悪魔
第九話になります。
楽しんで読んでいただけると幸いです。
濁った黒い空、草も生えない不毛の地。アクドゥニアとは少しずれたところにあるこの暗黒の世界は、悪魔の世界。
あちこちに大きな城が建てられ、世界自体が大きな要塞のようになっていた。
その城の中枢。悪魔の王が住む、一際大きな城。
王たる者が座る玉座に、一人の、大きなツノをもった悪魔が座っていた。
この悪魔は、王ではない。いや、正確にいえば、王ではなかった。
彼の足元には、先代の悪魔の王だった者の肉塊が転がっていた。
「あぁ、暇だァ」
悪魔は頬杖をつきながら、暇そうに座っていた。
彼は戦いが好きだ。壊すのが好きだ。
だから、王を殺した。彼にとっては何てことはなかった。
王になれるということは、強い奴で、戦ったら楽しそうだと思っていた彼は、失望していた。暇つぶしにもならなかった。
「アズヴェルド様」
そこに、アズヴェルドと呼ばれた悪魔の従者である悪魔が、一つ、提案をした。
「御暇ならば、アクドゥニアに参るのは如何でしょうか。天使共が盛んに動いているようですし」
それを聞いたアズヴェルドは、
「何だ、何だ? 天使共は俺たちと戦う準備でもしてんのかァ?」
と目に狂気じみた光を浮かべ言った。口元は楽しげに歪んでいる。
天使がアクドゥニアで動くということは、同族を増やそうとしているということ。
何故同族を増やそうとしているのかといえば、悪魔と戦う為だろう。
数を増やせば、悪魔に勝てると思っているのだ。
悪魔は基本的には群れないし、統率も何もない。
ただ、悪魔たちは破壊するということに関してのみ、恐ろしいほどに統率がとれる。
「あー、待ちきれねぇなァ」
アズヴェルドはそう言い、玉座から立ち上がると、外に向かって歩き出した。
「行かれるのですか?」
「あァ、当然だろ? お前は留守番な」
「御意」
アズヴェルドは門を開き、アクドゥニアに飛び込んだ。
帝国にある魔法学校。
ここでは、魔法使いの素質がある者、魔力を持っている者の教育を行っている。
帝都にあるこの魔法学校は、帝国内で一番のエリート校だ。
高度な魔法技術が身につけられるが、授業に付いていくのは大変で、年に何人もの生徒が辞めていく。
しがないパン屋の娘、ジーナは何とか授業に付いていっていた。
魔力が特別高いわけでもなく、頭が特別良いわけでもない。
それでもジーナは、自分の好きな人の役に立ちたいと、頑張っていた。
「......ナ! ジーナ!!」
「はえっ?」
「前!!」
「えっ、うわっきゃっ」
今は実技の時間。ジーナは飛んできた火球を慌てて避けた。
「集中しなさい」
「すいません......」
今の実技の授業は、防御魔法を中心に行っている。今日は、前回までに教わった魔法を使い、教師の放つ魔法を防ぐという内容だ。
ジーナは特別才能があるわけではないが、他の何の魔法よりも、防御魔法が良くできた。
「......ジーナ、最近何かあった?」
「え?」
授業が終わった後。ジーナは、心配そうな顔をした友人からそう聞かれた。
「ううん、何でもないよ......」
「そう?」
ジーナは、無理矢理笑顔を作って言った。本当は、彼女にとってとても悲しいことが起きたのに。
ジーナはずっと、シアンと肩を並べて仕事をしたくて、魔法学校で勉強してきた。彼に、振り向いてもらえるかもしれない、と下心もあったが。
しかし、そのシアンは死んでしまった。
何をすればいいか、分からなくなった。
ジーナは、あの日から止まったままだった。
その日の帰り道。途中で花を買う。家に帰る前に、隣の路地の入り口に立った。この先で、シアンは死んだ。
ジーナはギュッと手を握り、奥に入って行った。
ここは昼間でも暗い路地。
前に天使も出たし、あまり来たくはない場所なのだが、どうしても来てしまう。
ここに、シアンがいるのではないかと思ってしまう。
ジーナが花を置いて、しばらくぼーっと立っていると、
「あー? 何をしてんだ、お前?」
と声をかけられた。驚いたジーナが後ろを振り返ると、そこには期待した人物ではなく、悪魔の男が立っていた。
大きなツノも、羽もある訳ではないが、人間とは思えなかった。
「お前人間だな......んー、ここら辺に強そうな天使がいたと思ったんだが」
