17. ドラゴンの秘密
結論からいうと彼女ら三人は徹夜だったらしい。
そんなに何を話していたんだと聞きたい反面聞きたくない気もする。なんだか聞いてはいけない気もするし。
流石に眠そうな二人をしり目にやたら元気なアティさんであった。ドラゴンの体力って怖い。
無理をさせすぎた自覚もあるのだろうか、朝はお粥である。このあたりも日本的だな。どんだけ日本食を強要されたのかと聞きたいところだが、きっとアティさんのことだから爺ちゃんの記憶から再現したに違いない。
流石に梅干しとかはなかった。あったらそれはそれで凄いんだけど。ただ似たような感じの酸っぱいものと一緒に頂いた。いやほんと容赦なく酸っぱくてかなりキツかった。
「さて、んじゃ早速特訓、というか魔族対策しましょ~」
中庭中央に集まってアティさんの講義の開始である。
「やっぱり単純に能力の底上げが重要だと思うのよ~。強くなれば下手な相手はちょっかい出せなくなるもの」
それはそれでもっともだと思いますが、もっと強い敵が出てくるだけではないかと……
「それよりも強くなればいいだけの話よ~。タカくらい魔力があれば~私と並ぶくらいにはなれるから心配しなくていいわよ~?」
どんな心配だと言いたくはあるが、そんなに出鱈目なのかこの魔力。
「えっと、貴方は気が付いてないみたいだからこの際言っておくけど~、貴方の強さは『魔力の総量』ではなく『魔力の回復力』なのよ~? ちょっと尋常じゃないくらい。魔力切れってこれまで何回経験したことがあるの?」
えっと、一回かな? エディ君宅脱出作戦の時くらいか。それ以後は注意してるのもあってギリギリってのはあるけどゼロってのは無い気がする。
「で、もう一つ質問。そんなに無理をしても~次の日には全開だったりしない?」
自覚はないけどたいてい翌日には普通になっていた。いや、宿に泊まるとMP全快とか普通じゃない?
「その魔力がどこから来てるか、ってのも問題だけど~、普通、貴方くらいの膨大な魔力の入れ物が枯渇したら、補充されるのにだって相当~の時間がかかるものよ? それが一日で、しかも周囲に影響を与えないとか~、どんだけ異常なのかそろそろ自覚すべきね~」
……全く意識してなかった。魔力の流れが云々言われて多少意識していたんだろうが、自分のことになるとホントに認識できて無いのか。周りに迷惑がかかってないのだけが救いと言えるかもしれん。
「貴方が魔力の放出を~抑えるよう訓練してなければもっと面倒になってたのは事実ね~。『魔力を産み続ける』存在なんて~魔族からしたら絶好の餌だもの」
つまり、魔族にバれたらやばいのか。よくレジデスとやらに手を出されないで済んだものだ。
「それはタカが普段から魔力の放出を抑えてるからよ~。よっぽど意識するか直接触れでもしないと~こんな特質まで認識できる訳ないし」
魔法学院での特訓がこんなに大事だったとは、いやはや学院長さまさまである。
「余談はこれくらいにして~、とにかく戦力の底上げ。これに尽きるわ~。後でそっちの二人にも挑戦してもらうからちゃんと見ててね~」
「「はい! 先生!」」
と真剣そのものの返事が返ってきた。しっかり調教されちゃってませんか? お二人さん?
――
「貴方達人間に龍の言葉を話せる能力があれば別だけど~、こればっかりはどうしようもないので~、代わりにこれを覚えてもらいます」
アティさんが向いた方向、約五mくらい先に一mくらいの大きさの白い岩がある。なにやら難しい顔をした後でカッと目を見開くと、一瞬岩が何か模様が浮かび上がったかと思うと次の瞬間炎上した。その炎の色はなんと青だ。どんだけ高熱なんだ?
