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ロザリオは譲らない《七》

 ロザリアは鉄球を前にして、深くため息をついた。


 ロザリアたちと老人が奇妙な共同生活を始めて、五日が経っていた。


 最初こそ老人を怖がっていた子供たちも、ロザリアとカティが親身になっているのを見て少しずつ慣れていき、今では老人のまわりにベッタリと張り付いている。


 老人は家の中ではロザリアたちが見たこともない魔法を使っては首をひねる、といった作業を繰り返していたので、自然と子供たちは自然と老人の真似をして遊び始めた。


 もちろん見よう見まねでうまく行くわけはなかったが、稀に不完全ながら魔法を発動させる子供もいて、そんな時老人は嬉しそうに目を細めていた。


 子供たちが老人に慣れて近づいていったのに反比例して、ロザリアは不機嫌になっていった。


 老人は子供たちには魔法を教えている――ようにロザリアの目には映った――のに、彼女には「自覚しろ」の一点張り。その上もともとロザリアとカティを親のように慕っていた子供たちが老人を慕うようになってしまったら、彼女としたら面白くない。


 それを招いたのが他ならぬ自分だと分かっていても、別に老人が悪いわけではないと分かっていても、彼女は面白くなかった。子供たちとカティは褒められるのに自分だけは根本から間違っていると言われるのだからなおさらだ。


 しつこくしつこく教えろと頼み込んで、ようやく老人から「仕方ないのう」と渡されたのが、老人が以前金属屑をいくつかの金属球にしたときの鉄球だった。


「これを動かしてみろ」


 そう言ったきりそれ以上は教えてくれず、ロザリアはカティに急かされて兎を狩りに行かされた。


「兎の干し肉が減ってきてるから、採ってきて頂戴」


 とカティは言っていたが本当は家の雰囲気が悪くなるから追い出されただけである。それをロザリアも分かっているから狩りの道具など早々に放り出して、ぽつりと草原から頭を出していた岩に腰かけてふてくされていた。


「なんだよー。お前には無理じゃ。才能がないからじゃ。とか言ってたくせにさ。あのスケベ爺」


 さすがに何日も一緒に過ごしていれば、老人がロザリアやカティに密着されたとき鼻の下を伸ばしていることくらい気づく。それでもロザリアはそれ以外に人と接する方法を知らないのでやめようとはしないが。カティはやめた。


 鉄が強い火で溶けることくらいはさすがに知っていたので最初は老人の見よう見まねで火の魔法を発動させたチイの見よう見まねで火の魔法を出そうとしてみたが無理だった。たとえまともに習っていたとして鉄を溶かせるだけの火力を持つ魔法を彼女が習得できたかというと、それも疑問だ。


 彼女は飽きっぽいからだ。火の魔法を覚えることを早々に諦めて、毒づきながら持っていた鉄球を投げ捨てる。


「あんの糞爺! とっとと死んじまえ!」


 そうは言ってもあの謎の多い老人を誰よりも慕っていたのは彼女だ。しばらくむくれていたものの、すぐさま地面にめりこんだ鉄球を拾い上げ、丁寧に拭きだす。


「ごめん、やっぱ嘘。死ぬんじゃねーぞ糞爺」


 鉄球を老人見立てて謝って、彼女は再び思考を始める。


 ――鉄を動かす。鉄を……。でも才能がないって断定されたのにアタイに出来るか? もしかして嫌われた? いやいや、さすがにねーだろ。ねーよな……?


