08. メイドさんの個人レッスン(魔法編)
昨晩は夢を見ていた。
窓の無い部屋のなか、真っ暗なその空間に誰かが座っていた。
膝を抱え込み顔を埋めて物静かに座っていた。
誰なのかわからない。
自分なのか他人なのか。
声をかけようと手を伸ばしたとき、唐突に夢は覚めた。
――
「……ジョーさま、そろそろ起きて頂けませんか? ホンジョーさ、ま?」
<むにゅん>
なかなか柔らかなさわり心地。こいつぁいいや世界を狙えるぜ。
「……いい加減起きていただけませんかっ!」
「おはようございます、今日もいい乳でゴボッ!」
意識が途絶える直前に覚えていた、あの人の右ストレート。その威力は世界を狙えると確信できたことだけだ。
……
「さて、いいかげんお目覚めになられましたら、朝食の後に本日の訓練と致しましょう」
「はい、すいませんでした」
いきなり土下座反省から始まるとは思わなかった。いや不可抗力なんだけどわかってもらえなかったようだ。つい両手でにぎにぎしちゃったのがいけなかったんだろうか。
昨日よりも起きてくるのが遅かったので様子見ついでに起きてもらおうと入ってきたところだったそうだ。なんか変なフラグが立ってそうでイヤだなぁ。次から別の起こし方を考えてくださるそうなのでああいった事故は起こらないと期待しとこう。
さて、ちょっとした騒ぎもあり今朝はサンドイッチ風のもので簡単に済ませることになった。手軽で便利だがけして手抜きという訳ではないらしい。というのもエディさんが今朝早くに館を離れた時、移動中に食事がとれるように用意したものを私にも用意してもらったのだ。この世界のチーズはちょっと匂いがキツい気がする。ちょっとクセがある程度で美味しく頂いた。
では、本日の授業を始めてもらおう。
――
「ではこの絵札をご覧ください」
そういって何枚かの木の板が手渡された。表面はなめらかに整えられており随分きれいな仕上げが成されている。表側には何かの異なる絵がそれぞれ描かれていた。二つの石・木片・飛び散る火花・燃えあがる炎。連想ゲームの類だろうか?
「この木片を、正しいと思える順にお並べ下さい。一応言っておきますと『火を起こす順番』ですので」
なるほど、特に難しいというわけでもないな。ちょっと疑問は残るが、石・火花・木・炎と並べ直した。火花だけでいきなり木が燃える気はしないが、一応順番としては問題なかろう。
「はい、よろしゅうございます。その通りですね、『火打石』から『火花』を起こし『燃える木』を焚き付けに『炎』を起こすことができます。ちなみにこちらは子供に火起こしの順番を教えるために手順を分かりやすく絵にしたものでございます。 おめでとごうざいます、ホンジョー様は子供でも分かる程度の知識と理解力、推察力をお持ちの素晴らしいお方のようです」
まったく、エリザベルさんがすごいいい顔で微笑んでいる。褒められてるはずなのに全くうれしくない。いや褒められてないか。しかしこの手順を覚えることになんの意味があるんだろう?
「魔法というのは魔力を使って超常の力を得ることでございます。魔力を流すことで決められた力を発揮する魔力機関とはいささか異なる理論を必要しますので、その基礎を覚えて頂くための最初の一歩でございます。つまり、どうやって魔法で火を起こすのか、その手順を理解して頂きましょう」
改めて、目の前に並べた板を取り上げながらエリザベスさんの解説は続いた。
「まずは火打石。これは『発動体』としての準備です、続けて発動体から火花を起こして燃焼の『きっかけ』を得ます、このきっかけを燃える木、つまり『燃焼物』に与えることで炎、つまりは『求める結果』を得る訳です。炎を起こす魔法とはつまりこれだけのものを準備し魔力によって形を成すことを指します」
エリザベスさんは、持ってきた木の棒を取り上げると先端を私の前に突き出した。レイピアの切っ先を向けられたような形になってちょっと怖いな。彼女が一言つぶやく。一瞬だが彼女の髪が輝くように光を放つ。茶色というよりは燃えるような赤だ。思わず綺麗だなと見とれてしまった。
しばらくすると棒の先2cm程度の所に魔力が集まりはじめ、ピカッと光ったと思ったら最終的には炎が現れた。ってか目の前で火を焚かれても怖いんですけど!
