09. シャングレア村
旅を始めて三日目。今日も極めて順調な旅になっている。
なにしろ空が飛べるんだ、たまに鳥が興味津々といった感じでちょっかいを出してくる程度。盗賊やモンスターといった妨害も受けないのがとても大きい。たまに大きな鳥がいるけどこちらの速度に追いつけないらしい、やっぱりこの装備を借りて正解だった。
「ほんとそうよね、馬で二ヵ月とかかかるはずがたった三日よ? しかもタダ! ほんと便利。まぁホンジョーのおかげだけどね」
実際面のデメリットはこれだな。自分の魔力をかなり浪費するのでついて早々の戦闘とか、飛行しながらの戦闘はあまり考えたくない。「飛行を操作」しながらの戦闘になってしまうため、私のような初心者ではロクなことにならないだろう。一緒に誰かと飛べばいいだけかもしれないしが、相手からすれば大きな的以外のなにものでもない。極力避けるべきだと思う。ノインの土操作も使えないし良いことがない。
途中いくつか山があったせいで道がかなり曲がりくねっている。こりゃ時間かかるわ。幸いなことにこちらはほぼ直線移動で済む。お昼手前くらいでいったん休憩に山道からかなり離れたところにあった湖のほとりに着地する。もうすっかり慣れたもんだ。
いきなり空から現れたせいで野生の馬の一団を驚かせてしまったようだ。敵意を感じさせないようにあまり近づかないでおこうかな。
「あ、ホンジョー様! あの馬、角がありますよ?」
よく見ると何頭か角の生えた馬がいる。一本じゃなくて二本生えてるのもいるな。よく知らないけどああいうのもユニコーンっていうんだろうか。いや確か「ユニ」って一つって意味だった気がするけど、二つってなんだろう?
好奇心を抑えられないのだろうか、ノインがふらふらと近づいていっている…… って野生の馬は容赦なく後ろ足で蹴り飛ばしてくるって話を見たことがあるぞ! 相手は頭蓋とか胸骨陥没で即死だったはずだ。私の記憶も見ているはずなのにこういう危険関係は見て無かったんだろうか? っと考えてる場合じゃない!
「ノイン! あまり近づいちゃ……!」
と止める間もなくノインがたどり着いてしまったが、特に何も起きなかった。うん大人しい馬(?)で良かった。
「へ~、結構大人しいのね。連れてっちゃだめ?」
あれ? リジーさんも平気ですか? 野生の馬は気性が荒いって聞いてたんだけど違うのかなぁ。でも油断してるとダメっすよリジーさん。なんか髪の毛食われてますし。
「え! ちょっとやだなにすんのよ!」
あわてて逃げ出すリジーだが、馬が口を放した瞬間にバランスを崩して湖に倒れ込んでいた。
「いやいや、災難だったね」
「……いいから起こしてよ」
倒れ込んだ彼女を引き起こそうと近づいて、差し出された左手を握る。
「はいはい、次から気をつけてくださっ!」
いつの間にか後ろに回り込んでいた馬に背中を押されたらしい。そのまま正面のリジーの方へと倒れ込んでしまう。
<ヒヒヒヒィン!!>
むっちゃ遊ばれてるがな。この馬実は性格悪いだろ?
「……えっと、ちょっとその、ほらまだ昼だし……」
「ごごごごめん!」
横に転がってその場を離れる。正面から倒れ込んでしまったので胸元に顔を埋めるように倒れ込んでしまった上に右手で乳を揉む姿勢になってたなんてちょっと恥ずかしくていい感触でしたとか言えない!