 ロザリアには老人といい関係を築けているという実感があった。


 時として喧嘩もするがそれもまたお互いにちゃんとぶつかってるからだと彼女は考えていた。


 ロザリアと、カティや子供たちに対する老人の接し方は区別なく、全員を孫でも見るかのように見てくれる。区別されるのは魔法がかかわってきたときだけだ。

 ――あの爺さんが言ったんだ。きっとそんな嫌がらせで言ったんじゃない。


 ロザリアは、老人が嫌いな相手に嫌がらせをするような人間ではないと断定した。

 老人は嫌いな相手に関わるより、そっと離れるほうを選ぶ人間だと、そう信じたかった。


 ――才能がないアタイに、始めて教えてくれたんだ。きっと意味がある。


 しかし、意味があるはずだと考えれば考えるほと、言葉の意味が分からなくなっていく。


 ――火の魔法で溶かすとか無理だし……。爺さんみたいに溶かして動かしてとかどうやってやりゃあいいんだよ……。


 ロザリアには自分の頭が良くない自覚がある。頭が悪い上に魔族の侵攻以来まともな教育を受けておらず、躾をしてくれる大人もいなかった。


 もともと感じていた劣等感は、彼女と同じ境遇だというのにカティには教養があることでより強いものとなり、ロザリアを静かに蝕んでいた。


 だからこそ、ロザリアは老人に出された問いに答え、劣等感を払拭したい。


 よくやったとか、スゴいなとかいう言葉が欲しい。ほんのちょっとでいいから認めてもらいたい。


 動機は幼稚で単純だ。


 だからこそその思いは強い。


 ロザリアにしては長々と考え込むくらいだ。深く考え過ぎて、彼女の目の前を兎が通りすぎるのも気づかない。


 あまりにも集中しすぎて、叩きつけるような突風が彼女の体を岩から引きずり下ろそうとするのにも気づかない。


 ロザリアは座った姿勢のまま、額から地面に落ちた。視界に火花が散った。


「ふぎっ! ……ってぇー! なんだぁ!?」


 額をさすりながら、ロザリアは辺りを油断なく見渡す。当然ながら、誰もいない。彼女のボロ服の裾をバタバタと靡かせている強い風がふいているだけだ。


「んだよ。風かよ。いってえなぁもう……」


 額には大きな瘤が出来てしまっている。風を恨むわけにもいかないので地面を蹴っ飛ばして鬱憤を晴らす。その間に、鉄球は風に押されてゆっくりと転がっていった。

 ロザリアが冷静になった頃には、鉄球は彼女からだいぶ離れたところで、ねずみの巣穴に嵌まっていた。


「やっべ、なくしちゃまずいよな」


 ロザリアは鉄球を拾いに行き、ふと気づいた。


 ――待てよ? 爺さんは動かしてみろと言ったんだ。別に何もわざわざ苦手な火の魔法で溶かそうとしなくてもいいんじゃないか? 動かせばいいんだよな……?


 ロザリアが唯一使える魔法は風の初級魔法だ。草をかき分ける程度のそよ風しか吹かせられなくても、老人に根本的に間違っていると言われても、今彼女が使えるのはそれだけだ。


「まあ、やるだけやってみるか」


 岩の上に鉄球を静地して、ありったけの魔力を込めて風を起こす。


 夏の日射しに火照ったロザリアの肌を心地よい風が冷ましていく。


「あ、涼し……。じゃなくて!」


 手のひらに集中して風を出すイメージを強める。このやり方が魔法として正しいのかどうかは分からないが、彼女は正しいやり方を知らないのだから仕方がない。


「フンッ!」


 脳の血管が切れるんじゃないかというくらいに力を込める。


 ロザリアが起こした微風が鉄球を襲う。勿論微風程度で動くわけがない。


「ぐぐぐぐぐギギギ!!」


 顔を真っ赤にしてロザリアが集中する。勿論鉄球は動かない。


 顔色が紫色になるまでやったものの、ロザリアの起こした風では鉄球はびくともしない。徒労感と酸欠で息を切らした彼女は膝をついた。


「くっそ……! うっごっけっよっ!」


 拳で地面を叩いて悔しがるロザリア。その衝撃で鉄球が岩から転げ落ち、彼女の後頭部に落ちる。


「ぴぎゃっ!?」


 後頭部を抑えてゴロゴロ転げ回りながらも、鉄球がぶつかった彼女の頭の中には更なるアイデアが浮かんでいた。


「ウフフフフフ。そうかそうか。そういう考えもアリだよな? 動かせばいいんだもんな……」


 ロザリアは気づかなかった。彼女が地面を殴った衝撃が、鉄球の落ちる最後の一押しをしたのは確かだ。ただ、それより先、彼女が動けよと言った時点で、鉄球は動き出していた。


 風はもう吹いていなかった。





「たっだいま!」


 追い出した時とはうってかわって、非常に上機嫌なロザリアの姿にカティはほっとした。


 ――良かった……。答えを見つけたのかしら?


 そんな彼女の安心は、ロザリアの頭にある2つのたんこぶで不安に変わる。


 カティの不安をよそに、ロザリアは鼻息荒く大股で老人の正面に座り、鉄球を床に置く。


「何か、掴んだようじゃの」


「ああ」


 老人とカティは固唾を飲んでロザリアの次の行動を注視する。


 ロザリアは鉄球に手を伸ばして――。


「はい、動かした」


 鉄球を指で押した。


 一瞬の沈黙。そしてカティの絶叫。


「やっぱり頭を打っておかしくなっちゃったの!? ああなんてこと!」


 この世の終わりとばかりに嘆くカティ。


 一方、老人はロザリアの行動を「不正解」とは言わず、少しだけ口角を上げて笑っていた。


ロザリアのアホの子化が止まらない!

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