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ロザリアは譲らない《一》

 ロザリア・レスネイという十六歳の少女がいた。


 彼女は孤児だったが、自身を不幸だとは思わなかった。それは似たような境遇の子供たちが大勢いたし、彼女はその子供たちを食わすために火事場泥棒まがいのことをして日銭をかせぐことで手いっぱいだったからだ。


 もし彼女がゴブリンやヒトの白骨化した死体から使えそうな布切れや薬、錆びた剣などをはぎ取っているときに、ふと作業の手を休めて自分を見つめなおしていたら、ロザリアは精神的に壊れてしまっていたかもしれない。


 彼女はもともとファルコンサインに住む、小さな雑貨屋の娘だった。貧乏ではあるが両親の愛情を受けてすくすくと成長した、少しばかり喧嘩っ早いがまっすぐな心の元気な子だった。


 その幸せな生活が一変した時のことははっきりと覚えている。


 大森林の端から端まで埋め尽くすように広がってやってきた異形の者たち。逃げることもできず刺され、突かれ、潰され、食われた隣人や両親。


 地獄のような魔族の侵攻を彼女が生き延びたのはただの偶然だった。


 両親を失った衝撃に気を失って倒れた彼女の上に覆いかぶさるように誰かの死体が重なっていき、かといって幼い彼女が押しつぶされてしまわない程度には隙間ができる形で、彼女は魔族の手から逃れることが出来たのだ。


 意識を取り戻した彼女は魔族の支配地となったファルコンサインから逃げる人々についていこうとしたが、必死に着の身着のままで逃げるヒトビトに身よりもお金も持っていない彼女をかまっている余裕などなく、彼女はファルコンサインに置いて行かれる。


 当時はそういった光景がどこでも見られ、取り残された子供や老人は大勢いた。


 取り残された面々の中にはなんとか逃げ出そうとする者もいたが、子供と老人では魔族の足にかなうわけもなくあっけなく血祭りにあげられた。


 逃げることもできない彼女たちは、ファルコンサインの近郊で細々と生活せざるを得なくなる。


 草原に穴を掘り、魔族に見つからないよう祈りながら草や、時として兎や山鳥を食べる生活だ。


 衛生状態も環境も劣悪で、体力のない者は痩せ干そって死んでいった。


 魔族に見つかって殺される者、餓えて死ぬ者、病気になり死ぬ者が相次ぎ、生き残った者たちも急激に数を減らしていく。


 そんな中ではロザリアはうまくやっている方だった。


 同い年のカティに、年下の子供数名で協力して入り口はそれこそ兎の穴のように狭く、中はそこそこ広い『巣穴(いえ)』を作り上げたことで魔族に見つかる危険性を最大限減らした。


 手のひらくらいの光球を産み出す光の初級魔法が使えるどこかおっとりしたカティが家の中のことを、機敏に動くことの出来る『軽身』のスキルと、そこらに生えている草をなびかせる程度であるが風の魔法が使えるロザリアが家の外のことをやり、数名の子供たちがそれを手伝うという疑似家族を形成してからは精神的にも安定できた。


 そうして魔族や病気に怯えながらも逞しく生きて三年。とうとう世界の果てであるファルコンサインにまで人類の反撃が及び、人類は魔族からファルコンサインを取り戻す。そこで彼女たちの地獄が終わるかと思われたが、そううまくはいかなかった。


 圧倒的人員であっという間に要塞都市に変貌した新しいファルコンサインは、ロザリアたち古いファルコンサインの住人を受け入れなかった。


 身分を証明できた者はともかくとして、戦時下において役に立たない、ともすれば治安の悪化や疫病の原因になりかねない浮浪児は邪魔になる。


 更にはヒトに化ける魔族もいるとなっては、余計に固く門扉が閉ざされる。


 そんな理由で、魔族に怯えなくなったものの、彼女たちの生活は一向に向上しなかった。


 時々激しい戦闘が行われたのでそれを穴に潜ってやり過ごし、終わった後に死体から役に立ちそうな物、売れそうな物を盗んでくるようになったのが唯一の変化だった。


 ファルコンサインには入れない為まともに商売をすることはできなかったが、時々街にやってくる商人に街道沿いで声をかけ、稀に興味を持ってくれる商人と物々交換するようになって栄養状態は少し回復した。


