15. 龍神様のおうち
皆起きたことだし早速というわけで龍神様のお住まいに移動することになった。
昨夜はどんちゃん騒ぎしまくっていたんだろうか、ところどころに泥酔した村人が転がっている。色々と大変だったんだろうがその悩み事が解決したんだ。村人の喜びようというかハッチャケっぷりが凄かったってことで。
村長さんなんかもすっかりダウンしていたので、奥さんにご挨拶をしての出発だ。さすがに村長さんはそのへんんで転がってるってことはないらしい。実は奥さんに運ばれたっぽいけど見なかったことにしてあげよう。ちなみにお孫さん二人はまだ寝ていた。一瞬挨拶位はとか思ったけど、別にもう来ないって訳でもないしいいか。
「それじゃ~行きましょうか~」
アティさんがなにやら身振りをすると、私の体は唐突に重力を無視して浮かび上がった。えっと魔力とかそういったものが一切感じられないんですがこれってどういう……
いやそれより重要なのは私しか浮いてないってことだ。
「すいません、二人も一緒にお願いしたいんですけど」
既に五メートルくらいの高さに浮いてしまっている。今のうちに訂正しないとただの拉致監禁ではないですかっ! 二人とも唖然としてるスキになんとかお願いしたい。
「まぁタカが言うなら~いいけど、二人っきりでもいいのよ~?」
いやいや微妙に近いですからっ! なんか耳が妙にこそばゆいですからっ! アティさんってもしかし……いやもしかしなくてもこの世界の女性はSしかいない可能性がマジで出てきた気がする。受け身じゃだめだ。いくら美人で胸が大きくて背中に当たる感触があったかくて柔らかくて妙に落ち着けるってそんな風に流されちゃだめなのだ! ……別にリジーさんの視線が刺さるように感じられるのが怖くてフと我に返ったわけではないのだ。たぶん。
「ホンジョーさまぁ~!」
「……ほんとだらしない顔してるんだからっ」
まぁアティさんのちょっとした茶目っ気はこのくらいにしてもらえたみたいだし、でも妙に落ち着かないのか手のひらをギュッと握って放してくれないのだ。珍しいことにリジーが。ノインなんか腕ごと絡みついてくる始末ですよ。絶対放さないみたいな気合いが怖いです。あぁうんゴメン、なんか不安がらせちゃったのは謝るから、みんなで一緒にお邪魔しますよ。ほら気持ちを切り替える切り替える。
「ごほん。そ、それじゃぁみんないくわよ~」
うむ、絶対楽しんでたでしょ。案外この村を守ってたのは人のリアクションを見て楽しみたいだけだったんじゃなかろうか?
――
龍神様の家だが、雲の上にある浮島?のような場所にあったらしい。おおよその予想でしかないが、大きさにして五百メートルくらいはありそうな大きな岩の上にその家はあった。その巨大な浮島は雲の上に影を落とし……ていない。地上から発見されない理由はそのせいかもしれない。
いったいどんな原理で浮いているんだか、バートランド先生が聞いたら狂喜しそうで怖い。うかつに教えていいものじゃない気がするんだよなぁ。
「ちょっと待ってね~、掃除しちゃうから~」
というと一言唸り声を上げる。地響きにも似たそれを受けるように浮島全体が光を放ち、何か所から黒い煙状の何かが吹き上がっていた。
「やっぱり何かいると思ったのよね~」
何かってのは魔族の残した何かだろうな。自分でもそうするし。
掃除が終わったみたいで玄関前の広間に着地する。音も無くあっけなく。『棒』の飛行でも似たようなことができなくはないけどここまで綺麗な感じにはならないよ。
あぁ念のため所持品その他は全て持ってきています。いやほら無くしたりしたらバートランド先生の摂関だし。うん、絶対にノウだ。
「さて、それじゃってもう入ってるから知ってるのよね? せっかくだし片付けるの手伝ってくれない?」
勝手知ったるなんたらだろうか、ちらかっているメモを見て慌てて片付け始めるあたりがちょっと可愛いとか思ってしまった。うちの婆ちゃんも意外にドジっ娘だったらしいし、こりゃ爺ちゃんが逃げらんない訳だ。まぁドラゴンから逃げられると思わないけど。
「改めてお礼をしたいのだけど、こっちも聞きたいことがあったのよね」
「それはどういう事でしょうか? 龍神様の知りたいことなんてそんなに知っているとは思えないのですが……」
というとちょっと首を傾けて少し困ったように話を続ける。
