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09. 主人契約/それぞれの思惑

「さてホンジョー君。君にはちょっとした契約を結んでもらいたい」


 帰ってきたばかりのエディさんが二人きりになりたいと言い出した。何を始めるのかとちょっと警戒したが心配したようなことじゃなくて少しだけ安心した。たまに怖いくらいじめっと見られてることがあるんだ。マジでこの人が変な趣味持ってそうで怖い。十分に変な趣味をお持ちな気はするが。

 彼が言うに今日の外出は、私が意識がなくなるたびに召喚が無効され地球側に意識を戻されることが懸念されるため、それを解消するための方策を用意していたそうだ。


「ここに『契約板』というものがある、魔力を媒介とした所持契約を成すための道具だ。これから君には『召喚コア』を所持する契約をしてもらいたい」


 今の自分のは、魂だけを強制的に引き寄せただけの状態らしい。輪ゴムをテーブルに固定して引っ張っているようなものだそうだ。何かの拍子にゴムを手放せば、本体は元のテーブルの方へと引き寄せられてしまう。


「つまり、向こうにある君自身の肉体の方が君の魂を繋ぎとめる力が遥かに強いのだよ。それでこちらの世界にも楔を打ち込むことで、絶対とは言わないが引き戻される力に対して均衡を保てるようにしたい、という訳だ。君も二つの世界で自分の意志とは関係なく動かされ続けることは避けたいと思うだろう? 少なくとも君の意志で決められる余地が生まれるはずだ」


 言われることはもっともだが、どうして『契約板』なるものが必要なのだろう?


「魔力を伴った契約は魂にまで作用する。君と召喚コアをより強く結びつけることでこちらの世界へのつながりを強化するのさ。現状でも大きなつながりがあるとはいえ、取り得る最良の方法を選択すべきとは思わないか?」


 契約か。あんまりいい響きではないが確かに一理あるように思える。


「大丈夫、君を主人として登録しよう。そのための契約板だ」


 断る理由も思いつかないので早速契約とやらを始めてもらった。なにしろあっちでは病院のベッドに固定されてるしな。ここの不自由さとは比べ物にならない。



 契約自体は簡単だった。ただその板に手を置いて宣誓するだけだ。


 板の表面には手のひらが2つ描かれており、それに沿わせるように両手を置くものかとも思ったが左手を置くだけでいいと言われた。魔法的な模様なのだろうか。

 言われたとおり手を置いて魔力をかざす。すると描かれた手の模様が動きだし、まるで幽霊のような半透明な実体をもって浮かび上がった。


「汝ホンジョーを九号の主としこれを認める。誓うか?」


「ち、誓います」


 その声を合図に半透明な手の指先が私の左手の甲をなぞる。ちょっとちくちくとして痛かった。何かの模様を描くように動いているみたいだ。なんだか入れ墨のような感じだな。熱でもでなきゃいいけど。しばらくして一枚の羽のような模様が手の甲に描かれた。背中もチクリとしたので何かあるのかもしれない。服の下だし見えないけど。


「うむ、これで契約は完了した。この召喚コアは君のものだ、君の体そのものといってもいいのかな。とにかく大事にしてくれたまえ」


 これで終わりなのかな? あまり実感がわかない。契約板から手を放すと役目を終えたのか砕けてしまった。一回限りの使い捨てなのか。なんだか高価そうなものっぽいけどいいのだろうか? 私が悩んでもどうしようもないことだとは思うんだけど。ほらやっぱりなんかもったいないじゃん?


 契約が終わってからエディさんから手袋を渡された。外見はいわゆる指ぬきグローブといった感じだが、かなり薄手のものだった。1組渡されたので両手に着けておけということだろう。


「その模様だが、人に見せびらかす類のものではないんだ。私も持っているがいわゆるマナー違反というやつでね。人前では極力手袋をつけるように。私たちの前でも意識してくれよ? 話題に出すのもマナー違反となるから注意するように」


 そういえばエディさんは白い手袋をしていたな。そういう趣味なのかと思っていたがちゃんと理由があったようだ。手袋をしての生活は慣れていないから違和感がある。なんだか汗ばんでくるんだよね。結構慣れるしかないか。マナー違反ってことは国王に挨拶するときとか話題に出したら処罰されたりして。そんなことないか。

 エリザベスさんいわく、お気に入りの手袋には魔法の発動を補助するために何かを仕込む人もいるそうなので少し工夫してみるといいかもしれない。



――



 しばらくして夕食が始まった。今日は鳥の丸焼きかな?大皿料理が多いイメージだな。客と同じものを食べることで安全性を誇示しているのかもしれない。なんだか大変な時代なのかもなぁ。あ、おいしく頂きましたよ? 私好き嫌い少ないですし。ゲテモノ以外ですが。

