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監視役ヴェロニカ①

「じゃあ、大変だと思うけど、よろしくお願いします。アリトフさん」

講堂から出て、監視対象から掛けられたのは、そんな言葉だった。

アリトフさんと言われて、しっくりこなかったので『ヴェロニカ』と呼んでほしいと伝えると、その通りにしてくれた。

監視役に選ばれたのは、幸運だった。これで国の母に増えた分の仕送りをしてやれると思うと正直ありがたかった。翼人として嫌われるかとも思っていたのだが、この凍太と言う子供はあまり、人種の違いは意識しないと言っていたし、迷惑はかけないように行動するつもりだよ と宣言をしていた。

「凍太様は朝ご飯は済まされまして?」

「まだだよ。お腹すいちゃった」

私の問いになんともかわいい答えを返してくれたので、早速二人で、学舎内の食堂へ向かうことにした。

「ヴェロニカさんは、丁寧なしゃべり方するんだね」

食堂で紅茶と麦パンを選んでいると、凍太さまが声をかけて来た。

「ええ。昔からこうですし。あまり気にしたことはありませんが。お礼をいっておきますわ」

紅茶のポットを受け取って空いている席を見つけると二人で腰掛けた。

もくもくと小さな頬っぺたが動くのを見ながら、自分も麦パンを食べる。いろいろ今日は動き回ることになるだろうと頭の中で思いながら、紅茶を二人分注いだ。

「ありがとう」

凍太様が受け取って口に持っていく。少し熱そうにしながら一口含んで、いったんカップを置くと小指を紅茶に触れさせるようにして、中に氷を浮かべる。『無詠唱』で。

ぎょっとした。発音は聞こえなかったし、構成も一瞬。こんなことがあるのかと思いながら、氷を浮かべる紅茶をまんぞくそうに飲んでいる凍太様に私は驚きを感じた

「やはり、無詠唱というのは本当なのですね」

「うん。意識して声に出さないようにしてると出来る様になっちゃった」

「そうですか。あまりお使いになりませんほうがよろしいですよ」

私はそういって窘めることしかできなかった。

「どのコースがいいのかなぁ」

ぽつりとつぶやく凍太様。椅子に座りながら----きっと退屈なのだろう----足をプラプラさせていた。

そっと手を凍太様の足に触れて

「あまり揺らしてはなりませんよ」と窘める。

「まずは見学で各コースをお回りになってみてはいかがかしら?」

私が提案したのを 「うん そうする」と言いながら頷いていた。


まずは「騎士」コースへと向かうことになった。

教室に向かうため真ん中にある食堂練から右隣へと通じる道を歩いていくと、騎士コースの建屋が見えて来る。教師に許可はとってあり、見学は今日から3日間は自由に見ていいことになっていた。

「失礼しまーす」

小声で挨拶をしながら中に入っていく凍太様の後ろから私も続いて入室し、空いている後ろの席に腰掛ける。

ローブを引きずって歩いていたので、少し裾が汚れてしまっていたのを見つけた私はローブを手繰ってピンで調節してもう一度凍太様に手渡した。

抗議の最中で、教室の中は静かだった。後ろに行くにしたがって高くなる席。

教師の声だけが響く様子は、学生時代を思い起こさせた。

「なんの科目なんだろう」

「今は、戦術論ですね。騎士は前線の指揮も兼任しますから必須科目なので」

「そうなんだ・・・」

頬杖を突きながらぼんやり眺めるその姿は小さなネコ科の動物の姿を想起させる。

「確固分断かなー」

講義を聞きながら、凍太様が呟く。確かに教師は軍の進み方を教えてはいたが、まだ、に入る段階ではなかった。私はこの講義の結果を習ったことがあるので覚えていた。シュバルツェの戦い ローデリア1万と月狼国8500が対した戦いだった。結果は月狼国の勝利でローデリアが仕掛けた確固分断作戦を中央から突撃を掛けてローデリアの中央を抜くという、わかり易い展開の戦術だった。

