再びの迷宮へ
「いやぁ。なかなか妙案でござるよな」
迷宮「蛇の住処」へ行く。そう言った皐月の案はいくつかの取り決めを二人だけで決めて、潜ることになった。
勿論、ヴェロニカとシシリーには内緒で。ある。
1、目的地は2階の大広間と呼ばれる場所とする
2、潜って隠れている時間は放課されてから日が暮れるまで
3、しっかりと準備をしてから潜る
4、おやつは500ローデまで
の四つが決められ、凍太と皐月は学舎の庭にある空井戸の中にある扉の前に居た。
「まぁここなら立ち入り禁止にされているし、誰も来ないよね」
「頭いいでござろ?ほめてほめて?」
「はいはい。中入ってからにしよう?」
解錠の魔術を掛ける。流石に立ち入り禁止なだけのことはあって3重に錠がかけられていたが――――シシリーが掛ける扉の特別な仕組みに比べれば、構成はいたって簡単なものだった。
「解錠」
小さく呟いて、シリンダー錠をイメージして歯車が回る感じを想像してみると――――ガチャリと扉が開く音がした。
「なんでそんなに簡単に出来るでござるか?」
「シシリー先生の家は鍵だらけだからね」
生活する内に慣れちゃったよと言う凍太に、皐月は「慣れで出来る物でござろうか」と首をかしげていた。
中に入り、ランプを付けて中から再びロックを掛ける。
「これでしばらくは安心だね」
「そうでござるな」
大きなリュックを下ろして、中から毛布と水を取り出して一旦、休憩をする。
これから暫くはこの中に隠れて居なくてはならないのだから、体力の温存をしておこうと決めたことだった。
二人で隣り合って座り、ランプを前にしながら毛布を体に巻いて暖を取る。
凍太に嬉しそうに体をあづけながら尻尾をぶんぶんと振る皐月は大きな犬の様で、
時たま撫でてやると、とても嬉しそうにしているのが分かる。
凍太自身も悪い気持ではなかった。
「さて・・・と、そろそろ奥に進もう?」
しばらく休憩をした後で、そう提案をする。
ここに来た目的は逃げるばかりではなく、魔術の威力を敵相手に修練する為でもあるためだった。
ちなみにこの提案は凍太が無理やりねじ込んだプランでもあり、今の自分の実力はどれくらいなのかを見てみたいという思惑も凍太にはあった。
「そうでござるな」
リュックに重量軽減の魔術を施し背負う。
一人分とはいえ5キロほどはありそうな大きめのリュックだったが、魔術によって全く重さを感じない程になった。
ランプで奥を照らしながら進むと、やがて、バクティウムが数体、姿を現した。
「皐月はここに居てね」
「畏まった」
ランプを床に置いて皐月に待機を命じて、自分は3歩ほど前へ進み出でる。と
慣れ親しんだ半身にL字スタンスの構えを取った。
トン、トン、と上下に身体をゆすりながら、バクティウムとの距離を測り、リズムを取っていく。
(さて、まずは風から・・・)
手に集めた魔力に風を載せる感じでフリッカージャブの要領で素早く打ち放つ。と
バクティウムの体に風の弾が当たったように体組織の半分が吹き飛んだ。
(良し!)
