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06. メイドさんの個人レッスン(魔力編)

 本来、この世界は朝夜の2回の食事を取ることが基本で、昼は休憩がてら軽くつまむ程度しかとらないものらしい。だが私の都合に合わせて今日だけ昼に食事を用意してもらったそうだ。ありがとうございます。


「そういえば紹介がまだだったね。これは私の家に使えるメイドの一人、名前をエリザベスという。リジー、お客様にご挨拶を」


 そういって配膳をしていた女性に目配せして挨拶を促す。身長は160cm程度だろうか。今の私に身長と大差ない感じだ。色白で中肉中背のいわゆる女性らしい体つきというやつだ。茶色い髪を髪留めで丁寧にまとめている。白いシャツにロングスカート、紺のドレス。いわゆるメイド服と呼ばれそうな服を着ていた。足元まで見れないが、どれも良い仕立てのものを着ているように思える。


 挨拶のためか顔をあげてこちらをまっすぐ見つめる。深い燃えるような赤、細く鋭いまなざしは油断なく自分を見定めているように思えた。不思議と冷たい印象はなく、むしろじっくりと眺められると全身を舐めまわされているようでちょっと興奮しそうになった。しないが。


「始めましてホンジョー様。わたくしは当家にお仕えするメイドのエリザベスと申します。当家におきまして何か御用がおありの際には何なりとお声掛け下さい」


 そういって深々と頭を下げた。その動作に一部の隙もない。つられてこちらまで緊張してしまう。妙に引き締まる気分だ。


「なに、そんなに改まる必要はないよ。リジーには君の家庭教師を務めてもらおうと思っている。彼女はこのとおり礼儀作法に通じるほかに、魔法を扱うこともできる非常に優れた人材なんだよ」


 きたか魔法! ってエディさんが教えてくれるんじゃなかったの?


「私はあまり才能が無かったみたいだね。一応魔力を扱うくらいは教えられたが、それ以上のものとなると、やはり専門家に頼る方がいいだろう。彼女は素晴らしいぞぉ?」


 なんだかニヤニヤとした表情だ。


「坊ちゃまの初めてのお相手も務めさせて頂いたことがございます。よいものをお持ちですがそういう方向には努力をなさらない方でして、非常にもったいない」


「いやいや、語弊がある言い方はやめてくれよ! 誤解される前に言っておくが、初めての魔法の訓練の時に先生として僕の相手を務めてくれたってことだからね?」


 知ってた。というかそんな簡単に色恋沙汰になってたまるか。ド変態でもあるまいし。


「館のメイドをお手付きにされないので不能か男色の気があるのかと心配しておりましたが、どうやらショタ好きの変態だったようですね。後で相談しなければなりません。」


 あれ? もしかして男娼と思われてませんか? 私は至ってノ-マルなんですよ!?


「何を言っているんだ、ホンジョー君は国王陛下への定期報告の際に同行してもらう予定なんだよ。そのために恥ずかしくない程度の礼儀作法、あと彼の持っている魔力の上手な使い方を指南してほしいんだ。できれば魔法を使えるほどになってもらうのが理想だがあまり時間もかけられない、どこまでやれるかは彼の習得速度で判断しよう」


「かしこまりました。では取り急ぎ礼儀作法から学んでいただきましょうか?」


「まずは魔力の制御だ。彼の魔力はかなりの量があるみたいでね。ちゃんと制御できないと色々と危ない可能性がある。というわけで例のアレは用意してあるかな?」


 そういうとあらかじめ用意してあったのだろう、フエルトのようなもので覆われた小さな青黒い箱を取り出し私に差し出す。どうやら受け取れということなのだろう。箱を受け取りフタを開け中身を確認する。そこには二つの輪が組み合わさったシンプルなデザインの指輪が鈍い銀色の光を放っていた。

 指輪を手に取るのを待っていたのだろう、エリザベスさんが話を続ける。


「それは『抑制の指輪』といって、魔力の大きすぎる子供が生まれた時などに与える指輪でございます。無意識の魔力の放出を抑え、また抑えきれない量の魔力は霊脈へと流す働きがあります。一種の安全弁とお考えください。基本的に左手の人差し指か薬指につけていただきます」


 言われるままに指輪をとりだし薬指にはめる。自分も小さくなったとは思うが子供用の指輪だ、薬指につけるのが精いっぱいだった。一瞬鳴動したかと思うと指輪の表面に文字のようなものが浮かび上がり、それは指輪表面を伝って動き始めた。


「ちゃんと機能しているようですね。これでうかつなことでは暴走することもないと存じます。ただし扱いにはご注意ください、その気になれば指輪の制御を超えた力の発揮もおできになるでしょう。そうなって頂きたいのは事実ですが、まずは指輪無しでも自分の魔力を制御できるようになるのを目標と致しましょう」


