表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

勇者、手がかりを見つける

 魔の大森林をユードロスは一歩一歩、着実に歩いて行く。倦怠感と不快感は相変わらず彼の体を蝕み続けているが、これも勇者としての試練だと思えば割り切れた。


 自分が死から復活したように、いずれオルビニャも復活すると聞いたユードロスは、オルビニャが復活するのに備えるよう勇者として仲間たちに伝えなければという使命感に突き動かされていた。


 ミニャに会いたいという私的な欲求よりも、使命感のほうが自分の力を発揮できるのがユードロスが勇者たる所以だが、彼は自身のありようを意識したことがない。


 とにかく、俺しか知らないのだから俺が動かなくてはと単純に考えているだけだ。


 使命を自覚したことでユードロスは慎重になった。最初の復活は魔王と相打ちになって一〇日後だったが、その次は一ヶ月後だ。もし今度死んだ時、一年か一〇年か、あるいは数百年も経っていてとっくの昔に復活した魔王によって人類が滅ぼされていたなんてことになっていたら目も当てられない。


 だから彼は聖剣を抜き、油断なく周囲を警戒しながら魔の大森林を進んでいく。本当は来るときに通った場所を通って行けば最も安全なのだが、魔王城に向かうときは誰も彼も生きて帰れるとは思っていなかったため、目印となるようなものをつけてこなかったのだ。


 そのことを後悔して八つ当たり気味に近くに生えていた巨木に斬りかかる。


 聖剣は巨大なイノシシと戦った時と同じように、ユードロスのイメージした場所より低い位置に傷をつけた。


 確かめるように、もう一回。今度は下から上に斬り上げる。狙いはブレ、巨木の表面についた傷はグニャグニャと曲がっていた。


 傷を指でなぞって二度三度何かに納得した様子で頷いて、今度は魔法で火球を生み出す。


 これも死ぬ前には人の頭ほどの大きさの物がパッと生み出せたのだが、今やろうそくの火くらい小さく、弱々しい。試しに巨木に向けて火球を放ってみるも、表面をちろちろと焦がして終わった。


 それから巨木を実験台に自分の拳や各種属性の魔法などの威力を見定めたユードロスは一つの結論に達して


「なるほど」


 と声を漏らした。


 剣の腕前は下手くそ、火球は日常生活で使える程度、拳も実戦で鍛えあげられた格闘技術を忘れたように素人パンチしか放てない。水はなんとか出せたが、土や風といった他の魔法は発動させることすら出来なかった。


 ユードロスは自分の拳を見つめて、あの日のことを思い出す。


「この俺は、五年前の俺か」


 五年前のあの日まで、彼はどこにでもいる村人だった。戦うためではなく畑を耕すために鍛えられた肉体に、日常生活で使う最低限度の魔法――それでも魔法を扱える人間の少ない寒村ではありがたがられたが――を覚えているだけの、普通の人間。


 普通の人間として生き、外の世界を知ることもなく、普通の人間として死ぬはずだった彼を変えたのがあの日突如として現れた魔王軍だった。


 本当は突如として、という言い方は正しくない。魔王軍の進攻は村が襲われる少し前から始まっていて、彼の村があったコーダストリア皇国は魔王軍がだいたいどういったルートを通るのか把握していた。ちょうどそのルートにユードロスの生まれ育った村があり、劣勢の皇国軍が撤退するほんの少しの時間を稼ぐために見捨てられたのだ。


 結果として魔王軍は略奪と殺戮のためしっかり時間を消費し、皇国軍は皇都で持ちこたえるための準備が間に合ったのだが、それをユードロスが知ったのは勇者として教会に認定された後のことだった。


 村が見捨てられていたことを知ったユードロスは怒りの矛先を魔族から人類に向けるのだが、それまでは彼は打倒魔族のため血のにじむような努力で剣術や魔法を学んでいった。


 そうして並び立つものがいなくなり、「人類最強」と言われるようになるまでに強くなったからこそ勇者になり、なんとか魔王と引き分けにまで持って行くことが出来た。


 魔王と引き分けることが出来る勇者としての強大な力が、今は失われている。


 五年前の、普通の村人でしかなかったユードロスに戻っている。


 分かってしまえば、ユードロスが今強烈に感じている不快感も倦怠感も、不思議ではなかった。


 彼が魔の大森林に足を踏み入れて平気だったのは、五年間の実戦経験のたまものだ。それがなくなってしまっているのだから、不快感や倦怠感を感じて当たり前。イノシシに殺されるのも、当たり前だ。