延焼時間は数秒だったんだろうが、青い炎が消えるとそこには黒焦げた岩があった。そりゃそうだわな。
「今の見えた?」
「はい、なんか口みたいなものが一瞬浮かんだような気がするんですけど、あれから炎が出たんでしょうか?」
と答えると、明らかにキラキラとした大きな目で凄い嬉しそうに頷いてくれた。
「やっぱりセイジロウの孫ね~。二人は何か見えて~?」
「いえ、全然……」
「何かキラッと見えた気がしましたけど、模様とかまではサッパリです」
魔力の気配とは違うなんだろう、変に薄いイメージだ。魔力の流れを「光るライン」とすると、今アティさんが実践してみせたのは「薄い霧状の光」みたいな感じに見える。森の中の生き物を魔力探知で見るとあんな感じに思えるんだけど。虫とか木とかの持つ魔力って本当に小さいからチラチラとした感じにしか見えないんだよね。動物ぐらいのサイズだとはっきり見えてくるんだけど。
「ちょっと解りやすくしてみたつもり。慣れると完全に魔力を介さないで使えるわよ~? 実際には魔力と異なる流れなんだけど、なんていうか~なんだろうかなぁ~ こうふにゅ~~てって出てるのあるじゃない? アレを使うのよ。わからない?」
魔力と違うものと言われても、魔力だって無い世界にいたんだし余計に解らないんだが…… といってもなんだかもやもやと見えているものがあるんだから確かにあるんだろう。なんとなくしか解らないけど。
キッカケ程度かもしれないがなんだか見えている気がする私と違って、キッカケすら掴めてない二人にはなんだかさっぱりといったところか。
「まぁもともと龍族しか使えない方法だったらしいのよね~。あとは眷属とか。普通の人には元々無理だと思うの。でも二人はタカの魔力を受けてるじゃない? 基本的な能力が普通の人間と違うからいけるかな~って思ったんだけどまだちょっと難しかったかしらね~」
普通なら無理でも私の魔力の影響下なら可能性はあるってのも変な気はする。いや実際のところちょっとだけど見えてる(気がする)あたり普通の人とは違うんだろうが…… いやそれ以外でも「龍の眷属」とやらになればいいってことなのか?
「つまり龍の眷属になれってことでしょうか?」
「ちょっと違うけど。正確には眷属ではなく私の加護を与えるのよ~。別に人間やめなさいとか言ってる訳じゃないからそこまで心配しなくてもいいわよ~」
今伝えようとする力を百パーセント使うためには眷属になる必要があるらしいが、庇護を与えられる存在になればそれだけでも十分らしい。威力は落ちるとのことだが。そんなものを迂闊に教えていいのかとも思ったが、そもそも『龍の加護』を得なければ使えないものらしく、形だけ真似しても意味がないとのことだ。研究したくともできないんだろう。おかげでいろんな遺跡とかにも結構書いてあるらしいけど誰にも解読されない怪文書扱いらしい。
「そもそも、タカくらい魔力がないと~眷属になったときに使用する魔力の量に耐えられないの~。二人ともタカから魔力を受けているから~って安心しちゃだめよ~? あの力を使うにもそれ相応の魔力が必要だからね~」
私からの魔力供給があるからこそ使える裏ワザ的なものらしい。普通の人にやらせたら魔力が枯渇して死ぬ危険もあるそうだ。そんなに凄い魔力の供給源だったのか? 自覚無いだけでほんとにめちゃくちゃだったんだな。あまり知りたくない気もしてきたけど……
「あぁほんとはタカは眷属にしてあげたいのよ~? 寿命も相当伸びるし。でもセイジロウを眷属にしちゃったから他の人は無理なのよ~。ごめんなさいね~」
どうやら眷属に迎えるには何かしらの制約があるらしい。どういう条件なのか微妙に興味はあるが、アティさんに迷惑をかけるつもりはないので聞かないでおこう。
「というわけで加護を与えましょう。ちょっとこっち来て~」
アティさんが手招きする。近づくと足元に変な光が……何かの契約印にも見えるけど、これってサッキのあれかな?
「はいはい大丈夫大丈夫。滅多なことじゃ死なないから安心してね~」
滅多なことがあったら死ぬのか! 色んな意味で怖いわ。
「ホンジョー・タカアキ。我が庇護を求め我が呼びかけに常に応じ我が名に従うことを誓うか?」
一種の契約か。ちょっと悩むけどアティさんの頼みなら聞かないわけにはいかんでしょ。頼みごととか以前に。
「はい、誓います」
一瞬、足元の印が輝きを増した。一瞬だったけど随分とはっきり光るもんだな。それを見てなのか、アティさんがとても嬉しそうにニッコリと微笑んだ。と思ったら次の瞬間、自分の右指をくわえてキッと横に引っ張る。下あごっていうか牙に裂かれて指から血が……口からこぼれた血が唇のの端から顎を通って喉元へと流れていく。一瞬エロいと感じてしまったが、冷静に考えなくても結構大きな傷なんじゃないのか?
「だ、大丈夫ですか随分と痛そうですけど……」
「大丈夫。それよりも指を舐めて。個人的な希望ではネ~ットリと」
そんなことを言いながら、口から出した人差し指を私の鼻先へと向けてくる。どんどんと血は流れているが、先ほどのような大きな出血には至っていないようだ。でも痛そうだよね。傷口舐めたらもっと痛いんじゃないか?