――


 何をするにもまずは腹ごしらえだ。せっかくテーブルに食事を用意してもらっているのだからありがたく頂こう。出されたものはすべて頂くのがうちの家訓。想像はしていたがこちらの食事は基本的に洋風のようだ。パンにスープ、メインは鳥肉かな? 琥珀色のソースが少し焦げ目の付いた肉の表面を覆い艶やかに鈍い光を放っている。できあがったばかりなのだろう。非常に香ばしいいい匂いだ。早速、と言いたいところだが館の主を差し置いて手をつけるのもどうかと思い少し待つ。


「あぁ、気が利かなくて申し訳ない、では食事を始めよう!」


 察してくれたのかエディさんが一声かける。その声を合図に、マグカップに飲み物が注がれる。無色透明のその液体はどうやらただの水のようだ。上水道が発達していない場合、基本的な生活水は井戸水ということになる。病原菌とか大丈夫だろうか?


「生水だからと心配しているのかな? そのへんは大丈夫。ちゃんと煮沸した後で冷ました水だから腹を壊すこともあるまい。このへんでもそういった設備はなかなかなくてね、我が家の自慢の一つだよ」


 どうやらエディさんの発明品のおかげだそうだ。濾過機を作ることも考えたがあまり良い感じではなかったらしいので念のために煮沸し冷ます機能をつけたと説明してもらった。この一帯では残りは王家に収めたもののみだという。なるほど堂々と水を出すわけだ。そう思うとちょっと緊張するな、とか思いながら口につけてみる。うん。普通の水だ。感動するほどでもない。単に日本の現状が異常なだけなんだろうか? よくわからない。


 素直に普通ですね、というのはいささか大人げないのでここは大人しく『冷たくておいしい水です』と伝えると非常に満足してくれたようだ。そのままたわいもない雑談と共に食事が始まった。非常においしい料理だったが、全体的に淡泊な味付けだったように思う。特に肉には胡椒とかかければかなりイイ感じになるんじゃないかと思ったが、この世界での胡椒の位置づけがわからないので黙っていた。エディさんなら当然知っていそうだが、地球にいたときは食事に拘らなかったらしい。食べられれば文句はないという主義なんだろうか?


 食後に例の甘い飲み物を頂きながら少しくつろいでいると、エリザベスさんがやってきた。さて、いよいよ本格的に魔法のレッスンが始まるようだ。なんだかオラわくわくしてくっぞ!



――



 この手にはモップ。漂う腐臭をくぐり、目の前に広がるは限りない黒き水。つまり汚水だ。


 魔力を扱う訓練としてまず最初に仰せつかったのが、このドブ掃除というわけだ。


「ホンジョー様は魔力を使う道具をお使いになれることは坊ちゃまより仰せつかっております。そこで今日はどれくらい魔力を使い続けられるか、その精度と持久力を測る訓練を行いましょう」


 そういって一本のモップのようなものを手渡してきた。全長が2m程度の木の棒の先に、幅30cmくらいの木材をT字につけたものだ。木片は2つあり、二つがちょうど重なっていた。木片の下側にはブラシのように細い毛が生えている。毛といっても固いゴムみたいな頑丈なものだ。またこちらでよく見るモップと違って、持ち手の棒まで例の赤黒い線がひかれており、そのままブラシの木片の上の方につながっていた。もしかすると木片の中身に何か仕込みがあるのかもしれない。


「これは一般的な清掃用具を少し強化したものです。ホンジョー様には今からこの器具を使い掃除をして頂きます」


 この道具、面倒だからモップと言おう、モップだがドブ掃除用に強化した特別製で見違えるほど綺麗に洗うことができるという。試に魔力を通すとブラシが振動し始めた。


「そうです、その調子で。あとその取っ手をひねると水が出ます。込める強さで水の勢いが変わりますのでご注意ください」


 と言われた時には遅かった。力の加減がわからずにギュッとひねったのもいけなかったのだろう。ブラシの根本からビューーッと勢いよく、目の前にいたエリザベルさんの顔をめがけて水が噴き出した。顔どころか上半身がびしょ濡れだ。衣装が素肌に密着し体のラインがはっきりと浮き出しシャツごしにブラが透けてみえた。一瞬ほおけた表情が妙にセクシーに見えてしまう。やっべぇ…… メイドさんに顔射きめちゃった……


 ちょっと興奮してしまったが、エリサベスさんの冷たい目線を感じてあわてて謝罪する。あの眼光はやばい、見ただけで殺されそうな気がする。あの人は怒らせてはいけない。そう囁くのだ、私の霊体が。


 エリサベスさんが着替えに戻った、帰ってくるまで不動の姿勢で出迎える。気分は鬼教官を出迎える新入隊員だ。戻ってきた後、早速現場に案内される。どうやら建物のすぐ外のようだ。