「しかしずぶ濡れだな。なんとか乾かさないと」
「そうね、ちょっと枯れ枝とか探してきてくれない、こっちはちょっと着替えてるから」
今更って気もするが着替えを見られるのは恥ずかしいらしい。やはり女性心理はよくわからん。
悩むより早く動こう。ノインと二人でたき火に仕えそうな枝や枯葉を集めて回る。そこそこ集まったので、馬達から離れた位置に火を起こして服を乾かしにかかる。服が乾いていないと飛んでいる最中気持ち悪くて困るし。
結局三十分ほどかけて大まかに服を乾かした。ちょっとした時間のロスだが予想した距離は移動できているから大丈夫だろう。おおよその目算だがあと4・5時間で目的地の村に到着できるはずだ。
たき火の後に水をかけ、さらに土を盛って埋め埋め。痕跡を消すとかするつもりはないが、森林火災とかイヤだしね。こうしてしまえば問題ないでしょ。
「それじゃ、遅れを取り戻すために急ぐよ」
馬達に別れを告げて、一路空の旅に再び出発だ。
――
夕方手前くらいの時間にはジャングレア村に到着することができた。
山間にある小さな村のようだ。周囲が深い森に囲まれているが村の周辺だけ焼き現れたかのように平地が広がっている。奥の山側に畑?がよく見られるところをすると典型的な農村なのかもしれない。それなりに高い山が3つ。向かって左側の山が一番大きいだろうか、雲の上に届きそうな感じだ。
村の到着前三十分くらいのところでは着地して歩いて近づくのはいつもの通りだ。『棒』の存在を知られてはいけない、バートランド先生に変なことをされてしまう。彼女?のシゴキはあらゆる意味でシャレにならない。人間どうしてあんな過酷なことを思いつけるんだ?
村の周囲はところどころが焼け落ちて酷い有様だった。上空からも見えていたが、ところどころに焦げ跡が広がりちょっとした災害の後にしか見えない有様だ。これが勇者の伝説の土地だっていうんだから寂しいものである。
元は畑だったであろう場所もかなり酷い有様だったりするところが結構あるみたいだ。これでよくこの村は維持できてるな。別の意味で凄いと感じちゃうぞ。
村周辺にはどうやら石壁みたいなものもある。動物避けくらいにはなるだろう。もともとドラゴン対策って訳でもないだろうし。というか村規模でそんな対策できるとは思えないけど。
村の入り口付近にどうやら村人らしい人を発見する。髪の白さが目立つ初老の男性だ。農作業の後だろうか、なにか農具のようなものを担いでいる。たぶん桑だと思うんだけど日本のそれとは違って三つ又になっている。使いやすいのかあれ? そこを気にしても仕方ないか。
「こんにちは、村の代表の方を探しているんですが、どちらにいらっしゃるがご存じありませんか?」
なるべくにこやかに。第一印象は大切だ。営業職ではなかったが作り笑いの営業スマイルくらいは心得ている。
「……ここをまっすぐいったところの大きな建物に村長がおる。おらんでも誰かおるじゃろ」
「そうですか、それではお邪魔してみます。ありがとうございました」
そういって立ち去るが、後ろからでも聞こえる大きさで「ケッ!」という声が聞こえる。露骨すぎる態度にリジーも機嫌悪そうです。いやわかるけどさ、抑えて押さえて。
「何か感じ悪いわね。どういうつもりなのかしら?」
「ん~、何組も冒険者が来ては失敗してるってことじゃないかな。どうせ今回も役に立ってくれないと思ってるってあたりだと思う」
そんな言葉に反応するように、ノインがちょっとかがみこんでからこちらを覗き込むようにして訪ねてきた。そのポーズあざといので禁止。
「ホンジョー様ならなんとかなりますよね?」
「いやいや、それは買いかぶり過ぎだよ。というか初めてなんだし無理してもしょうがないよ。そこらへんは正直に話しておこうね。期待させて失敗してもかわいそうなのは村の人達だよ」
話してくれただけでもましな気がするし、あまり気にしないでおこう。まずは村長さんを探してみるか。
村を歩いていく。村周辺も酷かったが、村内部も結構酷いことになってるな。道のあちこちに踏み荒らされたような大きな穴が穿たれて、塀の一部に切り裂かれたような鋭い傷があったり、一部穴が開いて崩れてもいるし。所々に空き家もあるみたいだ。多分だが村から逃げ出したんだろうか。
