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勇者、雑魚と再戦する

 シズンの遺した目印を一つ一つたどりながらユードロスは歩いていく。リボンの指し示す道はぐにゃぐにゃと曲がっているのでその歩みは遅々として進まない。


 それでも不快感と倦怠感に蝕まれている今のユードロスには「目的地に確実につける」という保証は精神的にありがたかった。


 それに、魔王と戦う前に消耗しないよう細心の注意を払って進んだために魔の大森林の中でも比較的安全な道になっている。


 更に魔力探知を常に意識するようにすれば、時々通り掛かる魔物もなんとかやり過ごす事ができる。


 目印のおかげで肉体的にも精神的にも楽になってきたユードロスだったが、彼は忘れていた。


 魔の大森林にいる魔物は生息している生物全体と比較すれば少数派であり、ほとんどは魔力をもたないただの野生生物であることを。そして大森林に足を踏み入れた人間を最も殺してきたのが、他ならぬただの野生生物だということを。


「またお前かよ!!」


 ユードロスが叫んだ先には、前足で地面を蹴り、彼を威嚇しているイノシシの姿。


 彼にとってはほんのすこし前、実際には一ヶ月前に彼の死因となった存在――の別個体――が再び彼の前に立ちふさがっていた。


 勇者としての実力を兼ね備えていたときならイノシシなどの野生生物は魔の大森林における貴重なタンパク源、『十三人の人類到達点(ボーダー)』の食料でしかなかった。


 それが今や立場は逆転し、雑食のイノシシが勇者を捕食する側になっている。


 ユードロスも今度はむざむざと殺されるつもりはない。腰の聖剣を抜き、自然体でイノシシが動くのを待った。


 元は村人であり、戦場で剣を振るうことによって鍛えた彼の剣に決まった型というのはない。純粋に相手が動くのを見て、対応して最善の一手を打つ。それだけだった。


 だからこそ彼は剣先を下げ、ジッ……とイノシシを隅々まで観察する。


 筋肉の動き、目の動き、息遣いに至るまでじっくりと観察する。


 ――今の俺では、真正面からたたっ斬ることは不可能だ。なら、どうやって対処するか。


 敵と相対した時に弱体化した自分がどう戦うかという問題は、この大森林に入る前から考えていた。その答えはまだ出ていない。


 だが、答えが出なければ彼はまた死ぬことになる。


「それは勘弁してもらいたいたいな」


 ユードロスは誰に言うでもなく呟くと、口角をキュッと上げる。真っ直ぐ獲物を睨みつけ、犬歯を見せて獰猛に笑うその表情は大型のネコ科動物を想起させた。


 ユードロスの射抜くような視線を嫌がったのか、イノシシが奇声を上げ、突進する。


 動物らしい何も考えていない一直線の突進は、当たれば人の一人や二人を叩き潰すことが出来る。弱体化した勇者だって殺せることはユードロス自身経験済みだ。


 しかしそれも当たればのこと。


 あまりにも直線的な攻撃は読まれやすい。


 冷静さを取り戻したユードロスにとって、見切るのは容易かった。


 だからと言って高速で動く巨体を避けるのが容易かというとそうではなく、ユードロスは紙一重でイノシシの攻撃を避ける。牙がかすって、頬に赤い線が引かれ、避けた勢いで地面を転がり土まみれとなる。


「上等!」


 前回の対戦から、すぐさま次の攻撃が来るのが分かっていたので転がった勢いのまま前転して立ち上がり、口元まで伝う血を舐めて叫ぶ。


 イノシシは愚直に突っ込んでくる。


 跳んで避け、すれ違いざまに胴を斬りつける。狙いがそれ、聖剣はイノシシのつま先を叩いた。


 硬い爪に弾かれて傷こそつかなかったものの、思わぬ獲物の反撃に激昂するイノシシ。


 聞くに堪えない汚らしい鳴き声をあげると、更にスピードをあげてユードロスに迫る。


 巨体を前にして、ユードロスの脳がフル回転する。


 ――さあて、さて。避け続けてまぐれ当たりを期待してちゃジリ貧だ。ならどうするか。逃げる?


 彼はまず、否定するためにその考えを頭に浮かべた。戦いを避けるのは自分を、そして誰かを守るために必要なことだが、いざというときに戦うことから逃げていたら、大切な物から奪われていく。そのことを分かっていたからこそこの逆境で退路を断つ決意をしたのだ。


 ――戦う! 戦って勝つ! だがどうやって?


 今のユードロスには聖剣シミリスを扱えるだけの技量がない。にも関わらず、聖剣を扱っていた経験があるために認識と実態に差が出てしまっている。ではどうするか。


 数多の戦場を駆け抜けて少しずつ少しずつ手にいれていった、彼の経験に基づく技量だ。今すぐにあのレベルまで持っていくことは不可能である。


 ――ならどうする? 技量がなくちゃ今の俺にはヤツを斬れない。……いや本当にそうか? 相手はデカイとはいえただのイノシシだ。実力不足で聖剣シミリスの力を一割も引き出せていないとはいえ、聖剣の切れ味だけでも傷を負わせられるのはこの前の件で証明されている。だけど狙ったところに当てられなくては意味が……。


 とここまで考えたところで、ユードロスの脳裏にある考えが浮かんだ。


 ――そうか。技量が足りてなくてズレるのなら……。試してみるか。


 ユードロスの眼前に巨体が迫る。


 彼が跳ぶ。殺意が交錯する。

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