苦手の克服 1
「今年も「交流会」が開催されます」
講堂に集まった生徒達が広報を務めるアリス・ウェイルズから壇上で声を発するのが魔術で拡大されて聞こえる
やたらと張った胸に、髪をサイドポニーにまとめて眼鏡を掛けるその姿は一部のファンの間で神格化されているほどに可愛い。
「それに伴い、今年も各コースから選抜者を選ぶ審査会が行われます。これは例年通り、自薦、他薦を問いません。自信のある方もない方も、ふるってご参加ください」
声は何かを読み上げるからだろう。極めてフラットで抑揚がないが----そこが、「たまらない」と誰かが言っていたのを思い出す。
「なお、種目は、都市間魔術対抗戦において、模擬戦を行うことになっており----」
発表はまだ続いた。
凍太はあくびをしながら、立っていると、横からヴェロニカが小声で「あら、また『くちゅくちゅ』ですかねぇ」と囁くのが聞こえて慌てて背筋を伸ばす。
この頃何かと、お仕置きで『くちゅくちゅ』をされることが何度かあり----それがトラウマになりかけている。
時たま、なんでこの人を選んだのか悔やむことがあるが----監視役の変更はしてもらえないらしい。
当のヴェロニカは新生のショタコン---凍太が決めつけているだけだが---のせいもあってお仕置きをするのに楽しんでやっているのでたちが悪いのだ。
曰く
「可愛くて指が止まりませんもの」
と言うことだ。
ともあれ----アリスの発表が終わるまで直立の姿勢で聞かざるを得ない凍太の疲労はピークに達しており、
内容はあまり理解できていなかったので、朝食を食べながら隣にいた皐月にそれとなく概要を聞いてみる。
1、選抜者は自薦他薦は問わない
2、王国の推薦枠があり、選ばれると、等級が上がる。
「うーん、都市間魔術対抗戦っていうのは?」
「各都市にある魔術学校の生徒が5人一組で種目別で競うのでござるよ。ご存じないので?」
初耳だった。ちなみに月狼国からもいくつかのエントリーがあるとの事だった。
「まぁ大体、勝ち上がってくるのは----ローデリア魔術学院、月狼国立『魔術道院』あとは---サンタなんとかでござる」
「古代魔術都市 サンタリオーネです」
伝えるならちゃんと言いなさいとヴェロニカが後ろから注意する。
「サンタリオーネねぇ」
呟く。興味があるとでも思われたのだろうか。ヴェロニカが説明を始めてしまうのを凍太も皐月も黙ってみているしかなかった。が、全く興味がないかと言えばそうでもない。ただ説明が小難しくなりそうなのが否なだけで。
「サンタリオーネはローデリア領の西の端にあり、古代文明が栄えた所でもあります。種族はエルフ、ハイエルフを中心とし、古代語の契約魔術を使うのが特徴です」
食事をしながら、まるで、テキストでも読むかのようによどみなく説明するヴェロニカの声を聴きながら、
(ほんとにこれで『お仕置き』がなければどんなにいいか)
と内心で思っていたりするが、怖くて言えそうもないので、やめておく。
「----つまり、サンタリオーネは魔術ではローデリアよりも上でありますが、弱点があるのです。なんだかわかりますか?」
説明を疑問にして皐月と凍太に問うヴェロニカ。二人はしばし黙考してから「疲労度」と答えた。
「そう。疲労度です。契約魔術は使用する上で高度な演算と、多大な魔素を変換し続けなくてはなりません。
それがいくら、エルフ、ハイエルフであったとて魔素を変換し続ければ----疲労度は溜まり、魔素の変換効率は落ちる。さすれば----」
「そこに隙が出来る」
皐月がギラリと目を光らせた。
「そう。毎年、その隙をついて『蛇の王国』は勝ってきました。今年も恐らく、使われる手とみて間違いありません」
常套手段。つまりはヴェロニカのいうのは、そういう事だろう。
溜が大きく、一発も大きい。大砲のようなモノだと凍太は想像した。最初は連射が聞いたとしても----やがて時間がたつにつれて----疲労度と魔素の変換効率は落ちて、隙が出来る。リロードの時間が長ければ長いほど
隙は大きく付け込みやすそうだったが----相手もきっとそれは知っているはずで、何らかの手は打ってくる。
「まぁ、今年は『隠し玉』もありますし。きっと面白い試合が見れると確信しておりますよ?凍太様」
にんまりと笑うヴェロニカ。何が何でも、凍太を選抜候補に選ばせるつもりなのだろうだろうと皐月は思っていた。
「まぁ・・・・なるべく頑張るよ・・・なるべくね」
朝食の残りを食べながら----凍太はやんわりとごまかすのが精いっぱいだった。
学舎の中を通り、廊下を渡りたどり着いた先は「科機工」コースの建屋だった。
まだ朝早くだというのに、どこからだろう、カァン カァンと音が聞こえる。まるで何かを叩いているように一定に、そしてリズミカルに、音はなりづづける。
やがて、3人が建屋の地下に通じる扉の前まで来ると、音の発生源はこの下だと知れた。
