小さな約束と大きな約束
「また閉じ込めるなど―――何を考えているのだ!」
小屋へ帰って猿ぐつわを取り、目隠しも取ってやると、首――――マリー・クレール ・プラン――――は叫び始めた
「せっかく息苦しいのから解放されたと思ったら――――また閉じ込めおって!お前らには優しさはないの――――か―――」
ぎろり。
「黙んなさい。デュラハン。あんたにはいろいろ「嫌疑」がかかってんのよ」
タチアナは首を睨みつけて、黙らせると首を持って外に出た。
「――――ああ!私の体!」
「そ。あんたの身体よ。カッチカチだから寒いでしょうね」
「寒いに決まっているだろ!早く解呪しないか!」
「凍太クン。も少し強めで」
「はーい」
言われた通りに冷気を強めて再度氷を厚くする――――と。
「ひぃぃぃぃ!痛い!!苦し―――」
中で氷がデュラハンの身体を圧迫しているのか苦しみだした。
「さぁて。分かったわね。あんたが我を張るたびに、あの氷があんたを苦しめるわ。痛いのが嫌いならこっちのいう事に答える事。いいわね?」
「分かった――――分かったから―――」
タチアナが手を少し上げる――――凍太は魔力量を抑えて氷の増殖を止めた。
「――――えほっげほっ」
咳き込むデュラハンを冷たく見ながら
「じゃあ、質問させてもらうわね」
こうして――――タチアナの尋問が開始された。
「――――で?」
「だぁかぁらーっ何度も行ってるでしょうっアタシは死にかけた犬と、同じく死にそうになってた羊から生気をいただいただけだっての!」
「ふーん――――で?」
もう何度目になるだろうと――――凍太は思いながらタチアナと生首のやり取りを見ていた。
小屋に設置されていたテーブルに首を置いて、対面式でタチアナが座って尋問を行っている。
まるで刑事ドラマのワンシーンを見ているような気分で凍太は見守っていたのだが――――
「ぁぁぁぁぁぁもう!さっきから何回も言ってるじゃない!これ以上いう事なんてないわよぉ!」
「そぉ――――で?」
首はすべての事を言いつくしたのだろう――――ぜぇぜぇと息をしながら
疲れ切った様子を見せている。
「あのさぁタチアナさん」
「何よ?今は尋問中なんだけど」
「分かってるけどさ?――――もうちょっとやり方があるんじゃ無いのかな?」
「これ以上ない、効果的なやり方よ。こっちの力は最小限で相手の白状するのを待つんだから」
「さっきから――――で?しか言ってないよ?」
「ふふん。タチアナ流の交渉術よ。いままで、あいてがすべて逆上して殴り掛かってきたわ――――もちろん、先に手を出した方が悪いんだからあとはコッチのし放題だけどね」
(うわぁ―――――やり方がえげつないなぁ)
結局は相手に手を出させて「正当防衛」などの理由を付けてから好き放題に処理を行う――――詐欺まがいの行動だと――――凍太は飽きれていた。
「ねぇ!坊やもこの女を止めてよ!気が狂いそうだわ!」
首が金切り声を上げて嘆願するが、
「凍太クン。外の氷を少し強めで――――」
「わかった!わかったからやめてぇ!」
タチアナが脅しを掛けると、すぐに悲鳴を上げて泣き始めた。
「――――ちっ クソの役にもたちゃしないわ」
尋問を終えて、タチアナがだるそうにベッドに横になった。
「警戒してたアタシたちが馬鹿だったのかしら。大騒ぎしてもうけが少なすぎるわ」
結局――――デュラハンは白だった。
討伐隊が潰された件についても――――デュラハンは何もしていないらしく、
自分の姿を見た討伐隊の男どもは腰を抜かして勝手に逃散したという。
リヴェリの街を襲った事もない(近くまで行ったことはあったが)人にも危害は加えていない。罪状としてあげるならば、死にそうになっていた犬と家畜の生気を吸っていたことぐらいで、それとてたいした罪ではなかった。
『お前ら人間は、種族が違う、姿かたちが違うというだけですぐに『排他的になるから達が悪い』
デュラハンは凍えながら、泣いて――――それでも必死に言った。
