アークセイラーへ
第四話になります。
楽しく読んで頂ければ幸いです。
夜のリオドラ村。不気味なくらい静かで、風の音しか聞こえない。
地面は大きく抉られており、大きな戦闘があったかのよう。だけど、村人たちはいない。家の明かりはついているのに、声も聞こえない。
私の前を、一人の少年が走っている。この少年は、もしかしてシアン?
「待ちなさい、シアン!」
「嫌だ! カインは、カインはどこ!?」
小さなシアンの後ろから神父が走ってくる。この人は、ハロルドさんだ。全然姿が変わってない......。
二人は今まで村の外に出ていたようだ。
シアンは、色んな家を回って、扉を開けようとした。だけど、扉は開かない。中に声も届いていないようだ。いや、そもそも中に人がいるのかどうかもわからない。
シアンは、唯一扉を開ける事の出来た教会に飛び込んだ。
中には、天使と、天使に抱えられた少年がいた。少年は血に染まっている。意識がないようだ。
「カイン! カイン!!」
シアンは必死に彼の名前を呼ぶ。だけど、反応はない。
天使は、シアンを見て、悲しそうな顔をした。
「すまない......」
「待てよ!!」
そして、天使は光に包まれて消えてしまった。あの少年ごと。
取り残されたシアンは、地面に跪きながら叫ぶ。
「畜生! カイン......。天使......天使......!!」
シアンに、天使に対する殺意が芽生えたのはこの時なんだ......。
激しい憎悪が痛いほど伝わってくる。
こんな気持ちを抱えてシアンは生きていたのか。
でも、この村で一体何があったのだろう。
馬車で移動して、村から遠く離れたところで、シアンたちは一夜を明かした。
「やっぱりあんた、すごい変わったわね、性格」
「それ言われたの三回目だ」
「あら、みんな考えることは一緒なのね〜」
シアン、ビアンカ、アゼルの三人は、食料調達のため、近くの森を散策していた。
ちなみにシャロンはシアンたちが出た時にはまだ寝ていた。疲れでも溜まっているのだろう。一人で置いて行くわけにはいかないので、ハロルドが残った。
「あ、このキノコは食えるぞ」
「え〜? これぇ?」
シアンが引っこ抜いたのは、赤い色のキノコだった。かなりどくどくしい色合いだ。
「おう。茹でてから炒めればそれなりに食える」
「シアンくんってば、割とこういうの詳しいの〜?」
「まあ、な」
シアンはビアンカから目をそらして言った。
シアンは帝都に出てからは一人暮らしだった。とはいっても、パン屋の人たちにかなりお世話になっていたが。
長い間、依頼のために外に出ている時、うっかり道を間違えて、遭難してしまったことがある。
その際に身をもって感じ、覚えた知識だ。ビアンカにこのことを話せば、確実に揶揄われるので、絶対に話さないとシアンは心に決めている。
ちなみに、赤いキノコだが、シアンは最初、そのまま食べた。気がついたら、時刻は昼から夕方になっていた。
目をそらされたビアンカは、ニヤニヤしながら、
「ふ〜ん? 何か面白そうなことがあったのね〜? 教えてくれないの?」
「面白くも何ともねぇよ。あ、あれも食えるぞ」
「......シアン、これ、真っ青だぞ?」
シアンが指をさした先にあったのは、アゼルが心配する程、青い色をしたキノコだった。
「ていうかキノコばっかじゃない! シアンはそんなにキノコ好きなの!? 私は肉が食べたいわ!」
確かに、先ほどからシアンが採っているのはキノコばかりだ。もうすでに大量のキノコを持っている。
肉を食べたすぎて地団駄を踏んだビアンカに、シアンは冷静に言った。
「ここに出るのは魔物くらいだろ。......食うの?」
「......不味かったから食べないわ」
「食ったことあるんかい」
ビアンカは、魔物の味を思い出したらしく、口元を押さえている。耳はペシャッと下がっていた。かなり不味かったようだ。
「キノコ、キノコ以外ねぇ」
シアンがキノコキノコ言いながら歩く所為で、ビアンカとアゼルも、自然と視線が下がってしまい、キノコを発見してしまう。
「シアンくん、一旦黙ろうか」
ビアンカは青筋を立てながら言った。しかしアゼルはキノコ探しが楽しいようで、しゃがんでキノコを採ると、
「シアン、このキノコ食える?」
いつもよりも輝いているように見える目でシアンに尋ねた。
「それは無理だな」
アゼルが採ったキノコは、緑色だった。
「聞けよ」
「うぃーす」
シアンは、ガスッとビアンカに足を蹴られた。
三人がそのまま進んで行くと、川に出た。透明度が高い、綺麗な水だった。
「魚取れるかもな」
