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勇者、死亡する

 荒れ果てた魔王城を出ると、城を取り囲むように数年かけて発展していった魔都がそこにはある。強大な力を持つ者がいればそれを求めて有力者は集まり、有力者が集まればそのおこぼれに与ろうと目ざとい者達が群がる。そうして人口が増えれば、住む場所や食料は足りなくなり、それらが足りなくなれば魔族の商人達がより一層隊商を組んでやってきて、その流れに乗って魔族もやってくる。


 そうやって魔王が統治するわけでもなく、自然と発展していった魔都は区画整理など考えられているわけもなく、雑多で入り組んでいた。それだけに、空でも飛べない限りは外敵が魔族に会わず魔王城の城門まで辿り着くのは至難の業であった。


 ユードロス達が潜入した際はミニャとヴェルク卿が何重にも隠蔽の魔法をかけて、これから最終決戦だという緊張感を持ってやってきたのだが、今や大手を振って歩いていても、鉢合わせる魔族は一人としていなかった。


 魔王が倒されたことによって誰も彼も逃げ出していたからだ。争いもあったのか、どこからか鉄っぽい臭いと炭の臭いがした。


 その光景に、ユードロスの脳裏にかつて魔王軍によって滅ぼされた自分の町や、始めて戦った砦が浮かぶ。


 人だろうと魔族だろうとほとんどの者は戦争など関係なく日々を一生懸命生きており、戦争によってその生活はあっさりと崩れ去る。


 その戦争を世界で最も引き起こしていたのは紛れもなく魔王と勇者だと改めて気付かされ、ユードロスは陰鬱な気分に陥った。


 それでもミニャや仲間たちのことを思うと立ち止まってなどいられず、誰もいなくなった魔都を彼は行く。


 魔都を抜けると、来るものを拒む広大な魔の大森林が広がっている。この大森林はかつて世界の端だと信じられてきた。世界の端だと信じられていた頃には『魔の』なんていう接頭詞はついておらず、ただ大森林と言われていた。


 人類の住まうアルラウド大陸の端の端、大森林を抜けると海が広がっており、その向こうに魔族の住まう新大陸があると知られるようになったのは、魔族の進攻を受け、新大陸からやってきた魔王が大森林に魔王城を築き上げた頃だった。


 常人には耐えられない瘴気で淀んだ森には物理法則を書き換えられたかのようなありえない空間や、巨大かつ凶暴に成長した野生生物が跋扈しており、危険極まりない。だから人類はわざわざ大森林を抜けて世界の果てを確認しにいくこともなかったし、知識欲を満たそうとした冒険者や研究者、稼業の拠点としようとした盗賊が大森林に入った時も、誰一人帰ってくることはなかった。


 しかし、教会に勇者として祝福を受け、ドワーフの鎧を着て、聖剣を手にしたユードロスには一人で抜けることだって可能だ。


 そのはずだった。


 魔の大森林に足を踏み入れた瞬間、ユードロスを倦怠感と不快感が襲った。それもう尋常ではない不快感で、こみ上げてくる胃液をユードロスは必死に堪え、森からほうほうの体で逃げ出した。


「ど、どういうことだ!?」


 仲間たちと来たときは体力的に劣っているミニャやシズンですら変調をきたさなかったのに、今はどうだ。


 勇者とうたわれた男が瘴気に苦しみのたうち回っている。


 彼自身も理解できなかった。


 この程度の瘴気に侵されるなんて、ありえないことだった。


「そんなわけが。そんなわけない!」


 自分に言い聞かせて、もう一度森へ突入する。どれだけ彼が信じられなくとも、再び彼を耐えられない倦怠感と不快感が襲った。


 それらを精神力のみで耐えて、ユードロスはさらに一歩足を踏み出した。人の住む街へ帰る方向へと。




 森の中を一歩一歩ユードロスは歩いていく。


 その足取りは重く、不確かだ。大人一〇人分程もある大木が林立する森のなかは日中とて暗く、彼は幾度も朽木や木の根に足を取られぬかるんだ地面とキスをするはめになった。


 泥まみれ、擦り傷まみれになりながも、仲間たちに、ミニャに会いたい一心で彼は森のなかを歩き続ける。


 目指す町の名前はファルサイン。大森林を観察する者や、時々大森林から迷い出る貴重な魔物を狩る冒険者が作り上げた都市だ。魔族の進行が始まってからは真っ先に魔族による虐殺が行われた街であり、その後、勇者とその一行によって攻勢に出た人類の最前線基地ともなった城塞都市だ。


 そういった経緯があるだけにファルサインの街にはユードロスと肩を並べて戦った者も多く、特に暫定的な統治権限を任されているデジー公とはそれなりに仲がいいつもりだった。


 あそこまで行けば、自分の無事を仲間たちに知らせることが出来る。仲間たちの誰が無事なのかを知ることも出来る。


 ーーあそこまで行けば。全てがうまくいく。


 魔の大森林からファルサインまでの距離はこれまでユードロスが歩んできた道程に比べればなんてことのない距離だった。にも関わらず両足は疲労を訴え、心臓がフルスロットルで動き続け、肺がもっと酸素をと浅い息を求めてくる。聖剣シミリスはもはや今の彼にとってはただの杖だった。


 今となっては魔王がユードロスに何かをしたのは明白だったが、触れることも出来ない魔王を詰問しても仕方がなく、それにそんな余裕は彼にはなかった。


 とにかく前へ。前へ。瘴気に侵されたことで朦朧とする頭では前がどちらなのかも分かっていなかったが、歩いていればいずれ大森林を抜けると信じているのか、彼は黙々と森の中を歩き続ける。


 そんな状態だったから、ユードロスが巨大なイノシシ状の野生生物とかち合ってしまったとしても、当然の話であった。


 たとえ意識が朦朧としていたとしても、ユードロスは勇者だ。通常であればただ大きくなっただけの野生生物など聖剣シミリスをもってして一刀のもと斬り伏せられる。しかし今は通常ではなかった。


 ユードロスと視線があった瞬間色めき立って突進してきたイノシシを切るべく振るった剣が、彼の想像より大きく下に外れた。それでもイノシシの巨体故に聖剣シミリスは前足に当たるものの、切り落とすことも出来ず弾かれる。


 手負いの獣となったイノシシは更に興奮して大音量の鳴き声をあげて怒った。


 ユードロスは鳴き声も気にならないくらい動揺していた。魔王すらその防壁の全てを削り取り、胸に刃を突き立てた聖剣シミリスが、たかだか野生生物の筋肉に阻まれたのだ。切れ味が鈍ったのか、と思うが一〇日でそこまで切れ味が落ちるようならそもそも聖剣なんて呼ばれていないと思い直す。


 剣でないなら、異変が起きているのは自分自身だ。魔の大森林に入った瞬間から何か変だとは感じていたが、振るった剣が自分の想像した剣筋よりも汚く、ブレたのを見るに何か魔王が自分に悪影響を及ぼしているに違いないと結論づけた。


 結論づけたところで干渉することのできない魔王相手では対策することも出来ず、さりとてイノシシが対処法を考えつくまで待ってくれるわけもなく、ユードロスはイノシシの突進を受け止めきれず宙高く跳ね上げられ――――後頭部から地面にたたきつけられた。


 グチャリ、と彼は自分の頭が潰れる音を聞いた。

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