表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/68

03. 『日本人』として

 人間、余裕ができるとロクなことを考えないというのはよくいったもので、ここしばらくは激動過ぎて何も余裕なく動き続けで何もできなかったのですよ。でもつい余裕ができちゃうと色々と細かい不満を抱くものです。


 つい思ってしまったのがいつもの食事。パンと肉と魚とスープ。たまにオムレツ。肉は基本焼いただけのステーキ。魚もだいたい焼いただけ。味付けが多少変化しますが大体一緒です。おいしく頂けるのにこんなこと言うのはなんですが、やはり恋しくなるものです。


 白いお米のご飯が。



 そうはいってもそんなもの、まずこの世界に存在しているのか? という疑問に達する訳です。こんな内陸においては米作など期待できるわけもないんですが、つい諦めきれずに食堂のおばちゃんにまで聞いて回る始末です。



「あれ? あるよ? お米」

「マジっすか!?」



 ちなみにこちらのご婦人、まぁ当人が言ってるからいいか、おばちゃんはマーサさんという主にスープ担当の方である。ノインを可愛がってくれる気さくでいい人なのだ。


「あんまり子供は好きじゃないっていうか、病人食って認識が強くてね。食べやすいっちゃぁ食べやすいんだけど……」


 それでも是非ということで試しに一品作ってもらうことにした。久々の米だ、うれしくないわけがない。





 そう思っていた時期が私にもありました。


 これはちょっと予想を斜め上に突破してしまった。病人食っていう言葉からある程度は想像していたんだが、お粥と言うよりスープか何かである。辛うじて味がするのでお粥っぽいものらしいが、なんだか触感がむちゃむちゃというかもにゃもにゃとして非常によろしくない。極め付けは何かもみ殻まで一緒にされているようなところどころにツブツブが浮かんでいる点である。これじゃ旨い気がしない。


「すいません、米を見せてもらえませんか? できたら自分で少し試してみたいんですけど」


 言葉とは裏腹に色々こもってしまったかもしれない。主に怒気か何かが。



――



「これがそう、普通のものだと思うけど、どうだい?」


 そういってマーサさんが麻袋を持ってきてくれた。中を見ると、稲穂から取り合分けであるだけのお米(いわゆる脱穀)のようだ。もみすりしないんじゃかなりキついだろうな。

 ってかなり面倒なんだが致し方ない。むしろ米があるだけラッキーじゃないか。予想より細長いのでなんとなくタイ米っぽく思える。でも思ったよりちゃんと米だ。パッと見で2kgくらい入ってそうな感じで微妙に心もとないけど、まぁ今食べる分には何の問題もない。



 脱穀済みなら、後は籾摺り~精米とするだけの、手間がかかるが簡単なお仕事である。といっても機材が無いのではどうしようもない。


「すいません、ちょっと深い皿と、あと木の棒はありませんか? できたらその棒がちょうど入るくらいの小さめの器もあればうれしいんですが」


 意外なことにすりこぎ棒みたいなものはあった。パンを打つ棒らしい。少し大き目のボールと、花瓶か何かに見える器の2つを用意してもらった。花瓶みたいなやつは口がちょうど棒くらいの大きさだった。これもラッキーだった。



 籾摺りとは簡単に言うと脱穀した米から殻(籾・もみ)を取る作業だ。一つ一つ剥いていたのではキリが無いので何かにこすりあわせてその摩擦で削り取る方法が考案されたはずなんだが、何でやってるのか調べておけばよかった。正直手作用でやるにはかなりキツい。

 ボールに脱穀米を入れ、上から棒でこずきまくる。これだけである。

 といってもやっぱり無謀だったか。米がボール表面をつるつる滑って何の役にも立たない。

 もっと表面がでこぼこした器は無いかと聞いてみたが無いらしい。


 まぁそんな気はしていたのでもう一つの方法で試そう。といってもやることは一緒だ。使う器が例の瓶みたいのになるだけ。ボールと違って広がらないからこっちなら多少期待できると思う。思えば田舎のおばあちゃんの所でやらされた記憶がおぼろげにあるようなないような。あれは一升瓶だったかな。もっと大きいのが無いか探してもらわないとな。

 瓶に脱穀舞を入れて棒でつつき始める。


<ザッザッザッ>


 何事かと人が寄ってくるが、米だと知ると興味をなくすのかすぐに去っていく。まぁそんなもんだろう。でもこっちは必死なんだ! ひたすら、汗だくになりながら1時間ほど繰り返す。途中でウィル先生が呼びに来ていたらしいが、私のあまりの必死っぷりとこちらの世界にはない調理法らしいと聞いて黙認してくれたらしい。後で差し入れしないと。


