21. 『米麹』
今回なんですが、困ったことにほとんどお話が動きません。
個人的にはこういう試行錯誤してる様子って好きなんですけどね。失敗するとか含めて。
昨日はぐっすり、とはいかなかったがゆっくりとは寝ることはできた。龍気訓練ので酷く疲れていた為だろう。だが起きた時には二人とも私のベッドに潜り込んで来ていたらしい。だが眠気には勝てなかったみたいだ。
時間を決めている訳ではないし、気持ちよさそうに寝ているのを起こすのも忍びない。というわけでこっそりと出てきてみた。
なんと予想外なことにアティさんも起きてなかった。というかあの人が寝てるところを見たことがないんだけど、どうなっているんだろうか?
一人しかいないので、とりあえず朝食を用意しておく。スタンダードなこちら風の朝食であらかじめ焼いてあったパンとかを使ってみた。玉子と肉でハムエッグ風だ。この冷蔵庫ってほんとに何でもあるって勢いで食材があるからたいていのものができちゃいそうだ。ただし何年前のものか、という疑問を持ってはいけないんだろう。まぁ美味しいからいいか。
テーブルに朝食を準備しつつ、キッチンでは別作業を始めることにする。既に教わっていたので早速始めよう。そう、米麹を増やすんだ。
『時間加速機』の使い方は教わっている。というか大体は予想通りだった。目盛を読み違えてたけどね! アティさんもあまり詳しい方ではないらしいが、まるで電子レンジのような手軽さで使えるのがこの機械の恐ろしいところだ。
目盛が2つある。上が「経過する時間の指定」。目盛の横に別にスイッチがあり「分」「日」「年」といったものがあり、今は「年」に指定になっている。目盛の単位はゼロから千までだ。千年経過させられるってどんだけ漬け込むんだ。
下の目盛は「稼働時間」らしい。つまりこの目盛で指定した時間だけ動作するようだ。
どういうことかというと、「稼働時間」を五分、「経過時間」を百年とすると、「五分かけて百年経過した効果を得られる」ってことらしい。倍率で考えなくていいのが非常にわかりやすい。いちいち計算してたら面倒で誰もつかわな……いことはないだろうが、決まった手順でしか使わなそうだし。誰の発案だか知らないが感謝しておこう。
てなわけでまず米を取り出す。当然のように精米済みだ。どうやら精米機もどこかにあるっぽいのだが、精米済みの米が山のようにあるので気にせず使ってくれとのことだった。どこから見つけてきたんだろうか。 まぁいいや。
米を研いでから水につける。ひたひたにつけて半日も置いておけばいいんだが、目盛をいじるのが面倒だったから「一分で一日」設定にしてさっくりと。多い分には問題ないだろう。
ちなみに『時間加速機』にはフタがついていて、このフタが閉じていないと動作しないので誤動作も起きない安心設計だ。ついでに蓋が透明なのもいい。中の様子がよく見えるので非常にありがたい。ジ~~~~っと音がして一分後にチーンと電子レンジみたいな音がした。できたみたいだ。
水を十分に吸って膨らんだ米を蒸す、これは流石に普通に蒸し器を使った。加速機自体があまり大きくないのもあるが、中に入れて正常に動作すると思えないからだ。
米に火がとおり透き通ってきたあたりで次の準備。この米が麹の苗床になるわけだから、他の菌が入り込まないように注意しないといけない。というわけで殺菌用に熱湯を使ってみた。炭とか灰とかを使って変な匂いがついても困るし。お湯を沸かすことを最初に思いついていればもっと早かったように思うが、まさか加速器の中に水を入れてもOKだったとは予想外だったんだ。かなりアバウトな機械らしい。
てなわけで蒸した米の熱が取れるまで、作業台や作業器具、両手を十分に消毒する。後で爺ちゃんの麹を取り出す。迂闊に触ったけど大丈夫だったかなぁと思ったが、この黒い箱のふたを閉じている間は中の時間が止まるということなので雑菌が増殖していることはあるまい。あるとすれば今後の扱いとして十分気を付けないといけないって点だろうか。今回の分でうまくいけば、以後は作った分を更に増やすようにして、爺ちゃんの麹は再度封印しておきたい。これ以上劣化する危険は冒したくないし。ダメにしては申し訳が立た無すぎる。
手早く蓋をあけ、スプーン2杯分くらいの種麹を取り出してすぐに蓋を閉める。その間わずか0.0005秒とか言いたいがまぁ十秒くらいだろうか。まぁこれくらいなら平気だと信じたい。
取り出した種麹を蒸した米にまぶしていく。なるべく均等になるようにと念入りにこねくりまわす。固いものでかきまぜると米粒がつぶれそうだったので手でかき回してみる。ある程度混ざったところで、乾燥を防ぐために布にくるんだ状態で加速器の中へ。
やはり先ほどと同じように「一分で一日」にしてからスイッチオン。いやぁほんと楽だわ。
チーンと音がしたのでとりだして中を見てみると、なんだか団子状になっているのを確認する。なるほど、じいちゃんの記録そのままだ。なんだか甘い匂いが漂っている。
醗酵時間はまず半日でいいらしいが、種麹が少なく増殖が思ったより進まないことも考慮して長めにしてみた。
てなわけで米団子になっているところをバラバラと崩し、再度均一になるようにかき混ぜる。けっこうパラパラとしていて少し乾燥した感じになっている感じだ。バラバラにしてすこし平たく伸ばし、再度加速器へ戻しまた一日経過させる。
