汚い手でも
その日の午後から、凍太と科機工課から選抜された2名を引き連れて
街道を海に向けて走らせていた。
「荒地に強い作物なんかも欲しいし、野菜だけじゃなく、薬草も栽培できるといいかもね」
科機構科のローラ = ムニスから話題がでると凍太はそれに賛成したため、一路、
輸入を行っている港へ赴くことになった。
(確かに港ならいい作物や珍しいものもあるかもしれない)
荷揚げされたモノを現地で安く買い、ローデリアよりも先にリヴェリとの契約を結んでしまうこと。これが出来ればいいのに。と凍太は考えていた。
科機工課の二人にもこのことは話してあり、いまは意志の疏通が図れているはずだった。
しかし、ローラ = ムニスは
(先行手配、現地で買い付けなんてどこで覚えたのかしらね)
馬車を操作しながら、ひとりごちる。
凍太の話は理解できた。が、まあ、良くそんなことを考えつくものだと関心せずにはいられない。
確かに、ローデリアに買われるまえに契約を結び、その後は契約を壊されないように王国が保護をすることで、リヴェリは野菜のみならず、資材を海路から格安で仕入れられるルートが出来上がる。
ルートが仮に出来上がってしまえば、ローデリアからわざわざ高い金を払い買い付けなんて行わなくて良くなる。
(さすが特務員になるだけのことはあるのかしら)
そう思わずにはいられなかった。
まず普通の7歳児が考え付くようなプランでないことをローラは一見して見抜いたが、どこで覚えたのかは
この聡い、いや、聡すぎる子供は教えてくれないに違いない。
(商家の出身か。それとも、本か何かで学んだのかしら)
疑問は尽きなかったが――――いまはそんなことを考えている場合ではないのだと、自分に言い聞かせて、馬車の速度を上げた。
辺境領の西の端にある港湾都市アポトリア―――が見えて来ると、おのずと見えたくないものまでが見えて来る。一本の大きな旗――――ローデリア辺境府支配下にあることを示すものだ。
「あの旗。どこにでも在るね」
「鎖と硬貨の旗――――ローデリアの紋章ね。いけ好かないわ」
「先輩――――聞こえたらどうすんですか」
ローラの後ろから気弱そうな声が掛かる。
ヨセフ = フォシュマン。無意識に髪を弄るくせのある科機工課の生徒で、ローラの後輩の男である。
身体はスマートで眼鏡を掛け、王国指定のローブは着用せずにリヴェリで勝った服の上からマントを羽織っていた。
「別に。聞こえたって好みの問題だもの。関係ないわ」
ローラはそんなことは知らんと、ヨセフの言ったことを歯牙にもかけなかった。
港湾都市に一般の旅人として、紛れ込んだ凍太達3人は、昼を取りながら、作戦会議の真っ最中だった。
「まずは身分を隠して、港で働いている人に話を聞いて回るのがいいと思うよ」
ヨセフは魚をフォークとナイフで解体しながら、言ってきた。
「そうね。3人に役割を決めよう。ローラさんは馬車で待機。ヨセフさんは僕と一緒に聞き込みがいいと思うな」
「待ってよ。なんで、アタシが待機なの?」
「ローラさんは僕たちがサンプル――――ああ、見本を入手した後で、馬車の中でより分けをしてもらおうと思うんだ」
「それなら、ヨセフだって同じよ」
「ヨセフさんはアポトリアのことは詳しいんだって。だから案内してもらおうと思うんだ」