 なんとか繰り返し、精米っぽいことができた気がする。いやこれまじでキツいわ。機械的なものに置き換えられないか、バートランド先生に相談してみようかな。


 さぁ精米が済めばあとはそんなに難しいものでもない。


 きっちり水で研ぐ。米が苦手な人はいわゆる「米ぬか」の臭いがダメなんだそうだ。自分としてはあまり気にしないのだが、なんだかご飯が腐ったような臭いといって好まれないらしい。そういうわけでこのへんの人達からの誤解を解くためにもちゃんと米を洗う。手のひらを使って押し込むようにぎゅっぎゅっとね。

 実際にはあまり洗い過ぎない方がいいらしいんだけどね。栄養価的な意味で。

今回は米に対する長年の偏見を払しょくするためのものだ。きっちり洗っておこう。


 洗い終わった米を鍋に投入。手を入れて浸るくらい水の量が基本だ。硬めに仕上げたければ少し水の量を減らすといいだろう。あまり水が多すぎると糊状のオカユにしかならなくなるのでこれも注意した方がいい。

 魔力機関の火力の調整が難しいが、初めてって訳でも無いし問題ないだろう。次第にグツグツと煮立ってきた音がする。


「おいおいなにやってるんだい焦げちゃうだろう!?」


 と止めに入ったマーサさんを片手で制する。ここで蓋を開けさせるわけにはいかない。はじめチョロチョロ中パッパだ。ほんのりと焦げた匂いに焦りもするが、大丈夫、自分を信じろ。

 微妙な視線を受けつつも二十分後くらいにようやく蓋を開ける。湯気と共に立ち上がる炊けた米の甘い匂い。久々過ぎて泣けてくる。うむ、綺麗に立っている。バッチリだ。


 こう見えても一人暮らし歴が長いので自炊は普通にできるのだ。鍋で米を炊くのは一人暮らしの最初の頃に炊飯器を持っていなかったので必然として覚えたものである。実際のところ鍋で炊くご飯の方が下手な炊飯器よりも旨くなると思う。

 なべ底に焦げた部分が残ってしまうがこれはある意味仕方ない。本来ならお茶漬けにでも使いたいところだが、お茶がないのでどうしようもないのだ。まぁこれはこれでカリポリとした食感が好きなので後で頂こう。まぁこれは後に取っておくとして。


 これで米が食える! 米といったらアレだろう。


 魚を一切れ用意してもらい横で焼いていた。白身の魚っぽいがちょっとピンクっぽいのでなんとなく鮭に思えたからだ。焼いた切り身を一口大に切り分け、米の中に埋没させてから握る!

 あまり強く握らずに形を整えるように。人によっては押し固められたような重量感たっぷりのものを好む人もいるだろうが、今回は米の一粒一粒を認識しやすいように柔らかく優しく握る。手のひらの中におさまる程度で…… 塩は多めが私のジャスティスだ。本当は梅干しが欲しいんだがそこは妥協しよう。おしんこも欲しいんだけどああいった発酵食品は日本独特過ぎて無理だと思う。うぐぅ。


「これがうちの田舎の方で作られるお米を使った簡単な料理、『おにぎり』です」


 絶対ドヤ顔してるな俺。まぁいいか。

 さっそく皆に一つづつ手渡し試食してもらう。本当は醤油とかも欲しいんだが塩があるだけマシとしよう。


「へぇ、変わった味だね。なんていうか塩味なのに甘いっていうか」

「これが米なの? 私の知ってるのよ全然違うんだけどどういうことよ?」


 これだよこれ! 一噛みごとに染み出る甘み。米から染み出たエキスが塩味と混ざって口の中をうま味として駆け巡る。旨いの語源は甘いであるというのがよくわかる。神様ありがとう! 日本人でよかった! こんなことに感謝するのは日本人だけかもしれないが。

 美味しく炊けたご飯なら塩をかけるだけで三杯はいけるね! 毎食は無理だけど。塩ジャケだったら更によかったんだが、このへんは私の好みでしかないから自重した。今は純粋にコメの美味さを知ってもらいたいだけだし。


「たしか黒い紙みたいなものを巻いていませんでしたか?」


 ノインがメタ知識で質問してくる。こんなところまで見てたのか。なんか全部見られてそうで怖いな。


「それは『海苔』というもだ。主に海藻を集めてシート状に成形して乾かしたものだけど、ノインが見たものは細かく砕いてから乾かす製法で綺麗な形に整えたものだね。ってまぁこっちの世界には当然無いと思うよ」