時間になったので再び取り出してみる。あまり変わらないかなと思っていたが、よく見ると米の表面にビッシリと細かい毛みたいなものが生えている。これは成功したかもわからんね。結局三時間くらいで完成してしまった。いやぁ加速器様様である。
とりあえず増やせた米麹を、別に用意してもらっていた箱に取り分ける。試しということで少量しか作っていないが、ここから増やしていけば特に問題はないだろう。まずはこれ以上劣化しないように箱に取ってから冷蔵室へ。あまり冷やしてもいけない気はするが、ここに置いておくより確実に劣化が少ないはずだ。というか冷蔵室の方が時間の経過が遅いのだから確実にあっちに置く方が安全だろう。密閉していいものでもないし容器だからどこでもいっしょな気はするが、念には念をだ。
作業中にみんな起きてきて食事をしていたが、米麹を増やしていると説明するとそこから手を出さずに見守る体制になったらしい。最初は誰も手を出さないようにと念を押していたことを覚えていてくれてたんだろう。下手に雑菌を混ぜられても困るしね。
さて、種麹を増やせたんだから次はもっと簡単な甘酒を作ってみよう。何しろ時間しかかからないようなもんだし。
作った麹の三分の一くらいを手鍋に取る。大体にたような両の水も一緒に入れてかきまぜながら温める。あまり暖め過ぎるのも良くないので少し火が通った程度にしておく。手を入れたら熱いけど火傷しない程度。だろうか。
かき混ぜ終えたらそのまま加速器の中へ。まぁ八時間程度。えっと五百分くらいでいいか。まぁつまり目盛半分くらい一気に加速する。
蓋を開けてみるといい感じの甘い匂いが立ち込める。温度が覚めてないのは加速器の隠し機能だろうか? 一定の温度に保つ必要があったと書いてあったのをさっき思い出した。
というわけで取り出した甘酒の元に一つまみ塩をふってから火を通す。確か沸騰させて発酵を止める必要があったはずだ。ってなわけであっさりと甘酒の完成である。
出来たものをみんなに振舞うことにした。少ししかできてないが試作品だしこのへんは勘弁していただきたい。
「甘くておいしいです!」
「甘いのね。でもちょっと普通の甘みと違うような感じですけど、これは?」
何でも美味しいと言ってくれるノインには本当に頭が下がる思いだ。いや本当に美味しいと思ってくれているといいんだが。リジーは味わったことの無いものという感じで興味津々ってところだろうか。工程は見ていたはずだから材料だってわかっているはずなのに、かなり不思議そうな顔をしていた。
「へぇ、もう甘酒作れちゃうのね~。セイジロウのメモにあったの?」
アティさんは流石に知っていたっぽい。たぶん試作品を何度も飲まされたんだろう。種麹が無ければこんな順調に進むわけがない。たぶんだが米を探すところから始めたんだろう。いやはや凄い執念だ。
しかし、この程度の実験施設くらいな感じならまだいいが、本格的な醤油や味噌、日本酒なんかを作るにはあきらかに施設が足りない。じいちゃんはどうやって作ってたんだろう?
「あぁ、地下室があるのよ。私もあんまり入らないから忘れてたけど。セイジロウはそこで作ってたみたいね~。『時間加速機』も無いから凄い面倒だったと思うのよね~」
やはりそうか、温度が一定に保たれる場所は最低限の条件のはずだからあるから地下?になるとは思っていたが。後でその施設を見せてもらおう。本格的に使うには難しい気がするけど。なにしろこの家から動けなくなってしまう。
「あれ? タカさえよければいつまでいてくれてもいいのよ~?」
と真顔で言われてしまう。だがどう考えても孫が居座っていい場所ではない。できればたまに遊びにくる程度にしておきたい。未亡人に付け入るようなことをしたくはないからね。というか爺ちゃんと兄弟になるのもあれだし。
なんてことを話ながら、ここにいるのは「味噌、醤油、お酒の造り方を理解するまで」という約束にしておいた。どんなに難しかろうが諦めるつもりはない。何しろ自分で食べたい。しかも作り方の書かれたマニュアルまであるのだ。
正直な話、ここに住まわせてもらう方が安全度が高いのは間違いないのだ。別にここに閉じ込められている訳ではないし。だがアティさんがここに隠れるように住んでいたのにだって理由があるだろうし、いつまでもこんな引っ掻き回すようなことをし続けるのはよろしくないと思うんだ。
せっかく学院に居場所を用意してもらってるんだし、そちらを生活の拠点にしながらなんとかしていきたいものだ。今の状態なら学院にいても「保護されるだけの存在」ではないはずだ。
だが酒造りや醤油等の作り方を広く伝えるつもりはない。爺ちゃんがそれを望んでいたならとっくに広まっていると思うんだ。もしかすると爺ちゃんのいた二百年前ならある程度は知れていたのかもしれない。製法の難しさゆえに失伝している可能性だってある。そういえば村の人が再現とか言ってたな。一応伝えたりしてたんだろうか? といっても本格的なものではなかったみたいだし、勤めて広めようとしたものでもない気がする。
しかし、そうすると自分は「何をするために」この世界に来てしまったんだろう。そりゃエディ君に利用されるためって話もあるだろうが、そんな偶然だけでこんな状態になったりするんだろうか?
しばらく黙りこんでしまうが、これこそ「悩んでも仕方ない」ことって可能性もあるのが困り物だ。




