30. ウィル先生の方がよっぽど勇者な件について
形勢逆転…… といくかは不安だが、勝率はゼロではなくなった! これならリジーを助けることだって……
「……そこの半魔と男、あと使い魔が増えたところで何か意味があるんでしょうかね? まさか生き残る目が増えたとか考えてませんかぁ!?」
ケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッケッ!!
奴の笑い声がけたたましく周囲を駆け巡る。
「いやいや、やはり人間は面白い! ここしばらくで一番の暇つぶしができそうですよ!」
静かだ。張りつめた空気が音の伝播を遮断しているような錯覚を覚える。
お互いの挙動を注視するように一切の隙を与えぬように。
だがそんな緊張をあっさりと打ち砕いたのはレジデス=リジーだった。
両手に握られた魔力のナイフを投げつける。一本ならともかく六本の同時迎撃は……
と思っていたが、目の前に現れた大きな塊が全てを弾き返していた。
これは…… いつか部屋を襲撃したカブトムシ型の魔獣?
しかしあれよりも二回りくらい大きな気が、というかところどころがゴッツイ感じですけど?
「この『ヘラクレス・ゲリュオーン』は僕の切り札の一つでね。コイツの装甲を傷つけられるものはそうはいませんよ」
ウィル先生の自信作というところだろうか、心なしか凄い嬉しそう、というか自慢げな顔に見える。なるほどドヤ顔の師匠でもあったのですか。
「はっ! たかが数本のナイフを防いだところで何になるというのですかっ!」
レジデス=リジーの両手から夥しい数のナイフが文字通り現れる。先ほどまでのソレとは違い異様な形のナイフばかりだ。アレンジを加えているってことは、リジーの能力を掌握しつつあるってことだろうか?
「だからリジーさんから出て行きなさいと言っています。聞いているのですかそこの寄生虫」
学院長さんの冷たく突き刺さるような声がしたかと思うと、レジデス=リジーの周囲が一瞬で変化を遂げる。
黒い大きな壁が出現し周囲を取り囲み退路を奪う…… 一瞬で形成された四角い大きな黒い小部屋。壁側は鉄格子のように太い棒が何本も起立している。ここを通るのはちょっと難しいだろう。一瞬で構築されたが牢獄のようなものに奴を閉じ込めたようだ。
「なっ! 何が、このっ!」
ナイフを叩きつけて鉄格子の破壊を試みてはいるが、どんな切れ味を持っていても所詮はナイフ、あの鉄格子を切り落とすような切れ味は無いらしい。
「無駄です、すべてを取り囲んでいます。貴方がそこから出るのは、リジーさんの体を放棄する以外ありません」
これ見よがしに鉄格子の隙間から、蔑むような視線を投げかけつつ学院長さんが話かけていた。
隙間から差し込まれたナイフも彼女へ届くことはない。悔し紛れの一刀もむなしく横を通り過ぎるだけだ。
「出たくないなら仕方ありません、このまま退魔式でも行い貴方を浄化しましょう」
牢獄の奥から声が響く。先ほどまでの余裕の色は無く、感情むき出しの罵倒にも似た呪詛の言葉は響き渡る。
「……卑しい半魔ふぜいが私になにを言うかと思えば『私を浄化』!? 冗談か何かですか!? そんなことをしたらこの娘だってどうなるかわかったものではありませんよ? 自分の教え子と言ってましたか、彼女のことを見捨てるとでも言いたいのですか!? いや大した教育者だ! 素晴らしい! 教え子の命を犠牲に私という強大な魔を世に解き放つことなく滅する覚悟がおありとはっ!!」
学院長さんの顔に厳しさが走る。慌てて走り寄るウィル先生に少し視線を送りつつも言葉を続ける。
「貴方にリジーさんの何がわかりますか。彼女は強い人です。貴方がリジーさんを抑えきれないのが何よりの証拠。わかっているのでしょう? 彼女は決して貴方の支配に負けたりはしないと」
冷たく言い放つ言葉に押し黙るレジデス。ヤツの表情から考えを推し量ることはできないが少なくとも手詰まりであることは明白だ。だが何故こんなに汗が止まらない?
「……いいでしょう。認めてあげます。ここは私の負けのようです」
アッサリと両手をあげて敵意が無いことを示す。
……こんなものなのか?
