勇者、色々残念
「はいはいおはようおはよう」
「今は何時だ!?」
今回もユードロスを見下ろしていた魔王オルビニャ(全裸)に、彼は起き抜けにそう言った。
唐突なユードロスの問いかけに、オルビニャは眉をしかめて肩を怒らせる。が、いかんせんニヤニヤと口元がゆるんでいるのを隠せていない。
「えーなんのことかのぅ? 俺わかんなーい」
などと細い腰をくねらせれば、ユードロスもイラッとくる。
「オイ…………!」
と殺気を膨らませれば、さすがのオルビニャも萎縮する。その隙を見逃すようなユードロスではない。
素早くオルビニャの懐に入り込むと、両の膝を揃えて足を畳み、手を床について照準を合わせ、彼女の足元に頭突きを食らわせた。
つまりは土下座だった。
「………………へ?」
唖然とするオルビニャには構わず、彼は懇願する。
「もう一度問いたい。今は、何時か。俺が死んでから、どのくらい経ったか教えてほしい。この通りだ」
「ほ、ほ、誇りすら失ったか糞勇者! ふは、ははははは! ははは、ははははは……」
自らの前に勇者をひざまずかせるという、彼女の悲願とも言うべき理想の光景が不意に訪れてしまい、魔王の声が上ずる。かろうじて笑い声らしきものを発してみるが、声に力はない。
魔王の言葉に勇者は頭をあげて胸を張った。
「誇りなんて物は元々持ち合わせてはいない! なぜなら俺はもとをただせばただの農夫だからな!」
そこまで言い切られると魔王にはもう何も言えることはない。
悔しそうな表情を隠すために首を明後日の方向に向けて
「ふん!」
と頬をハムスターのように膨らませるのが精一杯だ。
ユードロスがどれ位経ったのかを知りたがるのには理由がある。
魔王城は以前ユードロスが復活した時より更に腐朽が進み、魔王軍の死体はみんな白骨に変わっていた。眼窩から可憐な紫の花を咲かせているものもある。
その紫の花は初夏の花だ。魔王城で魔王と戦った時には散り始めだったことを考えると、最低でも季節が一週していることになる。
もしかしたらもう一〇〇年も経っているかもしれないのだ。そんなことになっていては『十三人の人類到達点』の生き残りも誰も生きてはいない。
そうなっては、彼らに匹敵する人材が偶然何人も現れない限り、魔王オルビニャを止められる存在がいなくなってしまう。
生き残りの『十三人の人類到達点』に魔王が復活することを知らせれば、備えることも、彼らに匹敵する後進を育成することもできる。勇者として、それが最低限の責務だと彼は感じていた。
だからオルビニャに土下座をすることになっても、今が何時か? というのを彼は知りたかった。
一方、必死なユードロスを見下ろしていたオルビニャは段々と不機嫌になっていく。
勇者は彼女にとって仇敵であるから、その彼が這いつくばっているという状況は最高だ。しかし、十三対一だったとはいえ自分を殺した相手が無様に這いつくばっているという状況は最悪だった。
イノシシと戦ったり、ゴブリンと戦ったりして這いつくばるのはまだ抵抗しているからいい。抵抗も何もせず相手に委ねるというのが魔王には我慢ならなかった。
相反する感情がせめぎあい、オルビニャはまず立ってもらおうとして口を滑らせた。
「ああもう面倒くさいの! 一年だ! 一年経った!」
言ってしまってから、しまったと口をつぐんだがもう遅い。
良い交渉材料――もとい、からかい道具――になる情報をあっさり手放してしまった魔王は悔しげに勇者を睨む。しかし当の勇者は魔王の視線に気づかない。
「そうか。一年か……」
考えていた中では最短の結果に、胸を撫で下ろす。それもつかの間のことで、ゴブリンの軍勢がファルコンサインに向かっていたことを思いだし、オルビニャに聞く。
「そうだ! ファルコンサインはどうなった!? ゴブリンの軍勢は!?」
「ああ、あれか」
魔王はデジー公がユードロスの切った巨木で異変に気付き、ゴブリンの軍勢を迎えうった去年の出来事を語って聞かせる。
ユードロスは魔王の説明に一安心したようで、大きく息を吐き出した。
「無駄じゃなかったんだな……」
ふ抜けた勇者の姿に、魔王は焦る。
復活するまでここから一歩も動けないオルビニャにとっての唯一の娯楽はユードロスが無様にあがいて死んでいくのを遠見で眺めることだ。
ここでボーッとされても彼女にしてみれば面白くない。更に言えば、たかだか敗残の魔族とデカイ野生生物がいて環境そのものが様々な形でヒトに襲いかかる程度の大森林で、二回も死んでいる勇者は面白くなかった。
さっさとやる気を出してもらって、大森林くらい抜けてもらわなければならなかった。
――なんか、この糞勇者がやる気を出すような情報はないもんかの。
オルビニャは遠見で魔王城から、魔の大森林から、ファルコンサインまで隅々を見渡して、面白そうなヒトを発見する。
――これだ!
「オイ糞勇者よ」
「なんだよ」
「ファルコンサインの……アレはなんだ。尖ってて鐘がついている建物」
「教会、か?」
「ああうん、それそれ。そこの塔の一つに、お前の元仲間がいるぞ」
魔王がそう言った瞬間、ユードロスの魔王復活を知らせるという使命感に火が点った。
「誰だ!?」
「それは俺に聞くなよ。俺が殺した相手の名前を覚えているとでも?」
「なら特徴は!?」
「あっ! なんか良く見えなくなっちゃったぞ? うわー遠見の調子が悪いのう。…………行って自分で確かめな」
今なら魔の大森林の、糞仲間がつくったルート上に弱っちい貴様が死んじまうようなヤツもいないし急げば?
とてきとうなことを言って煽ってみれば、ユードロスは一言
「ありがとう!」
と叫んで走り出して行った。
「どういたしましてー。精々あがけあがけ」
――これで少しは面白くなるかな?
魔王は自分の目論見通り勇者が魔の大森林に突っ込むさまを想像してほくそ笑む。
そして一時間後、はたと気づいた。
「アレ? 俺的には糞勇者と糞仲間を会わしたらダメなんじゃないかの?」




