29. キレたお姉さんは好きですか?
新年あけましておめでとうございます予約投稿。
わしはきっと仕事中です(憤死
「時分と早い帰還ですね。任務の達成に関わらず連絡は入れなさいと言い含めておいたはずですが、その知らせはどうなりましたか? というか二人はどうしたんですか? まさか置いて逃げてきたわけじゃありませんよね!?」
という学院長さんの追及を逃れつつも、とにかく個人寮へと急いていた。帰還の報告はしなければならないが、今は一刻も早く二人を出迎えなければ。
「本当に申し訳ないのですが、ドラゴンとの契約で儀式を必要とします。人目に触れさせる訳にはいかない儀式なのです。それが済み次第学院長へ最優先で報告をさせて頂きますので、今だけは我儘をお許し下さい」
何をするとか何をしているとかの説明ができない、ってことを説明するしかないからな。こんな風に言うしかないんだけど約束破りにはならないと思いたい。
納得はしてもらえないが後で説明するということで一端下がることを許可してもらった、さあって急がないと。てなわけで早速我が家の地下室へ直行だ。あそこはノインが作ったスペース。つまり学院長さんの魔力が通っていない場所。なら確実に人目が無い。と思うけど、多分そうだと思う。なんとなくだけど。
地下室を降りて念のために周囲を探索する。何やら変な機械の反応が……と思ったら元エレベータの起動装置か。こんな変な反応だったかな? まぁこのへんはいいか。無視して次に行こう。
地下室の壁に『ドアノブ』を押し付ける。取っ手を握って慎重にグルッと回して…… うむ、大丈夫そうだ。ゆっくりとドアを開けると、そこからノインが飛び出してきた。
「ホンジョー様っ! お怪我はございませんでしたか!」
「あれ? ホンジョーどうしたの? まさかレジデス!?」
本当に『地下室』に待機してたんだな。予想では後二時間後くらいだったらしいけど、思った以上の速度が出てたらしい。 というか日帰りできちゃうよねこの移動。損耗も酷いから使いたくはないけど。
移動中は特に妨害されることなく到着できたことを告げると二人とも安心してくれたみたいだ。それと同時に『ドアノブ』の有効性も実感してくれているようだ。なにしろ異なる二点を繋ぐことで実質的な移動時間を完全に無くせるわけだし、いやぁこの技術が流出したらどんなことになるんだろうか。正にパニックが起きかねない。慎重に扱わないとね。
「つまりこのドアを開いている間だけ、ここと繋がるってことよね?」
リジーが興味深げにドアノブを眺めていた。最初に説明された時にも聞いていたはずだが、実際に体験すると感激もひとしおというところか。
「で、閉じればとうぜん繋がりはなくなる……と」
トアを閉じる。そして『ドアノブ』も外す。あれ? アティさん来てないんだけど。
「リジー、まだ挨拶が済んでないんだ、ドアノブを付け直してくれないかい?」
手に持った『ドアノブ』をじっと眺めていたと思ったら次の瞬間に握りつぶさんばかりに力を込める。って一瞬なんか変な音したぞ?
「ふむ、どうやらこの体では壊すのは難しいようです。まぁドラゴンからの応援が無ければ問題ないでしょう」
先ほどからリジーの様子が変だ。というか声からして変だ。いつもの口調とはかけ離れたところに……というかさっきからイヤな汗が出てきて仕方ない……
「流石に今の状態ではドラゴンと対峙するのは無茶というものですからね。でもこれほど距離が離れていれば……いくらドラゴンと言えど簡単にはやってこれないでしょう。では先日のお礼も兼ねて……盛大におもてなし致しますよ!」
リジーの体が黒く染まる。体中の血管から染み出すように黒い炎がその身を纏う。まるでレジデスが乗り移ったかのように。
「貴方も察しがいいんだか悪いんだかわかりませんねぇ。文字通りのっとったのですよ! 元の体は貴方にダメにされてしまいましたしね」
やばい、こんな損耗した状態でこの状況。マジでやばい……
――
とにかく外に出る! こんな狭い空間では戦いようがない。ノインの腕を引っ張りつつも急ぎ逃げ出す。
「いやいやそんなに慌ててどこに行くのですか。もう何をしても無駄なんですから、諦めて協力してくれてもいいのですよ?」
逃げながら振り向くと、本当に余裕タップリという感じで歩いて迫ってくるリジー、いやレジデスか? なんと呼んでいいのか。まぁとにかく建物を破壊する気がないのは助かる。
「ノイン聞いてくれ。俺たちじゃぁ対処しようがない。学院長さんでも誰でもいいから助けを呼ぶんだ! その間なんとか抑えて見せる」