「ってまずその前に『龍神様』ってのやめてくれな~い? あんまり堅苦しいのはヤメて欲しいのよね~。私の名前はアティリア・ノーレンス・フレングネシア・グローニアン。アティでいいわよ~?」
なんだか長い名前だな。もしかすると氏族名とかいろいろついてるのかもしれない。
「そ、それじゃぁアティリア様」
「ア・ティ! 様付はやめてちょうだいね~?」
この世界の女性はSしかおらんのか……
「えっとアティさん、聞きたい話というのは?」
「うん、もう見てると思うけど、このメモよ」
隅に片付けておいた籠から例のメモの束を取り出す。
「これを読んでほしいの。研究してみたんだけどサッパリわからないのよね~。同じ表現のはずなのに表記する文字がコロコロと変わるし~、どうしてこんな面倒な言語作ったのかしら?」
日本語は言語としてもかなり面倒な部類と聞いたことがある。なにしろ『yes』を意味する言葉だけでも数え上げてもキリがない。しかも『文脈から判断』した場合にはもっと増えるんだから困ったもんだ。
「はい、確かに面倒な言葉だと思います、ついでにいうとこの字は一種の暗号に取られても仕方ないと思います。いわゆる達筆というやつなので」
ペンなのに毛筆みたいな字で書かれている。どんだけこだわったんだ爺ちゃん。
「そう、ちょっと多いから結構かかると思うのよね~。その間ここで暮らしてもらおうと思ってるけどいいかしら? 例の対策も考えなきゃいけないし~」
魔族に目を付けられてるかもしれないし、ここ以上に安全な場所なんてないだろう。ずっといる訳にもいかないだろうけど……
「って付いてきたあの二人ってタカの恋人? 一人は奴隷っぽかったけど、まぁどう控えめに見てもそれ以上よね~」
ま、まぁ普通の関係だったらあんな風にベタベタしてるとは思われないだろうなぁ。そもそもこの世界での奴隷の立ち位置ってよくわからないんだよね。しいて言うとメイドさんくらいしか見たことが無いし。でもあの人達って奴隷じゃぁない気がする。まっノインは『今は』違うんだし考えてても仕方ないか。こんなにベタ付く?のは別件だからね。
「確かに奴隷でしたけど、ちょっと複雑な事情がありまして……」
どうせ見破られるだろうし、そもそも隠す意味もない。これまでの事情について事細かく説明した。
「あぁ、元々ノインちゃんの体なのね~。直系って感じじゃないけど少しだけセイジロウの血の匂い~がした気がするのだけど、もしかすると勇者の血縁とか伝わってない?」
「……すいません昔のことはあまり覚えて無くて……」
実験の後遺症だとか、あまり思い出したくないことでもあるのだろうか。今のところそこまで必要もない気がするんだ。無理はさせたくないし。
「……まぁいいわ。なんだかんだ言ってセイジロウは遊んでたからね~。どこかに子供がいるんじゃないかと思ってたのよ~」
だから婆ちゃんも母さんも『女を泣かせるな』って口煩く言ってたのかもしれん。
「まぁそれは置いといて、こんなメモだけど実はまだけっこうあるのよ。見る~?」
とどこからか同じような籠が3つ出てきた。中身はやはりあのメモの束だ。何十年分ものメモなんだろう。凄い量だ。
「ほとんど意味は無いって言ってたけど、読めないとやっぱり気になるじゃない。だからお願い~」
断れるはずもない、もしかするとこの世界でこれが読めるのは自分だけかもしれないし。女性には親切にするのがうちの家訓だ。家訓が出来た原因が爺ちゃんにあるなら猶更だろう。ほんとに困った爺ちゃんだ。
――
結局、『残されたメモ』を読む間はここにご厄介になることになった。また魔族対策も講じてもらうことになったが目途はまだついていない。
ついでにリジーやノインにも訓練をつけてもらうことになった。色々面白い素材だと評価していたがどういうことなんだろうか。
「まぁここの物を食べてるだけでも結構な修行になると思うから気楽に構えて頂戴~」
ドラゴンの食事はあまりとり過ぎるのは毒だが、適量を守れば体にとても良いらしい。爺ちゃんがそこそこ長生きだったのはこれのおかげでもあったそうだが。
「というか、一番解せないのは貴方の年齢なのよね~。何歳なの?」
「えっと、地球では四十手前で……」
見た目は子供! 魂はオッサン! どっかで聞いたなこのキャッチ。
「それにしてもちょっと変ね~、セイジロウが死んだのって二百年は前なのよ~?」
あれ?じいちゃんが死んだ?のって三十年くらい前の話らしいけど。どういうことなんだ?
