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ロザリアは譲らない《三》

 あの後、カティと子供たちが作った夕食――子供たちがとってきた野草と、以前捕まえて干し肉にしておいた兎を水から煮込んだだけの代物――の匂いに誘われて起きた老人も交えて、彼女たちは静かに夕食を食べていた。


 いつもは騒がしい子供たちも今日ばかりは静かに、夕食抜きで老人にスープを食べさせているロザリアたちに遠慮して、肩を寄せあってぼそぼそとスープをすすっている。


 一方、ロザリアたちに夕食を食べさせてもらっている老人もぼんやりとどこか中空を見つめていて、カティがスプーンを差し出すままにスープを飲んでいる。


 ロザリアは老人の背中を支えてやりながら、どうしたもんかと思案する。


 ――困っちまうぜ……。ボケボケじゃねえかこの爺さん。もしかしてボケてたから捨てられたのか? いやそれならそれで高そうな物を身につけさせたままじゃない、か。なんにせよ、ボケてるんじゃ体力回復したからハイじゃあ後はてめぇで家に帰れ、とはいかねえよなぁ……。


 そんな風に、彼女にしては物事を深く考えるという難事をしていたから、ロザリアは自分の腹の虫が物凄い音をたてたのにも気づかなかった。


 カティや子供たち、果ては老人にまで見つめられて、ロザリアは訳もわからず赤面する。


「え? 何? な、なんだよ?」


「ううんーなんでもないよー」


 カティや子供たちは聞かなかったことにすると決めたようで目をそらしたが、老人は違った。


 したり顔でうんうんと深くうなずくと、ロザリアを誉める。


「うむ。自らの食を切り詰めて客人をもてなすその姿勢、誉めて使わす。…………じゃが、年頃のおなごが『ぐきゅるるる』はないわ」


「ななな……うっさい馬鹿爺!」


 自分がなんで見つめられたのかが分かりますます恥ずかしかったのと、その原因が何を言っていやがるという憤りで、彼女は老人を罵りながら頭をはたく。


 頭を叩かれた老人も負けじと言い返した。


「な、何すんじゃこの小娘! ワシを誰だと思っておる! 人類最高の魔導師、リー……、リー……ラー……ら?」


「てめえの名前も言えなくて何が人類最高の魔導師だ! ボケ爺で十分だ馬鹿!」


「馬鹿とはなんじゃ馬鹿娘! ほんと最近の若いもんは礼儀ってもんを知らんの!」


「その礼儀知らずに飯食わしてもらってる爺が言うか!」


「この小娘が!」


「やるかクソ爺!」


「はいはい、そこまでよ。子供の前で年長者が喧嘩とかしないの」


 ヒートアップしてきて今にもつかみかからんとする二人を、カティは冷静に止める。


 ロザリアと老人が言われて子供たちを見てみれば、四人の子供たちは目をつぶり、耳をふさいで震えている。


 さすがにこれはまずいと思ったロザリアと老人は、気まずそうにお互いを見て頭を下げた。


「わりぃ。頭に血が登った」


「いや、ワシも大人げなかったの。すまんな」


 ギクシャクしながらも、もう大丈夫だよ。と二人が笑顔を見せれば、子供たちもほっとした様子で笑顔になる。


 二人が落ち着き、ようやくまともに会話ができるようになったと判断したカティが、老人に話しかける。


「さて、お爺さん。ええと、リーさん?」


「なんじゃね?」


 老人はちゃんとカティを見ていた。カティと喧嘩しそうになるほど元気だし、これなら大丈夫だと安心して、カティは老人へ宣告する。


「お疲れのところ申し訳ないのですが、リーさんには早急にここから立ち去って行きたいと思います」


 カティの発言に、ロザリアが抗議の声をあげようとした。それを目で黙らせて、カティは続ける。


「もちろん、今すぐにとは申しません。もう夜も遅いですし、今日は狭くて居心地も悪いでしょうが、こちらに泊まって行ってください。ですが、私たちも自分たちが生きていくのに手一杯なのです。分かっていただけますね?」


「嫌じゃ」


 間髪入れない、老人の端的な拒絶に、カティはさすがにうろたえた。


 まともな人であれば、こんなじめじめとした穴からはすぐに出たいだろうしこう言えばさっさと出ていくと思っていたからだ。


 ロザリアがいくら老人の身を心配しようと、本人が出ていくと言ったなら引き留められない。


 それを期待していたのに、老人――リーから返ってきた答えは明確な拒絶。


 カティはうろたえる。


「な、なぜ、でしょうか?」


「ワシは追われとるのじゃ。逃げたいのも山々じゃが、世界最高の魔導師としては、アレを見逃すわけにもいくまい……」


 老人の言っていることをロザリアもカティも理解できない。


 二人は少し離れて囁きあう。


「どう思うよ? このボケ老人」


「どう思うって……判断しづらいわ。ボケて何か妄想と現実をごっちゃにしちゃってるんでしょうけど。だとしたら家の場所を聞き出して送り返すなんて至難の技だし。私としては元気なのだから今すぐにでも出ていってもらってかまわないのだけど……それじゃロザリアちゃんが納得できないのでしょ?」


「カティはよくわかってんな。そうだよ。いくらボケ爺とはいえ、一度関わっちゃったらちゃんと家に返してやりてえ」


「なら、私たちでリーさんの家を見つけるしかないわね」


「簡単に言うけどよ、無茶じゃねえ?」


「無茶でもやるの。あの様子じゃリーさんが人買いってことはないでしょうから、結構身分の高い人でしょうね。旅の人だろうとファルコんサインに住んでいる人だろうと、あんな身分の高そうな人がいなくなってるのだから、探している人もきっといるはずよ」


「つっても、私らじゃ街には入れねーだろ」


「別に私たちが街に入って探している人に会う必要はないわ。街に入る商人にこんな老人がいた、ということを伝えるの。いい? 保護してるとは言っちゃダメよ? いた、というのが重要なの。高そうな装飾品じゃらじゃらつけているボケた老人と、孤児数人だったら全員殺して装飾品を奪おう、だなんて人がいるかもしれないんだから」


「なるほど。じゃあ明日っから街道沿いで死体あさりをするわ」


「よろしくね? 私たちは最大限リーさんをもてなすわ」


 ――そうしておけば、いざ探している人にリーさんを引き渡した時、貰える謝礼も大きくなるだろうし、ね。


 という打算的な発言は飲み込んだ。


 さすがに純粋なロザリアには自分が打算の元動いているとはカティも知られたくはなかった。


 当面の方針を決めたロザリアとカティはにっこり笑いあう。


 ロザリアは老人を助けられるという思いから。カティは自分たちの生活を改善できるかもという思いから。


 ロザリアはかなり単純に物事を考えているため疑問にも思わなかったが、カティは自分の作戦に穴があるという自覚がある。


 老人を生活させられるだけの食料は? いつまで老人を保護していれば? 本当に探している人がいるのか? 自分たちが売り物になる可能性もあったからこれまで最低限にしか関わって来なかった商人に積極的に関わって、危険はないか?


 色々な不安や不満が渦巻いているがカティはそれを無視した。


 その胸中にあるのは一つだけ。


 ――ロザリアちゃんが納得できるのなら、どうなってもしょうがないわ。


 という思いだった。


 そんな彼女も、たった一つだけ想像できなかった不安があった。


 それは、老人が言っていた「ワシは追われている」というのが本当だったら? ということ。


 相手がボケた老人であるがゆえにロザリアもカティも老人の発言の意味を、これっぽっちも考えていなかった。

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