくいる町娘の格好で、一歩、一歩、歩幅を一定にしたままシシリーの後を着いていった。

 スカートの下には、投げナイフが3本と、手に持った籠の中には諜報部から下賜された小型のマスケット銃が弾を込めて入れてある。

(要人のくせに、護衛なしで乗り込んでくるなんて、何考えてるのかしら)

 底が知れない――――わかり易く言ってしまえば、不気味であった。

 とはいえ、そこは任務だ。どんなに不気味であろうが、私情は殺さねばならない。

 自分を推薦してくれた、ウェイルズ教師にも散々言われたことだ。

 頭でも、身体でも理解していた。が―――――どうにも前を行く一人の老婆は弱そうに見えた。

(こんなのがあの、「制御」のシシリーなの?)

 ロージーはシシリーを甘く見ていた―――――というよりもシシリーの術中にはまっていた。


(この先は5番街。商人と会合かしら)

 この先は5番街へと続く道だ。商人の邸宅が多く並び――――大店やその妻や子供がすむ場所でもあった。

 そのうちに歩いている客層は庶民から金持ちのセレブたちへと変わり始める。

「うーん。こっちかしらねぇ」

 地図を見ながらターゲットが小首をかしげている。道の端っこに寄り、地図を時折くるくると回転せさながら、道を確かめているようだった。

「ああ――困ったわぁ――――誰かに聞いた方がいいかしら――――」

 そのうち、キョロキョロとしだすのをロージーは手直にあった路地に隠れる様にしながらじっ―――――と見ていると――――――不意に、シシリーがこっち(ロージー)を見たような感じがした。

(目が合った―――――?)

 だが、すぐに、シシリーが向き直り、進みだすのを見て、ロージーは目が合ったのはただの偶然だと思い込んだ。

(良かった)

 一瞬、ゾッとしたがその後はターゲットは振り向くこともなく進んでいくのをみて彼女は安心した。

(また、止まった)

 5番街に入り少ししたあたりで――――

「―――――――――」

 ターゲットが何かを呟く。とたんにロージーの身体が動かなくなった。



「よく来たな。ヘルマン ・ヴァルネファー」

 南の大陸の首都リスディンの王宮内部で、二人の男が顔を突き合わしていた。

 一人はローデリアの外相 ヘルマン ・ ヴァルネファー。

 もう一人は南の大陸の宰相 アドリアーノ ・ ムーロ。

 部屋に二人きり。護衛は扉の外に待機させてある。

「で―――――この書類は本当なのかね?ヘルマン殿」

 白髪交じりの口ひげを撫でながら――――アドリアーノは対面に座る、細面の――――まるで狐のような―――――男に問いかけた。

「本当ですとも。我がローデリアはそれだけの価値を貴国に見出しているのですよ」

 宰相アドリアーノは眉を顰め、反対に外相ヘルマンはニコリと笑って見せた。

(この男―――食えん奴だ)

 表情からは何を考えているのか察することはできない。

 アドリアーノはヘルマンの差し出した書類を読み進めて行く。

 書類の内容は二国間での軍事同盟についてであった。

(海を挟んでの共同戦線か―――――確かに今であれば、王国は手は出せまいな)

 王国は今、「海老事変」の火消しに躍起になっている。

 合わせてこれに輪をかける様に、「王国から我が子を取り戻せ」と運動が各地で起こっている今であれば、目の上の邪魔な瘤を取り除くのに絶好の潮でもあると思うが――――

「ヘルマン殿。我が帝国が月狼国を相手取るとして―――――王国はどうするのだ?」

 アドリアーノは書類を見ながら、再度、質問を投げかけた。

「ご安心を。貴国が月狼国に再度出兵してくだされば、王国は私どもローデリア共和国がお引き受けしますよ」

 ヘルマンは狐のような細目をさらに細くして笑った。

「王国を相手取るというのか――――?いかに生徒せんりょくの大半を返還したとて、あそこにはいまだに「天災」ウェルデンベルグが居るのだぞ?」

「それが、ただいまウェルデンベルグは月狼国へ「謝罪」の旅の真っ最中だそうでして」

「ほう?だがまだあそこには大魔導士「シシリー・マウセン」隠者「ランドルフ」、十人委員会もいるぞ」

「それらも今、火消しの為にローデリアや月狼国各地を飛び回っておるとの事。つい1日前にローデリアの街中を歩くシシリーを見たとの報告が入っております」

「信用できるのか?」

「それは――――もう」

 ヘルマンは手を眼前で組みながらにたりと笑って見せた。

(薄気味の悪い男だ)

 アドリアーノはしばらく、口を開かなかった。が―――――

 相手はにたりと笑って一言。

「マァ―――――すぐに答えは出ないでしょう?――――書面で構いません。答えが出たらお伝えください。答えはまたその時に。では」

 そういって席を立って部屋を出て行ってしまった。

(賽を振る権限は未だローデリアの手の中か――――)

 アドリアーノは眉間にしわを寄せた。



 身体が動かない――――

 見えない何かに縛られでもしたようにピクリとも動けない。

「―――――」

 声を出そうとしても唇は閉じたまま。声は出なかった。

(何に引っかかった――――!?)