「どうしてですか?」


「海藻をそんな風に食べようだなんて発想はあまり無いと思うんだ。色も黒かったし、普通に考えたら腐ってるものに見えちゃうでしょ? 日本人の食に関する感性は異質だからそういう意味でもあんまり気にしなくていいよ」


 私の『美味しい』という情報しか知らないから余計に混乱しちゃうかもしれない。そのうち入手できたらいいんだけど、自力で作るのは勘弁してほしいなぁ……



――



 おにぎりを食べて落ち着いたので、そのまま交渉に入った。議題は『精米したお米のメニューの導入』である。


「この作業を手でやるのはかなりキツそうだよね。手伝ってもらえれば助かるけどさ」


「いやいや、それこそ無駄だと思います。このへんの作業を魔力機関でうまくこなしてもらえればいいんですけど、どうにかなりませんか?」


 こういうのを食堂のおばちゃんに聞くのは場違いな気がしなくもないが、この場ではほかに聞ける人もいないので素直に聞いておく。


「ん~ 魔力機関といったら、一般課のスタックス先生が専門だけど、試しに聞いてみるわ」


 なんだ、専門の先生がいたのか。素直にお願いすることにしよう。

 ついでに、メニューがおにぎりというのも厳しい気がしたので、より馴染みやすい気がするチーズリゾットをお教えすることにした。要は米を水から煮てチーズを突っ込むだけである。コンソメとかいる気がするがそのへんは料理人ということで味の調節はお任せしよう。要は精米すればこんなに食べやすいってことを分かって貰えると思う。期待してみて損はないはずだ。


 でもこれだと『米』が食べられるだけで、期待している和食ではないんだよな。やっぱり味噌と醤油か。どこかに無いだろうか。大豆があれば豆腐もできるかもしれない。天然のニガリは海水から取ると聞いた記憶がある。確か塩を取る際の副産物だったような気がするので、可能性は捨てたもんじゃないと思うんだが、どうだろうか。でも普通に塩の入手方法は岩塩かもしれないな。存外にハードルが高そうだ。ぐぬぬ。



 実はこのおにぎりが発端になってほとんど脚光を浴びなかった米食への関心が高まり、一時的なコメ不足が発生していた。元々量産に向いた作物とはいえ手間のかかり方が尋常ではないために好んで作付している農家は少なかったのである。そんなところに降って湧いた特需。全く酷いもんだ。当然だが学院への米の供給は断たないよう強くお願いしておいた。ちょっとドン引きされちゃった気もするが米が食えないとかどんな拷問だよとひたすら強くお願いした。勘違いしないでほしいんだがちゃんと『お願い』した。


 しばらくして『塩味でなくとも結構なんでもいけちゃう』ということが知れ渡ると様々な具を入れ替えたバリエーションが多数発生した。小さいオニギリを平らに伸ばし、直径三cmくらいの板を作って両面焼き上げ甘く味付けしたお菓子が有名になったりした。醤油があったら煎餅になるのに全く惜しい。


 でも『凍らせてひんやりつめいたい』と謳われたバージョンは、時間が経つと溶けるついでにおにぎりまでバラバラになって食べにくいと不評を買う。ひたひたとタレにつけて頂く店も登場したが、もはやおにぎりというよりステーキか何かの類になってしまって『おにぎり』という名称は下げたようだ。何事もやはり基本が大事ということか。


 学院は学院で魔力精米機の供給元としても存分に利益を得ることができたと、のちにスタックス先生が報告してくれた。まぁ米文化が広がってくれるのはありがたいんですけど、あんまり露骨に商売されるのはいい気分がしない。


 ついで、このおにぎりだが『塩でまぶす』という点から携帯性にも注目され、主に肉体労働系の職業の方に大うけだったらしい。米は存外にカロリーが高い。ちょっとしたパワーフードなのだ。

 問題は炊飯器の方だが、これについては自動化の目途が立っておらずに厨房の人にとっては苦労が増えるだけであった。自動化の概念があまり浸透していないのだろうか。いらん手間を増やして正直すまんかった。そこはノインがちょっと大きめのオニギリを口いっぱいに頬張る様子を見てほっこりと和んでもらうことでチャラとしてもらいたい。


みんな大好きオニギリ回。お前が好きなだけだろうって? いいえ違います。大好きなんです(開き直り


※12/26 誤字訂正 ×水の寮が → ○水の量が

 もう見つけたくありません……(涙

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