悪魔は顎を撫でながら言った。
「お前、何か知らねぇか」
悪魔がジーナの方を見る。ジーナは恐怖で固まっていた。震えが収まらない。
「おいおい、そんなビビらなくてもよ」
悪魔はため息を吐き、呆れたように言った。
その時。
「その子から離れなさい!!」
「おっ?」
赤い獣人の女が、悪魔に向かって突っ込んだ。
時は少し遡る。
シアンとビアンカは、帝国内に入っていた。もちろん関所は通っていない。
「シアンくんさ、本当足速くなったよね」
「それについてくるお前もお前だろ」
「いっや〜。私一応獣人だし? そりゃそれなりに走れるよ」
馬を使う、という手もあったのだが、二人は何故か馬を気遣って走ってきていた。曰く、山などの悪い道を走らせたくない、と。
「そういやシアンくんさ、天魔の力使えるようになったんだよね? その後どう?」
「ん? あー、そうだな」
走りながら、シアンは自分の手のひらを見る。
ちょくちょく練習はしていたのだが、実戦で使えるというところまでは来ていない。
「アゼルにコツとか聞いてみたんだが、感覚的過ぎてよく分からなかった」
「あー......」
ビアンカは苦笑いしながら頬をかいた。
「アゼルは才能はあるけど、コミュ力の方はね......」
「ビアンカと出会えてなかったら、あいつ旅とか出来てなかっただろ」
ビアンカはうーん、と考えた。
「一応、初めて会った時までは、一人旅だったらしいんだけど」
「それまでどうしていたんだか」
シアンも苦笑しながら息を吐く。
「そろそろ帝都だな」
「うわ〜私達足速いね。馬より速くね」
「まあ、散々山登ったりして近道したしな」
シアンとビアンカは、ここまで三日で来ている。
ハロルドが運転していた馬車で行って五日かかった道だった。
「で? こっからどうすんの」
帝都に入り、二人は物陰に身を隠していた。
「家に戻って魔弾やらを回収したい訳だが......あー、残ってるかな」
「うわ、無駄骨は折らせないでよ」
ビアンカが嫌そうな顔をして言う。だが、どこか楽しそうだった。
「ていうか、お前まで隠れなくてもいいんだぞ」
シアンが言うと、
「ふふん、面白そうだからね!」
ビアンカはニヤッとして言った。
側から見れば、ただの怪しい二人組である。
「そうだ、シアンくん。これ」
「ん? 何だこれ」
「頭に巻いて、顔を隠せば良いよ」
「あぁ、ありがと」
ビアンカにお礼を言い、シアンは布を巻きつける。
「ぶはっ怪しい〜怪しい奴だ〜」
「......つけろっつったのはお前だぞ」
確かに顔は隠せたが、シアンの見た目はとても怪しかった。
シアンは息を一つ吐くと、
「さっさと行くぞ」
と言い、先に飛び出した。
「あ、待って〜」
その後を、ビアンカが追いかけた。
下の階のパン屋の人に気がつかれない様に、シアンとビアンカは部屋に入った。
「......全然いじられてないな」
「えっ、そうなの? ふ〜ん」
シアンの部屋は、本棚と机、ベット、大量の箱やら銃が転がっていた。
「シアンくんさ、せめて銃はしまおうよ」
「あー、あの時は直前まで作ってたんだっけな......」
呆れた顔でビアンカは言う。シアンは頭をかきながら言った。
「じゃ、とっとと回収してかえ......ん?」
「言われなくてもそうする。どうした?」
シアンがガタガタと箱を開けて、中を探していると、ビアンカが入り口の方を見て止まった。
「ん〜? シアン、何か感じない?」
「あ?」
ビアンカに言われ、シアンは外に意識を集中させる。
「なんか、変な感じがする」
外に変な気配を感じたシアンが言うと、ビアンカは納得したような顔をして言った。
「だよね。ちょっと見てくるわ」
「分かった。俺も回収したらすぐ行く」
ビアンカはひらひらと手を振って外に出て行った。
外に出たビアンカ。
「悪魔、かしら」
外に出ると、匂いがよく分かる。悪魔の近くに人間がいる事も。
ビアンカは警戒しながら路地を進んだ。
襲われていたなら、今更ビアンカが行ったところで、人間は助からないだろう。
だが、もしまだ無事なら。助けられるかもしれない。
少し歩くと、少女の姿が見えた。少し、パンの焼ける匂いがする。時々シアンからもした匂いで、あのパン屋の娘かな、とビアンカは思った。