「いいから~、早くしてね」
意を決して指を咥える。甘噛みだよ? その瞬間、アティさんが「あぁ~ん♪」とか喋ってた気がするがまぁ置いておく。
口いっぱいに広がるアティさんの血の味。なんだか想像していたのとは違って一種のワインのような甘さを連想させる。いや味を感じてるんじゃない、何か別のものを知覚している気がする。
「夢中になってくれるのは嬉しいけど~、そろそろ放してくれない?」
つい夢中になってしまったらしい。慌てて口を放すとなんだか顔中が真っ赤になってて凄い恥ずかしいぞ。どうしてあんなことしちゃったんだかちょっとよくわからないけど。
いや、熱いのは顔だけじゃない。というか体中何か変な感じがする。何かが駆け巡って……これってアティさんの……?
「わかった~? 私の血が貴方の体を駆け巡っているのよ~。死ぬことはないはず~。魂だけとはいえセイジロウの孫~なんだから。まぁゆっくりしていなさいな~」
そのセリフを全部聞き終える間もなく、私の意識は暗い闇へと引きずり込まれた。
――
気が付いたら夜になっていた。
何だろう、夢の中で誰かに合っていたような、そんな気がする。爺ちゃんかなぁ。
「やっと起きた~?」
アティさんの顔が目の前にあった。えっとこれはどういう。慌てて体を動かそうとしたが、腕に力が入らない。いったいどういう事だ?
「まぁだちょっと辛いかもね~。貴方はね、私の血を飲み過ぎたの。許容量のギリギリを与えるつもりだったけど~、すっかり超えちゃってたみたいね~。想像でしかないけど3~4倍くらい?」
いやそれ許容量というか致死量じゃないですかね? マジで死にかけだったのか。怖いなドラゴンの血って。
起きてからなんだけど全身を熱気に包まれているように感じる。いわゆる高熱の時の感覚って奴か? 体全体がブレてるようなそんな気配だ。
「まぁタカなら平気って思ってたし、大丈夫と思ってたし、大丈夫だったし。ね? 大丈夫だったでしょ~?」
「あ、はい。大丈夫だと思います。そろそろ体も動くようになってきた感じが」
まだしないんだがここは無理にでも動いて安心させたい。無理くらいしますよ男の子ですもん。ちょっとだがさっきよりはマシになった腕を無理に動かして起き上がろうとする。まるで幽体離脱のように気持ちだけ、というかなんか自分の体が起き上がるイメージみたいなものが先に動いて、それに追従するように体が動く。伝わるかわからないが、スパコンのエフェクトが先に発生してるみたいな感じ? 熱の影響だと思うが、なんだこれ?
などと混乱していた矢先にノインに抱きしめられてしまった。その後ろでリジーが仁王立ちだ。
「ホンジョー様! 気づかれたのですね!?」
「あんたほんと、なにガッついてるのよ! 死ぬとこだったのよ?」
口調は厳しいが両目に貯めた涙に本気具合を感じる。実際のところ本当にヤばいことしてたのかもしれない。過ぎれば毒になるというのが薬というものだが、できれば血を飲ませる前にちょっとくらい注意してもらえればよかった気がする。
とにかく無事だと伝えて落ち着いてもらう。昏倒したのは私だけらしい。ちょっと損した気分である。
「二人とも貴方程は飲まなかったのよ~。舐める程度? それでも熱が出たりするからあまり楽観視しないでね~」
相当な劇薬に違いない。舐めた程度で熱がでるってどんな物質なんだか。さっきから体が火照ってたまらないのはそういう理由か。よく見なくても全身汗だくである。寝転がっていた床に汗で水たまりみたいな後までついてるし。我ながら凄いなこれ。
「というわけで~、体が馴染むまでしばらく魔力を使うのは禁止~。彼女達にも直接触れての魔力伝達は禁止ね~。まぁその指輪があれば暫くは平気でしょ」
私の体の中は魔力が暴走状態にあるらしく、うかつに魔力を放とうとすると暴発の恐れがあって大変危険らしい。とくに二人とは魔力の親和性が高すぎるために下手に接触すると火に油を注ぐような結果になりかねないそうだ。人間蝋燭とかシャレになりませんよホント。
「それがホンジョー様のためになるのでしたら……」
「ま、まぁしょうがないわよね。我慢する」
何を我慢するんだ。まぁとりあえず不用意に襲われることは無くなりそうだ。ちょっと寂しい気がしないと言ったらウソだが仕方ない。仕方ないんだ。
「あら~? そんな寂しそうな顔しなくても私がちゃんと面倒みてあげますよ~?」
後頭部を抱え込まれてうれ……酷いことになってる。いかんマジでやらか過ぎて気持ち良すぎる。アティさんはいい匂い過ぎるんだ、人間にとって毒なんや! 表情が自然とニヤけしまう気が……って二人に視線がめちゃくちゃ怖いんですけど! どうすりゃいいんですか……