「え〜? 私は肉が食べたいのだけど」
「だから肉は魔物ぐらいしかねぇって」
ビアンカはブツブツ不満を並べながら、川の中に入って行く。
「ビアンカは魚とか獲るの、得意なんだ」
「へぇ〜」
「あんたが出来なすぎるのよ!」
耳が良いビアンカには、当然二人の会話も聞こえてくる。ビアンカは二人を振り返って、指を差しながら言った。
「あんたたち、絶対入ってこないでよ。あんたたちが来たら絶対逃げられるから」
「信用ねぇな」
「まあ......本当の事だし......」
男二人が川辺でヒソヒソ話している間に、ビアンカは次々と魚を陸に放り投げていく。さながら冬眠前に鮭を狩っている熊の様だった。
シアンがそんなビアンカの様子を見ていると、キラキラとした、何かがビアンカの周りに見えた。
「......?」
シアンが目をゴシゴシ擦り、もう一度ビアンカの方を見ても、キラキラしたものはまだ見える。
「? どうした、シアン」
シアンの様子を見たアゼルは、不思議そうにしながら言った。
「いや、なんか......ビアンカの周りに光る......虫? みたいなのが見える」
「......虫?」
シアンがそう言って、アゼルの方を見ると、アゼルの周りにも光る何かが見えた。
「......おお」
シアンは驚いた顔をしながらアゼルを指差した。
「......?」
アゼルは自分を指差しながら首を傾げている。
アゼルとビアンカでは、周りにいる光る何かの色が違っていた。アゼルは紫に近い色、ビアンカは赤だった。
ずっと見ていたら、何だか目が疲れてきてしまった。
シアンは目を閉じて、目を押さえた。そしてもう一度目を開けると、もう光る何かは見えなくなっていた。
「シアン、大丈夫か?」
「あぁ、なんか今見えなくなった」
「ちょっと、あんたたち何してるのよ」
そうこうしているうちに、ビアンカが大量の魚を抱えて川から上がってきた。
「手伝うとかそういうのは思わなかったわけ?」
「川に入るなって言わなかったか?」
「......そんな事言ったっけ」
「「言った」」
眉根を寄せて惚けるビアンカに、シアンとアゼルは声を合わせて言った。
「大体、俺が出来る事といえば......川の水を蒸発させるくらい......」
「却下」
アゼルは基本的に戦闘以外は出来ない。戦闘では器用に立ち回れるのに、生活能力は皆無だ。
「うーん、銃を使ってもいいならやれなくもない」
「魚ごと消し飛ばす気か。食べれるところなくなっちゃうじゃない」
ダメだこいつら......とビアンカは内心頭を抱えた。
「じゃあ、これ。無理矢理にでも全部持って行きなさい」
ドサドサッとシアンとアゼルの両腕に魚が乗せられる。確実に十匹以上は獲っている。
ちなみに持つ量の配分は、シアン六割、ビアンカ三割、アゼル一割である。
アゼルは天魔の一族の中でもトップクラスの実力を持つ。しかし、パラメーターが全て魔力に偏っており、力はあまり強くない。あまり重い荷物も持つことが出来ないし、スタミナもそこまでない。見た目が長身なので、もやしとよく言われる。
「アゼル、大丈夫か?」
「これくらい......平気」
「落とすんじゃないわよ」
「......ビアンカこそ、落としてる......」
ビアンカの足元には、魚が二匹落ちていた。
「うわっ!? 早く言いなさいよ!!」
今まで落としていた事に気がつかなかったビアンカは、慌てて拾おうとする。
「待て待て、慌てるな。今持ってる魚まで落とすぞ」
しかし、時すでに遅し。ビアンカは持っていた魚を地面にぶちまけた。
一方、馬車で待機しているハロルドは、暇を持て余してした。
「遅いですねぇ」
まさか道に迷ったとか......一瞬ハロルドにそんな考えがよぎるが、シアン一人で行ったならまだしも、三人で行っているので、それはないと考えなおす。
もし本当に迷っていたとしても、ハロルドはここから離れる訳にはいかない。ここにはシャロンがいるのだから。
「あれ......ハロルドさん? みんなは?」
「あぁ、起きましたか。シアンたちなら、食料調達ですよ」
シャロンが馬車から出てきた。まだ完全には起きていないらしく、ボーッとしている。
「そろそろ戻ってくると思いますよ」
ハロルドがそう言った時、シアンたちが戻ってきた。
「だからね、シアンくん。キノコキノコ言わないで頂戴。無意識に探しちゃうのよ」
「シアン、これ食える?」
「こら、アゼル。やめなさい」
「それは食えるな」
「シアンくぅん?」
「いってぇ」
大量と魚と、何故かキノコを持ち、話しながら歩いてくる。騒がしい。
「遅かったですね」