 いつもおいしそうに食べてくれるので作り甲斐があるとメイドの一人に言われた。ほんとにおいしいんですよと言っておいたら更に喜んでもらえた。ほんとにおいしかったしね。


「でもアレはやり過ぎだったんじゃないか? あんな使い方する岩じゃないんだから」


 とエディさんがエリザベスさんに話していた。どうやらあの岩は『どれくらい引き上げられるかで魔力の大きさを見極める』ためのものらしい。力が大きいと言われるものでも5mも引き上げるのがせいぜいとのことだそうだ。それを引き抜いたあげくにあんな長時間浮かせるなんてめちゃくちゃは普通ありえないと笑われた。いらぬ汗をかいてしまったようだ。やはり相手の真意がわからない状態では意図的に手を抜くのは難しいな。あまり手抜きができる性格じゃないのも手伝っていい感じにはできてないようだ。次から用心しよう。疲れたとかいって適当に手を抜いて、エリザベスさんに罵倒されて余計にやらされそう。こりゃダメだ。


「しかし発火のイメージに『マッチ』を使ったのか、確かにきっかけさえあれば簡単に火が付くものとして考えれば優秀なものだね。ちょっと考え付かなかったよ。後で私も試してみよう」


 マッチ自体が貴重なのだろうか? そもそも魔法で火が付く世界ではそういう発明自体が必要無いのかもしれない。魔法では無理だが魔力機関でどうにかしてきたんだろうか。


「この調子だと川まで行って水を汲むよりも君に魔力で水を作ってもらう方が簡単で楽ができそうだな。明日あたり試してみるか?」


「いえ坊ちゃま、ホンジョー様は本日限界に近い魔力を使われています。明日も同じようにご無理されますと、あまりお体に良い影響がでるとは思えません。せめて明日一日は休息にあてて魔力の回復に努めるべきと存じます」


「そうか、リジーがそう見立てるならそれに従ってもらおう。では水の補給についてはまた今度ということで」


 水係をやらされるのは確定なのか。なんか本当に便利に使われそうだな俺。


「というわけですのでホンジョー様、明日は礼儀作法について学んでいただきます。今までの言動で特にご注意いただく点など把握しておりますので。明日はある程度お覚悟されますようお願いしますね」


 エリザベスさんまじスパルタ先生。お願いですから手加減してくだちぃ。


「当たり前ですが手心など一切おかけしません。将来恥をおかきになるのはホンジョー様自身、そしてご紹介される坊ちゃまにかかることになるのです。ご理解くださいませ」


 うん、知ってた。すごい楽しそうだよこの人。



――



 ホンジョーを客間に下がらせる。いつも通り彼女をつけているが、部屋まで送ったあとでいったんこちらに戻るように指示をする。


 しばらくしてリジーが戻ってきた。今日の様子をホンジョー抜きで確認するためだ。予想通り、常人には不可能な課題を与えてみたそうだ。火を起こすなんて魔法では基本というより奥義に等しい。確かに基本的なことではあるが、本来なら『火花を起こす』の一点だけでも数か月の修行を必要とする難易度の高い技だ。こちらの世界とはことなる科学的な知識、日常使っていた道具の違い、私ですら記憶にしかない様々な道具を使った経験が全ての前提を覆すほどの結果として現れたのだろう。魔力の量だけでなく彼の知識や経験、発想はこれまでにない魔法を産み出しかねない。これは嬉しくもあり危うい誤算というべきだろう。


 計測岩を引き抜くといっただけでも常識外だが、数時間持ち上げ支えていたというのも聞くだけで恐ろしい。あれだけ常識外れなことを続けざまにされると、こちらの感覚がおかしかったんじゃないかと疑いたくもなる。もしかすると魔力の効率的な運用についてもある程度の目安がついたかもしれない。いよいよもって恐ろしい才能と言わざる得ないな。


「実際のところ、指輪を外しての訓練でしたので魔力を限界まで放出していると思います。明日も同じようなことをさせれば体内魔力が枯渇する危険性がありますので、先ほども申し上げましたとおり座学に専念させて頂こうと考えております」


 常人の判断ではそれで正しい、『抑制の指輪』は安全弁の役割を果たす。強力過ぎる魔力の放出を抑えると同時に魔力の使い過ぎも抑制する。魔力が枯渇すれば大変なことになるからだ。まさしく命が危ない。だがホンジョーの場合は事情が異なる。


「実際のところ、ホンジョーにはまだ余裕があっただろうね。あと1時間くらいは平気だったかもしれない」


「1時間もですか? どんな化け物なんですか彼は。そんな魔法使いの記録なんてどこにもありませんよ? それこそ」

「リジー、制約の元に命令する。ホンジョーに関する、特に魔力に関する一切の情報を他人に与えてはいけない。漏らしてもいけない。わかったね?」


 何か気が付いたようだが先に釘を指しておこう。どこで何が起こるかわかったものじゃない。約二週間後を予定していた国王への謁見だが、この様子ではかなりいい結果が得られそうだ。非常に楽しみだな。さて、勇者さまをどうやって売り込もう。夢が広がるってヤツだ。



――


 坊ちゃんの説明も踏まえて考えてもホンジョーは異常だ。


 今日ほどあのホンジョーの非常識さを目の当たりにしたことを後悔したことはない。いったいどんな化け物だ。いや何度も言っちゃうと驚きの単位として機能しなくなりそうなので少しは表現を変えてみた方がいいかもしれない。


 どんなバケモノなのよ!


