探し人、忘れ物
第八話になります。
どうぞお付き合いくださいませ。
シアンたちがアークセイラーで過ごすようになって数日。今のところは特に何もなく、カルメたちも特にすることがなさそうだった。ただ、アッシュは情報収集に行っていたり、シアンたちはシアンたちで、観光をしていたりした。
アークセイラーは自由都市。商人の出入りも多い。
イシュイラのメインストリートには、出店が多く出ている。
ほぼ毎日飽きもせず出て行くシアンたちに、ヴィンセントが一度だけついて行った事がある。
しかし、結局ヴィンセントは一人で帰ってきた。みんな、行動がバラバラだったのである。
まず、シアンは武器を売っている店をよく見る。軽く店主と会話して、結局何も買わないで別の店に行く。
ビアンカはとにかく肉を食べる。いい匂いがする、と言って走り出し、いつの間にか後ろでどこで買ったか分からないようなものを食べている。
アゼルとハロルドは本ばかり見る。二人で白熱した議論を交わしていたかと思うと、静かに本を読んでいたりする。しかし本は買わない。
シャロンはその日の気分でついて行く人を決めているようだった。大体はシアンについて行く。
ヴィンセントは思う。よく迷子にならないな、と。いや、実際なっているのかもしれない。
ヴィンセントがここに来た時は、散々迷子になったものだ。
ヴィンセントが帰ってきて、一時間くらいたった後。シアンたちはみんなバラバラに帰ってきた。
今日もまた出かけていたシアンたちが、それぞれ土産話をしている時。料理をしていたアッシュに、
「あー、ヴィンス坊や。ちょっとお使い頼まれてくれないかしら?」
「いいですよ」
ヴィンセントはそう頼まれた。メモを渡される。
よくヴィンセントはお使いを頼まれる。それはヴィンセントが早く街の構造を覚えられるように、というのもあるが、カルメとイブキでは問題があるからだ。
カルメに頼むと、中々帰ってこない。イブキに頼むと、違うものを買ってくる。
あいつの目は節穴か、とメモを渡したアッシュは呆れていた。
そうして街に出たヴィンセント。
流石に店の位置はもう覚えた。
「おっ、またお使いか」
「はい、そうです」
「気をつけなよ〜?」
「はい、ありがとうございます」
街の人々に声を掛けられながらも、ヴィンセントはメモに書かれたものを探す。
「......うーん、何に使うんだろう......」
メモには、ヴィンセントにはどういう物か分からない物も書かれている。
片っ端から店を当たって、買い集めた。
気がついた時には、空は夕焼け色だった。
少し時間がかかってしまったな、とヴィンセントは少し足を速める。
今ヴィンセントがいるところから、家までそれなりに離れている。最近見つけた近道を使おう、とヴィンセントは思い、路地に入って行った。
急げ急げ、と小走りで進んでいたヴィンセントだが、向こうから歩いてくる人を見て、立ち止まった。
「......天使ですか」
「そういうお前は、葬儀屋とかいう奴だな」
ヴィンセントが葬儀屋にいる事を知っている。敵か、とヴィンセントは身構える。
しかし相手の天使は、
「俺はお前らと争うつもりはない」
と両手を挙げて言った。
「何故ですか」
「人を、探しているんだ」
ヴィンセントの質問に、天使は俯きながらそう答えた。
「聖女とかいう人ですか?」
「いや、違う」
天使は首を振った。
「俺の、友達を探している。そいつが死んだみたいなんだが、どうも、死体が無いみたいなんだ」
「と、言いますと」
「故郷の村で、死人が歩いてたって噂を聞いて、もしかしてって思ったんだ」
「............」
ヴィンセントは黙り込む。この天使が言っているのは、シアンの事ではないのか。確か、アンデットだとか何とか話していたような気がする。
「知らないか」
どう答えるか、とヴィンセントが考えた時。
「うちの坊やに手を出さないでもらえるかしら」
アッシュが天使の後ろに立っていた。
天使は後ろを振り返ると、
「手は出していない。ただ、聞いていただけだ」
と憮然として言った。
アッシュはそれを鼻で笑った。
「どうかしらね」
「アッシュさん、僕は何もされていませんよ」
ヴィンセントは両手を振ってそう言った。
「......あら、貴方、元人間なのね」
「そうだ。......人を、探しているんだ。一度死んだ奴なんだが、知らないか」
天使は、アッシュに向けてもそう言った。
なんだか、この天使はが他の天使とは違う気がする。
元々人間だった、というのもあるだろうが、大抵の天使は人間を哀れんでいる節がある。それが例え、人間を積極的に天使に変えようとしていなくても、だ。
「知っていると言ったら?」
「そこまで案内してほしい」