「私は何もしていないではないか!街に近づき悪さをしたというならまだ話はわかろうが――――全くの無罪でこの仕打ちはなかろう。たしかにリヴェリの街には病人、けが人が多いのは気配でわかっていた。だからと言って我らデュラハン族が無差別に生気を吸い取ると思ったら大間違いだ!我らにも見境も分別もある」
デュラハンの意見は至極真っ当だった。
(悪いことしたなぁ)
尋問が終わったあとで、そう思った凍太は、タチアナと相談したうえで、デュラハンの凍結を解除することに決めた。
「ふぅ――――やっと解放されたわ」
首を身体に返してやるとデュラハンは小脇に頭を抱えて伸びをして見せた。
「まだかなり身体が冷たいな」
長期間、凍結されていたせいで身体が冷え切っているらしいデュラハンは小屋の外でたき火を起こしてあたり始める。
「ごめんね?」
凍太はデュラハンの前に立って頭を下げて謝罪する――――と、デュラハンは
「分かれば――――もうよい」
と静かに言った。
「これからどうするの?」
「そうだな。しばらく休んだ後で、我を閉じ込めていた奴らに会いに行ってみようかと思っておる」
「仕返し?」
「いや――――忠告だ。もう二度とあのようなことはするなと言うだけさ」
デュラハンの目は優しかった。
小脇に抱えられた首の表情も柔らかい。憎んでいることは憎んでいるのだろうが
すでに許し始めているのだろうことは凍太にも伝わった。
「お前はどうするのだ?」
「ぼくの役目は終わったからリヴェリの街に戻って治療の手伝いだね」
「そうか。がんばるのだぞ?」
励ますデュラハン。それを聞いて凍太は可笑しくなって吹き出した。
「なにが、可笑しい」
「だって――――敵だと思ってたのに、優しんだもん」
「人間がなにもしなければ、我らデュラハン族は何もせんさ。我らは自然に発生し、死にそうになっている動物、植物からしか生気は奪わん。人間が一方的に勘違いしているおかげで、すっかり曲解されてしまっているがな」
「王国に帰ったら、デュラハンは悪くないよって言ってみるよ」
「はは――――嘘でもありがたいな」
デュラハンは小さく笑いながら目に涙を浮かべて言った。
「嘘じゃないよ。ちゃんと上に報告してみんなに知ってもらうようにする。約束するよ」
凍太はどうしてもこのデュラハンを助けてやりたい気持ちになった。
自分が出来るのは、間違った理解を修正すること。だ。それなら、王国の特務員としての立場から報告書という形で発表するのが手っ取り早いと考えた。
発表することで、すこしでもこのデュラハンだけでなく、ほかのデュラハン族にも人間が理解を示してくれれば、すみ分けは出来そうだった。
「では、さらばだ」
デュラハンはそう言って馬上から手を振ってくれた
「うん。またね」
凍太は荷物のまとめをしながらデュラハンにお礼を言うと――――デュラハンの馬が前足を上げて方向転換をし、そのまま――――掻き消えた。
「ひぃぃ!」
荷物のまとめの為に手伝ってもらっているリヴェリの街の住人はデュラハンが掻き消えたことに腰を抜かして悲鳴を上げる。が
「大丈夫だよ。あのデュラハンは悪モノじゃない」
「そんなこと言ったって――――」
「デュラハンは死にそうになった植物、動物からしか生気を吸わない。今回の事件は人間側の勝手な思い込みだったんだよ」
まだ信じられない顔をしていたが、うしろでにらみを利かせているタチアナの眼光が鋭くこれ以上は住人たちも逆らおうとはしなかった。
テントと燃料。余った食材を馬車の後ろへ乗せ終えた凍太たちはリヴェリの街へ向かう。リヴェリの街に着くと――――ハンナとマデリーネ ・ベルクシュトレームが
凍太とタチアナを出迎えた。
「おかえり。二人とも」
マデリーネ が屋敷へと案内をしてお茶を振る舞ってくれる。
しばらくぶりに飲むお茶の味はとても新鮮に感じられた。
焼き菓子を1つつまみながら、事の詳細を報告していくと、マデリーネは信じられないような顔をしてきた。
「討伐隊は逃散。デュラハンも犯人ではないのですね・・・・」
「はい。ですから今日から私たちも治療に参加します」
タチアナが静かに言うと――――マデリーネはしかたないというように頷いて――――了承をしてくれた。
一方その頃――――