軌道の早さと分断される怖さをこうして初歩のうちに教えていくことで、戦いになってから間違った判断をしないように----騎士コースの特徴ともいえる授業だろう。

しばらくすると、授業の終わりを告げる鐘がなった。

「うーん。戦術はむずかしいな・・・」

廊下に出ながら、凍太様は呟く、その肩はしょげているようにも見えた。


次に回ったのは「科機工」コース。

ここでは実験が実験が行われていた

教師が図解を前の黒板に書き込むと、横に原理を書き始める。

近頃、ローデリアでみつかった原理の一つだという。

「サイフォンか。随分とまぁ・・・初歩的なんだなぁ」

ここでも凍太様は頬杖をついて何かを考え込む動作をしていた。

「初歩的ですか?」

私には、最新に近い情報で聞いていて興味をそそられる情報だったのだけれど、凍太様にはそうは写っていないらしかった。

「初歩的だったけど、面白そうではあるね」

授業をしっかり最後まで聞いて凍太様が言った言葉はそれだけだった。


お昼時になった為、一度食堂にもどることにすると、

「凄い人だね」

「ええ。特に今の時間帯は込み合うものです。急ぎましょう」

まだ幸いなことに、あまり密集してはいない。しかし、あまり広い廊下ではないため、3人が横に並んだぐらいでいっぱいいっぱいになるくらいの幅に次々と生徒が集まれば動きが取れなくなるのは当然だった。

凍太様と速足で廊下を歩く。少し早いかとも思ったのだが----問題なく凍太様は私の横を追走していた。

「結構いるもんだね」

凍太様がつぶやいたように、すでに食堂はごった返していた。

学舎の生徒だけではない、それ以外の人間も昼食堂は使用できるため、学舎の食堂はことのほか混みやすいのだ。

昼食はすでに作られているものを取って持っていき、会計で清算を済ませて、空いている席に座り食事を取る。すでに1/3分ほどの席は埋まっていた。

「あ、皐月だ」

凍太様が何かを見つけたのか、列に並ぶ前にあるいていった先には一人の獣人族の生徒が座って食事をとっているところだった。

「皐月。元気?」

凍太様が話しかける。皐月と呼ばれた生徒は凍太様に気が付くと顔を明るくしてしっぽが左右に揺れた。

「凍太殿。お昼でござるか?よければいっしょに----」

最後まで言いかけて、私と目が合った。

「どちら様でござろうか?」

垂れていた耳がピンとはり警戒が露になる。

「私はヴェロニカ・アルトフ。凍太様の監視役で上級補佐官です」

言いながら、左腰に帯剣している短めの剣をちらりと見せると、

「左様でござったか。すみませぬ」

と生徒は謝ってくれた。

「いいのです。初めて会ったのだから仕方ないのよ」と言っておいた。



「いやぁ。凍太殿と昼餉が食べれるとは良いものでござるなー」

皐月はそういいながら、ちらちらと、ヴェロニカを見ているのが凍太には不思議だった。

「何か気になるの?」

凍太がそう問いかけても「いや。なんでも」といって目を背ける。そしてまた横目でヴェロニカをみるのだ。

ヴェロニカはあまり気にした風でもなく、凍太と並んで昼食を取っていて、たまに凍太の口を拭いてあげたりしていた。凍太は嫌がってはいたが、ヴェロニカはやめようとはしていない。

「しかし、監視とは穏やかではござらんなぁ。拙者そのようなこと初めて聞いたでござる」

皐月は昼を食べながら凍太の体に自分の体を寄せていて密着状態にあった。

「うん。って・・・皐月こっち来過ぎだよ?ちょっと離れてよ」

「そうでござるかな?もそっとこちらに寄られてはいかがかと思うが」

「匂いつけのつもりですか?はしたない」

ヴェロニカの言葉が飛ぶ。

「はしたない?翁石国では仲のいい証でござる故、勘違いでござろう」

皐月も負けてはいなかった。

「もうやめようよ・・・・」

凍太は7歳にして胃痛を体験していた。こんなにも仲が悪いのはなんでなんだろう。と思うが、当の二人はやめてくれそうにない。ヴェロニカは痩身なせいもあってさっきからアバラが凍太の肩に当たっているし、皐月は腰と胸を左側から圧力をかけて押し付けている。

