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07. 最初の晩餐

「お食事の前に、ホンジョー様には身だしなみを整え直して頂きます。流石にその有様ではマナー以前の問題です」


 少し前までドブ掃除をしていたんだ。汚れてて当然だ。モップから水を出し足の汚れだけささっと洗い流す。エリザベスさんにはなんだか呆れ顔で見られてしまったが、このまま部屋にあがるわけにもいくまい。流し終わったあとで裏口らしきところを通ってシャワーのある部屋へ案内された。途中通った洗い場のようなところでシャツをはぎ取られそうになるも、流石に人前で裸になるのは恥ずかしいのでこのまま通してもらった。


 流石にシャワーに使うような水は魔力で産み出すことはなく、あらかじめ汲んできたものを用意していたようだ。その水を魔力機関で加熱して適度な温水に変えてシャワーとして利用する仕組みだという。試しに魔力を通してみたが、いきなり熱湯が飛び出すようなミスはしなかった。あれだけモップを振り回していたので多少だがコツのようなものが飲み込めてきた気がする。


 自分は風呂派ではなかった気がするが、やはりタップリ運動をして汗をかいた後だと湯船につかってサッパリしたいものだ。水を温めるのが比較的容易に行える気がするので、案外簡単にできそうに思うのだが、誰か作っていたりしないのだろうか? 今度誰かに聞いてみよう。ところで石鹸みたいなのはないのかな? あまり大量に水を使うのも失礼かもしれないとか考えるとどのくらい使うのが普通なのか判断が付かない。まぁいいかお客さん扱いらしいし。いざとなったらモップ借りてきて水を足しておけばいいだろう。モップさえ綺麗なら問題無いさ。たぶん。


 用意してもらっていた新しい服に着替える。白い肌着っぽいアレではなく、麻のズボンにYシャツっぽい感じのものだった。ボタンとか普通にあるのか。まぁあるかそれくらい。気配を察したのか着替え終わる直前くらいにエリサベスさんが入ってきた。あわてて服を身に着ける。いやなんですかその残念そうな顔。少し怖いですよ。


「ちゃんと体をお拭きになってください。風邪でも引かれてはこの私が責を負わされてしまいます」


 とかいいながらゴシゴシとタオルで頭をこすってくれた。このくらい自分でできると言ったが、私の体調管理も彼女の仕事なんだろう、やめて欲しいとお願いしたがそれでもやめてはくれなかった。身だしなみも礼儀作法の一つですとのことでまずはきっちりとするところか指導させて頂くとのことだった。でもやめてくださいそんなに遠慮なくこすられると、正直痛いです。


 エリサベスさんが満足したようなので、服を正した後で食堂へと案内された。広さにして10畳くらいかな? そこそこの広さの部屋の真ん中にほぼ正方形の四角いテーブルが置かれ、周囲に席が6つ並べられていた。1つの面に椅子が1つと2つのところがある。ちょど向かい合う面は同じ数の椅子が置いてあった。椅子が一つの席のところに一組づつのフォークや食器が並べられている。私が部屋に入るとほぼ同時にエディさんも姿を現した。どうやってタイミング図ってるんだろ? 2・3人のメイドが甲斐甲斐しく動き回り晩餐の準備が整えられていく。


 パイ生地に包まれた何かを乗せた大皿がテーブルに運ばれてきた。見た感じ魚を象ったような感じなのできっと魚のパイ包み焼きかなにかだろう。メイドの一人がナイフを手に大きく切り開くと噴き出す湯気と同時に濃厚なスープの匂いが漂い始める。これはシチューか何かだろうか? 中から煮込まれた野菜と共に薄いピンク色の魚の切り身があふれだした。普通の包み焼きといったら丸ごと一匹を封じ込めるようにまとめるものだが、こちらでは調理を済ませてから包み込むようだ。いやもしかすると演出か何かの目的でこんな風に仕上げただけかもしれない。


 お目見えが済んだためだろうか、脇から数人のメイドさんが現れあっというまにパイ包み焼きを解体し、お皿に一人前分とおもわしき量をとりわけで私とエディさんの目の前に差し出した。いつの間にか金属製のコップのようなものが置かれワインのようなものをつがれていた。夕食まで水だったらどうしようかと思っていたがそんなことはなかったようだ。脇に用意されたパンも昼のとは違って白いパンだ。こちらでは贅沢品じゃないのだろうか?