オラフ教の司祭は、首を掘り返そうと――――再び、✖印をつけた木の前までやってきていた。
「ご神体をいつまでも埋めておくわけにもいかんしな」
言いながら、地中をほじくり返すが――――手ごたえがない。
「ない!ご神体がない!」
慌てふためいていると――――
「お前の探している首はこれかな?」
と後ろから声が掛かって――――振り向き――――
「ひぃぃ!」
腰を抜かした。
司祭の目の前に居たのは――――一体のデュラハン――――マリー・クレール ・プランだった。
首なし馬の上から話しかける、小脇に抱えられた首が喋る様は司祭にとってはご神体がしゃべっていることと同義だった。
「ご神体がしゃべるなど―――――!」
「馬鹿を言うな。私はご神体などではない。デュラハンだ。お前らが勝手に私の首を持ち去り、「ご神体」とやらにしていただけの事」
司祭は何も言わなかった。言えるはずもない。なにせ持ち去ったのは――――彼自身なのだから。
「ふん――――これに懲りたら私の首に手を出すでないぞ。ニンゲン。もし、言って、分からぬようなら、その時はお前がご神体となるぞ」
それだけを告げると――――デュラハンはまた霞のように掻き消え、後には腰を抜かしたままの司祭だけが残った。
治療を始めて分かったことは――――細菌の繁殖や、衛生の面で問題が多いという事だった。
モノを貯蔵している倉は湿っぽく――――カビ臭いし、手を洗ったりするのも水だけで洗ったりするのがせいぜいで薬品などは使われていない。これでは体調が悪くなったりするのもしかたないと凍太は考え始めていた。
体調の悪い者が食べているものにも問題があった。
栄養と言う観念が薄いのか、それとも分かっていないのか、毎日パンと羊肉のスープだけで野菜類が極端に少ないのが目についた。
リヴェリは交通の要所でもない。ローデリアから離れた辺境府にある為、野菜などの資材は行商人が来るのを待つしかないという。
期間は5日に一回ほど。そのときに果物や野菜を街の財源で一旦購入し、街の各店舗がそれをまた売る。そうして町の店舗が売った儲けの2割程をまたリヴェリの財源として集めていた。
(どっちかっていうと共産ぽいのか・・・・)
凍太はそんなことを考えてはいたが、言えるはずもなく、とりあえずは具合の悪さを栄養面から治そうと考えて、マデリーネに相談を持ち掛けた。
「宣伝が必要なんだと思うな」
「宣伝?」
「うん。みんな栄養が偏ってるんだ。だからあんまり元気じゃないんだと思う。だから、ここは一つマデリーネさんからみんなに、もっと野菜を食べてねって言ってほしいんだよね」
「それで、どうなるの?」
「野菜に含まれる栄養素、ビタミン類は体の活動になくてはならない物なんだ。これが不足してるんだと思う。でも、野菜を皆に食べてもらうことで、病人がへると思うんだ」
「ビタミン?」
(ああそうか――――ビタミンとか発見されてないんだっけ)
うっかりしていたなと考えながら、言い直す。
「とにかく野菜を育てたり、買ったりしてみんなが食べられる量を増やしてほしいな。明日、ローデリアに行って種も買ってくる――――」
「まってちょうだい」
「?――――」
「確かに食生活が偏っているのも分かるわ。野菜類が少ないのも知ってる。でも、元手になる「お金」が無いのよ」
「だったら、蛇の王国が後ろ盾になればいいのよ」
タチアナがさも当然だというように言った。
「特務員が3人。揃って報告書を書いた上で、嘆願書を王国に提出すれば簡単なことだわ」
「でも――――それだと」
マデリーネは言葉に詰まった。
「そうね。ローデリアの偉い人は黙ってないでしょうね」
「そうです。リヴェリはやっと混乱が収まった状態なんです。ローデリアから復興の援助も受けている。それを今打ち切られでもしたら――――とても立ちゆきません」
マデリーネは唇をかみしめた。
「馬鹿ねぇ――――ローデリアに頼ろうって考えてる時点で甘いわよ」
「え?」
「なんで、今回リヴェリの治療行為が承認されたかわかってないみたいだから、説明してあげるわ」
「タチアナ――――いいの?」
ハンナが渋面を作る。