周りの目も相当にひややかで、凍太にむけられていることは明らかだった。

「ごちそうさまでした・・・」

三人がようやく食べ終わったころには、凍太は疲れた表情でお茶お代わりしていた。

皐月がカップに紅茶を継ぎたしてくれている。

「そういえば、凍太殿は見学中なのでござるよな?」

「拙者もじつはこの三日間いろいろ見学中でござってな?一緒に見て回らぬか?」

皐月はそんなことを申し出ていた。

「いいと思うけど。ヴェロニカさんはどう?」

「凍太様が良いのであれば、同行は許可いたしますよ」

凍太が聞くとあっさりとした返事が返ってきた。



午後は、3人で『医療』コースと『魔術』コースを回ることになった。

皐月という子が目障りではあったが----凍太様に従って許可することにしましたし、ランドルフ様からも監視役としてだけでなく、まだ小さい凍太の身の回りの世話もする事、また、凍太様の意志になるべく沿う事。を

厳命されてもいるのであまり強くいえません。

(しかし、腕まで組むことはないのではないかしらね?)

前を歩く二人をうしろから監視しながら、胸中でぼやいてしまう。

「ここです」

医療コースのドアを開けると、悲鳴が上がっていたところだった。

ぎゃぁぁぁ-----

鉢植えから食物が生えているのを抜くと----ぎゃぁぁぁ----と断末魔の悲鳴を上げて植物の本体が姿を土の中から表す。マンドラゴラと呼ばれる魔術植物で悲鳴を聞くと倒れたり、死んだりするといううわさがあるものだった。

ぎゃぁぁぁ----

最後の悲鳴が響き終わったのを確認すると私は凍太様のお耳をふさいでいたのをそっと離しました。

皐月は凍太様のとなりで耳をふさいで丸くなっています。

私が奥の席に進んで見学であることを担当の教師に伝えると、教師は承諾して「どうぞごゆっくり」と告げてくれます。

『医療』コースはもともと私が学んでいたコースですので、『騎士』『科機工』の2つとは違います。

十分な説明が出来そうですね。

「さぁ、行きましょう」

私が進み始めると、後ろから二人が付いてくる。

空いている席に座って待っていると、講師が私に目を向けた。-----はじめるのね。分かっていたことなので

頷くと、講師は生徒たちに後ろを振り返るように告げた。

「さて、今日は皆さんに新入生を紹介します。後ろに居る方々が見えますね?」

「真ん中の一番お小さいのが今回の試験を合格した凍太殿。その隣は上級補佐官のヴェロニカ・アリトフ様です。で・・・そのほかは・・・?」

講師も眼鏡をくいっとさげて皐月を見る。分からないのだろう。間もなくして私に少し大きめに問いかけて来た。

「凍太様のお友達です。お気になさらず」

私が返すと、講師はうなずいて紹介を終えた。

授業が始まると、教室にはペンの音と教師の声があたりを支配した。

『医療』コースは机に向かうのが大半。このほかに野外での薬草の見つけ方、野戦病院の手伝いなどもあるが

この先2年はこんな生活がずっと続くのだと私は知っていた。

「今日はマンドラゴラの煎じ方とその効能ですね」

凍太様にわかり易いようにと、説明をとなりでする。 もし『医療』コースを回る時は講師から凍太様が『医療』コースに興味を持つように、根回しをしてほしいと頼まれていたからだった。