「へぇ――――あんたなんで詳しいのよ?」
「ああ、先輩には言ってませんでしたね。アポトリアには親戚がいるんです。ちょうどそこで小さな小売業をやってまして」
ローラは初耳だと言って、それきり黙ってしまった。
ローデリアの街中で育った自分では、これ以上は食い下がる余地がないと判断した結果でもあった。
「ヨセフさんの親戚にまずは顔を見せに行こう。どんなものを扱ってるのかも見てみたいし」
「分かりました。先輩は馬車に戻っていてくださいね。後は僕が引き継ぎます」
さぁ、こっちです。と凍太を案内して街中の小道に入っていくヨセフの姿を見ながら
「まぁ、いいわ今に見てなさい」
そうつぶやいて見せた。
「こんにちは。エステルおばさん」
エステル = ルンヴィク はそう声を掛けられ、入り口に目をやり、懐かしい姿を見つけた。
エステルはやせた感じのエプロン姿で髪は短髪。体は細いが――――目つきが鋭い女だった。が――――ヨセフを見て目つきが変わった。
「あら!ヨセフじゃないかい。久しぶりだぁ。休みに入ったのかい?」
「王国の休みはまだ先だよ。今日はおばさんの取り扱ってるものが見たくてね」
「へぇ。あたしの扱ってる商品が見たいのかい。珍しいね」
エステルはそういうと、二人を店内へと案内してドアを締め切り、閉店の文字を掲げた。
「エステルおばさん?閉店にしなくてもいいんだけど」
「いいのさ。ヨセフが大体アタシのとこに泣きついてくるときは、親に言えないような事が多いしね――――今回も大方、行くとこが無くてアタシのとこに来たんだろ?」
陽気で優しい人なんだと、道すがらヨセフに説明されてはいたが、ああ、なるほど、下町の気のいいおばさんが凍太の目の前にはいた。
(気風がいい。でも、ちゃんと話は聞いてくれそうな感じかな)
荒そうに見えるが、人情味もありそうな感じのエステルの話し方が心地いい。
「おばさんには隠し事が出来ないなぁ」
「小さい時から見てるからね。で――――どんなことだい?」
「実は――――安く”種”を仕入れたいんだ。ローデリアには内緒で、出来るだけ多くね。もちろん儲けは弾むつもりだよ」
「種ねぇ。アタシのとこにも少しは売ってるが――――仕入れとなると、商会を通さないといけないねぇ」
「やっぱり。ここはローデリアの傘下だものね」
ヨセフは落胆した顔になったが、
「まぁ、話が出来ないわけでもないけどね?――――」
エステルの顔が人のいいものから、商売人の顔へと変わって――――
「金さえつまれりゃ。大概のものは横流し可能だよ」
ヨセフにだけ聞こえるように言った。
「それって――――違法じゃ」
「ああ、だが、荷卸しの連中に金を握らせれば、細工は利くだろうね。なんせここにはローデリア嫌いの人間しかいないんだからさ。みんな喜んでやるだろうね」
「商会が黙ってないんじゃ?」
「商会は商会さ。あんな人の儲けを差っ引いてく奴らなんざ、なんともない。それに――――そっちの坊やは、まだ何かを隠してやいないかい?」
エステルは凍太を半眼で見据えて言ってきた。
(いいねぇ。この感じ。営業の相手とガチの交渉をしてるみたいだ)
転生前の営業職をしていたころを思い出して、思わずウキウキとした。
「付け加えるとするなら、裏で王国と手を結びませんか?って、ことかな?」
(さぁ――――どう出る?)
