ロザリアは譲らない《二》
ロザリア・レスネイは我が家である洞穴の中で、彼女にしては珍しく礼儀正しく、正座をして俯いていた。
相対するカティは腕を組んで仁王立ちだ。
他の子供たちはロザリアが正座した時点で、隅のほうで我関せずとばかりに細々とした作業をしている。
カティは子供たちが作業を続けられるように、光の魔法で白球を維持しながら、部屋の真ん中を差し示す。
「ロザリアちゃん? 説明してほしいのだけど?」
元々ロザリア達六人で生活するには小さすぎる洞穴は、今は更に狭く感じられる。カティが差し示した先にはその原因たる老人が枯草をしきつめた粗末な布団に寝かされている。
「いや……だってよ……」
「だっても何もありません」
説明しろと言ったのに話を聞かないカティの理不尽さに、ロザリアは何も言えない。
自分に弁明の余地がないと思っているからだ。カティはねちっこく続ける。
「生きている人は拾ってきちゃいけませんって、私ロザリアちゃんに言ってたよね? もし見かけても、関わってはいけませんって」
カティの発言は冷酷ではあったが、それもひとえにロザリアたちの生活を壊さないためだ。
彼女たちは自立して生活しているとはいえ、まだ子供だ。それにロザリアとカティは美少女である。更に血の気の多い兵士や傭兵が多く集まっているとなれば、いたずらに大人を招き入れてはトラブルに巻き込まれるのが目に見えていた。
だからカティは自分たちと、自分たちの生活を守るために困っている人や行き倒れている人を見捨てろと言う。彼女はおっとりしているようで、その実冷静な判断を下せる人間だった。
一方のロザリアは普段こそ豪快で大胆な言動をしているが、その実繊細で情が深い人間だ。
だから老人に腕をつかまれて「飯はまだか」と問われ、その老人がそう言ったきり再び意識を失った時、彼女の頭の中は助けなければという思いでいっぱいになってしまった。つい先ほどまで老人の身ぐるみをはがそうとしていたのにそれも忘れ、カティがいつも口をすっぱくして言っていることも忘れていた。
――ええと、飯はまだかって言うんだから腹が減ってるんだよな……?
と安直に考え、彼女は食事をとれる場所――つまり我が家へと運び込む。偶然カティと子供たちも全員が珍しく外に出ているのが災いした。カティの成長――主に胸と腰にばかりついた脂肪――のせいで洞穴の入口を広くせざるをえず、そこそこ体の大きな老人をたやすく入れてしまえたのも災いした。
もしもカティか、カティの教えが行き届いている子供たちがロザリアと老人を見つたら捨ててきなさいと言えただろう。
止める人がいないままにロザリアは老人を我が家の簡素な寝床に寝かせ、衣服を整えてやり、できない料理を作ろうとしてあたふたとして――とやっているところにカティと子供たちが水桶を持って帰ってきたのだ。
それから慣れない正座をさせられて、およそ三十分が経っていた。
長々とロザリアに説教をしていたカティは、とうとう最後通告に入る。
「ロザリアちゃん、ポイして来てね」
「そ、そんな!」
「じゃあどうするの? その方がどんな人なのかも分からないのよ? 人売りとかだったらどうするの?」
「さすがに、この身なりで人売りってこたあないと思うけど……」
「本当にそう思う? ああいった職業の人間は自分がお金持ちなんだと自慢したがるって死んだ父が言ってたわ。あの大きな指輪がたっくさん指についてて、装飾なのか分からないけど水晶の入った杖だなんて物を手にしているあのヒトを、成金趣味じゃないと言い切れる? それに何より、あんなところで行き倒れているというところからしてまともなヒトではないと思わない?」
「うっ!」
そう言われるとロザリアは何も言い返せない。
