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04. エディ先生の魔力講座

 えぇっと、その、世界を救う系なんですか? 40も近いおっさんに何期待してんだこいつ。


「世界を救うといっても文字通りのことではないんだよ。魔王を倒せとか魔界軍を壊滅させろとか天変地異を鎮めろとかそういうものじゃないんだ」


 そういうが『世界を救う』って随分大げさな事態のわりには、落ち着いた様子で話しを続けた。少しおどけたような、だが鋭い眼光には確固とした意志を感じずにはいられない。何を根拠にそこまで確信しているんだろうか? そんな大層なことができる素養が自分にあるとは思えないんだが。どうにか説得を試みてみよう。できれば日常に戻して欲しい。なにしろ月次が終わったばっかりだし。


「頼まれても困ります。そもそも私はただの技術者ですよ? 戦いに秀でた経験があるわけでもないし、世界を救えとか言われてもどうすりゃいいんですか? そのへんのおっさんが何か言ったところで誰も信じちゃくれませんよ?」


 そもそもどうしてこんな異常な状況に巻き込まれたかもわからない。というかなんで付き合ってるんだ俺? 基本的、というか絶対的に付き合う必要もないはずなんだが、どうしてこうなった?


 思った以上に狼狽して見えたんだろうか? エディが私の手を取って静かに呟いた。


「よく聞くんだ。落ち着いて」


 思いのほか暖かい手だ、何だろう。手の皮がゴツゴツとした固い手だ。発明家というよりも職人というべきかな? 町工場の職人だった親父の手をよく覚えている。傷だらけで厚皮に覆われた、ゴツゴツとした少し痛い、でも暖かい手だ。


 そんなことを思い出していたためだろうか? あれだけ興奮していたのにすっかり落ち着いている。我ながら感傷的になったものだ。


「さて、じゃぁどうして君の存在が世界を救うことになるのかを順を追って説明しよう」



――



 テーブルにつくように勧められおとなしく従う。手元に何か飲み物の入ったマグカップのようなものが差し出される。こちらではこういう食器は手に入らなかったのでお手製だそうだ。促されるままに口をつける。まず甘みを感じる。だが、この何と言ったらいいのだろうか、苦みというか焦げた感じ? それとも違うな、何か変なものも同時に感じる。いうなれば子供向けの薬にありがちな糖衣錠を舐めているイメージに近いかもしれない。もしかするとそのへんに転がっている薬品から調合したものかもしれないな。ちょっと怖くね?


「君は『魔力』というものがどういうものだと思うかね?」


 魔力。なんだか魅力的な響きがあるな。ファンタジィ的知識でいうなら万能の力の源といったところか。


「うん、その解釈で間違ってはいない。色々と便利に使える万能のエネルギーだ。生き物が本来持ち合わせる根源のエネルギーという説もある。いわゆる生命エネルギーってところか」


 学者っぽい様々な仮説をまじえつつ、現時点で一番妥当と思われるものを説明してもらった。『魔力=生命力』というものだ。人間に限らず様々な生物は魔力を体に蓄え、己の生命活動の為に使っているそうだ。意識しているかいないかの差でしかないらしい。極端な話、歩くために筋肉を動かすことにも使っているのだという。


「えぇっと接種した栄養素を体内に取り入れて云々といった科学的な根拠で人間は動いている気がするのですが?」


「それも重要だ。あれだな、電球に対する電気の解釈で間違いない。だが問題は『動かす意志』の介在があるかどうかなんだ。例えるなら死体から胃袋を取り出して、中に食糧を放り込むとする。確かに胃液の作用によって多少の消化は起こったように見えるかもしれんが、それが胃そのものに吸収されることはない。そこには意志が無いからね」


 ちょっと興奮気味にエディさんは続ける。この手の講義がとても好きなのだろう。少し高揚した感じで実に上機嫌だ。こういう話をしても本質的に理解してもらえそうな人がいなかったに違いない。同好の士というのがいなかったんだろう。うんうん、よくわかるよ。自分も好みのアニメのカップリングの話で盛り上がることがあるが、どうも人と趣味がずれているらしく付いてきてくれる人は少なくてさびしく思うことが少なからずある。比較的メジャーなものを否定するわけではないが、本当の意味で解りあえる人がいないのはさびしい限りだ。


 とまるで関係ないことを妄想してしまった。エディ先生の講義の続きを拝聴しよう。


「魔力とは生命エネルギーの側面と同時に意志の具現でもあるのだよ。君が体を動かしたいと考えれば、その意思を魔力が受け取り体を動かす。寝ている人の呼吸を支えているのはその人が『生きていたい』を思う根本的な、そう本能と言ってもいい意志の具現によるものだ。魔力さえあれば生きていけるという訳では無いが魔力が無ければ生きていけないのだよ」


 生きる意志を失った人の呼吸は常人に比べて少なくなっているという話があった気がする。基礎代謝が低下するということらしい。無気力と言われる人がダラダラと寝続けるのは、体を動かすのもダるいというのと反比例して『体を動かしたい』という意志を発しなくなるために魔力が働かず普段よりも動かしにくくなるためなんだろうか。しかしそんな風に意識の力だけで魔力が発動するなら、地球が大ピンチになっているような気がするんだがどうなんだろ?


