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潜入

「準備はいいわね?」

通りの終わりに王宮が目の前に聳え立つ。

時刻は夕方、ちょうど日が沈むころだった。

王宮に向かう道を歩きながら、シシリーが3人に小声で確認を取ると、皆一様に頷きを返した。

アムリッタと凍太以外の2人は正門前で門番に声をかけて、正規ルートから侵入を試みる。もちろん止められ――――追い返してしまうだろうが、そこで時間を引き延ばせるかはシシリーの腕の見せ所だった。

凍太はアムリッタのバックアップとして王宮内に忍び込みもし、敵がいれば妨害をする予定になっている。

アムリッタは女官姿、凍太は街の子供がよく着るような子供用の着物を着て変装済み。一方、シシリーとヴェロニカは蛇の王国のローブを着て目ぬき通りを歩いていた。

「さて――――ここからは別行動よ」

シシリーは独り言をつぶやくように言ってそのまま真っすぐ王宮への階段を上がっていく。

一方アムリッタたちは王宮の脇につづく人気のない山道を歩いて行った。



「ここから、月覇宮管理の山林へ入るわ。いいわね?」

アムリッタは速足で移動しながら、凍太に確認を取った

「大丈夫。しっかりついてくよ」

ぴったりとアムリッタの後ろに付きながら凍太は頷き、こっそり探知の魔術を使用した。

(後ろ右と左に1人づつか。等間隔でつめてくる。きっと諜報部隊だ)

予測はしていた。が、いざぴったりとマークされると気持ちのいいものではなかった。

「アムリッタさん。後ろに二人だ。どうする?」

「ここで騒ぎを起こすわけにも行かない。振りきれるかしら」

「分かった。振り切ればいいんだね」

凍太はアムリッタと自分の足裏に風の加護を付け加える様にイメージを固めて、移動速度を倍加させた。

「これ、空系の魔術ね―――――負担が全然ないわ。それに、身体がぐんぐん進むわよ」

「ありがと。便利でしょ?さ、先を急ごう」

アムリッタは地面をけるたびにまるで走っているかのようなスピードで山道からそれて山林へと分け入っていった。

(――――早い)

後ろからつけていた諜報部隊の一人は急に山林へ入っていったアムリッタの速度に驚きながら、見失わないように必死に追いすがった。が――――いっこうに差は縮まらずについには

(見失った)

追い付けずに二人の姿を見失った。



2


「さぁて、行きますよ。ヴェロ」

「はい。シシリー様」

シシリーとヴェロニカは月覇宮げっはぐう正面階段を前にして呟いた。

「まぁそれにしても大きな階段ですこと。登るのが疲れちゃうわね」

シシリーはそういうと脚部に風系の魔術でコーティングを施し、身体を浮かせた。

「ヴェロにもやってあげるわね。ほい」

軽くヴェロニカの腿にタッチすると、ふわりとヴェロニカの身体も地面から浮いて上がる。

「凍太様の魔術とはまた違うのですね」

「あの子の構成は足裏に小さな竜巻を起こすの。私のは、風の椅子に乗っている感じかしらね。試しに後ろに寄りかかってみなさい」

言われた通り後ろに体重をかけると、なぜだか倒れずにからだが支えられる。とても不思議な感じだった。

「で、これに制御魔術で後ろから押すように構成を編むとね」

ススス――――と二人の身体が勝手に階段を上り始めた。

「これが制御魔術の本来の使い方よ。私のようなおばあちゃんとか体の悪い人の為の補助魔術。それが本来の制御魔術の在り方」

階段を椅子に座る様にして上がりながら、シシリーは制御魔術の何たるかを話す。

「剣を空中で飛ばしたり、投げたり、なんて芸当もできるけど、本当は人の補助をするために、補助として用いるの。今は戦いが多いから本来の使い方とは違ってしまっているけれど」

少し悲しいことだけれどね――――とシシリーは悲しそうな顔をして見せた。

やがて、上まで登りきる2、3段まえでスタリと石段の上に降り立ち、ゆっくりと歩を進めると、門衛が戟をもって立っているのが見えた。

「止まられい」

門衛の右側に居た男が激を左の男と交差させシシリー達を止める。

「どこぞの御国の方々か?」

左の男が後を続けた。

「お勤めご苦労様、私はシシリー・マウセン『蛇の王国』の導師です」

「同じく『蛇の王国』所属。上級補佐官ヴェロニカ・アリトフです」

「・・・・王国の方々が何の御用で?」

「狼軽量に書簡を届けに行くのですよ。申請されていませんか?」

「いえ・・・・何もうかがってはおりませぬが」

たじろぐ門衛二人。

シシリーの名前は二人とも知っていたようで、明らかに顔が一瞬であるがこわばったのをヴェロニカは見逃さなかった。

「困りましたねぇ。ウェルデンベルグ様から直の親書でしてね。皇帝に必ず渡すようにと言われておりますのに」

シシリーは「困ったわぁ」とわざとらしく言って見せた。

勿論、内容はたった今シシリーが考えたもので、全くのウソだ。だがそこは年の功。

至極、真面目に彼女は演じきった。

困ったのは、門衛達だ。

親書とは外交手段の一つとして、首相や大統領など国家元首が差出人となり、相手国の国家元首まで届けられる文書だ。政府特使が相手国に出向き、基本的には、本人に直接手渡すことになる。

