32. ノイン・ザ・ダークサイド
『いやはや、人間の娘がここまで腹黒い事を考えられるとは、正直想像もしていませんでした。貴方は策士に向いているのかもしれませんねぇ!』
終始上機嫌な笑い声が絶えない。当然だがレジデスの上げる以上に耳障りな笑い声だ。変わってノインは無表情のままだ。表からはその感情を推し量ることはできない。
「お世辞は不要です。ドラゴンの到着まであまり時間はありませんよ? この機会を捨てて逃げるのであればお早めにお願いします」
『いや、良い策です。取らせてもらいましょう。ちょっと苦しいかもしれませんが我慢してくださいね』
「命の保証があるなら」
『……わかりました、その代り最高の待遇を持って迎えましょう!』
途端にノインの体がビクッと痙攣する。私が作り上げたあの力とは異質な、しかし確実に巨大な何かが生み出されている様子が空気を伝わって肌に直接叩きつけられる。
『……これか、これが全てを超える力の源かっ! なんという力強さ! なんという高揚感! これ程の力を秘めるとは素晴らしい!!』
いつの間にか黒い触手は姿を消していた。レジデスがあの力を制御するのに集中するためだろうか? 拘束から解放されたはずだが、新たに見せつけられた力の前に私達は一歩も動き出すことができずにいた。
あの力の前では逃げるだけ無駄だろう。
仮に龍気を使い空を飛んだところで無駄なのは実証済みだ。
詰んだな。
『素晴らしい、ちょっと試し打ちしてみたくなりますねぇ』
ノインの右腕が持ち上がる。指の先に力が集まってくるのがよくわかる。
「何をするんですか? ここにいるのは魔道の熟練者ばかりですよ? 不用意に力を見せれば解析されるだけです。やるなら全てを巻き込んでの一撃にしてください」
スラスラと、その口から恐ろしい提案が続く。
こんな事を考えていたなんて。
こんな恐ろしい事を平気で口にできるなんて。
……そうなのか?
何か違う気がする。どう考えてもおかしいだろ? あのノインがだぞ?
自分のことより私を優先する、力が無いことをあれだけ悔しがっていたあの娘が。
土魔法を習得した時のあの喜びよう。
料理を褒めた時のあの嬉しがる様子。
まぁもしかするとレジデスの力の誘惑を感じる所があったのかもしれない。
魔族の力を得られればより強い個体として生きていけるかもしれない。
そうなれば私は足手まといなのかもしれない。
この際だ。ノインが私を見限ったならそれでもいい。
だが逆はナシだ。絶対にノゥだ。
私は私を好きだといった娘を裏切らない。見捨てない。
「ノイン。お前に言いたいことがある」
恐ろしく低い声だった気がする。冷静に語りかけるつもりで気が焦り過ぎる。
「……なんですか? ホンジョー様」
「これだけは断言する。俺はお前を見捨てない。俺を好きだと言ってくれたお前を絶対に見捨てない!」
一瞬大きく目を見開いた。驚いたか! 俺はバカだから単純な答えしか出せないんだ。
まいったか!
「どこでどんなことをしようとお前を守る! だが悪い事をしたら全力で叱りつける! そして謝らせる! そんで絶対幸せにする! 絶対だからなっ! だからそこの三下と手を組むとか言うな!」
……ちょっとバカが暴走した気がするが、これが私の飾らない本音だ。
「……バカですか貴方は……」
『いや素晴らしい告白じゃないですかぁ! こんないい(バカ)な男も潰しちゃうってことでいいんですかぁ?』
目を伏せてしまったためこちらからは表情を伺うことはできない。
「私の力だけでは大したことになりません。一撃で出し尽くすよう具申しましょう」
『私の力の痕跡だけ残ることになりますが?』
「魔族の反撃に合った、とでも言えば疑われることはありません」
ひときわ大きな笑い声が響く。
『では行きましょう! これから始まる素晴らしい世界の幕開けと共に!』
ノインの全身から黒い何かが爆発的に噴き出した。
その直前、確かにノインの口が動いたのを見た。
明らかにこう言っていた。
「ごめんなさい」
と。
――
周囲の木々を断ち揺らす。
地面が抉れ、付近の建物には振動が鳴り響く。
ノインの起こした爆発の影響だろう。
ノインが、爆発した。
彼女から溢れだしたあの力は、外気に触れた途端に安定を失って連鎖的に爆発を開始した。アティさんに厳禁された「龍気と魔力の混合」によるあの力は、体外に放出された時点で巨大な爆発力を得る。
自分の体内から生み出された爆発的な力に、文字通り吹き飛ばされた形になった。
結果だけ見ればそれだけだ。
周囲には、なんだかよくわからない赤黒い染みみたいなものが残されただけになった。
いや、ちょっと違う。
目の前に、まるで帰ってきたかのように。
ノインの指輪が転がって来た。
……
私は声が出なかった。
なんだろう。こういう時って絶叫とかしちゃうんじゃないか?