 最善の手を見つけ出そうと、思考が答えを模索する。その最中だった。

「もうすこし、気配を消すべきだったわね。お嬢さん?」

 5番街の通りをゆっくりと引き返してきながらターゲット(シシリー)が――――

 やれやれ――――といった感じで唇に人差し指を充て、言ってくるのが

 聞こえた。

「気配を出しすぎよ。お嬢さん。私を尾行つけるなら――――そうねぇ、せめてヘンドリックあたりを連れてらっしゃいな」

 ヘンドリック――――それは暗殺ギルドでも高額で仕事を請け負う『処刑人』の名であった。

 本名はヘンドリック・サミュエルという。

 背が高くやせぎすで――――どこからともなく現れては必ずターゲットを死に至らしめる『処刑人』等とあだ名される人物だ。

(こんなババアが『処刑人』に匹敵する?――――馬鹿言わないでほしいわ)

 鼻で笑ってやりたかったが、やはり動くことは適わない。

 やがて―――シシリーの細い骨ばった指がポン――――と何気なく肩に置かれて、そのままクルリと体の向きを反転させられた。

「そのまま――――路地の奥へ行きましょうねぇ」

 シシリーがやさしげにつぶやくと後ろから背中を押されるようにして一人でに身体が進んでいく。

(なに?なんなの?!)

 自分の意志ではなく一人でに《《身体が動かされる》》心地はロージーをおびえさせるのに十分だった。



 その後、ロージーはシシリーの命令に操られたまま――――ふわふわとした心地で、《《嘘の報告》》を諜報部へ行うことになった。

意識はあるが、体は全く言うことを効かない。


「―――――報告は以上です」

「ふむ。何が目的なのだかな――――お前の目からはどう見えた?」

「はい。何かを探っているようには見えませんでした」

「――――そうか。今日の所は下がれ。以上だ」


 ロージーはこくりと頷くと、そのまま報告を終えて、自室のベッドまで、たどり着いたところでプツリと意識が途切れて――――ついさっき目を覚ました所だった。

 夜中なのだろう。気づけば、辺りは真っ暗で部屋の中には魔導ランプの明かりさえない。

 衣服は任務の時のまま、町娘の格好であった。

(路地裏であの婆さん、アタシに何をしたっていうの――――!?)

 ロージーは路地裏でシシリーに魔術を掛けられてからの記憶が全くなくなり

 暗闇のなかで一人、言い様のない怖さを味わう事になったのである。



「今頃は報告も終わって夢の中かしらねぇ」

 シシリーはローデリアの城門をくぐり、表に出ながら――――月を見上げた。

 制御魔術によってコントロールを奪われた彼女ロージーは、きっと命令通りの行動を取って今頃、嘘の報告を諜報部へと持ち帰っているだろう――――とシシリーには確信があった。

(ちょっとかわいそうだったかしらね?)

 酒瓶を傾けながら、珍しくラッパ飲みをして、――― 一息ついた。

「明日は隣町で、また謝り通しだわ―――まぁ、仕方がないことだけれど」

 夜道で明日のスケジュールを思い浮かべて、ぼやきが漏れた。

(でも―――情勢が、かなり危うくなってきてるのも確かかしらね。あのお嬢ちゃんが言っていたのが、本当だとするならば。だけれど)

 シシリーは路地裏で

「貴方のつけて来た理由を喋りなさい。それと――――あなたの所属も」

 という命令をロージーへ命じその結果、ロージーが諜報部の一員であることを知った。

「ではロージー。あなたのような下っ端が出てきたのは何故なのかしら?もっと腕の立つ人もいるでしょう?」

「自分より上の者は皆、要人警護の為に、南の大陸へ渡っている」

「そう。あと知っていることは?」

「ありません」

その答えを聞いて――――シシリーは両手をロージーの方に置き、

「さぁ――――お家に帰ってお休みなさい」

最後の命令を下した。


(――――何のために『諜報部』が『首都』の守りを薄くしてまで『南の大陸』に

 出かけているのか?は――――あの、お嬢ちゃんはしらないかったみたいだし)

「――――おっと」

 また、ラッパ飲みをして、口の端から酒が漏れるのが分かり、掌でぬぐい取る。

(これじゃ、雪乃のことは言えないかしら)

 昔はラッパ飲みをする雪乃をよく叱ったものだが――――今の状況はとても人には見せられないことを彼女は自嘲した。

(まぁ――――ローデリアの首脳部辺りが、南の大陸に出かけていると考えるのが妥当かしら)

 夜道を歩きながら――――ロージーのしゃべった情報をもとにして推理を立てていく。

(諜報部が動く時点で、公にはできない話なんでしょうけど)

 情報が少なすぎて、あまり的をえた推理ではなくなって―――妄想も若干、入ってはいたが――――

「おおかた、ローデリアと南の大陸が、裏でこっそり手を握り合ってる――――ってとこかしらねぇ」

 のんびりと呟くシシリーの独り言は、そう遠くない未来に、各地の新聞が一面に載せることになるのを彼女はまだ知らない。

「早く帰って――――凍太ちゃんのカワイイ困り顔が見たいわ」

 酒に酔い始めたのか――――本音がポロリと口を突いて出ていた。

 シシリーの最近の楽しみは弟子の思案する顔だった。

 小首をかしげて、うんうん言いながら悩む弟子の姿は可愛らしくシシリーの心を温かくしてくれた。

 自分でも『ちょっと意地悪な問題を出しているな』という感覚はあったが――――

 弟子は可愛いしぐさで困りながら、しっかりと答えを出すところがまたシシリーの

 Sっ気を刺激してくれるのが、また堪らない。

「早く謝罪を全部終えて――――あの子の困り顔を見なくっちゃ」

 シシリーは一人、隣町への道を歩きながら、決意を新たにするのだった。

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