「失礼しました。先ほどのイメージを実践するとこのように任意に炎を呼び出すことも難しくはありません。要は『きっかけ』と『燃焼物』を作り出すコツのようなものを得られれば、さしえ難しい技とも言えませんので。この場合は『火打石から飛び出る火花』を『燃えやすい綿』に飛ばすイメージで作り上げました」
そういわれると炎の根本に黒い綿状の何かがあるような感じがする。これが魔力、いや魔法か。
「何も全てを魔力で再現する必要はありません。手近なものを利用するのも立派な魔法となります。実際問題として全て魔力で補う場合には相当の力が必要なためあまり実用的な手段とは言えません」
不意に炎が消える。どうやら『綿状の魔力』が燃え尽きたのだろう。そんなことを思っていたら棒の握り部分をこちらに差し出してきた。どうやら同じことをして見せろということなのかな。
「ホンジョー様の魔力なら多少のロスがあっても問題無いでしょう。理論はご理解頂いているようですし早速実践から始めましょう。では炎を起こしてみてください」
ちょっとスパルタが過ぎませんか? どうやって魔力を具現化するんですか! その理論というかせめて考え方だけでも教えてもらいたいもんです。というか教えてください先生!
「何をおっしゃっているんですか、これくらい子供程度の理解力があれば簡単に再現できる範疇ですよ? もしかしてあれですか、ホンジョー様は子供にも劣るとご自分を過小評価なさっているんですね? そんなことをお考えになる前に、まずは一心に魔力を集中してみなさい!」
キリッって文字が浮かんできそうな表情でそう語る。しかし当然だがわかるわけがない。概念が理解できても実践できるとは限らない。つ~か無理だろう普通。
仕方ないので一心に集中してみる。なんだろう魔力やその流れは理解できるが肝心の運用方法が全くわからない。いくらがんばっても出てくるのはムギギとかグギギとかの変な声だけだ。
……
一時間くらいたっただろうか。変な声がもれる代わりに汗が噴き出してきた。全く進展しない様子を見て飲み物をお持ちしますとエリザベスさんが部屋を出る。まぁぶっちゃけヒマだったんだろう。
しかしこの世界の子供ってそんな簡単に魔法が使えるものなのか?集中するのも疲れたので、木の棒をクルクルと回して遊んじゃってみる。っていうか棒の先から火が出るってどういうことなんだろう。
そもそも火打石とか燃えやすい木とかそう考えるからいけないのかもしれない。っていうか自力で火起こしもしたこともないのにそのイメージを持てと言われても無理があるんじゃないだろうか?
目の前で実演されて忘れていた。ならば自分の見知っている『火を起こす』方法はなんだ? ライターとかマッチだな。ガスレンジとか火炎放射器とかもあるがあれは余計なものが多そうだし考えるのをやめておこう。
連想しやすいものとしてマッチを選んでみた。構造が単純だし、起こる炎も小さくなる気がしたからだ。マッチは火薬の一種だ。硫黄だかなんだかを混ぜ合わせ、少ない刺激で発火するものだと記憶している。その成分を正確に覚えているわけではないが『こすると火が出る』というイメージだけで十分だろう。実際にものを使うのもアリだと言っていたので、テーブルに木の棒をこすりつけることにしてみた。
シュッ、シュッ
当然だが火はつかない。そりゃそうか。魔力を込めてないしな。えぇっとイメージが大事なんだよな。棒の先端に魔力の玉をつくるイメージを思い浮かべる。マッチの赤い部分だな。棒の先端という意味ではマッチそのものにも見えてきた。こすると火が付く。そうこれはマッチだ。そうつぶやきながらテーブルにこすり付ける。
するとどうだろう。棒の先端が燃え始めた。おぉ、成功だ。やはり実際にイメージを持てるものだと再現できるみたいだ。
「あら? できちゃったんですね。今日は無理かと思っていましたのに」
お茶のセットだろうか。ポットとカップを2組み、お茶菓子なのかクッキーを更に乗せた移動式のワゴンらしきものを引きながらエリサベスさんが戻ってきた。できると思ってやらせてなかったんかい!