凍太はこのカァン カァンとなり続ける音に聞き覚えがある。金属を打って伸ばす音で小さいころに町工場が近くにあったせいかひどく懐かしい感じがした。
扉を開けると下に通じる階段があり、一歩一歩そこを下りていくと、次第に鼻にまとわりつく鉄臭さ。
周りには、ローブ姿ではなく、皮つなぎを来た姿の学生たちが巨大な機械を前にして念道の魔術を施し、中に流れる鉄を動かしていた。中を通る鉄は両端から出る炎によって焼かれて真っ赤で、上と下からは大きなプレス機で鉄を引き延ばす仕組みになっていた。
「おおー製鉄所じゃないかぁ。すごいなぁ」
「はぁー。何でござるか・・・コレ」
はしゃぐ凍太、びっくりしている皐月。ヴェロニカはいつもの通りだった。
「オウ。来たな」
はしゃいでいると後ろからこれまたつなぎ姿の男が姿を現す。
痩せ身に見えたが、決してなよりとしてはいない。しっかりと鍛えられた体だった。
目はたれ目で優しげな感じがした。
「紹介します。こちら科機工コースのオットー・マルヴィン講師です」
ヴェロニカがオットーを紹介する。オットーも皮手袋をとると握手を求めながら
「ぼくはオットー・マルヴィン。科機工コースへようこそ。『雪ん子』クン。」
そう言ってにっこりと笑って、がっちりと凍太の手をつかんだ。
ものすごい力で握られるが、負けてなるものかと握り返す。と
「なかなか、いい握力してるね。気に入った」
とオットーはまた笑っていた。
通されたのは地下鉄工所の隣に併設された、オットーの工房だった。
大きな炉に、鉄を加工するための台があり、これは黒光りする石で出来ていた。
壁には様々な大きさのハンマーややっとこに近い工具が掛けられ、どれも磨き上げられ鈍く光を放っている。
炉の近くにはすぐ使えるように水場があった。
「君にはここで火の調節をしてもらおうと思う。ただし、魔術でだ」
オットーはふふんと笑いながら、やにわにそう告げる。
「火の調整?」
「そう。簡単だろう?」
オットーは簡単に言ってのけた。が、凍太にはそうは聞こえなかったらしい。眉根にしわを作る7歳児。
凍太が一番苦手とするのが、火系の魔術だからなのだろう。いつもなら少し黙考した後に「やる」と
返事をするところだが、今回はいつまでたっても自分からは言い出さなかった。というより、自信がないのだとオットーは感じていた。ヴェロニカがこの話を----つまり、凍太を鍛えてほしいと話を持ってきたとき、
最初、オットーは断った。なぜ、科機工コースの生徒でもない、それも一番仲が悪く確執があるとされる魔術コースの生徒を指導してやる必要があるのだと、思っていたのだが、スカウトに行った同僚のスズノが
ニヤニヤしながら帰って来たのを機に、オットーの心は変わっていった。
「あんな子見たこともありませんよ」
スズノはスカウトに失敗しながらも----オットーに事のあらましを話し始めて、すぐにオットーも内容の異常さに気づき始めた。
「私はアレを最新型の武器としか言っていません。しかし、あの子は『鉛球を飛ばす武器』と明言したんです」
どうです。おもしろいでしょう?と呟くスズノ。
あの小型の銃はまだ世の中に出回ってはいないはずのものだし、ましてや、機工を知るものなどいるはず会っていいはずがないのだ。もし機構を知る者がいるならば、それは同じ着想に至ったものか、情報を盗まれたに違いないのだから。
そんな代物を、わずか7歳の子供が看破した事実に少なからず、オットーの心は高鳴った。
知りたい。見てみたい。実際に会って事の真相を突き止めてみたいと-----いつしか思うようになるのにそう時間はかからず、一度は断ったはずのオファーを自分から願い入れる形でヴェロニカに頭を下げたのはついこの間の事だった。
しばらくの沈黙が続く。その間凍太は目を瞑っていろいろと何かを頭の中で考えていたようだったが-----
「明日まで待ってほしいな。必ず答えは出すから」
そう言って、苦笑いをしながら小さい手でオットーに握手を求めた。
「そうだ-----すこし、俺らだけにしてもらえるか?」
オットーは何やら考えがあるような顔でにたりと笑う。彼は何か考えがあるようだった。
結局断る餉餉にもいかず----ヴェロニカと皐月は工房を追い出されてしまう。
「むぅ。のけ者でござるか」
「仕方ありません。私たちも戻るとしましょう」
ふて腐れる皐月にヴェロニカは諭すように言って----地下の鉄工所を後にした。
「さて、やっと二人になれた」
オットーはやれやれといった風にいう。
「君はコレを知っているね?」
そう言ってオットーが机の引き出しから出したのは一丁のマスケット銃。
前に科機工のスズノが見せたモノよりもかなり長かったが。
「どうだったかなぁ」
「しらを切らなくていい。スズノから話は上がっているんだよ」
オットーの目つきが変わる。いままで温和だったものが----一転して鋭く。