近くに、悪魔がいるのをビアンカの目は捉えた。
ツノも翼もないが、あれは悪魔だ。そんな匂いがする。
ビアンカは、大きな爪をだし、飛び出した。
「その子から離れなさい!!」
「おっ?」
ガッ。
ビアンカの最初の攻撃は防がれたが、ビアンカは更に蹴りを入れ、少女から悪魔を遠ざけた。
「貴女、大丈夫!?」
「へっ? あ、はい!」
少女は最初、呆然としていたが、ビアンカが言うと、途中で気を取り直してそう言った。
「俺は何もしてねぇよ」
「どうだか。あんたは何でこんなところにいる訳」
ビアンカの問いに、悪魔は満面の笑みで答えた。
「俺は強い奴と戦いたいだけだぜ。......あんた、強そうだな」
「......!!」
悪魔から一気に溢れ出す黒い魔力に、ビアンカは油断せず構えた。
ジリジリと、悪魔がこちらに近づいてくる。
ビアンカは、後ろにいる少女をどう守るか考えていた。
このままだと、確実に少女に怪我をさせてしまう。
「......ふっ」
ビアンカは、自分から飛び出した。
「おーおー、そっちから来るのかよ! いいねぇ!!」
悪魔は瞳孔を開いて、歓喜した。
ビアンカが爪を振るう。悪魔は防ぐ。
ビアンカは魔法が使えない。悪魔は魔法が使える。
魔法を使われたら、形成が一気に悪くなる。ビアンカは至近距離で攻めた。
「はははは」
「笑ってんじゃないわよ!!」
悪魔は楽しそうに笑っている。ビアンカにはそんな余裕は無かった。
「今度はこっちな!!」
「くっ」
悪魔の拳や蹴りを、ビアンカはすれすれで避けていく。速い。避けるのが精一杯だ。
もしビアンカが人間であったなら、既に拳か蹴りに当たって死んでいただろう。
「ははははっまだ行くぜ!!」
「うっ......このっ」
ビアンカは防戦一方だった。ビアンカは悪魔に致命的なダメージは与えられない。
「ビアンカ! 伏せろ!!」
声が聞こえて、ビアンカはとっさに反応した。
バァンッ。
「あっ?」
大きな銃声が聞こえて、悪魔の右腕が吹っ飛んだ。
シアンが部屋から持ち出した魔弾銃で悪魔を撃ったのだ。
「おー、俺の腕が吹っ飛んだ」
悪魔は危機感が全く無いように言った。
「大丈夫か?」
「ええ、まあね」
シアンは持っていた狙撃銃を投げ捨て、ビアンカの方に走ってきた。もちろん、悪魔に魔弾銃を向け、油断はしていない。
シアンの問いに、ビアンカは息を吐いて答えた。少女の方を見ると、呆然としてはいるが、怪我はなさそうだ。
「すげぇな、お前。んでもって、何でそんなフザけた頭してやがんだ?」
関心したように悪魔は言った。
「色々事情があるんだよ。お前には関係ないだろ?」
シアンは魔弾銃を構えながら言った。
それに悪魔は大笑いし、
「確かにそうだな。俺には関係ねぇ」
と言った。
「お前、噂の天使殺しか? 人間だって聞いていたが」
悪魔が笑いながらシアンに問いかける。悪魔の目には、シアンの魂が見えていた。めちゃくちゃに歪み、人間のものには見えない。
「それこそお前には関係ないだろ?」
シアンもニヤッと笑いながら答えた。内心は、全く余裕は無かった。
「ははっ、そうだな。......お前強いな。そんで面白ぇな。俺はヴァンだ。お前は?」
「......シアンだ」
「そうかそうか......また戦おうぜ」
そう言って悪魔、ヴァンは飛び上がり、屋根の上を走って行った。
「シアンくん、普通悪魔に本名名乗るかね」
「......あっ」
盲点だった、という顔で言ったシアンに、ビアンカは頭を押さえた。何でアゼルといい、シアンといい、こんなに危機感がないのか。
「あ、そうだ、君、大丈夫?」
少女の存在を思い出したビアンカが言うと、少女は驚いた顔でシアンの方を見ていた。
「シアンさん、なんですか......?」
「......ジーナ?」
狙撃銃を拾いに行っていたシアンも、少女、ジーナの方を振り返って、驚いていた。
今は布を巻いているせいで、顔はほとんど見えなかったが。
第九話でした。
布を巻いて顔を隠していても、ジーナさんにはシアンくんだとわかるんです。愛ゆえに。
でも実際、巻き方も下手くそだと思うので、最初見た時は何だこの人ってなったと思います(笑)。
それでは。