「あぁ、結構遠くまで行ってたみたいで」
「シアンがキノコキノコ言わなければもっと早かったわよ〜」
「......お前が欲張らなければもっと早かったかな」
ボソッとシアンが言うと、ビアンカは笑顔で言った。
「何ですって?」
「いいえ何でも」
凄みのある笑顔だったので、シアンは即座にそう返した。
ハロルドはシアンたちのやり取りに、苦笑しながらも、
「まあまあ、ご飯にしましょうか」
と言った。
「それで? そろそろ話して欲しいのよね〜、シアンくん?」
さっきまでバリバリと魚の骨まで食べていたビアンカは、いつの間にか食べ終え、頬杖をついていた。
「あぁ、えっと......どこから話すか」
「私が助けてもらって、それで......」
シアンがどこから話そうかと考えていると、シャロンが話し始めた。
「四枚羽の天使に気を取られて後ろから妙な光にぶっ刺された」
シアンが後を続ける。
それを聞いたビアンカは、目を丸くしながら、
「じゃあ、あんた本当に死んだわけ? どうやって復活したの? 死者の復活ってこの世の禁忌よ?」
とまくしたてた。アゼルはアゼルで、気になっていることがあるらしく、
「もしかして、それをやったのは天魔の一族か?」
と尋ねた。
「シアンは人間としては復活してないの。死んで、吸血鬼になっちゃったから、契約してシアンの意識を取り戻した、という感じかな......」
「ふ〜ん。それで? 天魔の一族だったの? 殺ったの」
ビアンカはまだ解せないことがあるようだが、自分の理解の及ばないことであると諦めたようだった。
「うん。一緒に貫かれた天使も、天魔の一族か、と言っていたし」
「......やはり、あの女か......」
そう言ったアゼルの顔には、アゼルにしては珍しく、明確な嫌悪があらわれていた。
「あの女って、俺ごと天使を貫きやがった奴のことだよな」
「そうだ。......」
シアンが尋ねるも、アゼルには詳しく話すつもりはないようだ。
「それで、これからのことなんだけど、アークセイラーに行こうと思って」
「東国連合の、ですか」
東国連合のアークセイラーは、様々な種族が暮らしている、中立都市だ。
東国連合とは、大陸の東の三つの国、アークセイラー、ワーズ、ルーザシュタインの連合のことだ。
この三国は基本的には中立の立場にあり、入るもの拒まず、出るもの追わずの考え方である。自由都市連合とも呼ばれることがあるほどだ。
「アークセイラーに知り合いでもいるのか?」
「うん、今もそこに住んでいるかはわからないけど」
シアンに尋ねられて、シャロンは少し自信なさ気に言った。
「特に行くところもありませんし、ひとまずはそこに行きますか」
「お前らはどうする?」
シアンにそう言われたビアンカとアゼルは顔を見合わせ、
「行くに決まってるわよ」
「ついてく」
と言った。ビアンカはそれに、と続け、
「シアンくんが、かーなーり面白そうなことになってるからね〜。揶揄いがいがあるわ〜。ウキャキャキャキャ」
と言った。それに対しシアンは顔をしかめて言った。
「その笑い方天使っぽいな」
「うわ〜嫌悪感丸出し」
それでもビアンカは楽しそうに笑いながら言った。
「そういえばシアン。これ、お返しします」
そう言われてシアンがハロルドから受け取ったのは、魔弾銃だった。
「これ、俺の!」
無くなったと思っていた、シアンの魔弾銃だった。シアンが顔を上げてハロルドの方を見ると、ハロルドは少し申し訳なさそうな顔をして、
「すいません......銃を取りに行った時に窓から聖騎士が見えたものでしたから......。借りていました」
「そうか......よかった」
シアンは大事そうに自分の愛銃をひと撫でした。
「ふ〜ん? なんか意外ね」
それを見たビアンカは不思議そうに言う。
「そうか? 自分の命を預けているようなもんだから、愛着が湧くのは当然だろ?」
「あ〜そういうこと。天使殺すための道具だから嫌々使ってるのかと思ってたわ」
シアンの返答に、ビアンカは納得したように頷いた。
「では、そろそろ行きましょう。またいつ聖騎士どもが来るか分かりませんから」
「神父様って、聖騎士嫌いなの〜?」
軽い口調でビアンカが尋ねた質問の答えは、返ってこなかった。
「あらら〜。ま、いっか」
一行は、アシュディード帝国、ラーツ地方から東国連合、アークセイラーに向けて出発した。
四話でした。
なんだかキノコと魚の話ばかりしていたような気がしますね。
これからは違う都市へレッツゴーします。また新しいキャラクターも出てきます。
どうぞ、よろしくお願いします。それでは。