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プロローグ

 その時、勇者の伝説と魔王の覇道が終わりを告げた。


「がっ……あ……! 貴様! ……やったな! やりおったな!!」


 胸に長剣を突き立てられた魔王オルビニャが血を吐きながら眼前の男に手を伸ばす。


 体中から血を流した男――勇者ユードロスはオルビニャの手を避けようとしない。いや、避けられない。


 勇者として血を吐くほどの努力をして手に入れた数々のスキルも極度の疲労から使えない。ドワーフの族長が直々に鍛え上げた、何物にも貫かれないはずの全身鎧は魔王の手によって無残に切り裂かれ、筋骨隆々の肉体も今や半分以上が肉の塊と成り果てた。


 一二人の仲間たちもほとんどが死に、生きている数人も重傷を追って動けない。その生き残りの数人、破戒僧のアルバーキンは胸を潰され浅い息を繰り返すのみ、戦士『山割』ギストは年上の女性を虜にしてきたその顔を剥ぎ取られて喘いでいる。ユードロスの視界に写った範囲ではその2人が最も軽傷だった。


 それほどまでに仲間たちの状態は酷かった。数多の戦場を駆け、幾度と無く喧嘩し、笑いあった仲間たちは破壊され尽くしていた。


 そんな状況ではユードロスをオルビニャの魔手から救える者など皆無だった。


 とはいっても、破壊されたのは人だけではない。魔王の側近、潜血卿のヴラスは姫騎士ソフィアと抱きあうようにして刺し違え、その後魔王の魔法の余波で壁の染みと化したし、魔王軍の頭脳と謳われ人間からは『最悪』と恐れられたルルレレは燃えカスとなって隅に転がっている。その他にも魔王軍の主力から末端まで有象無象の魔物や吸血鬼や悪魔といった者達がゴミのように死んでおり、わずか数十分前まで人間から略奪してきた宝物で光り輝いていた魔王城は今や血肉で赤く彩られていた。


 聖剣シミリスで胸を刺しぬかれ、勇者と聖剣の持つ力の相乗効果で傷口が塞がるより先に浄化され、消えつつある魔王を救える者もいない。


 五年間続いた魔王軍と連合軍の戦いが終わろうとしていた。


 オルビニャの白く小さな手がユードロスの頭を掴み、ソプラノの声で恐ろしい怨嗟の声をあげた。


「貴様に……永遠に続く苦しみを与えてやる…………! 貴様が苦しむ姿を永久に嗤い続けてやる!!」


「やってみやがれ……糞野郎……!」


 ユードロスは言い返すが、今の自分に抵抗できるだけの力がないことを自覚している。だからすんなりと自分が死ぬことを受け入れ、思い起こす。


 五年前、突如として魔王軍が進攻を開始したこと。魔族に両親を殺されたこと。復讐を誓って王国の砦に志願兵として参陣したこと。思ったよりも戦うことがなく雑用ばかりの日々。そんな生活の中で同じような境遇の仲間と出会ったこと。突如始まった防衛戦。みんな死んだ仲間たち。各地を転戦しながらそのたびに敗北したこと。徐々に後退していく人類の領土線。実戦によって徐々に開花していった剣の才能。そして教会による勇者認定。


 勇者認定を受けたことで擦り寄ってきた口ばかりの貴族たち。遅々として進まない他種族との共同戦線。人類に愛想を尽かして出奔したこと。様々な国を巡り、少しずつ集まっていった、人類、エルフ、巨人、ホビット、獣人といった人種を問わず立場を問わず、魔王を倒すというただ1つの目的のために集った仲間たち――。


 走馬灯のように次々と思い出は流れていく。それを遮ったのは頭の中に直接流し込まれた魔力の奔流だった。


「絶望しろ……! 苦悩しろ……! 貴様は永遠に救われない! 貴様は永久にこの籠からは出られない!」


 魔王の膨大な魔力が指先を通してユードロスの脳に直接送り込まれていく。人類とはケタ違いの魔力を流し込まれ、痛いと感じるより先に全身が激しく痙攣を始める。


「ぐぁああああっ!」


「ユードロス様!」


 勇者の絶叫に、女の悲鳴が重なる。慣れ親しんだその声に、ユードロスの体が反応し、視線が勝手に声のした方へ動いた。


 そこには両手足を酸でグズグズに溶かされたミニャがいた。政治の世界にうんざりして「いっそこの世界なぞ滅んでしまえ」と皇国を出た時、祖国を捨ててまでついてきてくれた皇女が、『十三人の人類到達点ボーダー』の最初のメンバーが、愛する女性の姿がそこにはあった。


 その姿を目にした瞬間、蝋燭の炎が最期の一瞬燃え盛るような、強烈な力をユードロスは感じた。勇者として戦ってきた中で、最も強い力を使うことが出来ると何故か確信できた。その力を使えば魔王が今自分にかけようとしている魔法に抵抗することだって可能だと感じた。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 先ほどとは違う種類の絶叫が、廃墟と化した魔王城に響き渡る。動かない指を無理やり動かし印を切り、最期の魔力を打ち出した。


 しかし打ち出した魔力を、彼は魔王にではなく一二人の仲間たちに向けた。この魔力で使うのは魔王の魔力に抵抗する魔法ではなく、本来であればユードロスでは使えない、時空を歪め物質を別の場所へ移動させる最高位魔法だ。送る物質は仲間たち。送る場所は蘇生や再生、回復といった魔法に長けたクールド教国大聖堂。


 死んでしまった者も、今まさに死ぬ者も、瀕死の者も一様にまばゆいばかりの光に包まれ、一人、また一人と時空の狭間に消えていく。


 ミニャもまた、光に包まれて消えていく。どれだけ傷ついてもあの国の技術なら治せるだろうと、ユードロスは満足気に笑ったがミニャの方は焦燥を更に激しくした。


 彼女はユードロスが魔王を殺しきるまでここに留まるつもりだと――相討ちになるつもりだと気づいたからだ。


「ユードロス様! 待って下さいませ! ユードロス様! ……ッ旦那様!」


 恥ずかしがって言ってくれたことのなかった一言がこの土壇場でミニャの口から飛び出して、ユードロスはますます満足気に笑う。


 そんなユードロスの様子に、腰から下を浄化された魔王が苦々しく睨みつける。


「ぐぎぎぎぎ! ぎ、貴様! この期に及んで……!」


 オルビニャはユードロスの仲間を救うという行動が気に食わなかった。そんな甘ちゃんに自分が殺されるという事実も気に食わなかった。


 魔王がユードロスの頭を潰さんばかりに強く掴み、勇者を睨む。勇者もオルビニャに突き刺した剣を更に深く突き刺し、魔王を睨む。


「醜く死ね! 潔く死ね! さっさと死ね! 長く苦しんで死ね! 爆散して死ね! 圧縮されて死ね! 死ね! 死ね! ね! ね!」


 状況が状況でなければ子供の喧嘩として思えないようなセリフを残して魔王オルビニャがその存在の全てを浄化される。


 それとほぼ同時に、「ね! ね! ってなんだよ……」とちょっとだけ失笑してしまった勇者ユードロスもその存在の全てを無に帰した。





 その時、勇者の伝説と、魔王の覇道が同時に終わりを告げた。――とされている。

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