「リジーさんは私が抑えます! ホンジョー様こそ助けを呼びに行ってください!」
またこれか。この状況で我儘を言われても困るので改めて念を押す。少し興奮してたのもよくないんだろうか。なんとか落ち着いた声をひねり出す。
「いいかいノイン。この状況で五分でも十分でも持ちこたえられる可能性があるのは私の方だ。なに、龍気の使い方だってノインより上手いのは知ってるだろ? 私を助けたいと思うなら一刻も早く誰かを呼んできておくれ。さぁ早く!」
ノインの背中を押して校舎の方へと押しやる。そのタイミングを待っていたように、レジデス=リジーが地下から顔を出した。
「さぁ、無駄な抵抗の相談は終わったかな? またその御嬢さんの後ろに隠れてやり過ごすつもりなのかな? いやはや最近の勇者というのは味方の犠牲をいとわないとんだ外道に成り下がったものだね!」
リジーの声でそんなことを言うな! と以前なら殴りかかっていたところだろうがそうはいかない。というかそんなことをしたところでアイツを喜ばせるだけだ。とにかく時間を稼ぐんだ。みっともなくてもいい。
ノインへの視線を塞ぐように立ちふさがる。逃げ出したくなる心を無理に抑え込んでいるのがよくわかる。だがここは逃げない。ここで逃げたらゴミクズ以下だ。
「……誰が外道だって? どっちかっていうと女を操って表に出てこない誰かさんの方がよっぽど外道だと思うんだが、どう思う?」
「いやはや、それを言われるとちょっと厳しいですな。確かに私の流儀ではないのですが、こればっかりはどうしようも無いというやつでして。まぁブッチャケ貴方のおかげなんですが」
右手を頭につけヤレヤレといった感じでオーバーアクションを決めて見せる。間違いない、レジデス本人、もしくは本人の操っている特徴だ。
「あそこまで肉体を損傷させてしまっては維持するのも修復するのも難しのです。たまたまこのお嬢さんの肉体に損傷を与えていたから憑依することができましたけど結構ピンチだったんですよ。そういう点では誇って下さいまし。ここまで私を追い込んでくれたのですからね!」
拍手喝采と言った感じで私達の健闘をたたえてくれている。だがちっとも嬉しくはない。何しろ手ひどくダメージを与えたと思ったらこちらの少ない戦力を奪い取られているんだから。どうして冷静に話を出来るか分からないが、これが「怒りすぎて返って冷えている」状態なのかもしれない。
「それにしてもすごい感情だね。ここまでの怒りを向けられたことはなかなかありませんよ。そんなにこのお嬢さんが大事でしたかな? 確かにまぁよい容姿と言えるかもしれませんが…… むぅ、完全に意識を閉じたと思っていましたが未だに消えていませんか。いやいやこれでは全力を出せないかもしれませんねぇ……?」
リジーの意識はあるのか? なら追い出すだけか……
「まぁ良いでしょう。御嬢さんの頑張りに免じて一つ良いことを教えて差し上げます。この体から『私』の力を出し尽くすことができれば、このお嬢さんは助かります。ただどうやるかは貴方の頑張りに任せるしかありません」
その「出し尽くす」ってのが一番厄介な気はする。アイツの言うことが正しいという保証も無い。だが可能性がありそうなのは解った。
仮にヤツの言うことが間違いだとしても『偽りの目標を与えることで本当の目標を隠す」ってことにならないだろうか? 実は全て嘘で無駄なあがきを見て楽しむタイプならどうにもならないが、不思議とコイツはそういう最悪のタイプの愉快犯ではない。一定のルールを定めそれを破らない、そういう奴だ。
「では、そろそろ参りますよ? 私としては貴方に相手をしてもらえればそれでいいだけですからね!」
最大の問題、それは私の状態がどう見たって万全ではないことだろうか。
――
ジリジリとレジデス=リジーが距離を詰めてくる。前回のように黒い槍を突き出すこともせず、ただ悠然とこちらに迫る。
右手にはリジーの必殺技、魔力を集めたナイフが握られている。多分だが持ち主の使える技を使いこなすことができるのだろう。
本来なら赤い炎が舞い上がるはずだが、今は黒い炎が大きく燃え上がっている。レジデスの魔力による変化じゃないかと推測してみた。
ナイフの先からポタポタと黒いシミのような奴の魔力の残滓がしたたり落ちる。
地面に落ちたシミから「ジュウジュウ」と音がもれだしていて、尋常ではない何かがあのナイフに渦巻いているように思わせる。
あんな状態でリジーの体は平気なのか?