だってほら、大事な人だぞ?
今さっき見捨てないとか断言しちゃった人だぞ?
それを…… それを……
拾い上げた指輪は血で赤く濡れていた。
普通に外すだけじゃこうはならないよな。
その先に繋がるはずだった彼女の気配を、今は感じ取ることすらできない。
ダメだ。もう限界だ。
俺は視界が歪んでいることにも気づかずに、ただノインの指輪を眺めていた。
――
あの爆発の中でもレジデスは生きていた。元々体が霧状の実態の無い存在であったことも幸いしたと言えよう。爆発に紛れて上空に飛び去ることまでしかできなかった。だが爆発に紛れたため、自身の体の8割は飛散してしまう結果となる。だがまだ彼は生きていた。
(ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!)
あの娘め、まんまと騙された!
確かに素晴らしい力だ。これ以上ないくらいの未知なる力だったと言えよう。
だがあんな風にしか使えないとかどういう嫌がらせだ。自分の体内で爆薬を作り出すようなものじゃないか。咄嗟に引っ込めたはずなのに、戻した分まで残らず食い尽くされてしまった。
なんとか爆発に紛れて逃げ出すのが精いっぱいではあったが、あの状況ならもはやあの場にととまる理由はない。
しかし収穫はあった。あんな力があると知れれば、次はもっと慎重にドラゴンの力をかすめ取るだけだ。
なに、時間は十分ある。まぁ私の力が戻るには何年もかかるかもしれないがそれだけのことだ。力が戻り、策を整えめぐらせてからでも遅くはない。何より今回得られた知識にはそれだけの価値がある。
もうドラゴンに脅威を抱くだけの時代は終わりだ。
そしてこの力をもってして私は神に至ろう!
「簡単に逃げられると思わないで下さいね」
『なにっ!』
気が付くと、自分の体が丸い珠に押し込められていることに気が付いた。
待て待て待て。いつの間にこんな状態になった!?
気が付くと髪の長い女に捉えられているではないか。
「私の学院でこれだけ暴れでくれたのですから、それ相応の覚悟をして頂きませんと。まぁ生きた魔族は貴重ではありますからね。色々とお付き合い頂くことにいたします」
『なんだこの珠! 私の力が全て封じられる! 浸食して支配しようにもすべてが拒否される! 何でできているんだこれは!?』
「私の作るこの檻から抜け出られるものはいません。普通の者なら死んでしまいますが魔族は例外のようですし。ちょうど研究材料が欲しかったところです。それこそルクツベイン流の歓待を死ぬほど受けて頂きましょうか……」
レジデスは思った。果たして自分は死ねるのだろうか? と。
――
「……ジョー君! ホンジョー君! しっかりしたまえ!」
ガクガクと体を揺すられて我に返る。目の前にはウィル先生が心配そうにしていた。
「やっと気が付いたか。そんなことより学院長の部屋に急ぐんだ! ノインちゃんを助けたいなら、早く!」
ノインを助ける……?
いやそんなこといったって……
ウィル先生の言いたいことを理解した次の瞬間には体が跳ね上がっていた。
そう、ノインのもう一つの体。妖精体!