「そんな事言われてもわからないものは解らないわよ~。そもそも勇者の血縁が召喚されるなんて前例がないもの~。私が知ってるだけで勇者って十人もいないのよ~?」
女性に年齢の話をするのは失礼な気がするので想像だけにしておくが、それでもそこそこいたんだな勇者。話によると勇者の自覚が無いものもいたらしいし、そこらへんは結構曖昧なのかもしれない。
「まぁいいわ、とりあえず~今日はご飯でも食べましょうか。あぁその前に一応村長のところに顔出しとこうかしら。こっちに急いだのは『村で出来ない話』をしたかったからだし。村には随分迷惑かけちゃったみたいだしね~」
実際にはあまりご迷惑でも無かったのかもしれないが、そこらへんは村人達との間で決着すべき問題だろうし、口出しするのは無粋ってもんだ。
その間だが、キッチンを借りたいとお願いした。早速だが試してみたいことがあったんだ。
「あぁうんいいわよ適当に使っちゃって~。キッチンはここ。ここをひねると水が出るの便利でしょ? そんで何か~必要なものがあったらここから出してきてね~」
キッチンの横に扉があって、中はひんやりとした空気が漂っている冷蔵庫のようなものがあった。すごい量の食糧が保存されてるっぽいけど、大丈夫なのかこれ?
「ここにいれておけばたいていのものは腐らないから便利なのよ~。時間遅延系の魔法がかかってるらしいわ~」
……えっとサラッとオーバースペックなことをおっしゃってますが、ドラゴンのものだしそういうもんなんだろうか。
「私だってどうやってるか~なって知らないわよ。元々ここは私のおじい様の物だったのよ。我儘いって貰っちゃったけど~」
作り方を知らないけど使い方は知っているのは現代人のそれと同じかもしれない。
「まぁそのうちもっとイ~のを見せてあげるから、楽しみにしてなさ~い」
といってウインクを残しつつ村へと向かったようだ。
――
キッチンの機材の使い方は一通り教わったのでだいたい大丈夫だろう。問題は必要魔力が結構高いことだろうか、ノインやリジーではかなりきついかもしれない。
試したいこととはズバリ『米麹の確認、及び増産』だ。
問題は麹菌がいまだに生きてるかどうかだったんだが無意味な心配だったらしい。地球のそれとは違って菌自体の寿命が長いらしいことはメモに書かれていた。あのまんまほっといても一年くらいなら平気だったそうだ。
といっても推定二百年前の麹。普通なら使い物にならないはずだが、あの黒い箱には『時間停止』の魔法がかかっているそうだ。
<蓋をしている間、内部の時間を止める>ものらしい。流石に停止させるのはあの箱サイズが精いっぱいだったそうだ。いや止まるだけでも異常ですから。
というわけで許可を得てから箱を開けてみる。なんだかちょっと甘い独特の匂いがするし、ちゃんと菌が生きてそうだ。そうと決まれば早速準備だ。手順は良くしらないが爺ちゃんのメモもあるしなんとかなるだろう。
米麹の増やし方が簡単にまとめられていた。
1:米を水に晒して放置。大体1日程
2:水をよく切って水分を取る。1時間くらい晒しておく。
3:米を布に包んで蒸らす。芯が残らない程度に。
4:漏らし終えたら広げてかき混ぜつつ粗熱を取る。ひと肌くらいまで冷ます。
5:種麹を全体にまんべんなくまぶす。
