ロザリアは譲らない《八》
「ロザリアちゃん! 横になって!」
「え? なんで?」
「いいから! 言うことを聞きなさい!」
カティの剣幕に、ロザリアは首を捻りながらも床に横になる。
カティは慎重に、宝物でも扱うような繊細さでロザリアの頭を診る。どうやら大丈夫そうだと判断するのには十分以上かかった。
「……ふう。大丈夫そうね。……………………ということは素であんなこと言ったの?」
愕然とするカティと、なぜ愕然とされているのか分からないロザリア。
薄く笑って静観していた老人が、彼女たちの間にあった微妙な沈黙を破った。
「ま、間違っているが、悪くはないな」
「うっそ……」
「マジで!? っしゃ!」
驚愕の声はそれぞれ前者がカティ、後者がロザリアだ。
「やっぱりアレでもいいんだよな! やった!」
ロザリアは年頃の女の子とは思えないくらいにはしゃぎ、老人に抱きつく。
カティはロザリアを老人からひっぺがしながら、老人に抗議する。
「ちょっと待って下さい、リーさん。それじゃトンチですよ……? そんなのでいいのですか?」
老人はカティの言葉が聞こえていないのか、あらぬ方を見て話始める。
「人がなぜ魔法を使うか分かるか?」
「えっと……便利だから?」
自分に聞いていると思ったロザリアが答えると、グリン、と目だけが動いて彼女を捉える。
「そうじゃ……人は便利だから魔法を使う。便利でなければ、誰も使わない。わざわざ魔法で溶かさずとも、鍛冶師がやっているようにすれば鉄は溶ける。わざわざ魔法で動かさなくとも、手で持てば動く。そのことに気づいたまでは正解じゃ」
ロザリアの顔が赤く染まり、彼女は照れくさそうに頭を掻く。
「じゃが、そこから一歩踏み出して欲しかったのう」
ロザリアの顔が目に見えてしゅんとなり、彼女は項垂れる。
「ま、これ以上言うと意味がなくなってしまうから言わんが、お主の魔法、もっと便利にしてみせろ。もっと根本から見つめ直せ。自覚するんじゃ。お主の魔法を」
「自覚、か」
やってみる、とだけ言って、どこか満足そうなロザリアは家を飛び出して行ってしまった。その手には鉄球が握られている。
「あっ! ……もう、ロザリアちゃんったら。これからお昼の準備をしようと思ってたのに……」
ロザリアが帰ってきたら手伝ってもらおうと思っていたカティは、当てが外れて恨めがましい目で老人を見る。
「手伝ってくれますよね?」
という無言のプレッシャーに負けて、老人は黙々とユリ根の皮を剥き始めた。
錆びたナイフを片手に、カティは老人に聞く。
「私には面白いとだけ言って、何も教えては下さらないんですね」
「うっ」
「ロザリアちゃんだけ悩ませるなんて、リーさんは酷い人ですね。それともロザリアちゃんが悩む姿を見て私が気に病むことまで計算ずくなんですか?」
カティの言い方はねちっこい。たまらず、老人も言い訳をする。
「ひ、人には人それぞれ気づくべきことと、気づかなくていいことがある」
「ロザリアちゃんの魔法は気づくべきことで、私は違う、と?」
「まだ、な。いずれは知ることになるじゃろうが、今はまだダメじゃ。お主は周りを常に観察するタイプじゃろう。そういうのに自覚させても萎縮するか増長するだけじゃ」
「なるほど。リーさんなりに気づかってくださったんですね。…………これで安心できます」
「?」
「なんだか、ロザリアちゃんに置いてかれちゃう気がしてたので。すみません、尋問みたいなことをして」
そう言って舌を出すカティ。彼女もロザリアがカティや子供たちに対して劣等感があったように、ロザリアに対して劣等感があった。
老人が口を尖らせる。
「全く……真逆のタイプの癖によく似とるの」
「まあ、家族、ですので」
老人に説明させたことで安心したカティの笑顔は屈託がない。その笑顔が眩しくて、老人は罪悪感から目を逸らした。
目線の先には、洞穴を照らしている光球がある。
「仕方ないじゃろ……魔法を自らの魔力から切り離して設置など……ワシが五十を過ぎてようやく確立した技術じゃぞ……。それによる魔法の応用力の向上は目覚ましかったが……よもや、その技術を意識せず会得しとる者がいるとはのう……。魔法への先入観がなかったことと、何よりその方が便利だから身に付いたんじゃろうなあ。ただ、この娘も根本的に間違っとるのも確かなんじゃが」
老人の呟きはカティに届くことはなかった。
――こういう時、なんと言うんだったか。ああ、そうそう。
「必要は発明の母、じゃったかのう?」
「え? 何か?」
――しまった! 声に出しておったか!