炎は十秒程度で燃え尽きた。棒の先端がちょっと焦げたがまぁ問題あるまい。
「いやはやホンジョー様の評価を改めねばなりませんね。子供に劣ると評したのは間違いでありました。子供のように呑み込みのよい素晴らしい生徒と改めさせて頂きます」
いちいちトゲのある言い方でなんかムカつくが、魔法がつかえたという一点だけでも喜ばしいことだ。頬が上気して興奮してくる。魔法使いに俺はなった!三十過ぎてもこんなの使えなかったぞ! マッチを買わなくて済む程度の能力だが。
用意してもらったお茶を飲みながら、魔法の実際についていろいろと教えてもらった。炎を起こすという一点をクリアすればあとは応用の世界に入るだけなので比較的容易に色々な魔法を使うことができるそうだ。ただしどんな魔法がつかえるのかはその人の訓練次第となる。
物事を正しく理解し十分噛み砕いて自分の理論として構築し直す必要があるため、万能の力と言っても全てを再現できる者はいないらしい。さらに行使するための魔力という大きな壁がある。普通の人ならあの炎を起こすのも苦労するようだ。特殊な訓練を積んだものだけが魔法使いと名乗るに相応しい奇跡の力を得るのだとか。
「私もある程度まではお手伝いすることができますが、一定の範囲を超えたものについてはホンジョー様自身で確かめていたくしかありません。今の段階に至ったものは次に『いかに効率よく魔力を力に変えるか?』について学んでいくこととなります。大きな魔力を使わずとも同じ結果を得られるように、また同じ魔力を使ってもより大きな効果が得られるように様々に試行錯誤するのです」
この際の修行方法や実践の理論は流派や門派により様々だという。またついた師匠から受け継いだ独自の魔法というものもあり、正に魔法は使い手の数だけ生み出される無数の技の集まりと称する人もいるそうだ。
――
午後に入り、場所を屋外に移して授業は再開された。何やら大きな岩が何個も並んだ裏庭っぽいところへ連れて行かれる。
「さて、それでは次にホンジョー様の魔力限界を調べてみましょう。力の限界を知らずに魔力を行使することはかなり危険ですからね」
そういってエリザベスさんはいくつかある岩の一つに左手をかける。大きさにして直径2mくらいはあるだろうか? かなりの大きさだ。何か一言つぶやくと、まるで風船にでもなったように宙に浮かびだした。地面から30cm程度浮いたあたりで上昇が停止する。
「魔力で岩を持ち上げています。力の流れがおわかりになりますか?」
そういわれてよく見ると、エリザベスさんの左手から岩を通って地面に流れる一筋の光みたいなものを感じた。これが魔力の流れだな。
「ではこれをやっていただきます」
というと魔力の放出をやめたのか、岩がドズンと地面に落ちる。ちょっと怖いな。
「そうそう、その指輪は外して下さってかまいません。全力を出さねば訓練になりませんからね」
そういって右手を出しだす。大人しく指輪を外しエリザベスさんに預ける。
「ではそうですね。とりあえずこのあたりから始めましょうか」
といって指差したのは、高さ50cmくらいの四角い岩だ。いきなり一番大きなもので試せと言われるのかと思ってひやひやしていたが、そこまでスパルタではないらしい。
「はい、黙って見てないで始めてください。どれだけ長く支えていられるかがこの課題の趣旨なのですよ?」
早速岩に左手を付ける。先ほどのエリザベスさんを手本に魔力の流れを意識する。ブルブルと岩が揺れると少し浮く、ような気がしたが1cmも動かないうちに動きを止めた。あれ?この岩って地面に刺さってない?
「はい、早く岩を持ち上げてください。そんなこともできないんですか?」
エリザベスさんの冷たい目線が痛い。とにかく岩を持ち上げることに注力しよう。最初は小さいと思っていた岩だが、地面に埋もれている部分が結構あるみたいだ。魔力を通してみたんだが、どうやらさっきの岩より全然大きい気がする。もしかするとエリザベスさん嫌がらせしてない?