「あれなんに使うの?」

「主に、滋養を高めたり、抵抗力を一時的に高めることが出来るのです。見ていてください」

講師がマンドラゴラを一本、壺の中に入れる。マンドラゴラはまだ少し生きているようで水面が揺れていた。

「マンドラゴラが生きているうちに魔石の粉を子匙で2杯。それに、ミドリゴケを入れるのがマンドラゴラから養分をうまく抽出するコツです」

説明をしながら自分の知識を付け足した。

少ししてから、講師がミドリゴケと魔石の粉を2杯、マンドラゴラの入った壺に入れこんだ。

「ほんとだ」

凍太様は前の2つのコースよりも少し興味を持ってくれたようで終わりまでしっかりと講義を聞いていた。



「ふー。なかなかおもしろかったね」

「そうでござるかな-。拙者退屈でござった」

教室を出ると、魔術コースに行くことになった。

廊下で、皐月と凍太様は話しながら、並んで歩き、二人の後ろから私はついて歩くような感じだ。

皐月の尻尾は凍太様に話すたびに左右に大きく振れている。まるで、じゃれつく犬みたいに。


食堂練をはさんで反対側の魔術練に到着する。

この学舎が建てられて、一番初めに造られたのがこの『魔術』コースの建屋で周りの3つの建屋よりも時代が古いせいか、どことなく黒ずんでみえていた。

廊下を照らすランプもすすが固着していたし、床もぎしぎしと音が鳴っていた。

「ここです」

一つの教室にたどり着く。中に入ると、他の教室とは違って、授業の合間らしく、学生は見えなかった。

「休憩時間でしょう。少し待つとしましょう」

私達は次の時間までの間に少しばかり待つことにして、教室の後ろの席に着いて話を始めた

凍太様のこと、私のこと、皐月の故郷や、翼人種についてなど、とりとめなく話していると----ぽつりぽつりと学生が席に着きだした。

やがて、講師だと思われる人物がこちらにきづいて近寄ってくると、私に礼をした。

「おひさしぶりです。ヴェロニカ上級補佐官」

そう言った講師は、わたしの同年代のリットー・マルティン。赤毛でくりくりとした目の女性で人族とエルフの間に生まれたハーフエルフ。専攻は精霊魔術の研究だ。

「やめてちょうだい。昔みたいにヴェロニカって呼び捨てでいいわ」

「そういうわけにいかないでしょう?いまは昔とは違うのよ」

リットーは言って聞いてくれそうもない。ので、おとなしく折れることにした。

「で、今は監視官まで歴任ってわけねー。さすがね。ヴェロニカさんは」

リットーは横目で凍太様を見ると、私を茶化して見せる。

「でも、実際、こんなに小さな子が監視対象だなんてねー。ビックリだわー」

くりくりした目をぱちぱちさせながら凍太様を観察するリットー。

「で?この子の隣にいるこの獣人ちゃんは?」

「凍太様のお知合いよ」

「皐月でござる。凍太殿の付き添いで参った次第」

リットーは ふーん と言って今度は凍太に意識を移した。皐月にはあまり興味を感じなかったらしい。

「で、あなたが、監視対象ってわけねー」

代わりに、凍太様にはかなり興味津々の様子だった。

「ずいぶんと楽しそうね。リットー」

「それはそうよ。今年は合格者が少なかったし、その中でもダントツに才能があると『王国』は見てるんだから。是非とも『魔術』コースの陣営に加わってもらいたいわ。「交流会」も近いことだしね」

「交流会?」

凍太様と皐月が聞き返す。

「「交流会」とは正式には「魔術交流会」と言って年一回。ローデリア、月狼国、蛇の王国の3国から選りすぐった魔術師達の対戦です。王国内では試験内容、成績、素行、魔力容量などから総合して各コースから選抜しているのです」

「その中の候補に凍太クンあなたが入っているというわけよ」

リットーは言って、時間が来たのだろう、教壇へと降りて行った。


魔術コースの授業が始まると、リットーはさし棒で黒板を支持しながら原理を説明していく。

魔術の起動式のおさらいから、魔力の供給元となる「魔素」の知識。そして実際の詠唱の理論に入った所で-----凍太様に声が掛かった。

前に出てくるように、言われて私と凍太様はゆっくりと教壇へと向かった。

「はい。ここにいるのが今回の詠唱の見本となる「凍太クン」です」

リットーは凍太様の肩をうしろから両手でホールドしながら、紹介すると、教室内からはどよめきが起こった。

「はいはい。みなさんもうご存知の通り、「雪ん子」「氷帝」「無音」「問題児」などの呼ばれ方をしている本人です。凍太クン。みんなに自己紹介と『制約』に従って、無詠唱の実技を披露してほしいの?いいわよね」