「それじゃぁ第二ラウンドを始めましょうか!」
次の瞬間、レジデスの力が大きく膨れ上がった。
――
正に膨れ上がったという表現がふさわしい。
ヤツを閉じ込めていた檻が内圧により崩壊し、中から黒い肉塊があふれだす。
それは不規則に脈動を続け、次第に形を整える。
ぷるぷると震えていた表面は徐々の形を整え、鈍い光沢を放つうろこ状に変化していき……
そこには全長二十メートルはあろうかという漆黒の龍が現れた。
「なっ! どういうっ!」
この力は明らかに異常だ。リジーの中にある龍気を集めてもこんな変化が起こせるとは思えない。だが現実に目の前で起こっていることを考えれば……
『いやぁ、こんなところで対龍族用の切り札を出さざる得ないとは、貴方達には本当に感服しました! ここで損なった龍の魔力は貴方達から奪い取るそれで補うとしましょうか!』
アティさん家から奪い取った魔力か。全て無くしたとは言っていなかったなそういえば。
多分だが、アティさんの魔力をリジーの龍気でコントロールしているんだろう。既にリジーの肉体のコントロール権が、そして抵抗がほとんど無くなっているということもである。
「いやぁドラゴンに化けるとか、魔族のクセにどういう考えですかね。というわけでここからは私に任せて下さい。学院長は二人の保護を」
後ろからカブトムシを連れてウィル先生がやってきた。まさか戦うってことなのか!? 仮にも龍の力を得た魔族を相手に?
「……大丈夫なのですか?」
「はい。ただ、使用許可は頂きますが」
一瞬、学院長さんが考え込むが次の瞬間に許可は下りた。
「できるだけ周囲に被害が及ばないように。お願いしますよ?」
「保障しかねますけどね」
短い会話の後、学院長さんに促されて少し離れる。
――
「お待たせしたね。それではやろうか。いやぁ久々だからちょっと緊張しちゃうなぁ~」
『魔道士一人で何をする気だ? まさかその出来損ないの魔物でどうにかできるとでも考えてやがりませんか?』
人対龍。多少の支援があったとしても一対一でどうにかなる相手じゃないのは疑いようも無い。だがウィル先生のあの余裕の表情はなんだ?
「……それじゃぁ、その失敗作の出来を存分に味わってもらおう。出来損ないの龍もどき!」
いつの間にか周辺の空間にいくつもの魔法陣が描かれていた。こんな一瞬の間に十じゃきかないぞこれ?
「ステムパリデス!!」
ウィル先生から光があふれる。合わせるように魔法陣からいくつもの影が飛び立っていった。あれは……鳥? いや蟲か?
鳥というには一種異様と言わざるえないだろうか。先端に剣を装飾されたかのように鋭い角を持った細長い蟲だ。
しばらく無軌道に飛び回っているだけだったが、ウィル先生が手を上げると一斉に動きを止めた。
「……やれ」
振り下ろされた手を合図に、全ての蟲は黒龍目がけて文字通り突っ込んでいった。
途中振り回される両手に何匹かが撃墜されていたがお構いなしだ。次々と突っ込んでいきそのたびに黒龍から血しぶきにも似た何かが飛出しあふれ出て周囲にまき散らされる。
『こんな程度! 足止めが精々ダろうがァ!!』
「そう足止めです。お分かりじゃないですか!」
既にウィル先生が次の召喚を終えていた。
彼の横に控えていたのは、彼の身長の二倍はあろうかという大きな丸い蟲。先端がとがったいかにも突撃型という感じの蟲だ。
「エリュマントス!」
その掛け声と共にそいつは打ち出された。
まるで大砲の発射音のような爆音を響かせ、黒龍の左足に突き刺さり…… 突き抜けた!
『な、なニぃ!?』
大穴が開いた左足は黒龍の体重を支えることもできずにバキバキと音を立てながら崩れ去る。
「ネメアー! ゲリュオーン!」
続けざまに再度の召喚だ。今度は蟲、というよりは肉食獣を思わせるこれまた巨大な魔物が出現する。
ウィル先生が両手をそれぞれに差し出すと、二匹に魔獣は姿を変えていった。
一匹は巨大な盾に。もう一匹は巨大な剣に。それぞれ片手で持てる質量に見えはしないが、魔獣の能力だろうか?
『キサま! この娘の命が惜しくないノかっ!?』
唐突に浮かび上がる黒いリジーの形。
だが浮かび上がったそれを、何の迷いも無く、ウィル先生は一刀に附す。
「……リジーの魔力を見間違う程に薄い関係ではないよ」
私は見逃がさなかった。ウィル先生が剣を振り下ろす瞬間の苦痛にも似た表情を。歯ぎしりの音がここまで響いて来そうだ。
偽物とわかりつつも似たものを切り伏せる。そんな覚悟を普段のあの人からどう見通すことができるのか。
「いいかげんリジーを返してくれないか? 僕が言うのもなんだが、アレでも不詳の弟子なのでね。まだ教えねばならんことがある。そして教わることも多々あるのだ。お前のような奴に渡すほどモウロクしたつもりはない」
振り下ろされる黒龍の爪はウィル先生の体に届くことなく唐突に動きを止める。装備するものをいかなる脅威からも守るといわんばかりに大盾が鳴り響く。
止まった爪を剣が切り落とす。立ちふさがる害意を全て斬り倒すといわんばかりに剣が吠える。
最初に現れた大きなカブトムシがいつの間にか集団になってレジデス=ドラゴンの足元を包囲している。動けなくなるように押さえつけているのだろうか? まるで地面に縫い付けるように激しい突撃が繰り返されている。あれだけの魔物を同時に操るなんて…… ドラゴン相手にどんな戦闘力なんだ、というかこれが本気のウィル先生ってことか?
