死神
第五話になります。
楽しんで読んで頂けると幸いです。
この世界には、死神が存在する。死神の役目は、魂を死後の世界まで無事に届けられるよう、天使や悪魔の手から守ること。
死神には人々の魂が見えている。魂は人によって色が違う。そして、死神によっても、その見え方は違う。花のように見えたり、蝶のように見えたり、ただの光の粒のように見えたり......。
普通の人とは違う死神たちだが、彼らは普通の人と同じように産まれてくる。ただ、魂を見ることができるだけで、他は何も普通の人と変わらない。
ルーザシュタインでは、魂が見えると分かった子供を国で教育し、死神に仕立てる。死神たちは、死神の組織、ソーターリアに所属し、それぞれの戦い方で、天使と悪魔から魂を守る。
死神にしか使うことの出来ない武器、デスサイズ。これも死神によって違う形をしている。
デスサイズは、悪魔や天使に、普通の武器よりも有効にダメージを与えることができる。
もちろん、普通の武器でも悪魔や天使と戦うこともできる。だが、その場合、すぐに傷を回復されてしまうので、頭か心臓を潰さなくては倒すことができない。
デスサイズの中には、特殊な能力が使えるようになるものもある。ただしこれは、死神の中でも、デスサイズに選ばれた者しか扱うことができないものだ。
普通の人の中にも、天才がいるように、死神の中にも天才がいる。デスサイズに選ばれ、頭も良く、戦闘能力も高い。ただし、性格に難がある場合が多い。
ある日、ある一人の天才は、
「そうだ、死神辞めよう」
その場の思いつきであっさりとソーターリアから脱退した。
ガタガタと揺れる馬車の中。外に顔を出しても、そこまで景色は変わらない。
ビアンカとシャロンは、話題が尽きないのか、ずっと話している。
シアンには、何故ずっと話し続けられるのか不思議だった。
「へぇ〜? ほぉ〜? なるほどね〜?」
シアンが簡単に銃の整備をしていると、ビアンカのそんな声が聞こえた。顔を上げると、ビアンカはニヤニヤしながらシアンの方を見ていた。
「何だよ」
「い〜や、別に〜? お二人の馴れ初めを詳しく聞いただけですよぉ」
「......」
言いながら、ビアンカはずっとニヤニヤしている。馴れ初め、と言うと、初めて会ったあの時のことだろうが、そんなに可笑しいところがあっただろうか、とシアンが考えると、すぐに思い当たった。
シャロンの突然のプロポーズのことだろう。
しかし、どうしてビアンカがそんなにニヤニヤしているのか、シアンには理解出来なかった。
シアンは、何か言っておこうか、とも考えたが、向こうにあげ足を取られて、余計に笑われるだけなような気がしたので、黙って作業を続けた。
「シアン」
「? 何だ?」
しかし、直ぐにアゼルに呼ばれ、また作業を中断して、顔を上げた。
「両手を出して」
「......おう?」
シアンは、首を傾げながらも、アゼルの言う通りに両手を出した。
シアンの出した手の、手首を掴んでアゼルは続ける。
「両手に力を込めてみて」
「ん? え、えっと?」
シアンは、手首を掴まれたまま、言われた通りに手に力を込める。
しかしアゼルは、
「物理的な力じゃなくて......うーんと、シアンで言うところの、銃を撃つ時みたいな......」
と、自分でもどう説明すれば良いか分かっていない、曖昧な説明をした。どうやら、シアンのした事は、アゼルのして欲しい事ではなかったらしい。
「......」
シアンは手に意識を集中させた。
天使を撃つ時のような......頭の中でその時を思い浮かべ、ひたすら集中させる。
すると、シアンの両手の平に、淡い光が現れた。
「な、何だこれ」
シアンは困惑した。シアンには、魔力がない。魔力を持たない者は、魔法を使うことは出来ない。これは常識だ。
しかし、魔力を持っていなかったはずのシアンが、魔力を持っていなければ出来ない事を起こしてしまっている。
一方のアゼルは冷静だった。