歩いていくと正面に二階建ての大きな家、だろうか。屋根部分が大きく崩れていて穴が開いている。雨漏りとか大変だろうなぁ。まぁそれについては心配してる場合じゃないか。まずは挨拶をして現状を知らないと。
入口が開いていたので、ノックの後に勝手に入口まで入ってみる。
「すいません、村長さんはいらっしゃいませんか?」
しばらくすると奥から一人誰かが出てきた。
白髪でしっかりとした足取りの初老の男性のようだ。なんかこっちを威圧というか値踏みでもしているようにジロジロと視られているような気がする……
「私が村長のシンだ。お前ら何用だ?」
「初めまして、学院からの指示でこちらに伺ったものです。どうやら大変なことになっているようですが、いったい何が起こったのでしょうか?」
学院長さんから預かっているブローチと依頼書を見せながら確認をお願いする。
「冒険者にしちゃ若いと思っていたが魔法学院の生徒か。力ばかりのヤツラにはガッカリされられてばかりだよ、できれば解決の糸口を見つけてもらえれば助かる。君らが解決できるとは正直思っちゃいないが……」
下手に期待されるよりはいいが、流石に言い切られるのはちょっと寂しいでござる。
「とにかく現状について説明してちょうだい。少し村を見てみたけど結構なありさまじゃないの。何がどうしてああなったの? まぁたぶんドラゴンのせいなんでしょうけど」
容赦ないなリジー。実際彼女は有能だし格下に見られているのは私の方なんだがやはり多少気になるんだろうか、ちょっと言葉の端にイライラっていうかちょっとささくれ立った感じがする。
「うむ、そうだな。とりあえずこちらで話そうか、茶でも進呈しよう」
案内するように奥の扉を開けてくれた、多分応接室とかそんなところだろうか。立ち話で済む話ではないみたいだし、お茶ってのも気になるから素直についていこう。
――
客間では村長の奥さんらしき人がお茶を出してくれた。お茶菓子もあった。なんか饅頭みたいだな。茶色くい見た目が温泉まんじゅうを思わせるがもしかして火山でもあるのか?
とにもかくにも現状と依頼内容を確認しよう。それ以外の話は後だ。
「まぁ依頼書にあるとおり、この村を悩ませ続けているのは『龍神様』だ」
深々とため息をつきながら村長は話を続けた。
「元々この村における崇拝というか守護という形で、魔物の襲撃の際には先頭に立って、というか姿を見せて頂けるだけで周辺の魔物は逃げ惑うほどであったし、実り豊かで本当に良い村だったんだ。村人との関係も本当に良好で、私の名などあの方に付けて頂いたくらいでな。分け隔てなく気さくに接していただける本当に良いお方だったんだ」
なんか聞いてるとすげーいいドラゴン?っぽくて問題なんか起こりそうにないんだけど、どういうことなんだ?
「うん、いやそのな。龍神様なんだが…… なんといっていいのか…… う~~ん」
なんだかものすごく言いにくそうにしている。もしかすると村人もしくは外部の人間がそのドラゴンに対してしてはいけないようなことでもしたんだろうか?
「そんなことはありえんよ。あのお方にかかればそいつがどんな事を考えているかなんてマルっとお見通しでな。村を利用しようとするものは村に入る前に追い返してしまうくらい朝飯前ってな感じだったよ。もっとも昔は谷に落としたりしてたそうだが後味が悪くなったとかいって追い返すだけにしてたとか聞いたことがある」
それが本当だとすると魔力も相当なものなんだろう。何しろ人の考えが見通せるとかどんな魔法なんだ? こんど学院長さんにでも聞いてみよう。やはりドラゴンはハイスペック過ぎる生き物ってカテゴリで間違いないようだ。
「はっきり言って今の状態では、どんなに強かろうとあの方を鎮めることの出来る者は誰もおらんだろ。それこそ伝説に謳う勇者でも来ない限り。だがこればかりは勇者とやらでも解決できんかもしれん」
村長が力なく顔をうなだれてしまう。ほとほと困っているんだろうが、そもそもドラ……龍神様がどうなっているか肝心のところを教えてもらわないと。
「過去の経緯はなんとなく解った気がしますが、とりあえず今の状況を確認させて頂くのが一番だと思います。村長さんは龍神様がどちらにいらっしゃるのか、お分かりですか?」
「あぁ、解っている」
流石に立ち寄る場所っぽいのは把握してるのか、今日は時間も遅いし明日にでも案内してもらおう。
「いや、すぐに案内できる。というかここの二階にいらっしゃる」
なに? 玄関開けたらラスボス登場!?