「それでどうするの?」
そこで、天使は黙り込んでしまった。
「天使になっちゃったから、嫌われちゃうかもよ?」
「......それでも、俺はあいつに会いたいんだ」
天使は顔を上げて、真っ直ぐアッシュを見据えて言った。それを見たアッシュは、少し考えて、言った。
「そう。ヴィンス坊や」
「はい」
「帰りましょう。貴方も、来たいなら勝手に来なさい」
歩き出したアッシュに、ヴィンセントは少し小走りで付いて行く。
ヴィンセントが後ろを振り返ると、天使も付いてきていた。
時間は少し遡る。ヴィンセントがお使いに出た後。シアンも外に出ていた。
そして街の外に向かって歩き出した。
「シーアンくん。そっちは出店ないよ〜?」
「ビアンカ」
大分出店の数が減ってきた頃。シアンはいつの間にか後ろにいた、ビアンカに声を掛けられた。
「何々? もしかして出て行っちゃうの?」
何処と無くワクワクしたような顔で言うビアンカ。シアンがいなくなって嬉しいというよりは、いなくなって何か面白い事が起きそうだから、嬉しそうなのだ。
「ちょっと忘れ物取り行ってくる」
「あー? 何、もしかして帝都に戻るのー?」
「あぁ、やっぱりあの悪魔用の魔弾が惜しい......」
シアンがそう言うと、ビアンカは笑いながら、
「シアンくんってそういうところあるよね〜」
と言った。
「でも、この事誰にも言ってないよね」
「一応書き置きは残しておいた」
シアンの言葉に、ビアンカは微妙な顔つきになった。
「......いつ気づく事やら。ちなみにどう書いたの?」
「忘れ物を取りに行ってくる。探すな」
「家出か」
二人は話しながら歩いている。空を見上げると夕焼け色になっていた。
「そういやお前、付いてくんの?」
「当たり前よ〜。楽しそうだもん」
ビアンカはいつかと同じ顔でそう言った。楽しくてたまらない、といった顔だった。
「あれ、いない?」
天使を伴って帰ってきたヴィンセントとアッシュ。
「あ、お帰りなさ......え」
シャロンが、後ろにいる天使を見て困惑したように立ち止まる。
「何故、貴方がここに?」
ハロルドが、ぽかんとした顔で言った。
「え、顔見知りなんですか?」
「え、えぇ。大分様子は変わってしまいましたが。カイン、ですね」
ヴィンセントが聞くと、ハロルドは呆然としながら言った。
「......お久しぶりです、ハロルドさん」
カインは目を伏せ、ハロルドに向かって頭を下げた。
「ふ〜ん、神父様と顔見知りなら、言っても大丈夫かしらね。単刀直入に聞くわ。貴方が探しているのはシアン?」
「! そう、シアンだ」
「でも、何処に行っちゃったんですか?」
ヴィンセントはキョロキョロと部屋を見回しながら言った。シアンの姿は何処にもない。
「ヴィンスくんがお使いに行った後に、ちょっと出てくるって」
「ふーん? 獣人のお嬢ちゃんは?」
「そこで寝て......あれ?」
シャロンが後ろを振り返ると、そこには不思議そうな顔をしたアゼルがいるだけだった。
「ビアンカなら、シアンが出て行った時に付いて行ってたぞ」
なんかニヤニヤしてた、とアゼルが本を片手に言う。
「何だ、天使がいるのか」
そこに、カルメとイブキが帰ってきた。近くに棺を浮かせている。
「お帰り、カルメちゃん」
「え、俺は?」
「シアンくん見なかったかしら?」
「え、無視?」
「あー、なんかビアンカと歩いてたな。どうかしたのか」
「うるさいわよアホ狐。いやね、この天使が、シアンくんを探していたみたいで」
アッシュがカインを指し示す。イブキは後ろで拗ねていた。
「ふーん。本当変な縁があるな、お前ら」
カルメはそう言いながら、ぐしゃぐしゃとイブキの頭を撫でた。
「痛い! 止めろよ! もう!」
「はははは」
「真顔で笑うな!」
カルメとイブキがじゃれている中、アッシュは顎に手を当てながら言った。
「そうね、それなら、シアンくんが帰ってくるのを待つ方が確実ね......どうかしたの?」
話している途中で、アッシュはアゼルが何かの紙を見つけ、読んでいるのに気がついた。
「忘れ物を取りに行ってくる。探すな。シアン。だって」
「家出か」
「家出だな」
「何故家出なんか! 私に不満があったのか!?」
「いや、それは多分違うと思います......」
イブキが突っ込み、カルメは真顔で言った。シャロンは膝から崩れ落ちて、ヴィンセントは困った顔をしていた。
「あいつ......変わってねぇなあ......」
カインは、頭を抱えながらも、少し笑った。
第八話でした。
登場人物が多いので会話文が多いです。時々誰かログアウトしてるみたいになってますね(笑)
そして勝手に行ってしまう二人。シアンくんもビアンカさんも、絶対集団行動できない奴ですね。