「困ったな……鍛え直しか」


 五年間で得た力をすべて失った今、魔の大森林は彼にとって大きな壁となって立ちふさがる。なにせユードロス達十三人以外に生きて帰った者はいないのだ。


 それでも心折れるわけでもなく、彼はひょうひょうと笑ってみせる。


 自分が弱体化していると知った今、もう一つの可能性にも気づいたからだ。


 勇者の自分は魔王と同じ不老不滅になった。そして復活した時勇者として培ってきた力をすべて失った。もしも本当に同じなら、魔王も復活した時、弱体化している。


 なら、復活してすぐ勇者らで攻めれば、今度は勝てるのではないか? そして、不滅を謳っているが滅ぼす、あるいは封印することができるのではないか?


 魔族を束ねていた魔王の復活は人類の危機を指すが、魔王の弱体化は人類に希望をもたらす。


 自分が抱えた情報の重要性を再認識して、彼は再び歩き出す。




 ユードロスは自分も含めた十三人の全員が魔王を倒すためならその身を捧げて構わない人間だと思っていが、実際にはそうではない人間もいた。


 それが『十三人の人類到達点(ボーダー)』の最後の一人、シズン・タカッカだ。童顔低身長の若きシスターにとっては魔王の打倒は手段ではなく、目的だった。その目的を彼女は教会関係者以外の誰にも話したことがなかったのでユードロス達は知る由もなかったが、彼女は魔王を倒した後絶対に帰りたい場所があったのだ。


 その彼女が十三人の中でも回復能力に長けたスキルの持ち主――巷ではそういった一部のスキルばかり先天的に持っている人物を異能者と呼んでいた――であったために、魔王の側近、ヴラス卿の投げた毒針によって真っ先に殺されたのは皮肉的な運命のめぐり合わせとも言えた。




 とにかく、シズンには帰るべき場所があり、魔王を倒した後、魔の大森林を抜けるために、密かに目印をつけていた。


 その目印にユードロスが気づいたのは全くの偶然だ。


 自分の戦闘力が弱体化しているのが分かった彼は、なら弱体化した今の自分の限界はどこなのかを知ろうとしていた。


 剣術や魔法に関しては既に実験済みだったので、それ以外のことで何か使えるものはないかと探しながら歩いていて、彼は最初に復活した時の魔王とのやりとりを思い出す。


 魔王は確かに、魔力探知のできるお前なら――と言っていた。


 魔力探知は誰にでも出来るものではない。魔法とは違い習うことは出来ず、先天的に才能がある者が自覚することで使えるようになるスキルだ。


 ――しっかし、このスキルも五年前には使えなかったんだけどな……。


 試しに斬撃を飛ばすスキルを使おうとしてみるも、何も起きないどころか聖剣を振り回した勢いで吐き気を催してしまった。


 ――い、今はやめておこう。


 使える魔法やスキルを確認しておくのも大森林を抜けるためには必要なことだが、体調を崩しては意味がない。そう言い訳して、とりあえず問題なさそうな魔力探知を使っていこうとユードロスが周囲の様子を探った時、かすかにではあるが良く知った魔力が発せられているのに気づく。


 その魔力がシズンの物であるのはすぐ分かった。しかし、彼女は毒針で死に、その死体はユードロスの最後の魔法によってクールド教国大聖堂に送られたため、彼はなぜこんなところでシズンの魔力が引っかかるのかと首をかしげ、自然と足をその方向へと向けていた。



 そして見つけた、赤いリボン。リボンにはシズンの魔力がしっかり込められていた。魔力が込められているとはいえ、何か触れたり特定の物に反応して魔法が発動するわけではない。シズンの帰りたいという強い意志が魔力としてリボンに残り香のようにまとわりついていた。


 シズンのつけたリボンは魔王城のすぐ近くから、ファルコンサイン近郊まで数百メートル間隔で木に結びつけられている。それを辿れば、勇者たちであれば迷うことなくファルコンサインまで帰ることが出来るという寸法だ。


 魔力探知の範囲には限りがあるためファルコンサインがどの方向にあるのかは分からない。なにせ、シズンのつけたリボンの道は大蛇のように大森林の中を蛇行しているからだ。


 反対に、大森林を入ってからそれほど進んでいないため魔王城の方向はよく分かった。遠回りだが魔王城へ向かう方とは逆に行けば、ファルコンサインに確実につくことが出来る。


 ユードロスは影のある、思いつめた困り顔を常にしていた少女を思い出し、両手を合わして感謝した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