「......やっぱり」
そして、彼の思った通りの事が起きているようだ。
「シアン、君、天魔の力使えるようになってるよ」
「えっ?」
アゼルの言葉に、シアンは目を見開いた。
天魔の力は、天魔の一族にしか使えないもののはずだ。
「多分、シアンは天魔の力に殺されたからだと思う」
「そ、そうなのか......」
シアンは自分の両手に現れた淡い光を観察する。天魔の力と言われてもいまいちピンとこない。
光は小さいし、ちょっと温かいかなと感じるくらいで、これが本当に天魔の力なのかと疑うくらいだった。
「シアン、練習すれば、ちゃんと使えるようになる」
「そうだよなあ。いきなり使えるわけねぇよな」
シアンがぎゅっと手の平を閉じると、光は消えた。
「シアンくんが天魔の力を使えるようになったってことは〜、魔弾銃とかいらないわけよね?」
話を聞いていたビアンカが、目を輝かせながら、そうシアンに尋ねた。
このままシアンがいらないと言ったら、即売り飛ばされそうだ。
「いや、使えてねぇよ。いらなくない」
シアンが自分の腕をクロスさせて、バツ印を出しながら言うと、ビアンカは口を尖らせ、ブーブーと言った。
「あ、そういや悪魔用の魔弾......」
魔弾銃の話になって、シアンは帝都にある自宅に置いてきてしまった、他の魔弾のことを思い出した。
「あー? そっか、天使用と悪魔用でわかれてんだっけね。魔弾って」
魔弾は、天使と悪魔で効果のある弾が違っている。天使に効果のあるものは悪魔には効かないし、悪魔に効果のあるものは天使には効かない。
大抵のギルドに所属している者が両方とも持っている。例にもれず、シアンも両方とも持っている。
ただ、シアンは天使を殺す事しか考えていなかったので、天使用に比べたら、悪魔用の魔弾は数が少ない。
何かに追われているらしいシャロンと共に行動するなら、悪魔用の魔弾も持っていて損はないだろう。
ちなみに天魔の力は、天使に大きなダメージを与えることができるが、その力は悪魔にも通用する。
ビアンカは面倒臭そうに頭を掻くと、
「ん〜、じゃあ何? 帝都に寄るの?」
とシアンに尋ねた。
「いや、追われている以上、寄り道はしない方が良いと思う」
シアンは手を顎に当てながらそう言った。内心、帝都に置いてきた残りの魔弾を回収しに行きたくてたまらないのだが、追われている以上、寄り道をする訳にもいかないだろう。
それに、無いならば作ればいい。
魔弾は買うと高い。シアンは最初、魔弾銃を一丁買っただけで、財産のほとんどが吹っ飛んだ。少しは買うことが出来たが、とても大量の魔弾を購入することなど出来なかった。
一番最初に天使に遭遇した時は、一撃で仕留めて、魔弾を使い切ることはなかった。
それから何とか作ることは出来ないかと、依頼に出ていない日は魔弾の研究につぎ込んだ。
依頼で赴く地で、魔法アイテムを買ってみたり、魔物を倒してツノやら爪やら持って帰ったり......様々な素材を集めて、シアンは自分の魔弾を完成させた。
そして、誰に自慢するでも無く、自分で作り続け、使い続けていると、気がついたら、魔弾銃と魔弾の開発ギルドに目をつけられてしまっていた。
もしかしたら、帝都の自宅に置いてきている魔弾は、開発ギルドに持って行かれてるかもしれないな、とシアンは呆れ気味に思った。
シアンが帝都にいた時も、勝手に進入したり、盗もうとすらした連中なのだ。
「シアンってさ、自分で魔弾作ってるのよ〜」
「えっ、そうなのかシアン!?」
ビアンカがシャロンにそう言うと、シャロンは目を丸くして言った。
「あぁ、そうだけど......」
「......すごい! すごいよ! 帝国には自分で魔弾を作る魔弾の使い手がいるの!?」
シャロンが興奮した様子で言うと、ビアンカは苦笑いをしながら、
「いや〜、少なくとも私はシアン以外には一人しか知らないわね」
と言った。
「あ〜そうか、開発ギルドの奴らは自分で使うわけじゃないもんな。......俺ももっといるもんだと思ってた」
