勇者、謎の男になる
ファルコンサインは要塞都市だ。
元々は大森林という世界の果てを見るために来る観光客の落とすお金が財源の二割という、極々小さなステノコルス王国第二の都市で、世界の果てであるがゆえにどの国とも国境を接していないその街はまともな防壁もなく、ただただだだっ広い草原に無秩序に市街地が広がっているだけの街だった。
それが今やどうだろう。
大の大人が四人縦に並んでもまだ届かない石造りの外壁が四角く町を囲み、出入りができるのは正方形のそれぞれに開いた門だけ。
門では確実な身分証明の出来る人間だけが街に入れるように兵士が身分を確認しており、無理やり通ろうとすればすぐ横の詰所から一〇人は下らない屈強な兵士や傭兵が飛び出してきて捕縛する。
唯一の出入り口である門は日が沈むと固く閉ざされ、外壁の上では煌煌と焚いた篝火を頼りに何人もの兵士が寝ずの番をしている。
これではどうやっても夜中にファルコンサインへと入ることなどできない。普通であれば。
普通でないその男は顔を包帯で覆い、月明かりを頼りにファルコンサインに背を向けて地面を探っていた。
男の名前はユードロス。かつて勇者と呼ばれていた彼は、今や顔を隠し、まるでコソ泥のように地面に耳を当てていた。
彼が顔を隠しているのには訳がある。
少女とぶつかった後、ファルコンサインに向けて再び歩き出そうとした彼はふと思ったのだ。
少女がゴブリンの装備を戦場から盗んで生活するのは街の中に入れず、まともな生活ができないからだ。ではなぜ入れないかといえば、ヒトに化ける魔族を防ぐために身分のしっかりしたヒトだけを入れるようにしているから、というのが大きい。
ではユードロスはどうか?
彼は各国に名前も顔も売れている。しかしその勇者ユードロスは、一年と一か月と一〇日前に魔王と相討ちになって死んだことになっている。
死んだはずの勇者がふと街に入れてくれとファルコンサインに来たら、兵士は入れてくれるだろうか?
――まず無理だ。ヒトに、それも勇者に化けた魔族だと勘違いされるに決まっている。
不老不滅になったというのは何回も死んで、そのたびに生き返っている彼だから信じられる話であって他の人間には到底信じられる話ではない。
ラーズラースのような荒唐無稽な話を信じ込ませてしまうような弁論術は持ち合わせていなかったし、ミニャのように自然と発せられる『無害オーラ』――あるいは小動物感――も彼にはなかった。
だから彼は顔を隠し、夜まで待った。そして今探しているのは――。
耳を地面に当て、指先でトントンとたたいていた彼は音の変化を聞き取って「よし」と声に出さずつぶやいた。
音が変化したあたりに両手を突っ込み、そっと地面を持ち上げる。
うっすらと土が盛られ、ご丁寧に草まで生やして隠されていた隠し扉が開く。
ヒトひとり通るのがやっとの小さな扉だ。
この隠し通路はファルコンサインが要塞都市として生まれ変わった後、たった一つの目的のために掘られ、たった一度だけ使われた。
魔王打倒の為ファルコンサインを出る勇者たち『十三人の人類到達点』が通ったただ一度だけ。
――あの時もこんな、月のない静かな夜だったな。巨人のクヮコゥがどうやっても通れないんじゃないかとか言ってたら「裏技ですよ」なんて言ってびっくりするぐらい小さく纏まったんだっけ。それでもギリギリで一部崩れかけたけど。
ユードロスは昔を懐かしむ。
あの時はファルコンサインの中にもヒトに化ける魔族が入っているという噂があり、魔王討伐に行くのを勘づかれないため息を殺して必死の思いをして坑道を通ったということを忘れている。クヮコゥが通ったことで一部が崩れかけたのなら、一年以上が経った今その場所は崩れてしまているのでは? という疑念も抱かない。
彼は万が一に備えて戦場の白骨死体が持っていた包帯を巻いた頭に手をやってほどけそうにないことを確かめると、秘密の坑道の中に消えていく。
結果から言うと、坑道はどこも崩れてなどおらず、それどころか一年以上前に通った時よりも快適なくらい楽々と通ることが出来た。
さすがにユードロスも妙に思ったものの、深くは考えずにつきあたりまで来たところでそっと頭上の扉を押し開けた。
そこは『十三人の人類到達点』がファルコンサインにおいて拠点としていた領主の館の、忘れ去られた地下の倉庫だ。
暗闇の中で倉庫に上がると、埃っぽい臭いがユードロスの鼻をくすぐった。くしゃみを我慢して彼は外の様子をうかがう。
さすがに見回りの兵士に見られるわけにはいかない。もし勇者ユードロスを知っている兵士だったとしても包帯頭では怪しいことこの上ないし、知っていればそれはそれで怪しいことこの上ない。
それでもこの街の守護として指揮をとっていた領主代行であるデジー公なら話せばわかってくれるはずと、倉庫を出て外の様子を盗み見ながら隠し通路を進んでいく。
領館は夜中だというのに明るく、兵士たちが忙しなく動き回っている。
最初はこそ「未だにデジー公は魔族から街を守るために警戒を怠っていないのかな?」と思ったユードロスだったが、すぐに違うと気づく。
兵士たちがつけている紋章はデジー公の軍であることを示す『鼻の高い男の横顔』ではなく、見たこともない『三叉の槍』だ。
――そうか。もう魔王が死んでから一年以上経つもんな。デジー公も忙しいだろうし、皇国に帰ってるか。
それでもファルコンサインという場所の重要性を考えると、新たにやってきている領主も話せば分かってくれるヒトのはずだ。
そう思って領館の上へ上へと進んでいき、彼はとうとう領主の執務室の裏までたどり着いた。
中にいる新しい領主は四角い赤ら顔と固太りの体型が特徴の、四〇代くらいの禿げた男だった。
――ファルコンサインに来る領主は禿げてないとダメとかいう条件でもあるのか?
なんて考えつつユードロスがどうやって登場すれば怪しまれないだろうかと首を捻っている内に、執務室のドアがノックされて伝令が駆け込む。
領主を前にしてなお礼儀を忘れ、息せき切って報告を始めた伝令と領主の会話に、ユードロスは耳を疑う。
「お伝えします! 目標は教会を出ていた模様! 目下領内をくまなく探しております!」
「まだ見つからんのか!」
「も、申し訳ございません!」
「…………まあいい。お前に言っても仕方がない。相手はあの生ける伝説、最強の魔導士だ。既になんらかの方法で街を出たやも知れん」
「はっ! 捜索範囲を領外にまで広げます!」
「ああ、なんとしても。『十三人の人類到達点』が一人、リース・ラーズラースを捕えよ! 殺してもかまわん!」
かつて、普段はどこか抜けているどころかアホだというのに、妙なところでは勘が働くのがユードロスの良いところ、というほとんどバカにしているとしか思えない批評をしたのは『山割』ギストだ。
その彼の言う、妙なところというのがこの時だった。
ユードロスは領主に思うところがあって、魔力感知を意識する。
魔法を扱える人間であれば魔力は必ず持っているからその魔力感知に領主や兵士が引っかかるのは当然だ。
しかし、兵士の持つ魔力と何かが、彼自身もうまく説明できない何かが違う領主の魔力に、ユードロスの第六感が囁いた。
――ヤツは、魔族だ。