老人が後悔しても、出してしまった言葉は飲み込めない。仕方なく、老人はかつての仲間の話を始めた。
「昔々、ワシらじゃ絶対に行けない異国から来た者が言っておったことわざじゃよ。あやつは今、何をしとるのかのう」
「あら、ワシらじゃ絶対に行けない国から、どうやってその方は来たのですか?」
「そ、それは……」
老人が言葉に詰まる。そのことは彼も知らなかったし、疑問に思っていることだった。
カティの目が据わったことに気づいて、老人が慌てて付け加える。
「う、嘘じゃないぞ! そ、そうじゃ! 先の便利だから魔法を使う、という話にも通じるが、その者の国は極度に錬金術が発達しており、錬金術によって造られた物を使い大勢の人が空を飛び、馬より早く駆けるそうじゃ。錬金術が発達したせいか、その国は魔法など使われず、もっぱらおとぎ話の中だけの話だと言っておった。魔法はもはやその国では便利なものではなくなってしまった、ということじゃ。そうそう、そのおとぎ話の中の話じゃが、ワシらは男も女も魔法使いと呼ぶが、その者の国では年若い魔法使いは魔法少女と呼ばれ、わざと名乗りを上げることで自らの正統性を――」
「リーさん。そうやって私をからかうのやめてください」
カティが話題をシャットアウトしてしまい、会話が途切れる。黙々と作業する音が洞穴に虚しく響いた。
こうしたやり取りは今までも何度かあった。
例えば「ワシは魔王を倒すのにちょっとばかし役立った」と老人が言った時。
例えば「斧の一振りで山を割った男と、剣の一突きで魔族の将軍を滅した女がいた」と老人が言った時。
例えば「魔王を倒した勇者? 悩みに悩む普通の男じゃったよ?」と老人が言った時だ。
そのどんな時も、カティは鋭い質問をし、記憶が曖昧な老人が黙るのを見てからかわれていると思いシャットアウトしていた。そしてどんな時も、沈黙に耐えられなくなって先に話しかけるのは、カティだった。
「……でも、リーさんにも仲間が、いらっしゃるんですね」
「なんじゃ、失礼な言い方じゃの? 悪いか?」
「いえ……なんというか、リーさんは一匹狼な方なのかと」
すみませんと謝るカティを気にした様子もなく、ふむ、と老人は顎髭を撫でる。
「確かにその通りじゃ。だが、あの面々は違う。気に食わない者もおったし、付き合いの浅い者もいた。じゃが、そんなことは関係なく、あの面々と一緒にいることが……普通だと、そう思えた。家族みたいなものだったんじゃの」
家族みたいなもの、と聞いて、カティは嬉しくなった。
カティにとってのロザリアと子供たちも同じだったからだ。思わぬ共通項を見つけた彼女は舞い上がり、普段なら絶対にしないようなミスをした。
そして言ってしまう。
「分かります! 家族。家族はいいものですね! リーさんも今こうして困っているのですから、その仲間の方に会えば、帰れるのではないですか?」
彼女は二つ間違いを侵した。一つ目は、老人が仲間のことを話す時、過去形で話していたことに気づかなかったこと。二つ目は、何日も居心地の悪い地下で生活を送っている老人が、本当にロザリアが望むように家に帰りたがっているのかどうか、今まで慎重に見極めようとしていたのを直接言ってしまったこと。
特に二つ目はカティ自身がその可能性に気付いていただけに、彼女も自分の失言に気がついた。
しかし、後の祭りだ。
老人の体がぶるぶると震えだし、彼は噛み締めた歯の間から絞り出すように言った。
「もう無駄じゃ! かつての仲間は半数が死んだ! 残った者も散り散りじゃ。ワシの家族は崩壊した。崩壊したんじゃ! ワシが帰るのを待っている家などない! 待っている家族などいない!」
発狂したかのように髪を振り乱していた老人が、糸が切れた人形のようにストン、と床に座り込む。
「仲間が皆揃ってこその、ボーダーじゃった……」
老人の剣幕とボーダーという聞き慣れない単語に困惑して、カティは凍りついたかのように動けない。
老人はカティを無視して、うわ言のように繰り返す。
「自覚が足りなかった。自覚が……。いつの間にあんな大事な存在に……自覚しとらんかった……」
老人は自覚自覚と言い続ける。
その言葉がカティにもこびりついていた。
「自覚……でも何を自覚すればいいと言うの?」
無意識に呟く彼女には、ただの孤児でしかない自分の人生が、目の前の老人によって劇的に変えられつつある自覚が、まだなかった。




