葬儀屋
第六話になります。
楽しんで読んで頂けると幸いです。
薄い青色の空に浮く島々。その世界は光に満ち溢れた、天使の住まう世界。
人間たちの住む世界、アクドゥニアとは少しずれた次元に存在し、行くためには天の門を通る必要がある。
天の門は、天使が望めばどこにでも開き、世界を繋ぐ。
空に浮く島々には、無機質な塔や城が建っている。
島々の間を縫うように、一人の天使が空を飛んでいた。
時折、地の門から現れる悪魔を屠りながら、ただただ彼は、空を飛んでいた。
すれ違う下級天使は、彼をせせら笑い、気持ちの悪い声を上げる。自らの意思を、はっきりと持つ、中級、上級の天使は、彼を侮蔑の目で見た。
彼はそれを無視して、さらに飛ぶ。
今はもう、慣れてしまったものだ。空を飛ぶ事も、蔑まれる事も。
やがて彼は、青い塔にたどり着くと、そこに降り立った。
塔の中に入ると、すぐに螺旋階段があり、上には部屋がある。部屋の中には大きなベットと、大きな机が一つずつ。
「フィグローズ、具合はどう?」
彼がベットの上に横たわる四枚羽の天使に声をかけると、呼ばれた天使、フィグローズは体を起こした。
「ええ、悪くはないですよ。早かったですね」
フィグローズは微笑を浮かべながらそう言った。しかし、その顔は青白く、とても悪くないとは言えない。
「......枢密院の連中が言っていることがくだらなさ過ぎて、さっさと帰ってきたんだ」
彼はフィグローズを心配そうな目で見ながら、そう言った。
「それと、これ」
腰に下げていた袋から、赤い果実を取り出した。
「食べて。少しは元気になると思うから」
「ありがとうございます」
差し出された果実をフィグローズは微笑みながら受け取った。
この赤い果実はルドニアの花の果実だ。大量の魔力が含まれており、赤ければ赤いほど、果実に含まれる魔力の量は多い。
本来、ルドニアの果実は食べるものではなく、魔術の触媒として使う。魔法使いなど、魔力を持っている者が食べるなら話は別だが、普通の人が食べた場合、魔力中毒に陥り、命を落とす危険性がある。もちろん、魔法使いなど魔力を持っている者でも、摂取し続けると、魔力中毒になる危険性がある。
天使は基本的には、物体は食べない。存在そのものが魔力の塊だからだ。魔力が大量に含まれている、ルドニアの果実ならば、天魔の魔力を受けてボロボロになった身体でも、回復させる事ができる。
「そういえば、先ほど私の元に通達があったのですが」
フィグローズは赤い果実を弄びながら言った。
「本格的に、アクドゥニアに侵攻するようです」
「! どうして」
それを聞いた彼は、目を見開いてフィグローズに聞き返した。
フィグローズは、悲しそうに目を伏せると、
「天使を増やし、悪魔を根絶やしにする準備をするそうです。それと、聖女を本格的に捕まえに行くとか......」
と言った。
「聖女......? 聖王国の?」
彼は怪訝そうな顔で言った。何故天使が躍起になって、一人の人間を捕まえようとしているのか。彼には分からなかった。
「ええ、彼女は、人間としては多くの魔力を持っていますし、癒しの魔法も使えるようですから。天使にして、使いたいということでしょう」
「......気に入らないな」
フィグローズの説明に、彼は眉根を寄せて言った。
「そうですね......我々は、身勝手過ぎます」
フィグローズは自嘲気味にそう言った。しかし、その目には強い光が宿っていた。
「......貴方に、アクドゥニアに行って欲しいのです」
「何故だ?」
「貴方の友人、シアンを見つけました。......その、死んでしまったのですが」
「......!?」
フィグローズの言葉に、彼は顔色を変えた。自分の友人とフィグローズが会って、しかも死んでしまった......。
「すいません、私が不注意だったがために......」
申し訳無さそうに謝るフィグローズ。しかし彼は、フィグローズに対して怒りを覚えていなかった。
フィグローズに怪我を負わせたのは、天魔の一族。フィグローズは上級の天使なので、いくら天魔の一族であろうとも、攻撃を当てるのは簡単な事ではない。
シアンは、フィグローズに怪我を負わせた天魔の一族に、囮にされ、巻き込まれる形で殺されてしまったのだろうか。