「いいのよ。事情を知ってそれでもなお、同じことが言えれば、アタシたち王国は手が出せない。あとはマデリーネさんに任せるしか手はないわ――――でも、今が『分水嶺』だと思うわよ」
タチアナがどうする?とマデリーネに問いかける。――――話してください。とだけマデリーネは答えた。
「懸命だわ。まず、今回の承認がなぜ行われたか?――――だけど、これはローデリアがリヴェリを吸収しようとしてると「王国」は見ているわ。信じられない? でも、ローデリアからリヴェリへ向かう商人たちがおかしいと感じ始めてるのよ。前より、行く回数が少なくなったってね」
「それって――――」
「そう。たぶんローデリアは商会に手を回して、リヴェリ行きの物資を操作してる。で――――じゃあなぜこんなことをするのか? 答えは簡単。まだ、ローデリアの上層部は再征服の野望を捨てきれていないからよ」
「もう辺境府になんですが」とマデリーネは言う。
「まだ、辺境府にしかなってないのよ。おそらく最終地点は――――」
「植民地化だ」
凍太は呟く。
「そう。辺境府では地位が高すぎる。これでは完全な搾取は出来ないわ。だって、今は一応リヴェリ辺境候でしょう?」
タチアナが問いかけると、マデリーネは頷いた。
「辺境候って事は、自治権があるってこと。でも――――ローデリアは10年前の再征服戦争のときには、「植民地」を増やすことが目的だったのよ。で、奴らはまだその夢を捨てきれていない。王国に治療行為を承認したのは前もって、ある程度の病気や、怪我人を、減らしておくためよ。労働力が無くなったらこまるからね」
「それじゃ、私たちは奴隷になるっていうんですか・・・・」
「このまま、ローデリアの融資を受け続ければ――――ね。聞くけど、どのくらい融資を今まで受けてるの?」
「戦後復興費で――――5年分。役、5000万ローデです」
「ふーん。あと何年で返すの?」
「見通しは立っていません」
「やっぱりね。ローデリアは最初っから物資と資金の両方からリヴェリを乗っ取るツモリだわ。どう思う?」
「間違いないわ」
「僕もそう思う」
ハンナと凍太は同じ結論に至った。
「物資はこのまま減らされて行って、国債も溜まったままだと、リヴェリとしては領地没収になるわ。マデリーネさんは侯位の剥奪で、運が良くても処刑ってトコかしら」
「運が悪いと?」
「まぁ――――奴隷商人に売られてしまうかもね」
「――――わたしは一体どうしたらいいんですか?」
「答えは「王国」の融資を受けて、一刻も早く国債を返してしまう事ね。物資の件は「王国」から定期的に人員を派遣して運ばせるわ」
「でも――――それじゃローデリアの時と何も変わっていないんじゃないですか?」
融資元が違うだけ――――マデリーネはそう思えてならなかった。
「只で融資しようってことはないと思うけど――――ここが「要所」だって王国に示せれば、融資は簡単だと思うわよ?」
「要所といっても、ここは辺境ですし・・・・在るのは荒地ばかりで」
「じゃあ、土壌を改良して農地にしちゃおうよ」
凍太が何気なく言った言葉だったが、しばらく間があって
「いい考えかもしれないわよ?」
ハンナが後を続けた。
「もし、仮にここが食料の産地として生まれ変われば――――「要所」と言えなくもないわ。農地を発展させて、各地と「王国」を通じて商売をする。そうすれば、
外貨も稼げるわ。ある程度の外貨が出来たら――――独立してしまえばいい」
「でも――――それだと戦争に成りませんか?」
「「王国」が後ろに居るのに手は出してこないわよ。手を出せば――――ローデリアは「王国」に喧嘩を売ることになるわ。相手もそんなことが分からないほど馬鹿じゃないとは思うわよ」
しばらくマデリーネは黙考し、
「わかりました――――ご協力をお願いいしたいと思います」
マデリーネは少し迷いながら――――さいごはあきらめに似た感じで声を絞り出した。
「よく言ったわ。今からリヴェリは「王国」の庇護のもとに再建計画を実行します。差し当たっては――――嘆願書を書くところからね」
タチアナはそういうと、カップの中のお茶を飲み干しニカリと笑って見せた。




