ハロルドと悪魔
第十話になります。
楽しんで読んでいただけると幸いです。
シアンとビアンカが勝手に行ってしまってから数日。
「あー、大丈夫かな」
カルメたちの元で過ごしているシャロンは、不安な日々を過ごしていた。
「ビアンカもいるし、大丈夫だ」
シャロンに向かってアゼルが言う。
「うん、うん。それはそうなんだけど......」
「......?」
複雑そうに言うシャロンにアゼルは首を傾げる。そこに話を聞いていたアッシュが、
「わかってないわね、天魔の坊ちゃん。好きな人と会えないなんて、乙女にとってこれ以上辛いことはないわよ」
と言った。アゼルは怪訝そうな顔になる。
「何でお前が乙女語ってるわけ」
イブキが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「あら、何か問題でも?」
「問題しかないわ!!」
「キャンキャンうるさい駄犬ね」
「俺は犬じゃねぇ!! 狐だ!!」
また始まったアッシュとイブキの言い合いに、アゼルは閉口する。シャロンは特に気にしていないようだった。というか、別のことを考えていて、聞いていないようだ。
「うるさい」
「カルメちゃん」
「おぉ、悪い」
しかしいつもの言い合いも、カルメの一言でおさまる。ここのリーダーはカルメだということがよくわかる。
「賑やかだな」
シアンが戻ってくるまで居座ると宣言したカインが言う。
元々人間だったということもあってか、天使の天敵である天魔がいても特に気にしていないようだ。アゼルの隣に座っている。アゼルは少し居心地が悪そうだったが。
「はあ、いつもの事ですよ」
ヴィンセントが半ば呆れながら言う。
「......子供に呆れられるってどうなんだ」
「......うっせ」
「ヴィンス坊やは大人びてるから。坊やだけど」
カインに言われ、イブキはバツの悪そうな顔をしながら、アッシュは開き直ってそう言った。
「う〜なんか落ち着かないから、ちょっと外に行ってくる」
シャロンがそう言い、ガタッと立ち上がる。
「俺も行く。聖女が一人じゃ危ないだろ」
「......俺も行くよ」
カインとアゼルがシャロンに言う。カインには話していないはずだが、やはりシャロンのことは天使にはすぐバレてしまうらしい。
「あぁ、ありがとう、アゼル、カイン。それと一つ言っておくと、私の名前は聖女じゃない。シャロンだ」
ビシッとカイン指差してシャロンは言った。
シャロンたち三人が出て行った後。
「そういえば、ハロルドさんはどうしたんですかね」
ヴィンセントが、この場にいないハロルドのことを聞く。
「あ〜神父様だったら、朝、すごい形相で外に行ったわよ」
時は少し遡り、朝。
「おはようございます、ハロルドさん」
「カイン。おはようございます。早いですね」
ハロルドは、読んでいた本から顔を上げて言った。まだ部屋にはハロルドとカインしかいない。
「天使になっても睡眠は取るのですね」
「ええ......寝た方が集中できますから。......天使になった今ならわかりますが、ハロルドさんは......」
カインは少し言いにくそうに目を伏せる。
ハロルドは少し微笑むと、
「貴方の思っている通りです。......一つだけ言わせてもらいますと、私はシャロン様を守るために動いているのです。危害は加えませんよ」
と言った。
カインには、正直信じられなかった。ハロルドが言っている事が、ではない。
ハロルドの正体が信じられなかったのだ。
不意に、ハロルドが本を閉じて立ち上がった。
「どうしたのですか?」
「......少し出てきます」
そう言ってハロルドは出て行った。
ハロルドの表情は険しかった。
ハロルドは朝の街を歩く。流石にまだほとんど人はいない。
朝だというのに、澄んだ空気をまったく感じない。
代わりに、悪魔の魔力をハロルドは感じ取っていた。気持ちの悪い魔力だ。
魔力のある方向へ歩いて行く。かなり強い魔力を感じる。上位の悪魔か、とハロルドは警戒心を強めた。
ハロルドはやがて、一つの路地裏に入った。
そして直ぐ、探していた相手は見つかった。
「......よりにもよって貴方ですか、アズヴェルド」
「あァ?」
ハロルドが言うと、存在に気がついた悪魔、アズヴェルドは振り返る。
アズヴェルドはハロルドを見とめると、凶悪な笑みを浮かべた。
「おいおいおい。最近見ねぇなと思ってたらお前、神父の真似事なんてしてたのかよ」
「......それはどうでもいいことでしょう。何の用があってここに来た」
先ほどまでとは空気が変わる。悪魔の魔力に満ちていたところに、ハロルドの魔力が加わった。とても、重い空気だ。
「暇だったんだ。そんでこっち来てみたら、やっぱり天使はたくさんいるしよォ」
アズヴェルドは手をバキバキ鳴らしながら言う。もう何人もの天使が、この悪魔にやられたのだろう。
「聖女とかいうのを探しているらしいなァ?」
「......あんたは興味無いんじゃなかったのか」
アズヴェルドは笑みを崩さない。しかしその目は獰猛な獣のようだった。
ハロルドは一層警戒を強めた。
「あァ、無かったぜ。でもよ、天使様が執着する聖女とやらは、どんな奴なのか、気になるのは仕方ねぇだろ?」
「そうか......ならば今すぐ死ね」
ハロルドは、手に魔法陣を浮かばせた。そこからレイピアが出てくる。
「何だ何だ、やる気か? いいじゃねぇの」
アズヴェルドは更にテンションが上がっている。
「ふっ」
ハロルドが突きを繰り出した。
アズヴェルドは爪で容易に防ぐ。それどころか、あっさりとレイピアを折った。
しかしハロルドは動じない。また、新しいレイピアを呼び出した。
「相変わらず面倒クセェ戦い方だなァ? ハロルドよ」
レイピアを何度折られても新しく呼び出し、攻撃を続ける。
ハロルドはアズヴェルドの攻撃を避け続け、ほぼ無傷だったが、アズヴェルドはハロルドの攻撃を受け、あちこちに傷が出来ている。悪魔にとっては、かすり傷のようなものだが。
「ど〜う考えても、お前聖女と知り合いだよなァ? 守ろうとしてんのか? 何故人間に尽くすんだ?」
聞かれてハロルドはアズヴェルドから距離をとって少し止まる。
「お前のツノを折ったのも、翼を捥いだのも。全部人間じゃねぇか」
「私が悪かった。報いを受けただけだ」
ハロルドが昔にあった事を思い出し、顔を歪ませる。
「ふーん。つまんねぇ考え方するようになったな、お前。あーなんか白けた」
アズヴェルドが欠伸をして言う。先ほどまでの獰猛な笑みは浮かべていない。
「なら帰れ。それか死ね」
「はー、酷いね、ハロルドくんは。旧友に対してその態度とは」
やれやれ、とアズヴェルドは首を振って言った。
ハロルドは武器を向けたまま、警戒は解いていない。
「えっ、は、ハロルドさん!?」
「待て、お前は前に出るな」
その時、ハロルドの後ろから、そう声がした。
ハロルドが慌てて振り返ると、そこにはシャロンとアゼル、カインがいた。
第十話でした。
ハロルドさん、頑張るんじゃあ〜回。彼の正体については、お察しの通りです。
何故彼がそうなったのか。ちゃんと書こうと思っております。
それでは。