「そのへんは憶測の域を出ないが、地球の文化が物質を基準に考えられて魔力なんてオカルトを誰も認識していないんじゃないかな? 物事の道理を物理現象で理解するのが当たり前なんだ。それはそれで間違った方法とは言わないが、他の要素がからんでいることを疑いもしていないのかもしれないね。こちらの世界でも木をこすり合わせば火が出る。これは単純な物理現象。そういった現象を利用する道具だって普通にある。だが同時に魔力がありそれを扱うことを前提とした文化でもあるんだ。無いというか理解していない前提の世界とは根本から異なる」


「だとしても、誰かがそのことを伝えるなりすれば変わっていく可能性はありませんか?」


 異なる国に自国の宗教を伝播しようと働いた宗教家みたいなものがいてもおかしくない。実際いたような気がするし。成功するかしないかの差でしかない気がする。かなり重要な差だが。


「簡単にはいかないんじゃないかな? 君たちの世界では教育として基礎的とはいえ物理現象を学んでいる。知識の根底にそういった考えを刷り込まれている以上、その教育を覆すことは相当に困難だろう。私が交信を試みたいというのは、こういった固まったイメージを根本から覆し、彼らが寄り添っている大前提を打ち崩してみたいと考えているからなんだ。『異世界との会話』なんてものを彼らの常識では説明しようがないだろうからね」


 上手くまとめればお互いの世界の利益になるとエディさんは考えているようだ。上手くいく可能性が低いと思うのはうがち過ぎた考えだからだろうか? 人は己の利益や欲望に弱い生き物だ。まぁそれはさておき、エディさんは話を続ける。


「また人間は群れて生きるものだ。集団から逸脱した存在は孤立し迫害されるものさ。大きな功を成さねばそのまま埋没していくしかない。魔女狩りといったイメージも研究を妨げることになった要因だろうな」


 いわゆる変わり者や異端と呼ばれる人たちのことだろう。変わり者といえば自分もそういう類だと自覚しているが、『常識』をわきまえた範囲で行動しているはずだ。自分の部屋以外では。


「君を選んだ理由、というか素養の一つにそういう点があることも挙げておこう。ある程度の柔軟さがないと、自分の持つ常識のすべてを否定された場合に自我を喪失してしまうケースもあるからな」


 エディさんは実験の中で何人かの人間とコンタクトを取ることができたという。だがこれまで接触できたものはこの状況を夢だと思い込み現実として受け入れてくれるものはいなかったらしい。自然と接触は途切れ、二度とつながることは無かったそうだ。ってことはあれか? 俺はかなりのレアケースってことなのか?


「うん、かなり厳選したんだがやはり召喚コアとの相性ってのが一番かな。なかなか奇跡的な出会いだったと思うよ。あのコアを引き当てられたことには感謝しないとな」


 この状況はエディさんにとっては良いことなのだろう。自分の理論の正しさが証明されて喜んでいるというべきなのかもしれない。自分も新規システムを軌道に乗せたばかりだしそのへんはかなり共感をもって理解することができる。


「話を魔力に戻そう。つまりは『意志を伝える力』と捉えるのが一番しっくりくるね。君なら簡単に理解することができるはずだよ」


 今までの世界で否定されていたものをいきなり理解できるとも思えないんだが、どうしてそういう理論になる。


「意志の集まるところに魔力が集まる。要は集中する目印のようなものを意識してあげればいいんだ。額の中心に何かが集まるよう意識してみたまえ」


 あれか。仏の額にあるほくろ?みたいなものを意識すればいいんだろうか? 余談だが私の額の中心から2mmほど右にずれたところによく吹き出物?のように皮膚の盛り上がる部分がある。完璧な位置に出るとなにやら縁起の良いものらしいというのを知って、ちょっとずれてくれればいいのになぁと思ったことがあった。念じれば位置がずれたりしないか? などと思って集中する訓練をしたことがあるが自分の肉体を変化させる程の力は無かったらしい。


 そんなわけで額に意識を集中するということは結構慣れていたりする。あまり自慢できることではない気がするな。厨二病乙といった感じかもしれん。邪念交じりだが、顔を中心として額に何かが集まるイメージを描いてみる。血管を通して全身から何かが集まるイメージといえばわかりやすいだろうか?


