勇者、気づく
「お・か・え・り」
魔王が太陽もかくやという満面の笑みを浮かべてユードロスを見下ろしていた。
おかしい……ヤツは俺の胸ほどまでしか身長のない小柄な体格だったはずだ……そのヤツに見下ろされるなど……。それに、なぜ逆さまに立っているんだ……? などとまだ覚醒しきっていない頭で考えたユードロスは、直後自分が寝ているのだと気づいた。
ガバっと体を起こすと、ユードロスの頭が魔王の体を突き抜ける。
かがんだ魔王(全裸)の背中から筋骨隆々の青年が上半身を出しているという、端から見たら不思議極まりない状態だが彼にはそれを省みている余裕はない。
「オーイ。俺を無視すんなや」
魔王の言葉も耳に入らず、ユードロスは自分の手を握ってみて、足をあげてみて、確かに体があるのを確認する。それから恐る恐る後頭部を触って、スイカみたいに潰れた後頭部がミニャに切りそろえてもらった髪型そのままであるのを確かめた。
「オイこら」
そこまで確認して、ようやく自分が生きていることを実感した彼はふうと一つため息をつく。
「オイ!」
――しかし、俺は確かに死んだと思ったんだが……。
「グヌヌヌヌヌヌヌ!!」
考え事を始めたユードロスを魔王は半泣きで殴りつけるも、本人が言うように魔王は存在未満のあやふやな物であるためその拳は全てユードロスの体を通り抜ける。
散々腕を振り回して肩で息をするようになった頃、ようやくユードロスは髪を乱して薄い胸を上下させている魔王の存在に気がついた。
「……何やってんだお前」
「うっさいはよ気づかぬかこの糞勇者!」
そう言われてもユードロスにしてみればこの小さな魔王に構っている暇なんてない。彼の頭にあるのはただひとつ、仲間の元に、ミニャのもとに帰る。それだけだった。
だからはよ気づかぬかと言われてもそれに応じる気はなかったし、因縁の相手にそう言われたら余計に相手していられるか! とイラッとした。
かといって実態のないオルビニャに聖剣を振っても意味は無いので、無視を決め込む。
手際よく鎧紐や聖剣のベルトを締め直してさっさと魔王城を出ようとする段になって、それまで罵倒の言葉をこれでもかと投げつけていたオルビニャが、声のトーンを一段低くした。
「ほーう。そうか。無視するのか。なぜ自分の体が思ったように動かないのか、なぜ死んだはずなのにまたここに戻ってきているのかも分からずに? あーあ、もう一ヶ月立ったのだがのう……?」
流石に勇者として数多の修羅場をくぐり抜けたユードロスもビクリと肩を震わした。
「なんだと?」
「気づいとらんのか糞勇者。お前の周りを見てみよ」
言われて周囲を見てみると、ハエがたかっていた魔族の死体はドロドロに溶けて骨を露出させており、オルビニャのドレスとパンツは風雨に晒されて汚れが目立ち始めていた。
後頭部が潰れて意識を失ってからここで目覚めるまで、魔王の言ったとおり一ヶ月位の期間が経っていると納得するしかなかった。
どうしてそうなったのかを気にしだすと、唯一理由を知っているであろう魔王に疑問をぶつけたくなる。
しかし、宿敵に、しかもこの人をいらいらさせるのが生きがいといった魔王にそれを聞いてしまうのは勇者として何か大切なものをなくしてしまうような気がして、ユードロスはかなり長い間考え込んだ。
考え込んだ結果、勇者としてのメンツが実利に負け、彼は素直に、しかし苦々しい表情を隠そうともせずオルビニャに頭を下げる。
「……………………お前が言うように、一ヶ月ほど経っているのは分かった。なら教えてくれ。いや、教えてください。俺に何が起きてるんだ?」
「フーン? 貴様、人に物を尋ねる時はそれなりの態度ってものがある……お? え?」
オルビニャにとって勇者の行動は予想外だった。
彼女の頭の中では勇者が悔しそうに聞いてきたところで「人に質問する時はそれなりの態度ってものがあると思うんだがの?」と言ってやり、悔しがりながらも自分に頭を下げる勇者というのを想像していたのだ。
それが悩み抜いた末とはいえ、最初から頭を下げられてしまい拍子抜けしてしまったのだ。
なんて言ったらいいのか分からなくなったオルビニャが口をパクパクさせているので、ユードロスは訝しげにオルビニャの顔をのぞき込んだ。
宿敵たる勇者に見つめられていることに気づいた魔王は、動揺を隠すつもりで大きくゲフンゴホンと咳払いをして、気を取り直した。
「し、仕方がない! そこまで言うなら教えてやろう! 糞のような貴様の脳みそでは覚えているかどうか怪しいが、貴様は俺と同じで不老不滅になったと言っただろう! つまりはそういうことだ!」
「どういうことだ!」
鋭いユードロスの突っ込みに、オルビニャはちょっとたじろいだ。だが、ここで引いたら魔王の名折れとばかりに勇者に余裕たっぷりに笑ってみせる。
「ふん! やはり貴様は糞勇者よ。不老不滅だ。不老不滅。つまり老いず、滅されない」
「老いないのは分かるが、滅されないというのはどういうことだ」
「つまり俺よ。俺は確かに貴様ら糞人類どもに殺された。だが現実に今こうして薄っぺらな存在未満の存在として居るだろ?」
「今の俺も、存在未満の存在だということか?」
「違う違う。今のお前は存在しているだろうが糞が。ホント糞頭の糞人間か」
「じゃあどういうことだよ」
ユードロスは開き直るようにして聞いてみた。元々ただの村人でしかなかった彼は自分に学も教養もないことをよく知っていた。だからこそ、そこを他人に指摘されるのは不愉快だった。
そんなユードロスに釣られたのか、オルビニャもかなり強い口調で返した。
「だから! お前は俺と一緒で死んでもまた! いくらでも! 復活できるようになったってことだ! 俺は死んでから復活するまでの間に意識があるけどお前には意識がないのが違いだよ! ついでに言うと、お前の体は五年前の、ただの農夫だった頃にまで戻ってるんだよ! 弱っちくなってんだよ! 分かったか糞勇者!」
魔王の発言に、ユードロスの血が急激に冷めていく。彼が気になったのは、自分のことではなく、オルビニャが口を滑らした、魔王の秘密だった。
――今なんて言った? 俺と同じで死んでもいくらでも復活できる? 意識があるかないかが違い?
それはつまり、勇者ユードロスが生き返ったように、魔王オルビニャがいずれ復活することを意味していた。
勇者に関してRPG風に説明するならば、
レベル100でHPもMPもカンスト。
レベル90以上でないとちゃんと使えない武器、鎧を装備。
使用に莫大なMPを消費するあるスキルや魔法も修得済み。
であったのが、レベル1に戻ってしまい全て使えない、といった状況です。
…………作者なら作品の中で説明しろよってツッコミはごもっとも。