「旨いものを旨いまま食べられることそのものが真の贅沢だよ、食べ物そのものにはそこまで価値はない。まぁ素材や調理法が整っていることが前提ではあるがね。遠慮せずに食べ給え! あまり実感はないかもしれないが、魔力の疲れは結構体に残るのだ。よく食べよく励みよく寝る! ちゃんと食べねば体がもたんよ?」


 なんか随分意味深なことを言ったように思うがスルーしておこう。結論からいうと大変おいしい料理でした。後で聞いたが濃い味付けのものばかり食べるのも良くないので朝はサッパリ系がメインらしい。塩とはちょっと違った感じでなんだかわからないがとにかく美味しかった。スープはコンソメっぽいかんじだったがパンを付けて食べるとまた変わった感じで美味しかった。自分の真似をしてエディさんもやっていたが、あとでエリサベスさんにお行儀が悪いですよと怒られてしまった。ちょっと試したくなるじゃないですか、テヘペロ。



――



 非常に満足のいく晩餐だった。毎日これならサイコーなんだけど贅沢ってもんだろうか。そんなことを思いながらぼんやりとしているとエディさんに呼ばれて書斎へと移動した。


 あまり意識していなかったが、この館はやたらに明るいようだ。現代の照明だらけの部屋からするといくぶん暗めではあるがそれでもこの世界ではかなり異質だったんだと後で気が付いた。なにしろ蝋燭もないのに明かりがついているんだ。魔力の光かと最初は思ったが、あんな光量を魔力で作り出すのは相当に困難なはずだ。電球か? いやまさか。


「魔力といえば魔力だがちょっと違うんだ。これを見てくれ」


 と差し出したのは一本の紐状のものだった。かなり頑丈なのか曲げようとしてもビクともしない。


「それは『龍のヒゲ』と言われるものだ」


 龍って、ドラゴン!? なんかヒゲがあるってことは東洋の雲を泳ぐあのドラゴンだろうか? いよいよもってファンタジーしてきたな。


「それをフィラメントにするのが一番効率のいい電球になることがわかったんだ」


 電気? 今さらっとオーバーテクノロジーなこと言いませんでしたか?


「何を言っているんだ、発電機械の発明者だぞ? 確かに地球時代とそのまま同じものは作れなかったが、ある意味遥かに優れた発電機関を作ったと自負しているんだ。せっかくだし見せてあげよう。こっちに来給え」


 そういうと、奥の扉へ案内された。


 物置のように様々なガラクタが積み上げられた通路を通り、奥にある梯子を上って屋根裏部屋と思われる場所へとやってきた。天井が高い。天体望遠鏡でもおけそうな随分と広い空間だなとちょっと思った。部屋の中央にドーナッツ状のオブジェのついた機械が置いてあった。左右から線のようなものが伸びて、そのまま床の穴を通って下に降りている。つまりこれが……


「そう、これが私の作った『魔力発電機』だ。原理は簡単。銅線をまいて中の磁石を動かし、電流を産み出している。君の世界でも一般的な電力の発電方法だ。ただ魔力を使うという一点のみが大きくことなっているが、それが故にこの装置はとても優れたものとなった」


 天然磁石を見つけ、被覆した銅線を用意してコイルを作ることができれば後は簡単だったそうだ。


「後は『コイルの中の磁石を浮かせる』『一定の速度で回転させる』『コイルと磁石を接触させない』という3つの命令を実行できる魔法機関を作らせたんだ。あとは発電機に定期的に魔力を送り込むだけで発電を維持できる。問題なのは電球といった電気機器だ。竹があればまだ簡単だったんだがあいにくこちらには無いようでね。新しく色々な素材で実験した結果『龍のヒげ』が一番長持ちすることが分かった。電流を通すと発光と同時に、最初のうちだけだが一種のガスを放出することもわかってね。おかげで真空にするよりも効率が上がったくらいだ。というわけで私はこちらでも電球を実用化することができたのだ」


 あとは蓄電する方法が無いかと模索しているそうだが、魔力は蓄積できるのであまり問題視していないようだ。って魔力って貯められるのか、知らなかった。発電機の下にある箱が魔力の蓄積装置だそうだ。よく見るとなんか赤く発光しているようにも見える。どんな仕組みなんだろう、と手を伸ばしてみたら止められた。


「いや恥ずかしながらこれは一号機でね。かなり汚いことになっているからお見せしたくないんだよ。悪いね」


 といっていたが明らかに何か別の意図を感じる。エディさんの機嫌を損ねてまで確認することではない気がするのであえて突っ込まないでおこう。しかし発電機といったら大きな物音がするものと思っていたが、この魔力発電機はまったく騒音が出ない優れものだ。摩擦とかそういうのが無いからなんだそうだ。これならどこに置いてあっても誰も文句言わない気がする。頑張ればちょっとしたインテリアに……は難しいか。


 今日の訓練?の様子についていくつか質問されたりした。あまり無理をするなとも言われたが、特に疲れた感じはしていない。普通の人間なら何も食べられずにベッドに直行しててもおかしくない運動量だったそうだ。少し大げさな気もするが、ここは褒められたと受け取っておこう。


 明日、エディさんは用事があって朝から館を出ているとのことで、もしかすると朝の挨拶もできないかもしれないと謝られた。代わりにエリザベスは置いていくのでしっかり魔力の練習に励むようにと告げられた。他にやることもないし素直に従っておく。


 あまり遅くまでお邪魔してもいけない、眠気に捲けたことにして部屋を出る。ドアのそばにエリザベスさんが控えていてそのまま客間まで案内してくれた。なんだか異常に過保護な気がするが、こういう待遇を受けられるのも悪くはないと甘えてしまった。そのうち感謝しておかねば。