考えれば考えるほど、彼のなかに憎いという感情が溢れてくる。
「......会いに行ってあげて下さい」
フィグローズは、そんな彼の心中を読んでいるのか、落ち着いた口調で言った。
「だけど、俺にはまだ、アクドゥニアに行く許可がおりていない」
彼がそう言うと、フィグローズはクスッと笑うと、
「だから、言ったでしょう。天使たちが本格的にアクドゥニアに侵攻すると。一緒に行ってしまえば良いのですよ。それから何をするのかは、貴方次第ですが」
と言った。
「......分かった。フィグローズは、ここで大人しくしているんだぞ」
「分かっていますよ」
彼は、そう言うと、部屋から出て行った。
「貴方に心配されるとは思ってもいませんでしたよ、カイン」
少し笑いながら、フィグローズはポツリと呟いた。
「さて、私も準備をしないと」
フィグローズは机のところまで行くと、手紙を書き始めた。
アークセイラーの首都、イシュイラの都。メインストリートから路地に入る。カルメの後について行くと、“UNDER TAKER”と書かれた看板がかけられている店があった。
「馬車はこっちです」
「あぁ、ありがとうございます」
ヴィンセントに案内されて、ハロルドは馬車を置きに行った。
残されたシアンたち四人は、カルメに続き店の中に入る。
「あら、意外に綺麗なのね〜」
ビアンカは中をきょろきょろと見回し、そう言った。
棺や本などがたくさん置いてあるが、それなりに整頓され、埃は落ちていない。
「あぁ、綺麗好きがいるからな」
カルメは、他人ごとのように言った。
「まあ、その辺に座れ」
「その辺って......」
カルメの指している方には棺しかない。
「この上に座れと」
「中には何も入ってないぞ」
シアンの言葉にカルメは、何か問題あるか? という風に言った。
「まず、自己紹介をしよう。私はカルメ。葬儀屋をやっている。そしてこっちはテディだ」
シアンたちが各々そこら辺の棺の上に座ると、カルメはそう話始めた。カルメがテディだ、と指し示した方には、カルメの周りを浮いている棺がある。
「棺に名前をつけてるのか?」
シアンが面食らいながら言うと、
「いや、中に住んでる」
カルメはふるふると首を振りながら言った。
「......中に住んでる?」
「あぁ。一応言っておくと、死体じゃないからな」
「そうでないと困るでしょ......」
いまいち言葉の足りないカルメに、ビアンカは脱力した。
「お前たちは?」
「私はビアンカ。見ての通り獣人よ」
カルメの問いに最初に答えたのはビアンカだった。
「俺はアゼル。天魔だ」
アゼルがそう言った時、ビアンカは隣に座るアゼルの足を思いっきり踏んだ。
「痛い」
「私、あれ程言ったわよね。初めて会った人に正体明かすなって」
「......? でも悪い人じゃないだろ」
こめかみをピクつかせながら言うビアンカに、アゼルは不思議そうな顔をして言う。
「悪い人じゃないぞ」
カルメが表情を変えずに言った。
「......あぁもう! 確かにこの人は大丈夫だと思うけれど! 自分の正体を誰にも彼にも明かすんじゃないわよ! 面倒だから!」
ビアンカは半ばヤケになって言った。そして、今度はアゼルの足を蹴った。
「痛い」
「ふんっ」
ビアンカはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「......えーと......俺はシアンだ」
「私の名前はシャロンと言います」
「そうか。ところでお前......」
カルメがそう言った時、馬車を置いてきたハロルドとヴィンセントが店に入って来た。
「あ、お茶持ってきます」
ヴィンセントは入って来たなりそう言って、奥に入って行った。
「私はカルメだ。葬儀屋をやっている。こっちはテディ。お前は?」
カルメがハロルドに向かって、自己紹介をする。
ハロルドは、色々尋ねたいことはあったが、ひとまず名乗っておくことにした。
「私はハロルドと申します」
「......そうか」
カルメはハロルドを正体を探るように、見て、そう言った。
「お茶です。どうぞ」
ティーカップに、紅茶を入れてヴィンセントが戻ってきた。人数分を器用に運んでいる。