慣れるために、小威力で二発、三発と打ち放つ。とバクティウムはあっという間に核を撃ち抜かれて、霧散した。
「おお!ヤルでござるな。『風当』にござるな」
後ろで見ていた皐月は拍手をしながら褒めてくれる。が
「風当?」
「何だ知らなかったのでござるか?応用の一つにござるが」
初耳だった。応用技なんだということも。
「応用なの?」
「まぁ、遠間から飛ばすだけでござるが。月狼国では「風当」「風弾」とも呼ぶでござる」
「へぇ・・・頭いいね。知らなかったな。為になったよ。ありがとう」
お礼を言うと皐月は恥ずかしそうにしていた。
それからも、バクティウムやコウモリなどが出て来ては、「風当」や「火弾」と呼ばれる火の玉を飛ばす魔術で倒していくうちに
「いやぁ・・・・氷雪系だけでなく、空、風系、火炎系もよく修練されているでござるな。拙者、驚きました」
皐月がいつの間にか、引きつった笑いを浮かべる様になった。
どうやら、結構な威力で行使される魔術、体術に驚きを通り越してしまったようだった。
「凍太殿。撃っている速度も威力ももう少し弱めにされると、良いでござるよ?」
「えー。結構軽めに出してるよ?まだ抑えるの?」
「時たま、拙者まで燃えそうな時があるのでござるが・・・・」
「・・・・ごめん」
そう言われてしまっては、謝るしかなかった。
「ふうー。すっきりした―」
「お疲れさまでござった」
日も暮れたころ、二人はいったん荷物を引き上げて、汗をながすために騎士課の風呂を使うことに決めて学舎内を歩いていた。
「それにしても、結構な威力で御座ったな」
「そうかな?」
「七歳にしてその威力は――――かなり強力なのではござらんか」
「ふーん」
自覚がなさそうに、返事をする凍太に困ったように、皐月は笑うしかない。と同時に、やはり、敵に回すべきではないと改めて実感する。
風呂には、数人の生徒しかいないのを確認して、凍太は汗を洗い流してから湯船へと浸かっていく。お湯がじんわりと体を温めてくれるのが気持ちよくて「ぇー」とついおっさん臭い声が出てしまっていた。
風呂に入りながら、魔術の事を考えてみる。威力、スピード、制御、魔力量。など。
特に考えたのが「威力」。
まさか、皐月に威力が強いと言われるとは思っていなかったので、内心、少しショックを受けていた。
「そんなに強いかなぁ・・・・」
言われた今とて、まだ半信半疑の心もちで、呟く。
(まぁ、使い慣れて来たってことなんだろうけど・・・・少し気をつけないといけないナ)
そう思考していると――――やがて
「凍太殿-」
と外から皐月の呼ぶ声がして、凍太は湯船から上がっていった。
「遅かったですね」
帰宅して自室に戻ると、ヴェロニカが寝間着に着替えて待っていた。
「いままで学舎にいたのですか?」
「うん。遅くなってごめんなさい」
「遊ぶなとは申しませんが、あまり遅くなりますと・・・くちゅくちゅ・・・ですよ?」
ヴェロニカが指を動かして見せる。
「分かったよ。明日はもう少し早めに帰ってくるから」
「期待していますわ」
そう言ってヴェロニカは先にベットに潜り込んでしまった。
近頃は、ヴェロニカは監視の業務を少し離れる傍らで、自分の研究室にこもって何か作業をしているらしく、先に眠ってしまうことが多い。
明日も、朝からゴーレムの作成と制御を凍太に教えなければいけないし、午後は凍太の監視、放課後は自分の研究室での作業が詰まっている――――プランを考えながらヴェロニカはすぐに眠りに入ってしまった。
(大変だなぁ)
眠るヴェロニカを見ながら、何とはなしに考えてみる。
まだ20歳半ばだと言うのに、理系の学生のような忙しさを思い起こさせて、凍太は苦笑いを浮かべた。
「そう?ヴェロは先に寝てしまったのね」
「うん」
2階のテーブルに座り、二人でお茶を啜りながら、凍太はシシリーと向き合ってチェリストを差しあう。
今日あったことをそこそこに話し合いながら、相手を追い詰める様に駒を動かしていく。たまに、お茶を飲みながら、長考などして、また空間魔術で制御を行いながら
駒を進めていった。
(落ち着いたこの時間は楽しいな)
シシリーとの差し向かいの勝負は凍太の知的好奇心を満足させてくれるし、寝るまでのいい暇つぶしにもなっていた。
とはいえ、まだシシリーに勝てることは一度もなかったが、それでも凍太は満足だった。
「おばあちゃん」
「何かしら?」
「おばあちゃんは推薦者に選ばれたことはあるの?」
「ええ。あるわ」
「その時も大変だった?」
駒を動かすのを考えながら、聞いてみる。
「ええ、そうねぇ。今よりも生徒が少なかった分、挑戦される回数は少なかったけど
そのぶん猛者たちが居たわね」
「へぇ、聞きたいな」
「例えば、私と同じ年代でいうなら――――ロッテルハイムがいたわね」
コトリと自陣の駒を動かして、シシリーは思い出すように言った。
「ロッテルハイム?」
凍太もコトンと兵士を一コマ進めて聞き返す。
「ええ。鉄壁のロッテルハイムって言ってそりゃあ、倒すのに苦労したもんよ」