トウタはニヤリと、笑ってみせると、
「ははははっ!」
エステルは大きく笑ってから
「大したもんだ。誰の差し金だい?」
「ウェルデンベルグさま――――と、言うより王国全体の総意です」
「ホラ吹きも、大概にしときなよ。坊や」
「叔母さん。嘘じゃないんだ。彼はトウタ。王国の特務員なんだ」
「なんだって?」
エステルが二の句を、つげないのを見ながら、トウタは特務員の指輪をエステルに渡して、言った。
「仲の刻印を、読んでみて」
エステルは刻印を、読んで見ることにした。
(まさか)
――――王国の名の元に、この持ち主を証明する――――ウェルデンベルグ。
「ほんとに、特務員なのかい・・・・」
「この間、なったばかりだけどね」
「驚いたね。こんな子供が・・・・」
いまだに信じられないのだろう。エステルは眉を寄せて見せる。
「まあ、裏で王国の側につくのは面白そうだが、アタシ一人では無理だ。だが、5日待ちな。顔役に話を通しておいてあげるよ。アタシが出来るのはここまで。いいかい?」
「ありがとうございます」
「ありがとう。叔母さん」
こうして、この日はひとまず引き上げることになった。
「おかえり」
馬車の中で寝転がったままローラはぞんざいに返事をして見せた。
「先輩。だらしないですよ」
「退屈なんだもん。で? 成果はあったの?」
「とりあえず、とっかかりは出来たと思うよ。あとは観光でもしながら、待てばいいと思う」
「へぇ――――ローデリア傘下のこの町で、とっかかりを作るなんてやるじゃない」
(本当にツイてたね)
あんなにうまく事を運べるとは思っていなかった――――というのが本当の所で、
エステルが商会に話をリークしてしまえば、この話は終わる。
しかし、エステルは心底、商会を嫌っているらしく、この話は商会には漏らさないと公言した。
(煽れるとしたら、商会の汚さを強調して、扇動できるかもしれないけど)
ヘイトスピーチを使った第三者からの扇動で、いっきにローデリアの印象を悪くしてしまえば、王国に靡くものも出てくるかもしれないと凍太は考えた。が、それはまた別の話である。
「あんたらが戻ってくる前に、宿を取っておいたから、いったんそこに向かうわ」
ローラは馬車を操り、アポトリアの外れにある一軒の宿屋を目指す。
「王国の関係者がやってる昔からの宿だから。口は堅いと思うわ」
凍太の心配していたことをローラは先行していってきた。
「ありがとう。ローラさん」
「いいって。科機工課のローラさんはヤサシイってメモしておくのよ?ついでにヨセフよりも役立つって覚えておきなさい」
(馬車においていかれたと思って、だいぶ根に持ってら)
ローラはそんなことを凍太に吹き込みながら――――馬車を走らせていくのだった。
宿の名前は『海のアシカ亭』というへんちくりんな名前だった。
中へ入ると、一組の老夫婦が「おかえりなさいませ」と3人を迎えてくれた。
「ローラさま。先ほどは予約いただきましてどうもありがとうございます」
品のよさそうな老婆が頭を下げると白髪の中から長い耳が見えた。
「ヘンリエッタさん、エラルクさんよろしくお願いしますね。後ろの二人――――
メガネがヨセフ ・フォシュマン。あたしの後輩で――――隣の小さいのが今年の都市間交流戦で優勝した『氷帝』トウタ君」
ほら、あいさつして、と――――促されて、ヨセフも凍太も老夫婦に挨拶をした。
「あらあら――――こんなにお小さいのにねぇ?お師匠様はいるの?」
どちらのことだろうと思いながら、雪乃とシシリーを思い浮かべたが
「彼の先生はシシリー様ですよ。ヘンリエッタさん」
そういったのは、ローラだった。
「へぇ。驚いた」
声を上げたのはエラルクの方が先だった。
「弟子を滅多に取らないお方だ。よほど、『お気に入り』なのだろうね。ヘンリエッタはシシリーさまは面識があったかな?」
「ええ。ありますとも。私の1つ上です。若いころはみんなが黄色い声を上げていたもんだわ」
「ああ、そうだね。すっかり偉くなってしまわれたようだが、私どものことは覚えているだろうかね?」
「さぁ、どうでしょうね?」
昔を懐かしむように会話をしながら、凍太の手をとって奥へと案内すると、既に夕食の準備がなされているのが見えた。
「さぁさぁ、凍太様もお座りくださいな」