まだ魂が拡散していなければ、いやノインにその意志があるなら、彼女の魂は妖精体に向かうはずだ。
先ほどリジーに全力を使ってしまったのは失敗…… いやそう考えるのは止そう。とにかく全力で廊下を駆け抜ける。こんな時に「廊下を走るな」と呼びかける無粋な奴はいないと思いたい。
学院長さんの部屋に駆け込む。ノックもせずに非常に失礼なことだがそんなこと今はどうでもいい。
隣の部屋に飾るように置いてある改造フラスコの中。妖精体ノインの体はそこにあった。
だが、予想していたのとは違い目を開けてはいなかった。
ただの人形のように、ただ目をつむって、ただソファに座っているだけだった。
震える手でそっとつまみ上げる。
手が汚れてるな。
ちょっと手が汚れていたのでそのへんにこすり付けて少しはマシになった感じにする。
以前に感じていた暖かい感覚は無く、少し冷たくすら思える頬。
呼吸もなくダラリと下げられた両腕は私に抱きつくこともない。
「……ノイン……」
不意に両目から涙がこぼれる。
なんだこの感情は。
両手に力がこもらない。
ガクガク震えてなんだか自分の体じゃないみたいだ。
ノインを落としそうになる腕を必死に押さえつけるのが精いっぱいだ。
いやほら、ちょっとタイムラグがあるとかそんな程度だろ? もうちょっとすればなんか眠たそうにしたノインの声が……
する……
はず……
「ホンジョーさん! 指輪を!」
指輪? えぇっと確かこれ…… うん持ってる。ノインに渡した大事なものだし。
ってあっ、妖精体の方にネックレスが無い。これのせいかっ!
慌ててノインの指輪を妖精体にかけてやる。王冠でもさせてる感じだな。
途端に魔力の繋がりみたいなものを感じることができた。
こんなことにも気づかないなんて。
流れ込む魔力と一緒に何か別の物も流れ込んでいく感覚があった。
なんださっきから一緒にいたのか。
「……ご心配おかけしました……」
本当だよ全く。
――
先ほど声をかけてくれたのは学院長さんだった。
「ちょっとした事情でネックレスは外していたのです。伝え忘れていましたことをお詫びします」
妖精体を着替えさせたときにネックレスを外したままにしていたそうだ。まぁ確かに見たことが無い可愛いフリフリ衣装でしたけど。
ノインはというと、現時点では人間体再生待ち、ということでまた妖精体に逆戻りである。もう何と言っていいかわからなくなってしまうが、最悪の事態は回避できたということでヨシとしておくべきだろうか。あまり納得はしたくないのだが。
あぁちなみにダークサイドなノインの扱いについては「大方何かの策でしょ?」という見解で既にお咎めなしという沙汰が下されている。つまりノインの演技に踊らされたのって私だけってことでしょうかね?
「いやぁまぁ一瞬焦ったけど、アンタのセリフに動揺してたノインちゃんを見てまぁなんとなく想像ついちゃったっていうか? まぁ動けなかっただけなんだけどねぇ」
あの場では誰も動けなかったし、結果論だが損害も無かったし、というかレジデス撃破の最後の一手を押した行動だったしってことらしい。もうあんなことは二度とさせないけどね。というかあんなのに関わりたくもない。
「そういえば、あの三下…… てかどうなりましたアレ?」
名前すら言いたくもないんだが、その後の処遇がどうなったか聞いておきたい。
「はいはい、あの魔族は私が捉えました。というかコレですね」
とテーブルに置いたのは一つの小さな黒いボール。 直径三センチ程度のこの珠がアレか?
「この多重結界内に封じてあります。『否定し拒絶する壁』で覆った内面から逃げ出せるものはいませんよ。そのうち実験用に施設を整えた後で、存分に研究材料になっていただくつもりです。思わぬ収穫でなによりでした。あそこまで力を消耗した魔族なら私でも簡単にとらえることができますし」
簡単とか言いきってるけど、当初はかなり圧倒されてたからなぁ。ここまで整えちゃえばどうにでもなるそうで、この学院の先生は化け物揃いだなマジで。
このお祭り騒ぎともいえる一連の騒動は、暴風と共に現れたレッドドラゴン形態のアティさんが落ち着くまで続いたのでした。
私が表に出ていくまで凄い剣幕だったらしい。落ち着かせるためとはいえバートランド先生が酷い目にあってたけどまぁ平気だったと思いたいよ。