考えていても仕方ない。とりあえずやれるからの課題なのだろう。どんな大きさの岩だって大陸に直結してるわけでもなし。まぁやればわかるさ。ちょっと気合いを入れ直し大きな魔力を岩にそそぐ。ブルブる振動を繰り返しい、岩の上昇が再開した。
50cm、1m、2mと上昇していくがまだ底が見えない。実際の所、岩の下から放出されている魔力が地面にとどいていないのか、かなりスカスカな印象だ。単純な放出ではうまく届かいような気がする。よく考えなくても、持ち上げたぶんだけ地面から離れているんだ。当たり前といえば当たり前か。しかしそれだと力が籠められない。
というわけで発想を変えて、接している側面の地面にギアのようなものをイメージ、ギアを回すことでぐんぐんと押し出すイメージを使ってみた。うむ、なかなかうまくいきそうだ。
10mくらい持ち上げたころだろうか、やっと岩を地面から抜き取ることができた。どんだけでかいんだこの岩。
安心するのもつかの間、エリザベスさんの叱咤の声が響く。この岩を落とす訳にはいかない。結局、何度か落としそうになりながら1時間くらい岩を持ち上げ続けた。途中からだが、魔力の放射を面ではなく点に変えることを思いついてからはちょっと楽になった。漫画の知識ってこういうところで役に立つからばかにできないな。
「はい、もう降ろして結構です」
そういわれて気が抜けたのか、バランスの崩れた岩が一気に倒れてしまう。あわてて方向を誘導して何もない空き地に倒れさせる。いや危ない危ない。とっさにエアバッグみたいなイメージを思いついたのが良かったのか、思ったよりも大きな音はしなかった。
かなりの魔力を放出したのだろう、いつも体に感じる光の束が随分弱い光になっているイメージがある。半分ちょいかな? 場合によってはまだいけるかもしれないが、限界っぽく装っておこう。実際疲れたし。
「後で元の場所に戻して頂きますので覚えておいてくださいね。さてホンジョー様、今の状態をよく覚えていてください。いわゆる『魔力が減少した状態』というものです。今の貴方は体内に貯めていた魔力をかなり放出しています」
魔力の放出は肉体の疲労としても現れるようだ。筋肉痛とは違った感じかな? 体の反応が少し鈍ったような違和感。筋肉を酷使した時のような疲労感ではないが、なんだかズシッと奥に響く感じがする。
「そういう状態では魔力がつかえないどころか体を動かすこともおぼつかなくなります。自分の魔力量を見定め、どれくらいの魔法を使うことができるかを正確に知るこもの魔法を使う上での重要な素養です。己の力量を超えた魔法は術者の魂を代償とすることもありますので肝に銘じるようお願いしますね」
いつものように淡々と語られるが言っていることはかなり重要そうだ。忘れないようにちゃんと覚えておこう。メモ欲しいなメモ。最近物忘れが増えたし。
「しかしなんですが、ことさら魔法に関しては私の出番はほとんど無いかもしれませんね。実践でもう少しお手伝いすれば後はご自分の発想を元に修行される方がよほど良い結果が得られるでしょう。しかし随分ご無理をなさっていますしまずはシャワーをあびて下さいまし。今日の授業は終わりと致します。お疲れ様でした。あ、指輪は忘れずに付けてくださいね」
指輪を手渡されながら挨拶をしシャワーを浴びに館へ戻る。正直かなりまいった。昨日の比じゃないな。本当に疲労困憊といった感じだ。お湯に変えるのもおっくうなので水のままでシャワーを浴びる。火照った体に気持ちいい。
あんな岩、自分で持てと言われたら絶対無理だろうな。魔法ってすげ~!
――
ホンジョーが館に入っていくのとほぼ同時に、坊ちゃんを乗せた馬車が戻ってきた。長ければ数日かかると言われていたが思いのほか早く済んだようだ。
「ただいまリジー。どうだいホンジョーの様子は?」
「おかえりなさいませお坊ちゃま。まずはお召替えを、それがお済になった後でご報告させて頂きます」
「まぁそれもそうだね。また面白いことが起こっていないか楽しみ、いや心配していたんだが、どうやら面白い話が聞けそうだよ」
と、上機嫌に笑いながら館にお入りになった。引き抜かれた計測岩を見て何をさせたのか見当がついたのだろう。まさかこんなことまで出来るとは予想もしていなかった。いったいホンジョーはどこから来た化け物なのよ?