シアンがそう言うと、ビアンカは今度は頭を抱えて、
「シアンくんさぁ、もっと自分のやってる事の重大性に自覚を持った方がいいよ」
呆れ気味に言った。
「いつか大変な目に遭うぞ」
「それあんたが言えた義理?」
アゼルが真顔で言うと、ビアンカは若干こめかみをピクつかせながら言った。アゼルも、自分が天魔の一族である事の希少性を理解していないようで、主にビアンカが大変な目に遭ったらしい。
シアンもすでに、開発ギルドに目をつけられ、嫌がらせのようなものに遭っているわけだが。
「シアン! 今度作るところ見せてくれ!」
「お、おう。素材が集まったらな」
目を輝かせながら言うシャロンに、シアンは押され気味に返した。
しばらく馬車で走っていると、突然ガタンッと大きく馬車が揺れ、そこから先ほどよりもガタガタと揺れるようになった。
岩場にでも入ったのか、とシアンが外を見ると、馬車は森の中を走っていた。馬車が通れるギリギリの道を、縫うように進んでいる。
「ハロルドさん、ここは」
「あぁ、シアン。すいません、国境の関所は通りたくなかったので......」
ハロルドは申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。
それを聞いたビアンカがシアンの横から顔を出し、
「ハロルドさんって意外と悪よね〜。本当にただの神父さんなのかしら」
と揶揄うように言った。その口元は笑っていたが、目だけは何かを探るように、光っていた。
「神父ですよ。今はね」
「ふ〜ん」
ハロルドには答える気が毛頭無いようで、ビアンカの問いを軽く流した。
「! ハロルドさん、右から何か来る!」
シアンがそう言った時、道の右側から何かが飛び出して来た。馬車は急に止まる事が出来ずに、飛び出して来たものを轢いた。
「ねぇ、今の人に見えたんだけど」
ビアンカが引きつった顔で言った。ハロルドが慌てて馬車を止め、確認する。
ビアンカの言った通り、馬車の下に少年が倒れていた。
「や、やっちまったってやつでしょうか......」
「ハロルドさん、落ち着こう」
「私、馬車で人を轢いたのは初めてです」
「多分みんな初めてだよ。とりあえず、下から出してあげよ......」
シアンが言いかけた時、少年が頭を上げた。そのままキョロキョロと辺りを見回している。
まさか生きていて、しかも動くだなんて思っていなかったシアンとハロルドは、ピタッと動きを止めてしまった。
「シアン、ハロルドさん、その人、生きてる? 生きているなら私が傷を......」
シャロンも馬車を降りて、馬車の下を覗き込む。そして、少年が何事もなかったかのように馬車の下から這い出ようとしているのを見て、ポカンと口を開けて呆然とした。
馬車の下から這い出てきた少年は、青みがかった黒髪を、後ろでまとめていて、多少の汚れはあるものの、怪我は何ひとつ無かった。
「すいません、不注意でぶつかってしまいました」
そして、シアンたちに向かって、ぺこりと礼をして謝った。
「い、いえ、轢いてしまったのはこちらですし......あの、怪我は?」
「大丈夫です、ありません」
少年は、ハロルドの問いに真顔で答えた。
「う〜ん、何だろうな、人間じゃないのは分かるんだけど」
いつの間にか近くにいたビアンカが、鼻をひくひくさせながら、顎に手を当て言った。眉根を寄せて考え込んでいる。
「何ていうか、う〜ん......獣人とは違うし......」
少年には、獣のような耳も、尻尾もない。
「すいません、あの、ボク......」
「ヴィンセント」
少年、ヴィンセントが何か言おうとした時、ヴィンセントが飛び出して来た方の反対側から、フードを被った女が飛び出して来た。
「探したぞ」
その女は何故か近くに棺を浮かせていて、少年を探していたらしい。
「あう......すいません、カルメさん」
「......カルメ?」