リットーは『制約』と言う言葉をだして、凍太様に無詠唱を実演させるという。

『制約』とは『魔術研究のための協力』の事だとすぐに知れた。

「まちなさい!リットー。見世物のように扱うのは・・・・」

私が制止しようと、声を上げたが-----

「大丈夫だよ」

と言ったのは凍太様だった。

「はーい。いい判断ね。じゃあ、詠唱有りと詠唱無しで実演をしてもらうとするわね?みなさんもよく見ててください」

リットーは焚きつけるように、学生に同意を求めた。おそらく、構成と速さの違いをみづから確認するためと、実演することで生徒たちに教えようとしているのだと私は理解した----が。

(こんな、見世物のような事をさせねばならないなんて・・・・)

いくら、王国といえど限度が過ぎる。と悔しくなった。が、ここで、問題を起こしては凍太自身に迷惑がかかることも分かっていたので、私は静観を決め込んだ。

「じゃあ、まずは、詠唱有りでお願いね」

リットーが一歩下がって、指示をすると凍太様は

「えっと、じゃあまずは・・・詠唱在りで教壇の上にウサギを作りたいと思います」

言った直後から、構成が場の全員に感じ取れた。教壇の上にウサギの雪像がある姿が脳に流れ込んだ。

「うさぎさん」

凍太様は小さくつぶやく。同時にパキィと音がして教壇の上に掌サイズのウサギが雪像になって現れた。

「おおー」

「早いなー」

教室からは、小さく歓声と拍手が巻き起こった。ここまでは「王国」にいる者ならだれでもとは言わないまでも普通に見ることが出来る光景なのだ。

「じゃあ、次は、無詠唱で鳥を出現させます」

一寸後に、教室の中空に氷で出来た「小鳥」が出現し、『舞って』見せた。

構成が見えたのだろう。誰も口をさしはさむ者はいなかったし、リットーでさえも目をぱちぱちとさせていて起こったことが信じられない様子だった。

シーン と教室内が静まりかえる。

「あれ・・・・?」

凍太様は事の異常さに気が付いたのだろう。急いで雪像のうさぎと小鳥を無詠唱で消したが、それもまた

教室にどよめきを生んでしまった。

「おぃ・・・。解除まで無詠唱」

「すご・・・」

教室からどよめきが上がった後に、拍手が起こった。さきほどの倍近い大きさで。

「いやぁ・・・初めて見ましたねぇ!さすがです。流石ですよ。凍太クン」

リットーも驚きを通り越した様子で、凍太様を褒める。褒められて、凍太様はどこか複雑そうな顔をしていた。



「大変でしたね」

ようやく、私と凍太様は学舎の個室に逃げ込むことが出来た。

「ヴェロニカさんが飛んでくれて助かったよ」

凍太様はベットにうつぶせになりながらお礼を言ってくれる。

あのあと、私たちは生徒たちに質問攻めと、囲い込みに会いそうになって教室を急いで逃げ出しました。

後ろからは、私たちを捕まえようと生徒たちが出てこようとしていたようでしたが、皐月が私たちの代わりに

生徒ともみ合っていたのを後ろに見ながら----窓から凍太様を抱えて、私は飛びました。



「これでわかったと思いますが・・・・」やや疲れたかおで私が言おうとして

「うん。もう無詠唱はあんまり使わないことにする・・・」

と凍太様もベットの上で疲れた声ながら、分かってくれたようで安心しました。

「あんなことになるなんて思ってもみなかったなぁ」

今度は仰向けになって、何気なくつぶやく凍太様。

「少しやり過ぎたのです。今度からは、面倒でも、詠唱をして戴けると私はありがたいですね」

私はクローゼットの私服に着替えながら、背中越しに呟く。

「ねぇ。ヴェロニカさんは上級補佐官な訳でしょ?」

「ええ。そうです」

「個室持ってるんだよね?」

「いいえ。個室があるのは基本、監視対象か導師の方々です」

「じゃあ自分の寮はあるんだよね?」

「ございますが。それがなにか?」

「何かじゃなくてさ。もう一人にしてほしいんだよね。はっきり言えば自分のことは自分でやるから寮に戻ってほしい」

「出来ません。監視対象者は監視者と常に一緒です。沐浴、排泄以外はですが」