「多分今なら覗いても平気じゃろ。孫が世話しとるはずだ。ちょっと見てみるか?」
「あ、はい是非。というかお孫さんが相手をしていて平気なんですか?」
「元々村長宅では、龍神様をもてなす決まりがあるので問題はない。むしろ孫が相手をしている間は大人しいくらいだ」
なんかそう聞くと、ずっと孫が世話してればいいんじゃと思ってしまうがそうもいかんのだろう。いったいどういう事情だ。もしかすると龍神様って重度のロリコン!?
「ここじゃ、あんまり大声はださんようにな」
村長に案内され、二階にある扉の前に来た。ここって確か屋根が飛んでたあたりな気がするが、まさか……?
「では開けるが大声を出さんようにな」
ちょっと立てつけが悪くなったせいかギギギと軋む音を響かせて扉が開く。
そこには村長の孫らしき女の子が二人と静かに遊んでいる、赤い髪に白髪が混じった、見た目七十くらいの老婆が座っていた。
「龍神様、魔法学院から学生がご挨拶されたいと参りました。よろしいですかな?」
「……ん~、えっとお前は誰だい?」
なんかボーっとした感じだな。というかドラゴンしてないな全然。むしろ明るいおばあちゃんにしか見えない。
「初めまして龍神様、私はホンジョーといいます、ルクツベイン魔法学院で学生をしております。今回は龍神様がお困りのようだとお伺いしたのでお力になれればと参上しました。何かお手伝いできることがありましたら……」
深々と挨拶しているんだが、こっちのことなど興味なさ実に視線が泳ぎまくってる。この人なんかフリーダムだなぉぃ。
リジーが隣から小声で話しかけてくる。
「こんなにスキだらけなんだし、不意打ちかけちゃえば案外余裕なんじゃない?」
諸悪の根源としてのドラゴンならまだそういう選択肢もありなんだろう。だが元をたどれば彼女?はこの村の守護みたいなもの。下手に手を出すのは得策と思えない。
「……やめた方がいいな、というか血の気の荒い冒険者が来たなら真っ先に試してる気がする。多分無駄だと思うよ」
リジーが怪訝な顔をさせてしまうが、不意打ち案は却下させてもらおう。まぁこうやって堂々と正面にいるのに不意打ちって無理だと思うし。第一壁や天井に残る傷。壁や床といった龍神様から遠いところにしかない。まぁあるのも物騒なことなんだがなんかこ~吹っ飛ばされた獲物が突き刺さったような小さな傷しかない。炎であぶられて変色した様子はないが、ドラゴンのことだし無効化とかしてるんじゃないだろうか? いやそこまでは流石に買いかぶりすぎかな。
「……あぁ、はいはい、え~っと、コレか」
龍神様は孫と遊ぶのに忙しいらしい。空気読め。
「……えっと、んでお前は誰だい? なんか見た気がするんだけど」
非常に人懐っこそうな顔でニコリと笑って聞かれてしまう。メガネがキラッとした気がしなくもない。単なる反射だろうが。
「あ、ハイ。ホンジョーと申します」
「そう、ふ~~~~ん」
なんだこいつ人の話きいてんのか? とか掴みかかっても無駄だし大人しくするか。とぼけた風で試してるのかもしれん。
「ふむふむ、あ、ハイハイ~。 ……んで、えっとそうだお前は誰~かしら?」
あ、やばいもしかしてこの龍神様……
「……まぁそうなんだ、ボケが始まったらしいんだ」
ドラゴンがボケるってどんな笑えねぇ冗談過だよ!