シシリーはすこし苦い顔をして見せて、席を発った。
「もう眠くなったわ。凍太ちゃん。おばあちゃんと一緒に寝ましょ――――
ベッドの中で続きの話をしてあげるわ」
こうして凍太はシシリーの物語を聞くことになった。
荷物を持って『蛇の住処』へ探索を進める様になってから、幾日かが過ぎた。
皐月と凍太は今日も二人で挑戦者から逃げるべく、洞窟へともぐりこむ。
既に地下一階から地下2階に到達をするのは簡単で、敵に苦労することはなくなっていた。
「一階のフロアはもう大丈夫でござるな」
「そうだね」
二階の踊り場付近で休憩を取りながら二人が話しあっていた時だった。
遠くの方から何か引きずるような音が聞こえてくるのを感じて、警戒を強める――――ややあってから姿を現したのはいつかのケツァルコアトル族、オリビエだった。
「お前らここで何をしている?」
オリビエはこちらに気が付いたのだろう、近づかずに質問を投げかけた。
「こんにちわ。オリビエさん」
「――――お前は、あの時の小僧か。それで、こんなところで何をしている」
オリビエの態度は厳しい。人間嫌いはそうとうなものなようで、打ち解けるような素振りはない。
「見たことのない奴もいるな。何者だ?」
「皐月だよ。ぼくの友達だ」
「皐月でござる」
毛布にくるまったまま首だけでお辞儀をする皐月だったが、毛布の下では警戒をあらわにしていた。
「ここには来るなと言っておいたはずだが」
「地上に居たくない理由があってさ。悪さはしないからここに居させてくれないかな?」
凍太の提案がオリビエの顔に陰りを作る。が、同時に面白そうに片眉が上った。
「ほう?ニンゲンが地上に居たくないと?傑作だな。訳を話してみろ。内容によってはここに居ることを許可してやろうではないか」
蜷局を巻いたままの下半身は崩さずに、その場で屹立しながらオリビエは凍太たちに理由を求める。地上で何が起こっているのかを聞いてみるのも悪くないと考えていたのもあっての事だった。
「ハハハ、なるほどな」
凍太と皐月から事情を聞いて、オリビエは笑っていた。
「ニンゲン同士で淘汰をしあうとは、愚かよな」
「ホンとにね。追われる方は良い迷惑だよね」
眉根にしわが寄る凍太と苦笑いをする皐月。
そして、対照的にたのしそうなオリビエ。三者三様の姿がそこにはあった。
「にしても――――お前ほどの子供が逃げてくるなど、それほどに外には強者がおるのか」
「強者と言うか――――挑まれづづけると『気持ち』が続かんのでござるよ」
皐月が補足のように付け加えると、凍太が隣でうんうんと頷いていた。
実際、皐月のいう事は当たっていたし、代弁してもらえるのならば、任せてしまおうという気持ちもあって、凍太は皐月の意見には言葉を挟まなかった。
このまま、オリビエを説得できればそれほどお得なことはない。
「ふむ。まぁよい。今日の所は、我も暇だ。そんなところで休むよりは我が良い所に案内してやろう」
「へ?」
間抜けな声を上げたのは凍太だった。
「えっと、もう一回言ってもらえるかな?」
「じゃから、このようなところで休むよりももっと良い所を紹介してやると言っておるのだ」
信じられない、と言うよりも、信じるわけには行かないというのが凍太の本音だった。敵の甘言に乗せられるなど、馬鹿のすることだし、自分の身も危ない。
ましてや、今日は一人ではなく、皐月も一緒なのだ。案内してやろうと言われてほいほいついていくはずがないだろうと考えてはいたのだが――――
「ホントでござるか?イイでござるな!」
と凍太の心配など知る風もなく、皐月はオリビエについていこうとしていた。
「皐月まって!」
皐月の袖をつかみながら、ダメダメと頭を振って見せる。皐月の行動はあまりに軽率すぎる。だが――――
「平気でござるよ」
凍太を安心させるように、頭をなでると皐月は荷物を持ってオリビエの後について歩いて行った。
(マジか・・・・)
皐月の後ろ姿を見ながら、凍太は陰鬱になりながらも、自分だけここにとどまっているわけにもいかず、結局、なし崩しで凍太も二人の後を追うことにしたのだった。
案内されること10分ほど。
地下2階フロアの中ほどまで石壁がずっと続く道の途中にその部屋はあった。
大きめの木造のドアに閂。それを開くと奥に続く広めの石造りの部屋が姿を現した。
「さぁ入れ」
オリビエは二人を仲に招き入れると、扉の中から再び閂を掛けて施錠した。
「ずいぶん広い部屋でござるな」
「我の住処だからな。それなりの広さはあるぞ」
言われてみれば、部屋の広さはかなりのもので、部屋の中程には大きめのベッドが置かれているし、そのほかの家具や調度品もかなり古くはあったが、シッカリしたものが置かれていた。
奥へと移動するオリビエ。身体はかなり大柄ではあるが周りにぶつかったりはしないようでするすると奥へと移動していくと
「お前たちはそこのベッドにでも座っていろ。いま茶を入れてやる」
と指示をしてきた。
(あれ?)