 ロザリアたちと同じような境遇の人で、多少見てくれの良い娘は体を売ったりする者もいたが、彼女たちはそれだけはしなかった。


 別に彼女たちの見てくれが悪いわけではない。


 ロザリアは彼女の気性を表したかのように強い意思を秘めた大きな瞳をしており、よく日焼けした褐色の肌と赤い髪が健康的な、発展途上の美少女だ。


 カティは対照的に優しい光を湛えたたれ目を持ち、外に出ないために異様なほど白い肌と青緑色の髪が幻想的な、肉感的な美少女だ。


 それこそ身なりを整えて――身なりを整えるのが難しかったが――商人に自分たちを売り込めばどこかの少女趣味な貴族の愛妾として不自由のない生活が送れただろう。


 彼女たちがそうと知っていながら体を売らなかったのは、彼女たちの持つ倫理観からであり、彼女たちは既に父であり、母であったからだった。


 子供たちを養うためならなんでもするつもりだったが、子供たちが嫌がることは決してしない。それが彼女たちの不文律だった。


 それは魔王が滅ぼされてからも変わることはなく、ロザリアは相も変わらずなけなしの金を稼ぐために戦場で物を拾い集めていた。


 そんなある日のことである。


 ちょうど見逃していた戦場跡を見つけて、いつもの二倍の金属を拾い集めた彼女は風の魔法で草を避けながら、珍しく鼻歌混じりの上機嫌で家路へと歩いていた。


 その時。


 視界の端に、キラリと光る物が写った。


 貴金属の雰囲気を感じて近寄って見れば、つい最近死んだのだろう、高そうな白いローブに身を包んだ老人が倒れていた。


 長い白髪と口元を隠す白い髭、多少汚れてはいるものの白いローブを着ていて右手の白い杖も白い、あまりにも目立つ格好の男だった。


 ――なんでこんなとこで行き倒れてんだか。ま、アタイにゃ関係ないけどさ。


 老人が誰なのか、なぜ行き倒れているのかは考えない。ロザリアにとっては不要な情報だからだ。


 彼女にとって大事なのは、老人が一〇本の指全てにはめている指輪が高そうであること、白い杖にはまっている水晶も高く売れそうであること、衣服すら生地として取引できそうなことである。


 ――誰だか知らねーけど、死んじまえばいらねーよな。ありがたくもらってくぜ!


 とばかりに指輪に手を伸ばした、その時。


 急に息を吹き替えした老人がカッと目を開くと、老人とは思えない早さで伸ばしていたロザリアの手をとった。


「うひゃあっ!?」


 驚き悲鳴をあげ手を降って振りほどこうとするも、尋常でない腕力の老人は放さない。


「きゃああああああああああ! …………ああああ、ああ?」


 しばらく悲鳴をあげて半狂乱になって手を降っていたロザリアだったが、老人が腕を掴んだまま動かないことに気づくと、悲鳴も手の振り方も小さくなる。


 老人はロザリアを見つめたまま黙っている。まっすぐ見つめられるとロザリアが盗みを働こうとしていたことを見透かされているようだった。


 なんとなく悪い気になってきて聞かれてもいないのに言い訳をしてしまう。


「えっと……なんだ。確かにアンタから指輪を盗もうとした。それはゴメン。悪いと思ってるさ。でもアタイらだって生きてくのに必死なんだ。死んじゃった人に装飾品はいらねーだろ? 」


 老人は答えない。


「そりゃあアタイだってこんなことしたくはないさ。死体を漁るなんて気分のいいこっちゃない。けどここで生きてくのには、死なないためには仕方ねーだろ?」


 老人は答えない。


「…………なんか言えよ」


 ロザリアにせかされて、ようやく老人が口を開く。しわがれた、今にも死にそうな声で紡がれた最初の一声は


「飯はまだか?」


 だった。





 ロザリアと勇者ユードロスがファルコンサイン近郊の草原でぶつかる、一週間ほど前の出来事だった。

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