自分たちが預かりますというわけには行かないし、また明日来てくれとも言いづらい。

「なぁどうする?」

「やはり、出直していただいた方が――――」

「あらあら、明日来いっていうの?またこの長い石段を登らなくちゃいけないわけ?面倒ねぇ――――ヴェロ?」

「はい。全くです。私達にも時間的な非はありましょうが――――門衛様にひどく冷たい対応をされたと上に報告してもよろしいのですね?」

ヴェロニカは門衛二人を見据えて静かに抗議をして見せた。

「・・・・あ・・それは」

困ったのは門衛二人だった。

なにせ相手が相手だ。きっとココでもめて相手を追い返せば後日、手痛いしっぺ返しがかえって来ることが容易に想像できた。

「今確認を取ってまいります――――しばしお待ちください」

門衛の一人は頭を下げると、大急ぎで宮廷へと走っていった。

(うまく行ったわね)

シシリーの狙いは最初から時間を長引かせることだった。

親書が来たとなれば、それなりの対応が必要になるし、できるだけ搦手から潜入する二人が楽に潜入できるようにしてやりたい――――と考えての事だ。

アムリッタは変装しているにしても、凍太は子供だ。

もちろん姿を消す魔術は教えてあるが、見破られないとも限らない。

それに凍太は自分の身体に魔術を掛けるのは、ごくたまに失敗することがあるのをシシリーは知っている。

それも加味したうえで、自分が宮廷内になるべく人を引き付ける心算だった。

少しすると、確認に行った門衛の一人が女官を二人ほど連れて戻ってきた。

「お待たせをいたしました。どうぞ中へ」

恭しく礼をしたのは二人の女官で、シシリーとヴェロニカは二人に連れられ門をくぐることに成功した。

「どうも有難う」

「はっ!失礼いたしました!」

シシリーは門衛に社交辞令を投げかけた。



茂みを進み、石畳の回廊へと抜ける。

夕闇の中、人の気配がないことを確認してアムリッタと凍太は、中空で二段ジャンプをする要領で壁の上に上がった。すでに辺りはくらがりになり、見張りも近くにはいないことを確認すると、凍太は隠形の魔術をアムリッタと自分に掛けた。

「さ、これで姿は見えないよ。後はうまく潜入して、その女官に手紙を届けに行って」

「わかったわ。合流地点はここにしましょ。何かあってもあんまり派手なことしちゃだめよ?」

アムリッタは小声でつぶやくと、姿を消したままで王宮内へと向かった。

凍太はこれからここでアムリッタの退路の確保。および、必要があれば、敵の排除も任されていた。

(今頃はシシリーおばあちゃんが入って、女官たちと交渉中の筈だ)

女官たちに親書を渡してしまっては、意味がない。

シシリーが自ら、皇帝に渡すか、アムリッタが信頼のおける女官を探し出してもう一通の複製された親書を渡すか。そうしなければ、崔西の港の一件が皇帝の耳に届くこともなく、その下の官僚たちによって握りつぶされてうやむやになってしまう。

無論、他にも手はあるが、時間と人手がかかり過ぎる。最速でことを皇帝に伝えて

崔西の港から南の大陸への出兵は絶対に阻止しなくてはならない。

幸い、今の月狼国皇帝は『賢君』として名高い。

自国が疲弊しきっているのに、他へ出兵するなどは愚策であると分かる筈だ。

それに今回の親書には、南吠の港の惨状や、崔西の港での顛末が書かれてある。

もちろん、月狼国が王国をたよって自国の兵を出そうとしなかったことも。

もし―――――この親書で皇帝が動かなければ、もはや手の打ちようはなく、崔西の港は南の大陸への橋頭保となり、いったん落ち着いた街も、住民も疲弊するだろう―――――それだけは『王国』としてはなんとしても避けたいのだ。

自分たちの努力が水の泡になる。

ましてや、崔西の住人が一番被害を被るなど馬鹿らしい。

(これで動かない皇帝だったら、この国は終わりだよな)

凍太は壁に寄りかかりながら、つらつらとそんなことを考えた。



アムリッタは王宮内部に忍び込み、今は王宮内部の物置に忍び込んで地図を確認している所だった。当たりがついている女官の部屋はこの上の階にある部屋の一室。

隠形の魔術は光の屈折を無理やり捻じ曲げ、自分を不可視の状態にしている原理であり、全く見えなくなるわけではない。

良く見ると、違和感がうっすらと感じとれる代物だった。

勘のいいものなら姿は見えなくとも、気配は感じ取れてしまう。

それにこの魔術は制御が難しく、成功率が約6割程であるというのもアムリッタが苦手としている理由の一つだった。

(こんなことならもうちょい真面目に制御魔術やっときゃよかったわ)

若いころに制御魔術の退屈な訓練が嫌で、故郷の師匠の元を抜け出し自分の好きな禁呪や爆炎系の魔術の研究を旅をしながら学んでいった。

今や年は40才。外見はまだ若く30代でも通るが、最近は気力が続かなくなっていた。

それでも禁呪の研究はおもしろく、長年受験し続けてやっと『王国』へと入ることが出来た。

(こんなとこで、躓く(つまづ)わけにいかないんだから)

アムリッタの心は燃えていた。

この任務が終わってしまえば、エリーナからエミリオの手記をもらい、思う存分研究することが出来る。

(必ず成功させて、エリーナのあの澄ました面をゆがませてやるわ!)

エリーナの意地悪い顔が脳裏をよぎる。

あの顔が、口をとがらせて悔しそうにするのを見てやりたいのもある。

アムリッタは姿を隠したまま、廊下に出て誰もいないことを確認し、

足音を消しながら、着実に廊下を過ぎて、階段を上っていった。


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