――



 客間に戻りベッドに身を沈める。思ったよりも気を張ってたのかもしれない。


 今日は訓練という名の雑用、というか下働きとしてコキ使われただけな気がする。たんなるラッキース……事故だというのに少しは容赦してほしいものだ。いやほんとすんませんでした。


 今日だけで色々わかった気がする。忘れないうちに整理しよう。とりあえず動かしようのない事実として、これは夢っていうにはかなり無理があるってことだ。うん、知ってた。それはそれしょうもないのでほおっておこう。


 残念だがそっちはそのうち諦めがつくだろう。とにかくまずは現状を把握したい。私は魔力の塊だってこと。たぶんだが凄腕と言われる者と比べても恐ろしい程に大きい。ちょっとコントロールが難しい程度に考えていたが、常人からすると異常としか言いようがないのは理解した。エディさんはしきりに笑っていたし、エリザベスさんはことごとく見下したような口調でわかりにくいが、二人とも目が笑って無い。表情を崩さないよう必死に取り繕っている感じだ。

 なんとなくだが。根拠もなくそう感じるのは間違いなく人生経験によるたまものだろう。おっさんでもやるときはやるのだ。なんか危なくなる前にコントロールできないといけないだろうな。知らないうちに変なことを起こさないようにしないと。


 自分の異常性は理解をしておかないといけない。求められる資質ではあるが逆を言えば恨まれる要因になりえる。今は誰もやりたがらないドブ掃除をあっという間に済ませてくれた便利な人だが、その魔力を制御できないと思われればどんな扱いになるか知れたものではない。第一今まで与えられた情報が全てなのか、正しいかどうかすらもわからない。魔力の扱いが云々についてはたぶん本当だ。枯渇していっているというのもあながち間違いではないだろう。あそこまで論理だった作り話をでっちあげる必要もあるまい。もしかすると魔力を使わせるために作った話と捉えられなくもないが、その点から考えても魔力の説明は間違っていないだろう。間違えた知識で暴走されたら困るのはこっちの人間だ。


 ただ、エディさんがトーマス・エジソン本人かと言われるとかなり違和感を伴う。何だろう、日本人とは違う倫理観の持ち主だからと言われてしまえばそれまでだが、どうも現代人のそれとは異なる判断基準で動いている気がする。研究者は変人が多いと言われると反論のしようもないんだけど。


 だがどうしようもなくいやな予感がする。普段の温和な表情から時折見せるあの目。まるで実験動物でも見ているような、観察するような。上から見下ろすような目線。ある土建会社に出向した時の現場主任を思い出す。作業のほとんどは日雇いをこき使ってえばり散らす。昨日誰が来たかなんて覚えてすらいない。毎日来て懸命に働いている者だっているだろうに挨拶の一つもしやしない。壊れたって新しいのがきますから、そんな事を言っていた。その時の自分はこんな現場とっとと終わらせて帰ることしか考えていなかったが、よくよく考えると現場監督と同じだったのかもしれない。なにしろ彼の名前すら憶えていないのだから。


 たぶん自分は利用される。この世界の都合で使い潰されるだろう、このままであれば。うまく立ち回り権力の側につければ安泰といったところかもしれない。実際その方が平和に幸せに暮らせる可能性だってある。だが、それでいいのか? 望まない召喚によって強制的につれてこられただけだ、何かの事故にあって意識不明ということは、回復の見込みがあるかもしれない、だが同時に既に肉体は死んでいる可能性だってある。もしかするとただの夢…… いやこの線はあきらめよう。なぜなら考える意味すらないんだから。


 現実的な方策を考えよう。すでにこの世界はあって自分は希少な力を持っている、そういう前提で今どうすべきかを。やはり魔力を扱えることは必要なはずだ。どうやって生きるにせよ使えることで便利に立ち回れるだろう。だが同時に限界も見極めないといけないはずだ。どんな力だって無限に放ち続けられるものなどない。そもそも大きい力であって無尽蔵の力とは証明されていないのだし。


 あまりこういったことは得意ではないが、使える力を十全にふるうことは避けるべきかもしれない。自分のできることを把握しつつも全てを相手に知らせる必要はないはずだ。信用できるかわからない相手ではなおさらだ。どうにかして自分だけの手札を用意しなければ。これから先どんな風に転がっていくかわからない。


 次の瞬間、自分はどうしようもなく一人なんだと自覚する。この世界に一人。異質な存在としてここにいるんだと思い知らされる。誰とも繋がっていないという事実がここまで孤独感を煽るとは、正直想像もできなかった。最悪すべてを叩き潰し魔王にでもなれればと思ってみるが、まず不可能だろう。私は気弱な人間だからだ。人殺しどころか人を殴ったことだって数えるほどしかない。


 だめだ、自分の置かれた環境を悲観しすぎているのか。疲れすぎてネガティブになっているのかもしれない。今はぐっすりと休もう。用心するに越したことは無いが、用心しすぎて動けなくなるのは論外だ。明日は明日の風が吹く。人生万事、塞翁が馬だ。意味は知らないんだけどね。


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