少年が呼んだカルメという女の名前に、シャロンが反応した。
「あ、あの、カルメさんなんですか?」
「......? おう」
「私、シャロンなんですけど、覚えていますか?」
「......」
シャロンが少し緊張しながらカルメにそう話す。カルメは、口元に手を当てて、思い出そうとしているようだ。
「えっと、聖王国から......その、逃げる時にお世話になったのですが」
「あ、あの時の。すまん、フード被ってたから分からなかった」
シャロンがそこまで言ったところで、カルメは思い出したらしい。ポンと手を打って納得している。
「私に用があるのか?」
「はい、そうです。お願いしたい事があって......」
「分かった。とりあえず、話は後にしよう。私たちも一応仕事中でな。......っ!」
カルメはそう言った後、後ろに飛び退いた。
そして先ほどまでカルメが立っていた場所に、槍を持った天使が降りた。槍は、地面に突き刺さっている。
「おやおや、まさかとは思いましたが......聖王国の聖女様ですねぇ」
薄ら笑いを浮かべながら天使は言う。
「聖女、か。その話、後で聞かせてもらうからな」
「うん......」
シアンがそう言うと、シャロンは俯きながらも、返事をした。
「生き残れるとでも思っているのですか? この私を相手にして?」
天使は自身たっぷりにそう言うと、槍をブンッと一振りした。すると風が起こり、近くの木々が薙ぎ倒された。
「そうだな、私がいる」
カルメが、いつの間にか鎌を手にして、天使に後ろから鎌を振り下ろした。
天使は槍で防ごうとする。しかし、カルメの力は強いらしい。徐々に押され、カルメは天使の羽を、片方切り落とした。
「くっ......死神風情が......」
「残念ながら、もう死神じゃない」
天使は顔を歪ませ、カルメから距離を取ろうとする。
風で木々を薙ぎ倒し、カルメから離れようとする。しかし、
「天使は死ね」
バァンッ
シアンが、魔弾を天使に向けて撃った。
それは正確な射撃で、見事に天使の頭をぶち抜いた。天使は驚愕の表情を浮かべ、光の欠片となって消えた。
ヴィンセントは目を丸くしてシアンを見つめていて、カルメも驚いているようだった。
「あ、魂の回収」
カルメは自分の仕事を思い出し、まだその場に残っている、光の粒を掴んだ。
「う〜ん、いつものシアンくんだねぇ。殺意しかこもっていない言葉」
「......いつものシアンだ。相手が天使なら確実に仕留める」
ビアンカとアゼルはシアンの後ろでそう呟いた。シアンは何だか褒められているような気がしなかった。
「お前凄いな」
カルメもシアンの方を向いて、そう言った。
「いや......。ていうか、その......今あんたが掴んだ光の粒が魂なのか?」
「あぁ、そうだ。......お前、魂が見えるのか?」
シアンが尋ねると、カルメはシアンにズイッと近づいて言った。
「えっ、それ魂なのか」
「そうだ......色々聞きたい事があるが、それも後にしよう。案内する、ついてこい」
カルメはそう言うと、さっさと歩き始めた。
ハロルドは急いで御者席に乗り、シアンたちも馬車に乗り込んだ。もちろん、外を歩くカルメとヴィンセントにスピードは合わせている。
「ね〜シャロンちゃん、さっきさあ、カルメさん? だっけ? あの人とシアンの顔が近かったけど、その点はどう思われますか〜?」
「ん? んー、シアンが照れたり、意識したりしてないから別に気にしてないよ」
「ほっほ〜う」
ビアンカがまた、ニヤニヤしながらシアンの方を見て、シャロンと話していた。
第五話でした。
またキャラクターが増えました。これからもどんどん増えますよ(ゲス顔)。
自分の作品を読み返してみて、ふと思ったのですが、この作品の一人称の私率。あれ、高くね?(笑)
シャロンちゃんもビアンカさんもハロルド神父も天使様もカルメさんも。個性的な一人称のキャラクターでも出しますかね......。
それでは。