エラルクが鍋をカートに乗せて運んでくる。ヘンリエッタは凍太を席に着かせ、3人分の食事の用意を進めてくれた。
「ヘンリエッタさんもエラルクさんも、様付けはしないでください。お願いだから」
「ええ・・・・でも」
「僕はまだ7歳。二人は耳長族――――エルフでしょ?だとしたら僕よりもよっぽど先輩の筈だよ?」
「ええ。確かにエルフ族だけど――――シシリーさまのお弟子さんなのに」
「おばあちゃんもきっと、同じことを言うと思う。様づけはやめようって」
7歳の子供が真面目な顔で言ってくる提案を、老夫婦は聞かざるを得ない空気になった。ここで様付けを押し通せば、逆に不敬と取られてしまうかもしれない。
そんなことは避けたかった。
「わかったわ。トウタちゃん。でいいかしら?」
「うん。それがいい。よろしくね?ヘンリエッタさん、エラルクさん」
凍太の笑った顔が、老夫婦にはなんとも優しく見えて――――ほっとしたのであった。
晩餐を取り終えた3人は、テーブルに付いたまま、事のあらましを整理するため、簡単な報告会を開いていた。
「協力者はエステル・ルンヴィク。ヨセフの叔母さんね」
「うん。だいぶ信用できそうだよ」
「でも商会のニンゲンなんでしょ?裏では何やってるか――――気を付けないとね」
「商人にも、不義理を働いたら駄目な相手ぐらいわかる筈さ。それにあの人は――――信用できるタイプの人間だと思うんだ。感だけどね」
「不確定な要素があるとすれば、ここの力関係です。アポトリアはローデリア傘下の街。協力者ばかりではないですよ」
ヨセフは渋面を作ってうつむいていた。
「まぁね。でも、今はこの計画がうまく行くことを祈ろう?暗く考えていても仕方ないしさ」
「まぁ――――それもそうね。5日待ってそれから行動を起こしても平気だとは思うわよ」
一先ず、報告会はおしまいになった。
5日後、エステルの報告を待って、そこからプランを練り直す。3人の意志は統一された。
だが、すでに凍太の頭の中には2つのプランが用意されていた。
1つは、そのままエステルの交渉を待つプラン。そしてもう一つが、王国の資本の力で商会を抱きかかえるプランだった。
(資本があるから出来る手段だけどね)
資本の違いを見せつけて、ローデリアから王国側へと付くように、商会を『揺さぶる』
復興国債が王国の介入によって、ぐらついている今しか使えない手でもある。
もし、今の時期を逃せば――――ローデリアは何らかの手を使って崩れた資金の穴埋めをする筈――――そうなれば、アポトリアの商会はまた、ローデリア傘下に取り込まれてしまう。
(マーケットが不安に煽られている今、ここで、巨大な資本力を見せつけて商会をローデリアから自主的に王国側へ鞍替えさせる)
勿論このプランは、王国と言う後ろ盾と、特務員と言う『特権』があって初めて動くプランであり、誰もかれもが使える手ではない。
(僕の仕事は、本社にどうやって、この商談を進めるのが「一番効率的なのか」を分からせることだ)
転生前にやっていた営業魂に火が付く。
最適解を導き出す。多少卑怯な手だって構いやしない。この一手がうまく行ってしまえば、ローデリアの資本ルートを潰すことが出来るのだ。そう思うと燃えないわけがなかった。
王国には理となり、ローデリアには痛手を被らせる。
(そうとなれば――――資料作らなくっちゃ)
この世界にPCはもちろんない。だが――――メッセージを使い魔に遅らせることは出来る――――しかも凍太の場合は最高権力者へ直接送ることが出来る。
(メールで報告書を送るみたいなもんだ)
いそいそとあてがわれた個室で机に向かいながら、凍太は考えを順序立てて列記していった。
まず「何のためにこのプランを押すのか」
次に「どんな手を使うのか」「王国側にどんなメリットがあるのか」
最後に、「どんな危険性が考えられるか」
やむなく文章で書くしかないが――――報告書を書いていく。
そして――――
「できた」
暫くしてから、凍太は満足そうにペンを置いた。
丸めて、魔術的なロックを掛けてから、手紙をフクロウに変化させて窓を開け放つ。
「さぁ、行っといで」
腕に止まらせたフクロウを飛び立たせると、すぐにフクロウの姿は見えなくなった。
「これで良し」
窓の外を見つめながら――――凍太は再度満足そうにつぶやくのだった。