(ばれてるか)
迂闊だったなと考えながら、打開策を必死に頭の中で検索するが見つからない。
観念して、凍太は打ち明けることにした。
「・・・・知ってるよ」
「やはりね。これがどういう事をするモノなのかも知っているかい?」
存在は知っていても、使い方までは知っているか それはオットーにとって-----いや、『蛇の王国』としても
重要なファクターだった。
「うん。武器だよ。弾丸を飛ばして相手に命中させる」
正解だった。
「なら、仕組みや製造方法は?」
「なんとなくなら----わかるよ」
なんとなく。そういった凍太の答えにオットーは眉根を寄せた。どこまで内情を知っているのか。
それを今のうちに探っておかねばならないが----いまここで締め上げるのは得策ではないとオットーは判断した。目の前の凍太はもう何も話さないというように、そっぽを向いてしまっている。
少なからず、不信感を抱いているとオットーは感じて----方向転換をする。まだ奥にある情報を聞き出すために。
「そうか。まぁいいさ。この武器のことは他言しないと確約してくれるならね」
「もっと聞いてこないんだ?」
「聞いてほしいのかい?」
「話すと思う?」
「思わないね」
御互いに笑顔をつくったまま----言葉でジャブを飛ばしあってから、やがて折れたのはオットーの方だった。
「まぁ、腹の探り合いはここまでにしよう」
大きく手を広げるように、何もないよ と見せる様にして凍太に向ける。
「さっき言ったこととは別に、君に『火炎の魔術制御』を教えるのは確かだ。そのために君には僕の助手になってもらおうと思っている」
意味が今一つかめない。が、オットーは構うつもりがないのか、先を続けた。
「助手になって工房で働いてもらいたいのはさっき言ったよね。そこで、僕は魔術の制御を教えるし、無論、少しだけどお金も出す。どうかな?」
どうかな?といわれて、すぐには決められない。
ここでも、凍太の悪い癖が出ていた。
午後の授業を終えて、凍太は一人、ランドルフに相談を持ち掛けていた。
無論、朝にあったオットーの問いかけの件で---である。
だが、ここに来たのはもう一つ理由があった。
この間のケツァルコアトルの事だった。
「じゃあ、迷宮に潜るのはなしになるの?」
「簡単には決まらんわな。総長には十人委員会を通じてワシから手紙を送っておいた。近日中に講師の間で議題に上るじゃろうな」
ひとまずは安心だろうかと、凍太はほっとした。
「まだ何かあるんじゃろう?」
蜂蜜入りの紅茶を飲みながら自室の椅子をキぃときしらせてランドルフは凍太を見やった。
「炎の魔術制御が苦手なんだ・・・・」
下を向きながら、しょんぼりとした感じで打ち明けるのをランドルフは初めて見て、内心驚きを隠せなかった。
どころか、
(やはり7歳か)
と安心もしていた。
「で?お前さんはどうしたいのだ?ん?」
「どうしたらいいかわからない・・・・だからランドルフ先生に聞きに来たんだ」
助言がほしいと頭を下げる凍太に、ランドルフは少し考えてから
「まぁ、まず最初にの。魔術の道は長く険しいもんじゃが、同時にやりがいがあるもんじゃとワシはそう考えとる。
確かに魔痛症もあって痛みが走るのはつらいじゃろうが----ここで火の制御を学ばねば、お前は一生苦労することになるかもしれん。なぜかわかるか?」
「魔術コースにおいて、『すべての基本をマスターできていること』が必須だから?」
「そうじゃ。炎の制御、空、風の制御、水、氷雪系、大地系魔術の4つは最低でも制御できねばならん。これは『王国』にとって『鉄の掟』じゃ。なぜかは分かるの?」
「ここが最高の魔術を扱う所だから」
「そう。そしてこの『鉄の掟』を守れないものは、『王国』におれなくなる」
ランドルフの一言は凍太におもくのしかかる。
もしこのまま、炎の制御が出来ないと、『蛇の王国』を追い出されるというのだ。
大学における中退扱い。現代でいえば引きニートコースにつながるような----暗い人生に戻るような感じさえする。
「何も、最高精度まで制御しろとは言わん。言わんが、ワシはお前なら、炎の制御くらいたやすいことだと思っとる。氷雪系も火炎も基本は同じじゃ。まずはやってみよ。初めなければ何も始まらん」
ランドルフは笑って見せた。
結局のところ、最後の判断は自分の決心一つなのだと悟る
助言を聞いたところで、相手が命令をくれるわけでも、確約をくれるわけでもないのだから。
だが、全くの無駄かといえば、そうではない。
『道』は見えて来た。
やらなければいけないことは、基本4魔術の制御。たったこれだけだ。
そう思うと、肩の荷が下りるような、気持ちにもなる。
「-----いろいろありがとうございます。先生。今日はこれで帰るよ」
言ってランドルフの研究室を後にしながら----凍太の心は晴れ晴れとしたものになっていた。