切り落とし削り落とされた黒龍の欠片は音も無くチリとなり消え去っていく。所詮は魔力で得られた仮初の体。本体から切り離されれば存在を維持することも適わないのだろう。
まるで無様な彫刻のように切り刻まれ、時折震えその身を揺らすただの肉片となった黒龍を前にウィル先生は戦闘態勢を解除、役目を終えたようにウィル先生の手勢が姿を消していく。
「持続時間が問題でしょうか。まぁこれだけやれれば上等でしょうかね…… さてホンジョー君。リジーを助けますよ」
はいっ! と返事をしかけた時、黒い塊から何かが飛び出した。
――
油断した。
あんだけ圧倒的な戦闘力、そして見る影も無くボロボロになった黒龍を見てつい意味も無く気を緩めてしまった。
よく考えなくても黒龍の体はただの魔力の塊だ。元々アティさんのものだったからドラゴンの形をしていただけかもしれないが。
いくぶんかの魔力を削り取りはしたが、本体を完全に滅した訳ではない。
完全に沈黙したと誤解していた黒い塊からいくつもの黒い槍が付き放たれたのだ。迫りくる脅威となんとか防ごうと龍気の盾を展開……間に合わない。
そう思った次の瞬間、目の前に巨大な何かが落ちてきた。
『……仕留めてもいないのに油断しやがったな!?』
えぇっと、この声はバートランド先生?
目の前の巨大な塊から響いてきた声は間違いなくあのマッチョな女先生の声ではある。いやマッチョっていっても人間サイズ(より二回りくらい? もっとかもしれないがとにかくそれ)より大きいってくらいでこんなサイズはありえないはずだったはずだが……
今目の前にいるこれは明らかにデカイ。全長十メートルはあるだろうか? 明らかに人型だし、どう見ても巨人サイズだ。今のレジデスと大差ないくらいのサイズになっている。
「いやほら、もう私も限界だったし、君が控えているのは知っていたからさ、ホンジョー君。リジーはどのへんだい?」
いつものマッチョスタイルになったバートランド先生の、巨人版みたいだ。どうしてここの先生は規格外な存在しかいないんだろうか?
「あ、はい。えぇっとその喉元の少し手前にいるみたいです」
リジーとつながる魔力の線が途切れていない。そのためそこをたどれば一発でわかる。説明しにくいので具体的な場所は指を指して指摘してみる。
「うんわかった。聞いてただろう? 喉だよ。逆鱗の部分かな? を削り取れば無害化するよ」
『わかった。ちょっと待っとけ』
元黒龍の体からむにょむにょと生えてくる触手をちぎっては投げ掴んではちぎりという感じでバートランド先生の無双プレイが始まった。引きちぎられた触手は地面をのたうちまわってなんだか見たくも無い惨状を繰り広げている。学院長さんが後片付けに大変そうだ。
もう見た目が怪獣大決戦である。というか仮とはいえドラゴンの腕力?を人間?が上回るのはどういうことだろうか。
何発か右ストレートを叩き込んでフラフラとしているところに鋭い手刀がきまる。こそぎ落とされた黒い塊の中にリジーの体を無事に見つけだすことができた。
『ほれ、リジーを見てやれ。この体だと小回りが利かないからな』
差し出された手のひらにはリジーが倒れていた。包帯がほどけ、新しい擦り傷も増えてはいるが今の所は命に別状はなさそうではある。
バートランド先生の後ろで、もはや削りカスのようになった元黒龍の塊が崩れて落ちる。バラバラと砕けたそれは一帯にちらばって酷い有様になった。学院長さんもイヤそうな顔をしている。片付けるの面倒そうだなぁ、絶対手伝わされるよなぁ……
……あれ?
たしかさっき、爪を切られた時は消滅してなかったか?
「そういえばこのカケラって何で消えてないんでしょうか?」
ふとそんなことを口にしてしまったのが失敗だった。
そう、破片は死んでなかったんだ。
ボロボロと崩れ落ちただけと思われた黒片から夥しい量の触手が溢れだす。
学院長さんを、ウィル先生を、バートランド先生の巨体ですらがんじがらめに絡め取る。
『こ、この程度のことでっ!!』
だめだ、バートランド先生の巨体に物を言わせた力任せですら抵抗できないとかシャレにならない!
当然私も絡め取られている。腕どころか指の一本すら動かせない状況だ。
「いやぁ、追い詰められましたねぇ。久々ですよこんな醜態をさらすのは」
リジーがゆっくりと起き上がる。いや今はレジデスなのか。
「まぁ茶番はこれくらいでいいでしょう。あらかた力も使い切ってしまいましたし、そろそろメインディッシュを……」
そういいながら私に向かって手を伸ばす。
「貴方を頂きます」
そんな顔をさせるな。リジーはそんな顔で笑わない。
ワシ大好きウィル先生大活躍?回。