 かなり簡単なふりをして私の超絶素晴らしい魔法を見せつけ、虫にも劣る自分に劣等感を抱かせつつも師の偉大さを知り感服、何でも言うことを聞く便利な下僕にしてくださいとか言う風な流れを期待していたんだけど。いや百パーセント不可能な作戦だけど少しは私に敬意を払うくらいはするかと思ってやらせてみたの。


 最初は予想通りだったさ。初心者丸出し。魔力だけあっても理論はゼロ。これならこっちの思惑通りに動かせそう。案外チョロいわね、ホンジョー! 私の野望のためにせいぜい活用させてもらうことにしましょうか!


 ……

 一時間くらいは楽しめたの。絶対使えないだろう技を強要したんだし。使える訳もないのよね。といってもホンジョーのことだからちょっとコツを教えればすぐにきっかけを掴めるて使えるようになるに違いない。たっぷりと恩を売りつけてやる。


 少し休憩をと思って離席しただけなのに帰ってみたら発火を使えるようになってるなんて、どんな魔法を使ったのよ! 発火だけど。いやそういうことじゃなくて!

 うん。降参。この子マジで凄いわ。偉そうにして崇めさせる計画はナシにして、優秀な先輩に指導されその才能を開花させる後輩みたいな感じで攻めてみましょう。媚びへつらうよりそっちの方がいいかもしれないし。


 というわけで休憩の間は魔力の使い方のもうちょっと実践的な部分について教えてあげることにした。なんか素直にこっちのいうことを聞いてくれるし、ちょっと優越感じちゃうわぁ~。見た目は可愛いんだし魔力お化けってところを除外すれば案外いい感じじゃないかしら? うん。まぁ昨日のことはまだ許してあげる気はしないのだけど。躾けはちゃんとしないとね?


 午後になってからは魔力特訓。強度と持久力について限界を見極めることにした。昨日みたいなテキトーなのじゃなくて本式のでやってみましょう。いやちょっとキレちゃっていじわるしたくなっちゃったのよね。少し反省してるわ。


 で、あの結果よ。どんだけバケモノなんだか。もうあきれるしかないわね。この子と張り合うのだけはご免したいわ。冗談でも勝てる気がしない。今なら可能性があるけど、2・3日したら負けてるビジョンしか見えない。当人自覚してるのかしてないのか、それだけが救いかしら。ほんとに異常。こんな才能どっから引っ張ってきたのかしら? こんなのが奴隷だったら白金貨何千枚分の価値になるかわかったもんじゃない。誰かのものだったりするとかしら? ちょっと調べようとしたけど、妙にガードが固くて全くわからなかったのよね。ますます怪しい。


 ホンジョーが坊ちゃんと二人きりになって何事か相談をしていたようだ。あの状態では手出しができない。今は二人きりにさせてくれと言われてしまったからだ。『制約』ってのはほんと面倒。

 ほどなく二人とも表に出てきた。ホンジョーが手袋をしていたのでおそらくだが主人契約をしたのだろう。まさか私の主人が変わる!ということもないようだ、制約内容に変更がないのはこの身に何も起こらないことから推察できる。では何と契約させたのだろう?


 なにはともあれ、これ以上坊ちゃんに好き勝手されると私がホンジョーを使ってなんとかしようという余地がどんどんなくなっていく。もうあまり猶予はないのかもしれない。がんばれ私、待ちに待った自由へのカギはそこにブルさがっているんだから! ガキだけに。


 ……ごめん、面白くなかった。ダメねもう疲れてるのかしら。やっぱ人間非常識なもの見過ぎるのはよくないわ。明日は常識的な判断で済む世界にしたいものだわ。

 だが『制約』を一つ使わせたのは大きい。あと2つ。坊ちゃんにとってホンジョーってホントに重要な存在みたい。この調子で使い切ってもらいたいものだけど、それは高望みというところかしら。


 やっぱり現状打開のカギはホンジョー。できるなら弱みの一つでも握りたいところだけど。ま、男なんだし取り入る隙はいくらでも見つかるでしょ。国王謁見まであと13日。多分これがタイムリミット。さぁ、気合い入れてくわよ!

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