 5秒もしないうちに変化が現れる。意識を集中させると額の中心がなんだかムズムズとしてくるのはいつもの通りなのだが、力が集まり過ぎたせいだろうか。だんだん額の前に暖かい何かが出てきた感じになる。どういうことか薄目を開けてみた。


「おぉお!? なんじゃこりゃ!?」


 大げさではなくちょっとした豆電球みたいな大きさの白く輝く物が額の前に張り付くように出現していた。うわ、まぶし! 正直ちょっと邪魔だな。


「お、やはりできたな。それが君の魔力だ。予想通りに非常に澄んだ光だね。君自身の高潔さを示すものだ。誇りに思いたまえ」


 というないなや、エディさんの両手が私の目の前で叩きあわせる。


 パンッ! という乾いた音が狭い室内に響き渡った。ちょっとびっくりするじゃないですか! 脅かさないでください! と言おうかと思ったが、その瞬間に光の玉が額から消えていた。


「ほら、このように集中を阻害されれば魔力は簡単に霧散してしまう。だが落胆することはない。むしろ誇るべき事だよ。体外にこんなはっきりとした形で魔力を具象化できるというのは非常に高い才能を持っている証拠だ」


 そういうものか、しかしこんな簡単にピカピカと光るようでは問題だな。これからはちょっとしたことで魔力が飛びださないように注意しないといけない気がする。一般の人はどうとらえてるのかを習わないといけないだろう。


「それだけはっきりと力を意識できるならあとは簡単だ。すでに君の体内には魔力が充満していることが理解できるだろう」


 先ほどからなのだが、額を通る体のなかにある光の束、一つの線を意識していた。いわゆる気の流れとかチャクラがどうこうという知識で意識していた。股間から額を通じて脳点につながら一つのラインみたいな感じだ。なんといったか忘れたが。


「予想外に理解しているね。それが魔力の流れだ。もう少し慣れれば背骨を通して全身に張り巡らせたラインが知覚できるだろう。そのラインを意識することでその場所に魔力を集中させることもできる」


 試に手のひらに意識を集中させてみよう。血管とか神経とかを通すような、そんな気分でとらえるとわかりやすかった。途端に手のひらにほのかに赤みを増してきた。なんだかあったかくなった気もするな。



「体内の魔力を扱えるようになれば、日常で使われる魔力機関も簡単に使いこなせるだろう。たとえばこの調理器具だ」


 というと大きな黒いものを取り出した。手渡されたのでじっくりと眺めてみる。円盤に持ち手のような木の棒がついている。外見はまるでフライパンそのものだ。ただし円盤の周囲に赤黒い銅線のようなものが何重にも巻かれており、そこから伸びた線が木の棒の下を通って握り手と思われる部分まで続いている。よく見るとトリガーみたいな握る部分がついていた。


「いわゆるフライパンのようなものだが、この赤い線に魔力を通すことで加熱する仕組みだ。野営や遠征時に使われる携帯用の調理器具の1つだよ。魔力を持つものならさしたる苦労もせずに使いこなすことができる。ためにしに握ってみたまえ」


 いわれるがままに握ってみる。何も起こらない。まぁなにも考えてないしな。先ほどの要領で手のひらに意識を集中してみる。すると線が赤く発光を始め、発熱を開始したようだ。


「ストップ! それ以上魔力を込めると溶けちゃうから!」


 手のひらしか見ていなかったが、円盤の方を見てみると見事に真っ赤になっていた。鉄が溶ける時みたいな感じだな。とっさにトリガーを放す。ゆっくりとだが元の色合いに戻りはじめる。テーブルにそのまま置くと焦げてしまいそうなので石の台に置いてくれと頼まれた。不思議なことに熱さが気にならなかったんだが、エディさんはかなり熱そうにしていた。大げさだなぁ。


「魔力の扱いについては十分注意してもらおう。後で暴発させないためのお守りをあげるので身に着けていてくれ。さて、その規格外の魔力。それこそが君を選んだ理由、いや正確にいうならこの世界に来訪した者に求められる資質なのさ」


 本当に魔王と戦えとかそういうことじゃないのか。それはそれで助かるがなんだか自分というものが必要ないみたいで少し寂しいな。贅沢な悩みというものだろうか?



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