「こいつはヴィンセントだ」
「えっ、えっと? よろしくお願いします?」
いきなり紹介されたヴィンセントは困惑しながら言った。
「本題に入るか」
しかしそんな様子を全く気にしていないカルメは、すぐにそう言った。
「そちらの話を聞こう」
「あ、はい、分かりました」
カルメに言われ、シャロンが話始めた。
「私は、まだ天使や悪魔たちに追いかけられています」
シャロンがそう言ったのを見て、カルメは頬杖をつきながら問いかけた。
「それで? 保護してほしいのか?」
シャロンは首を振って否定する。
「いえ、情報が欲しいんです。天使たちが、何故今、私をしつこく追いかけてくるのか。それと、この国のことも」
「......それは、お前たちでも出来るのではないか?」
カルメの言葉に、シャロンはシアンをチラリと見た。
「あぁ、言いたい事は分かった。天使は、俺がすぐ殺しちまうからだな」
シャロンが口を開く前に、シアンは頭に手をやってそう言った。
「カルメさん、詳しそうなので......」
シャロンがシアンの言葉に苦笑いしながら言うと、カルメは顎に手を当てながら、
「......私も基本すぐに敵は排除するからな......。あ、アッシュとかならそういうの得意そう」
そう言うと、ぽんと手を打った。
「アッシュ?」
シアンが聞くと、
「居候の一人だな。というか、ここにいるやつは全員居候だが。店主は私だ」
カルメが腕を組みながらそう言った。
「あれ? そういえば、アッシュさんとイブキさんは?」
今まで黙って話を聞いていたヴィンセントが首を傾げながら言った。
「......あ」
カルメが今思い出したという風に声をあげた。
その時、バンッと大きな音を立てて、ドアが開けられた。
そこから男二人が入ってきた。
片方は狐の様な金髪の獣人で、もう片方は背の高い、灰色の髪の貴族の様な格好をした男だった。
「ちょっとカルメちゃん! 置いていくなんて酷いじゃない!」
「そうだぞ! お前絶対俺らの事忘れてただろ!!」
先に言ったのは灰色の男の方だ。女口調だが、見た目は間違いなく男である。
言われたカルメの方は、
「すまん、忘れてた」
と悪びれなくそう言った。
「カルメちゃーん!!」
「そうだったよ、お前はそんな奴だったよ!」
二人の男は揃って頭を抱えた。
「......本当に悪かったって。あ、こっちの灰色頭がアッシュで、この金髪獣人がイブキだ」
「あ? 何だこいつら」
イブキが、たった今シアンたちの事を認識したように言った。事実、認識していなかったのだろう。
「この間助けた、あの......聖女? とか呼ばれてた奴と愉快な仲間たちだ」
「何その呼び方......」
ビアンカがカルメの説明に嘆息した。イブキも訳がわからないようで、目を白黒させている。
アッシュは何かを察したようで、
「なるほどね。頼ってきてくれているわけね」
と腕を組みながら言った。
「話が早くて助かる。で、情報が欲しいらしいのだが」
カルメがそう言うと、アッシュはクスリと笑うと、
「そうね、カルメちゃんはそういうのさっぱりだものね」
と言った。
「それはいいけれどカルメちゃん。アタシたちを置いて行った事は後でちゃあんと話を聞くからね」
アッシュは笑顔でそう言った。まだ根に持っていたらしい。
イブキはジッとシアンたちを観察していた。
「お前ら、変な集まりだな」
そして急にそんな事を言った。
シアンたちは顔を見合わせた。
「......確かに、そうかもな」
「そうね〜、妙〜な集まりよね〜」
シアンとビアンカは少し笑いながらそう言った。シャロンは苦笑していて、アゼルはあまり表情の変化が分からない。唯一、ハロルドだけは表情が固かった様な気がした。
「取り敢えず、今日はここに止まっていきなさい」
「え、空いてる部屋は棺ばっかだぞ」
「......片付けましょう」
バタバタと、葬儀屋の四人は動き始めた。
第六話でした。
葬儀屋メンバーが揃いました。それと冒頭ではやっとまともな天使を出すことが出来ました。
おネェ口調なお兄さんを出すことが出来て私はとても嬉しいです。(ただし出番はそんなに多くないと......)
それでは。