ロザリアは譲らない《五》
「全く……ロザリアちゃんってば……」
カティはロザリアへの説教を終えた後もぶつぶつと言いながら、朝食の準備を進めている。
家の中には彼女と老人だけがいる。ロザリアと子供たちはカティが不機嫌なのを感じとって
「じゃ、じゃあアタイは残りの金属持ってくるよ」
「あ、あたしも」
「僕もー」
などと早口で言って逃げ出した。
老人に聞こえるのも構わずカティは愚痴り続ける。
「正直なところ、あんまり沢山貴金属を持って来られてもさばけないのよね……それこそお金になる位沢山持ってると知られればそれはそれでトラブルのもとだし……そもそも製品のままだとかさばってしょうがないのよ……ただの鉄の塊みたいにする技術なんてあるわけないし……だから片手で持てるくらいの量を物々交換してるのが安心なのよね……」
錆びたナイフで植物の根っこを切り刻むカティの背中からはこれでもかとばかりに負のオーラが出ている。
その間もカティは明かりとして光球を宙に浮かべており、老人は光球とカティをじっと見つめているが、彼女は気づかない。
「……いけないわ。リーさんをもてなして謝礼金を貰うって計画を立てたでしょう? 今すぐリーさんを追い出したいなんて考えちゃだめよ……」
集中していると思考を声に出してしまう癖のあるカティは老人が聞いていたら怒りだしそうな発言もバンバンしてしまうが、老人も集中していると人の声が聞こえなくなる人間だったから問題はなかった。
老人は光球を興味深そうに見つめている。下から見てみたり、上から見てみたり、近くから見てみたり、遠くから見てみたりとその行動は奇行に近い。
どころか、料理を作っているカティの後ろにそっと立ち、
「ぅわっ!!」
と脅かすものだから、完全に奇行だった。
突然驚かされて「きゃっ」と可愛い声を上げたカティが、反射的にナイフを腰だめに構える。
それは、全体重を乗せて相手を刺そうという体勢だった。
驚かしてきたのが老人だと分かるとすぐナイフを後ろに隠したが、彼女が何をしようとしたのかは誰の目にも明白だ。それを彼女自身も分かっていたものの、なんとか取り繕おうと言葉を発する。
「ああっ、いえ! なんでもないんですよ? ちょっとびっくりしただけで。びっくりしただけなんです。何をするんですかいきなりもう!」
しかし彼女の言い訳も無意味だ。なぜなら彼女を驚かした老人は、すでに彼女を見ておらず、光球を見ていた。
光球は相変わらず、暗い洞穴の中を照らしている。その様子を見て満足げに笑った老人は、また光球を観察し始めた。
もはやカティは完全に無視されている。
「なんなのかしら……もう」
彼女は疑問に思いながらも、早くしないと朝食ができるまでにロザリアちゃんたちが帰って来てしまうと疑問を放り投げた。
カティの予想よりかなり遅れてロザリアたちは帰ってきた。全員が持ちきれるだけの金属を持っていて、それはカティの言う「トラブルを呼び込む量」だったので、彼女は洞穴の入り口に積まれたそれを見て気を遠くした。
「ロ・ザ・リ・アちゃ~ん……?」
「え!? 何!? 何!?」
なんでカティが怒っているのか分からないロザリアは目を白黒させて子供たちの後ろに隠れようとする。
が、いかんせん身長が違い過ぎて隠れられていない。
「こんなに持ってきてどうするの! 物々交換に持っていくことも難しいし、これじゃあここに何かありますよって言っているみたいなものじゃない……」
「う、ごめん」
「…………いいの。ロザリアちゃんが私たちのことを思って行動してるのはわかってるから」
自分がまずいことをやったとようやく気づいたロザリアが落ち込み、怒ったカティも言い過ぎたと反省して、何やら雰囲気が暗くなる。
それをぶち壊したのは、いつの間にか洞穴の外に出てきていた老人が軽く言った一言だった。
「物々交換に使えて、かつ目立たないようにすればいいんじゃろ?」
あまりに気さくに言うもののだから、ロザリアたちは何を言っているんだ? という顔で固まってしまった。
彼女たちの反応をよそに、老人が山となった金属を指さし、口の中でモゴモゴと唱える。
するとその場にあった金属が、端からジュクジュクと音を立てて溶けていく。
高温に晒されていないにも関わらず、次々と金属が溶けていくその様は異常としか言いようがなかったが、金属の融点など知るよしもないロザリアたちはその異常性には気づかず、ただ驚き、言葉を失っていた。
完全に溶けきった金属を老人がまた指さすと、今度は一定の指向性を持って金属が中空に集まっていく。
大きな物ではカティの胸ほど、小さな物では子供たちの小指の爪ほどの様々な金属球が、中空に形成される。その色は様々だ。小さな物ほど美しい傾向にある。
合わせて七種の金属球が生まれ、地面にボトリと落ちた。
その重たそうな衝撃に、ロザリアが真っ先に我に帰る。
「うっひゃあ! すげえな爺さん! どうやったんだ? カティ! これで物々交換に持ってけんじゃね?」
嬉しそうなロザリアに対して、カティはもう少し冷静だった。
「いえ。やめておいたほうがいいと思うわ。確かに物々交換には持っていけるでしょうけど、リーさんの情報も商人に流さなきゃいけないのよ? いくら保護はしていないと言っても、こんな変な物も物々交換に持っていったらリーさんが関わってると勘づく人がきっと出てくる」
カティに却下されて、目に見えてロザリアがしゅんとする。
「そっかー。悪いな爺さん」
「いやいや、いいんじゃ。まあシズンとソフィアには世話になっとるからの?」
「誰だよそいつら! ロザリアだよロザリア! あっちはカティ!」
突っ込みながらも打ち解けた様子で和気あいあいとロザリアが話している一方、カティは今まさにこの老人が行った事がどういったことなのかを分析しようとしていた。
カティがファルコンサインで普通の子供として生活しているときも、周囲に魔法を扱う人は大勢いた。それなりの使い手にも会ったことがある。しかし、今見た魔法はそのどれよりも高度な魔法に見えた。
とはいえ、彼女に魔法の専門的な知識などなにもなく、どのくらい高度な魔法なのだろうか? と聞かれれば分からない、
地面に落ちた金属球の一つを手にとってみる。
カティの手のひらにすっぽりと収まる金色のそれは、ずっしりと重かった。
「あ、カティ! 飯はできてんだろ!? 飯にしよう飯に!」
老人の首に抱きついて会話していたロザリアが思い出したようにカティにふる。
「そうね。ゆっくりご飯でも食べながら話をしましょうか」
カティは答えて、金属球を握りしめる。
孤児と老人の奇妙な共同生活は、まだ始まったばかりだ。