「この区画から始めましょう、では早速かかってください」


 穏やかな声だが目が笑っていない。正直めちゃくちゃ怖い。おとなしく従うべきだろう。使い始めてわかったが、このモップはかなり使いやすい。振動するブラシがヘドロ状のよごれを強力に吐き散らす。少し動きが悪くなったと思ったら、取っ手をひねって水を出せばかなり楽に動くようになる。便利だなこれ。


 私はかなりめんどくさがり屋だが、いったん始めると妙に凝り性なため必要以上に熱中してしまうことがある。なんだろう、何事もそうだができる範囲ではれることはやってしまわないと気が済まないのだ。ゲームを始めるとエンディングを見るまで気になってしかたがない。単純作業に没頭しやすい性格なのか、このモップが使いやすいせいなのかわからないがつい夢中になって、というか調子に乗ってどんどん掃除を進めた。


「素晴らしいですね。非常に綺麗に清掃されています。まぁもともとドブですしあまり見た感じは変わりませんがここまで進むとは思っていませんでした。とりあえず今日はこれぐらいにしておきましょう。ご苦労様でした」


 そうエリザベスさんに声をかけられるまで夢中になって続けていたようだ。よく見ると日は傾き綺麗な夕焼けが一面の空を覆っていた。綺麗だな。と思いつつもこっちの世界も太陽は一つなのかとぼんやり思った。



――



 さかのぼること数時間前、私の報告を聞きながら坊ちゃんことエディ様は屋敷の二階からホンジョーのドブ掃除を見下ろしていた。


「あのモップを使わせたのか、初日から随分と厳しいことをするじゃないか。あまり無理をさせるなよ?」


 そんなことを呟きながらぼんやり眺めておいでだ。私の見立てなら、二・三十分程で根を上げるに違いない。いやホンジョーの魔力なら一~二時間程度は持つかもしれない。初めはそんな感じで眺めていたのだが、どういうことだろう、なんだか非常に楽しそうにスイスイと掃除を進めている。全く疲れを感じさせない。鼻歌すら歌う余裕すらある。すごい勢いで進んでいるので最初は何かの冗談かと思ってしまったくらいよ。


「ホンジョー様は非常に強力な魔力をお持ちですね。しかも持続時間もなかなかのものです。先日の大雨でかなり難儀をしていましたので助かります」


 大雨のたびに使用人が総出で掃除しているがかなり厄介だ。見かねた主人が少しでも助けになればと思って制作を依頼したのがあのモップだが、どうやら強力すぎて普通の人間では扱えるものではなくなってしまった。特に水を産み出すというところが厄介で、魔力の消費量がハンパないことになっている。物質の創生というのは魔力を膨大に求められるものなのだ。いや使う量が少なければ良かったのかもしれないけど…… まぁいい。


「何の訓練も無しにあそこまでの魔力を放出できるのです。下手に強化するよりも効率よく使うことをお教えすべきに思います」


「そうか、教育方針は一任すると言ったしね。君に任せるよ」


 そういうとニヤニヤとした笑みを浮かべてホンジョーの訓練を見つめている。あの目は悪いことを考えている目だ。


「しかしよろしいのですか? あれほどの存在が世間に知れれば他の国のものもほっておかないでしょう?」


 どうやって見つけてきたかは知らないが、どの国でも非常に便利に使われることだろう。本当に便利に。


「そうだな、そのために君を付けている。わかっているだろう?」


 なるほど、そういう事か。久々に裏の顔を思い出す必要が出てきたということだろうか。坊ちゃんには悪いが、うまく使ってくれればそれだけ制約履行が早まるというもの。是非とも色んな所から厄介をかけてほしいものだ。だが一応言質はとっておこう。この男のことだ、油断するとろくな目に合わない。


「そうなると、追加で報酬を頂かないといけない気がしますが、よろしいのですか?」


 微笑みながら彼の後ろから首にかけて両手を絡める、そのまま顔を近づけて耳元に息を吹き付け、まるで媚びるように甘えた声をたてる。どうせもらうのだ、報酬はできるだけ多い方がいい。どさくさで約束させてしまおう。どうやらホンジョーとやらはかなり大事な存在のようだし、2・3回分くらいはせしめることができるかもしれないし。だがそんな期待もエディの冷たい一言でつっぱねられる。


「調子に乗るな、後悔するぞ?」


 ちっ、流石に上手くはいかないようだ。あまり怒らせてもしょうがないので今はここまでにしておこう。素直に手を放し、1ッ歩下がって頭を下げる。


「それでは夕食の支度がありますので失礼します。何かありましたら遠慮なくお申し付けください」


 機会はある、まずはホンジョーのことを鍛えるついでに、日頃のストレスの解消にも使わせてもらおう。ずぶ濡れにしてくれた礼もある。どうやって仕返ししてくれようか。なんだか久々に楽しくなってきたわ。



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