自分たち疑似家族と見ず知らずの老人を天秤にかけたなら、ロザリアだって家族のほうをとる。それでも見捨ててはいけないと感じ、その感情のままに行動した彼女はあの時の行動が正しかったと信じている。
合理的な判断と正義感の、二つのせめぎ合いで普段からあまり使うことのないロザリアの頭はフリーズしてしまった。
フリーズしてしまったロザリアにカティは深くため息をついて、しかたないわねと苦笑いをした。
「……ロザリアちゃん。私とあなたは今日、夕食抜きね」
「うぇ? なんだって?」
「今日は夕食抜きです。私たちの分をあのヒトの食事にまわします。体力が回復したらすぐ出て行ってもらいましょう」
「いいのか!?」
「一家の大黒柱に知恵熱を出されても困りますし。それに、この家族はロザリアちゃんあってのこと。言うなれば一蓮托生ね」
「あ、ありがとよ! カティ!」
一家のお母さんから許可が下りて、嬉しさのあまりカティに抱き着くロザリア。体重がほぼ一緒とはいえ毎日運動しているロザリアをカティは受け止めそこね、二人は抱き合ったまま倒れ込む。
「ちょっと、痛いわよ。ふふっ」
「へへっ。ごめんよ」
二人が軽口をたたき合っていると、隅の方で作業をしていた子供の一人が老人を見て「あ」と声を漏らした。
ロザリア達も抱き合った体勢のまま老人を見る。
ぼんやりと、二人を見ているのか見ていないのかよく分からない焦点の定まっていない茶色の瞳がこちらを見つめていた。
「あらやだ。恥ずかしいところをお見せしました」
「爺さん! 起きたのか!」
カティははしたない行動を見られて頬を染め、ロザリアは気になっていた相手が意識を取り戻したことを喜びネコ科動物を思わせる速さで飛び起きる。
「えっと気分はどうだい? なんであんなとこに倒れてたんだよ。なんか高そうなもんばっかつけてっけどどんな仕事を生業にしてんだ? あ、こっちがカティ。アタイがロザリア。向こうにいるのがチイ、クウ、カルロ、マール。あっそういや腹が減ってたんだっけ?」
立て続けに質問を投げかけるロザリアに、老人は黙ったまま答えない。
カティはそれをロザリアの勢いに困惑しているのだと判断した。
「ロザリアちゃん。あんまり質問攻めにしちゃダメよ? こういう時まず聞くことがあるでしょう?」
ロザリアから遅れてようやく起き上がったカティも老人の枕元に座り、ゆっくりはっきりと聞いた。
「おじい様。あなたの、お名前を、お聞かせください」
老人はカティの言葉に反応して、なにやら口をもごもごと動かす。しかし言葉が出てこない。カティは脱水症状か何かだと勘づいて、クウに水を持ってくるよう言いつけた。
すぐに取っ手のとれたコップが運ばれてきて、ロザリアが老人の体を起こし、カティが水を飲ましてやる。
一息に飲み下した老人はふうっと息を吐いて、リラックスしたような表情を見せる、心なしか顔色もよくなってきているようだった。
カティはもう一度老人に名前を聞く。今度は老人もちゃんと意味のある言葉を発することが出来た。
ただ、それはロザリア達が知りたい情報とはかけ離れた言葉だったが。
老人はロザリアとカティを交互に見つめ、顔中にしわをつくって満面の笑みを浮かべながら言った。
「おうおう。ソフィアとシズンじゃないか。お前さんがたは本当に仲がいいな。実の姉妹のようだ」
寝ぼけているわけではないのに呆けた物言いをする老人に、ロザリアが眉を片方上げ、カティはハの字に下げる。
「ところで、飯はまだか? わしはもう腹が減って腹が減ってたまらん。なに? 今夜はドラゴンの肉で豪快にバーベキュー? そんなアホな立案をしたのは誰だ! ……ま、食うけどな」
それだけ言ってまた豪快な寝息をたてはじめた老人に、カティがぽつりとつぶやく。
「やっぱり、ポイしてきちゃいましょうか?」