オリビエの言動が思ったよりも優し気なことに凍太は首をかしげて、皐月はいわれるがまま、近くのベットに腰掛けていた。
「ふっかふかでござるな」
部屋の中に置かれた大きめのベッドの上でぽんぽんと弾んではしゃいで見せる皐月。
凍太はまだ警戒は解いていなかった。
やがてオリビエがお茶を用意して戻ってくるとオリビエ自身もベッドの上に上がり尻尾を伸ばして伸びをしてみせた。
「ここに誰かが呼ぶなぞ。久しぶりだな」
懐かしそうに言ってお茶を入れ始めるオリビエ。皐月もいそいそとそれを手伝い始めた。お茶が手渡されるその時になって
「この間はすまなかったな」
オリビエが凍太に謝罪をして来た。
「え・・・ああ・・・もういいよ。ぼくもあの時はやり過ぎだった」
謝り返す。と、オリビエは少しほほ笑んだように見えた。
「お前は変わったニンゲンだ。我の知っている邪悪な輩とは違うのだな」
そう言って、尻尾で凍太の背中を撫でる様にしながら自分の元へと引き寄せた。
「寂しいのでござるか?」
「寂しい・・・そうだな。何十年と一人だからな。寂しいのかもしれん」
存外に皐月の言葉にうなづくオリビエ。
「寂しいのなら拙者たちがまた来るでござるよ。」
「そうでござるよな?凍太殿」
言われて、少し考え込んだが――――
「そうだね。また来るのもいいかもしれない」
凍太の口からは自分でも意外なことにそんな言葉がとっさに出ていた。
「そうか。まぁ気が向いたら来ると良い。我は大抵はここに居る」
嬉しいのだろう。オリビエの顔はほほ笑んで、目にはうっすら涙が光っていた。
(この人もなりはこんなだけど――――寂しいんだ)
そう思うと異種族であっても信用して仲良くやっていけるのかもしれないと考えが頭に浮かんで、同時に、このオリビエと言うケツァルコアトルにたいして同情の念を抱いていた。
「じゃあまた来るね」
それから1時間ほどいろいろな話をして、この迷宮『蛇の住処』へまた来ることを約束して皐月と凍太は帰路に就いた。
「いやぁ。存外いい御仁で御座ったな」
ニコニコと笑いながら元来た道を戻っていく皐月は始終ぶんぶんと尻尾を振って、楽しそうにしている。
横で凍太自身も、オリビエが完全な悪でないことが分かって、いい経験が詰めたように思っていた。
「異種族でも怖い人ばっかりじゃないんだね」
「一番怖いのは、言葉や考え方が通じない『神』や『亜人』でござるよ」
「へぇ」
「一説によれば、南の大陸に棲む『亜人』と呼ばれるオークやコボルドの類は全く言葉が通じないそうでござるし、女子供は端から犯され、殺されるそうにござる」
「ホントに?」
「真偽のほどは不明でござるが、世間一般に流れている噂は、そんなものばかりでござるよ」
だから気を付けなければならないし、対抗できる力は必要だと皐月は言う。
その通りではあるかなと、うすぼんやりだったが凍太も同意をする。
それからしばらく二人は無言で歩き続け、井戸をのぼり、表に出た頃には
外は夕方になるまでに成っていた。
(この分なら家に付く頃には日が落ちるな)
算段を立てる。今日も無事に挑戦から逃げることが出来た。おそらくしばらくはうまく行くだろうなと思いながら――――凍太は足早に家に帰ることにしたのだった。