「なんだよ、僕はそんなに信用無いの?ヴェロニカさんだってこんな子供に選ばれて嫌なくせに・・・」

「・・・・最初は慣れないとキツイとは思いますが、ご理解ください。それに私は凍太様を嫌いではありませんし、とても名誉を感じております」

凍太様はベットに横になったままこちらを向こうとはしない。まだ7歳の心にはこの状況下はつらいだろうとは思ったが、なんとかこの状況に慣れてもらうしかない。私はそう考えていたし、王国の為にも、きっと凍太様の為にもいいと思っていた。

「少しずつで良いですから、慣れて行ってください。私を母親のように思ってももらって結構です」

「僕の母さんは凍子さんだけだもん」

「ゆっくりで良いのです。今は癇癪を起す時ではありません。どうか聞き分けてください」

そう言ってわたしは凍太様の隣に腰掛ける。

「いがみ合って、これから暮らすのは大変です。なかよく行きましょう」

「・・・・ごめんね。すこし考えさせて」

凍太様はそれきりしゃべらなくなった。



朝日が昇る前にうっすらと意識が覚醒する。

まだ早い。今日は学舎は休みの筈で休日の筈だ----まだ寝てていい。とそこまで思って手を何とはなしに動かしてみる。? 昨日はこんなに腕が軽かっただろうか? と思ってうすぼんやりと瞼を開けて----異変に気が付いた。凍太様がいない。頭一気に覚醒した。同時に混乱して----一番ありそうな状況を整理した。

トイレ---いない。学舎の食堂----いない。風呂場----いない。

寝巻のまま起きて探すが、凍太様の姿はどこにも見えなかった。

(失踪? 自分から逃げた?)

凍太様の自室に戻り、ひとまず服を着替える。ローブを羽織って、短剣を腰に差す。

髪をまとめるためにクローゼットにある鏡をのぞき込んでいたところで----階下からぎしりと音がした。

やがて、扉が開く。とそこには道着姿の凍太様が立っていた。

「-----!」

急いで駆け寄って顔を見る。間違いなく凍太様だった。

「ヴェロニカさん?」

「どこに行っておられたのですか?!」

つい声が荒くなった。

「朝のトレーニングだよ。学舎の周りを走ってきたんだ」

よく見れば体からはほんのり汗のにおいがするし、湯気が身体から上がっていた。気温はまだ寒いのにこの子供は走ってきたという----。

「今日は休みと知っているはず。なぜそんなことをなさるのです」

「休みだからだよ。この頃、走れてなかったし、いつもの訓練も出来てないしね」

「訓練?」

「うん。雪花国にいた頃は毎朝走って、身体をあっためてから、ご飯を食べて、おばあさまとの武術訓練があるんだ。体をなまらせるわけには行かないし、だから走ってきたんだ」

(すじは通っていますが・・・・)

「あまり心配させないでくださいな。このヴェロニカ。こう見えても心配性なのですよ」

「ゴメンね。そんなに心配するとは思ってなかったんだ」

とりあえず、かいた汗を流すというので、部屋付きの風呂に入れた。

タオルで拭くと凍太様は下着を身に着けて、部屋着を身に着け、頭を拭き始めた。

「そんなにすると、髪が傷んでしまいます」

私はベットに腰掛けて凍太様の後ろに座って手に熱を集中させて髪をなでるように乾かしていった。

「そんなことも出来るんだね」

「やったことはないのですか?」

「うん。いつもはお風呂から上がったら布で拭いて妖石で暖めて乾かしてた」

「それでも良いですが、魔術で温めながら、乾かし、テルファ草を溶かしたこの油を髪に塗り込むとサラサラになります」

そういってテルファ草を溶かした油を塗り込む。そしてまた乾かしていくと、黒髪が一層つやをまして居た。

「うん。いいつやです」

頭を撫でながら私は一通り満足して、後ろから凍太様を抱きしめた。

「これからは、一人で訓練はやめてください。行くときは必ず私も同行いたします」

「うん」

この日、凍太様と私の間に一つの決め事が生まれたのだった。

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