勇者、復活する
勇者ユードロスは辺境の小さな農村に生まれ、両親の死を契機に魔王軍との戦闘に参戦、その後めきめきと頭角を現し勇者認定。数多の挫折と絶望を乗り越え、最期は魔王と相討ちになりその短い生涯を閉じた。
とされている。
が、実際には勇者ユードロスは魔王オルビニャと相討ちになった一〇日後、まさしく相討ちになった魔王城の王の間において目を覚ました。
「どういうことだ……!」
あれだけ魔王と戦い傷ついた体も、鎧としての機能を成さなくなったドワーフの全身鎧も、折れかかった聖剣シミリスもまるで嘘のように元通りだ。
かと言って相討ちになったのが自分の見ていた幻覚か何かなのかと思うには、魔王オルビニャの薄い胸に突き立てた聖剣の感触も、オルビニャが今際の際に直接脳内に放ったなんらかの魔法による全身の痙攣の感覚も残っている。
何よりボロボロになった魔王城と、腐敗しかかってハエのたかっている魔王軍の死体と、足元に落ちている漆黒のドレスに色気のない白のパンツが魔王との壮絶な戦いが事実であることを物語っていた。
「死んだ……はずだよな」
ユードロスは自分の最期を思い出す。確かに死んだという自覚があった。しかし、握りこんだ聖剣の感触は確かだ。
状況が理解できず立ち尽くすユードロスに、あざ笑うように声をかける者がいた。
「貴様は復活したんだよ。糞勇者ユードロス」
その全人類を恐怖の渦に陥れたイタズラっぽいソプラノボイスに、ユードロスは素早く剣を向けた。
「魔王オルビニャ! 貴様まだ生きて…………ん?」
剣を向けた先にはあの凄惨な殺し合いなどなかったかのようにオルビニャが立っている。が、何やらその体の色が薄い。というよりも、透けている。
褐色の肌も、真っ赤な大きい瞳も、床まで届く銀髪も、全てが透けていた。ちなみに全裸だった。
ユードロスは当惑しつつ、とりあえずオルビニャを聖剣で斬りつけてみる。
「よっ……と」
「うわオイ何すんだ馬鹿!」
避けようとして避けきれなかったオルビニャは聖剣に袈裟斬りに切られ、霧のように揺らいで、また元に戻る。
「いきなり斬りつける馬鹿がおるか!」
などと怒鳴るが、当の本人が奇襲戦法を好んで用いていたことは棚に上げている。
「死んでんだよ! 効かねえっつーの。た・わ・け!」
んべーっと舌を出すオルビニャにイラッときて、ユードロスはもう一回切っておいた。
「だから意味ないっての! 俺は死んでるんだから!」
死んでるという言葉に、少しユードロスは安堵した。
「なら、幽霊か何かか。魔王オルビニャ」
「そんな感じだのう。まあ違うけど」
「どっちだ」
「そのうち話してやる可能性もなきにしもないかもしれない、だわ」
オルビニャの物言いにイラッときたが、話が進まないので今度はユードロスも我慢した。
ゴホンとわざとらしく咳払いをしたオルビニャが、勇者一行の眼前で捕虜とした皇国兵士三〇〇〇人を処刑した時と同じニヤニヤ笑いを浮かべる。
「俺が幽霊だとかそうじゃないとかそんなことより、貴様にはもっと聞きたいことがあるんじゃないかの?」
「…………俺は何故生きている?」
ろくな答えがないと分かっていても、聞かずにはいられなかった。
よくぞ聞いてくれましたと手を打って、オルビニャが小躍りする。
「それはだね! 俺が貴様を不老不滅にしたからさ!」
「不老不滅? 不老不死ではなく?」
「そうだ。不老不滅だ。老いず、決して滅びない体になりました。おめでとう糞勇者ユードロス。貴様は多くの糞人類共が殺し合いをしてでも手に入れたい物を手に入れた。ハイ拍手」
オルビニャの拍手が魔王城に虚しく響く。
「…………何を企んでる?」
「さあて、な。自分で考えたら……?」
子供の顔に妖艶な女の笑みを貼り付けて、オルビニャがユードロスをあざ笑う。そして、魔王城の壁の一点を、正確にはその向こうを見つめて、ニヤニヤと笑ったままユードロスに語りかける。
「そうそう、貴様の糞仲間たちだが、結構な数が残念なことに生き残ったみたいだの? 生き残りの糞どもはこれからどうなるのかのう?」
遠見のスキルを用いてクールド教国を覗き見しているのだと悟ると、瞬間、ユードロスの放つ雰囲気が抜き身の刃と化す。
「魔王オルビニャ。潔く成仏したらどうだ? それとも成仏させてやろうか?」
暗に仲間たちにちょっかいを出すなと殺気を膨らませたユードロス。そんな彼をまたあざ笑い、オルビニャが虚空を見つめる。
「ミニャと言ったか……。あの糞女も生き残っておるわ。うっひゃー。お腹に手を当てて『ユードロス様が帰ってくるその時まで、この子は私が立派に育て上げます』だと。お主ら余裕ないフリしてヤることはヤってたんだの? うっひゃーだわ」
「はぇ? ちょっと待て」
どこか遠い所――恐らくクールド教国の様子を覗き見ていたオルビニャの発言に、顎が外れそうになるユードロス。
「なんだ。ミニャとやらは貴様に言ってなかったのか。それもそうか……愛する男のそばにいて守りたい。でも愛する男の子供も欲しい。糞人類らしい、強欲な糞女だの?」
「黙ってろ!」
混乱しながらも、愛する女性を馬鹿にされてユードロスは激昂した。魔王はハイハイとばかりに肩をすくめる。
ーーミニャが生きていた! 他の仲間も生き残った者が結構いたと魔王も言っていた。あの時まだ息のあったアルバーキンとギストはまず確定的としてあと何人が生き残ってる? ソフィアとムルゲル、ヴェルク卿は厳しいか。それよりもいやそれよりもじゃないけどミニャが妊娠? 俺の子を? あの裁縫も炊事も洗濯もからっきしだった彼女が子育て? いや、無理だろ。
行かなくちゃ、彼女の元に。
そうユードロスが結論づけるのには時間がかからなかった。
念のためオルビニャに確認しておく。
「魔王オルビニャ。貴様は本当に死んだんだな」
「スキル『魔力感知』を持つ貴様なら分かるだろう。俺が今なんの魔力も持っておらん『存在』という言葉すらおこがましい残滓にすぎないと」
「ああ。よくわかってるさ。魔王オルビニャ。貴様は俺に、いや、俺達に殺された」
「そうだの」
殺されたと聞いてニヤニヤと笑うオルビニャが不穏でならなかったが、ユードロスは頭をよぎった不安を振り払いオルビニャに宣言する。
「帰らせてもらう! 魔王……いや元魔王オルビニャ!」
「ご自由にどうぞ。元勇者ユードロス。ただし、ここは未だ我が領内だ。もちろん俺や有力な者の多くが倒された今、そこらにいる者は貴様の敵ではない。
とはいえ、我が配下が未だ大勢いることを忘れるでないぞ?」
まるでユードロスを持ち上げ、かつ忠告するかのようなオルビニャの発言に、何か裏を感じながらもユードロスは魔王城を後にした。