6:布にくるんで暖かめの所に保存。
7:一日一回くらいかき混ぜるて二日くらいで甘い匂いがしてくるので乾かせば完成。
思った以上に面倒な気がするが、これでも簡単にまとめてくれているんだろう。確証はないけど。
キッチンには蓋のついたシンクのような機材があった。これがまたチートアイテムそのいくつかの『加速器』だ。横に操作盤はついていて指定した時間をぶっとばす効果がある。内部温度は一定を保つようにできているらしく、長時間かかる煮物料理も一瞬で完成するという全世界の主婦羨望の品だろう。
そんな訳で手順通りに進めていく。うまくいくかはわからないし分量も適当だ。少なかったら発酵の時間を増やせばいいだけな気がするし。
と思って気楽にやってみた。案の定失敗だ。
何が酷いってそりゃ匂いが酷い。色も不均一で緑とか黒とかぶつぶっとした何かが明らかに失敗だ。これは周囲の雑菌も増えたってことか、結構どころかかなり面倒だな。『加速器』内部も含めてしっかり消毒滅菌する必要がありそうだ。
何度か試してみたが、中に炭を入れて煙で燻してみることにした。燻蒸消毒ってのがあるし。ってやってみたんだが加速器の中が汚れただけだった。どうしたもんか。
「消毒かぁ。そういうの全然考えなかったわ~。それにしても煙が凄いわね。ちょっと待ってて」
両手に大きな荷物をかかえてアティさんが帰ってきた。村人からお土産に持たされたものらしい。龍状態だと荷物を持ちにくいので人間状態で帰ってきたそうだ。今は誰もここに入れる訳にはいかないそうで。でも入口までは送ってもらったらしい。
壁にあるなにかの模様をなぞるとどこからか風がふいてきた。というか煙が外に吸い取られているようだ。ほんとに万能だなこの家。
アティさんも帰ってきたので麹作りはいったんお休み。一緒にご飯の準備にとりかかる。
「あらいいのよ? お客さんなんだし待っててくれれば」
とか言いつつもなんだか嬉しそうだ。こんな風に誰かと一緒に料理をするとか久しぶりなんだろうなぁ。どういったものを作るのかわからないので指示されるままに材料を切ったり飾り付けたりと色々してみる。でもこれって……
完成品がテーブルに運ばれる。テーブルというより炬燵だなこれ。畳スペースに展開してるし。出来上がったものは、鍋だ。香りがまんま味噌である。味噌煮込み系だろうか。
「なかなか貴重品なのよこのミソって! なにしろここにしか無いんだもの!」
たぶん爺ちゃん特製の味噌であろう。残りも少ないだろうに奮発してくれたものだ。
「気にしなくてもいいのよ? きっとタカが再現してくれると思うから♪」
作らせる気マンマンである。いやこちらとしても再現はしたいよ。できるなら。というかここまでお膳立てされちゃうとできない方がおかしい気がする。
そんなわけで、雲の上の龍の別荘にて炬燵っぽい何かに入りながら味噌鍋を囲む、という異国情緒もあったもんじゃない状況で夜は更けていくのである。
※12/18 誤字訂正
×ありそうな御題な岩の上に → ありそうな大きな岩の上に
×その巨大は浮島は雲の上に → その巨大な浮島は雲の上に
何故見逃した……(涙
※12/19 やっぱり訂正
×流されちゃだねなのだ → 流されちゃだめなのだ
きにしちゃだねなのだ! ……いやダメなんすけど(涙