「ご心配の必要はありません。あと十分もすればこの体は崩壊しますから」
タイムリミットを切ってきやがった。
間違いなく焦らせるための策だと思うが効果がバツグンすぎてやばい。
とにかく見ろ。見て掴むんだ。キッカケを。
…
……
だめだ、眺めているだけでは何も思いつかない。
普段は絶対にしないであろう表情だが、いや少しは見た気がしなくもないが、それでもリジーが見せることはない冷たい笑顔で歩いてくる。
だがリジーだ。
どうして敵を見るように冷徹に見ることができるだろうか。
普段とはまるで違った、相手を見下し愚弄するような目だ。
相手を思いやる「熱」みたいなものも何もない、搾取する相手を品定めするためだけに投げかける冷え切った目だ。
それでいて口元だけは歪んで笑みを隠そうともしないのだ。
「いやはや、何をたくらんでいるのかと思いましたが、何の策もありませんか? いや既に何か実行しているのかもしれませんが……」
大きく開かれた目が黒く染まる。
とたんに周囲の空気が重苦しく変わる。
本能が囁く。
逃げろ、と。
「あぁいい顔ですねぇ、そういう表情もできるとは存じませんでしたが、なかなか悲壮感漂う良いお顔ですなぁ」
額から、全身から冷たい汗がにじみ出る。
無意識に噛みしめた奥歯がギリッと音を立てる。まだそこその距離を置いているにも関わらず圧倒的な何かが私を叩きつけ、その気配が自分の気力を奪いつくそうと周囲に満ちていく。なんて冷たい気配なんだ。
「いやぁ、この娘さんも少しは龍気を使えるはずなんですが、先ほどから抵抗されてましてね、どうにかして説得していただけると助かるのですが」
……なに?
まだリジーの意識はあるってことか。つまり強制的な肉体コントロール権を奪い取ったってあたりかもしれない。どんな理屈だかはわからないが一つの懸念は晴れた。
やはりリジーは有能だ。
よくよく見ればレジデスのしてきたことは「威嚇」だけだ。その威嚇だけでも十分な効果があるのは理解しているが、直接的な行動は一つも無い。例の黒い槍を使うこともなく悠然と歩いているだけだ。
あまりのプレッシャーに委縮してしまったが、奴は奴で実は何もできない状態なんじゃないか? そう、リジーが抵抗をしつづけてくれるおかげで未だ決定的な行動をとることができていない。そう、リジーが協力をしてくれている限りは……。
不意にレジデス=リジーの表情が変わる。品定めするようにじっくりとこちらを眺め直しながら。だが次には何か思いついたのだろうか。頭に電球でも浮かびそうな表情をしてみせる。
「ふむ、まぁそれも些細な事です。あまり抵抗されてもお辛いだけですし、ここはひとつ……」
大きく片目を閉じる。リジーの顔れされるそれは本来ならとても魅力的な行動なんだろう。
「貴方、そろそろ死んでください。残りは体から直接頂きます」
殺気だ。
まるで視線に射抜かれたような何かが突き抜ける。
あんなに遠くから見られているだけなのに、まるで巨大な目が押しつぶすように自分を見下ろしている錯覚を覚える。
ヤバイ。
咄嗟に作り上げた龍気の盾。
とりあえず使えるようにしておけと言われた盾が役に立った。
ただし一撃で砕け散ったが。
彼女の手元から放たれた魔力のナイフのただの一撃にだ。
自分の全力は奴のたった一撃に耐えることもできないのか?
「おわかりでしょう? 何をしようと無駄。もういい加減諦めて下さい!」
そういうと次は両手にそれぞれ三本づつのナイフが現れる。一度に放たれれば防ぐことは不可能だろう。
「貴方にそんな趣味があるとは思いませんでしたよ、まるで暴力で訴えるようなそんな手管は、男性に対するアプローチとしてへ下の下です」
「まぁホンジョー君にそういう趣味があるなら止めはしないけどね、色恋沙汰は女性にとっては命のやりとりより重要だというし」
不意に背後から抱きしめられる。細かく震えてはいるがしっかりと力を籠めて。だが伝わる暖かさが少しだけ落ち着きを与えてくれる。
ありがとうノイン。必死で援軍を呼んでくれたんだろう。何よりお前の無事を感じられることで少し安心できるよ。
「生徒同士の痴話喧嘩について口出しするつもりはありません。できれば当人同士で解決させたいのですが…… 邪魔者は出て行ってくれませんかね? そこの寄生虫の魔族さん?」
先ほどまでの冷たく張りつめた空気が学院長さんの凛とした声に打ち砕かれる。本当に強い人の笑顔というのは味方に安心を、敵には恐怖を植え付けるものだと思い知るのだった。




