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28. 決断

 意識が消えている間、なんだか予想よりひどい事になっていたようだ。


 どうやらなんだが自発的な呼吸も止まっていたそうで。そのために人工呼吸器を付けさせられていた。人生初だなそんな大事。


「母さんなんかもうアレよ、二度と起きないかもしれないって凄い顔してたんだから」


 姉がリンゴを剥いている。会社からの差し入れだ。当然姉が自分で食べるためだ。コッチは食べられないからなんだかちょっと不条理である。しっかり蜜の入ったいいリンゴだ。ふじかな。チクショウ。


 実際のところ、意識不明で呼吸停止となれば普通は諦める。心肺停止まで入ったらもうダメだろう。中には人工心肺なんか繋いで延命と考える人もいるが、そこまでして生きていて意味があるのかわからなくなる。

 爺ちゃんはどうだっただろうか? 子供の頃すぎてよく覚えてない。たしか…… なんだっけ?


 流石にこの年になると親戚にも何人かお亡くなりになる方も増えてきたのでいやおうなしに死について考えざる得ない。自分が何をしたか。何を残したか。

 会社人生で何も残せていない気がする。子供どころか結婚もしていない。いい人なんでいやしない。姉に子供がができているから我が家の血筋が残るのだけが救いだな。どうやら墓の管理も任せろとか言ってくれてるし。


「もう隠す必要もないからはっきり言っておくけど、次に意識がなくなったらあんたヤバイって話らしいよ」


 そうか。うん、意外に落ち着いてる。どこかでわかってたんだな。体もロクに動かないし。いっそのことバッサリと、ってのは酷か。ならせめて自分で言い出そう。誰かに任せての決断ではないだけでも違うだろうし。


「わかった、下手に延命処置とかしないでくれ。看護とかシャレにならんし。金もないし」


「ばか、そういうこっちゃないよ! しっかりしろって言ってるんだ!」


 あ~うん、そう言いたいのもわかるけどね。色んな意味で難しいと思うんだ。


「だから今度意識不明になったらってことで。ここんとこ運動もロクにしてないから耐えられないんじゃないかな俺の体。若ければ別だろうけど」


「四十手前でなにいってんだか」


「子供がいないのが残念だったけど、姉さんにいるから大丈夫だろ。色々まかせっきりでゴメン」


「そういうこと言ってるんじゃないって……」


 うん、うつむいてしまった。ちょっと言い過ぎたか?


「いってんだろ!」


 でもね怪我人なんだ。思いっきり叩くのやめてくだちぃ。



――



 母がやってきたのは昼過ぎだった。疲れがたまっていたんだろう。ずいぶん久しぶりにぐっすり寝込んでしまったそうだ。姉はもう帰っていたので、先ほどした話を母にもしてみた。


「うん、タカならそういうこと言うと思ってたよ。お前がそれでいいっていうならそうするよ。それでいいんならね」


 思ったより落ち着いて聞いてくれたので少し安心した。拍子抜けって訳でもないんだが、なんだか知ってたような感じだなぁ。


「枕元にね、おじいちゃんが来たのよ。あんたあんまり覚えてないけど随分かわいがってくれてたのよ? でね、おじいちゃんが言うのよ。『タカが言うとおりにしてやんな』って。なんとなくわかってたのかね」


 こんなタイミングで見る祖父の夢というのもレアだな。何かあるんだろうかと勘繰りたくなる。


「おじいちゃんはね、『用事ができたからちょっと行ってくる』とかいって、なんだか近所に出かけるみたいな挨拶を残していなくなったのよ。ほんとに自由な人だったわ。あんたはお爺ちゃんに似て変なことばっかりしてたから、そういうのも似ちゃうのかしらね」


 ここでいう<変なこと>とは子供の頃のエピソードだ。ホウキを持ってギターみたくかきならして周りを笑わせたりとかいう、なんだろうヤンチャだった頃のことなので今の自堕落オタク生活のことではけしてない。好き勝手やってたって点では否定しないが。


「うんまぁ、ゴメン。もしかすると本当に好き勝手するかもしれない。でもさ俺、母さんの息子でいられたのが一番良かったよ」


 唐突にだがそう思ったんだ。確信というか実感というか。今言わないといけない気がした。


「あたしはもっとカッコイイ息子が欲しかったわよ」


 そんな鼻声で言われても困る。実際かっこ悪くてすまないけど。



――



 夜が来た。予感があったんだ。多分だけど今夜もあの夢を見る。

 色んな意味で決断しないといけない気がしてたんだ。


 もう夢の世界って割り切りは難しい。あれはあれで存在する世界なんじゃないかと思うんだ。

 だったら同じ夢を見る気がするんだ。あの白い手とか。

 今度見たら、迷わず手を掴んでみようと思う。そのせいでまた意識をなくすかもしれない。


 そうなる前に、何かしておこう。 幸いなことに手元に紙とペンがあったので引き寄せてみる。

 何枚か落としてしまったが一枚あれば問題ない。右利きだからやりにくくて仕方ないけどそれもまぁ妥協しよう。


 一言、たった一言でいいんだ。書き残しておこう。

 そんなことをして、翌朝目が覚めたときにバレるのも恥ずかしいから寝間着の間に隠しておこう。


 準備はできた。後は寝るだけだ。

 幸いなことに、先ほどから薬のせいで眠気が凄いする。もう抵抗しなくともいいだろう。

 とりあえずお休み。朝がきたならそれはそれ。夢って証明されるだけだ。

 リハビリ辛そうだなぁ。どれくらいかかるんだろう。会社に仕事あるかなぁ。年金で生きていけるならそれでもいいかな。でもそうしたら一体何をすればいいんだ?


 なんだか悩むことで手一杯だ。



――



 やはりだが真っ暗だ。白いラインが伸びている。この夢だ。

 しばらく待っていれば白い手が……


 …

 ……

 ………


 まったく来ない。どういうことだ。いつもならもう届いていてもおかしくないのに。

 これはもう帰れってことだろうか。いやそういう問題じゃない気がする。


 そもそも夢と現実を往復し続けるのも限界なのかもしれない。どちらかちゃんと選べってことだろうか。

 大前提として、これが単なる明晰夢だった場合、何をしても意味はない。何かのきっかけで目が覚めておしまいなはずだ。だが夢じゃなかった場合は向こうで何か起こったことを意味するんじゃなかろうか。


 ならばここは一つ、この糸をたぐりよせて、ってたしか触れなかったような気がするが。

 と試しに頭の上のラインを掴んでみる。 あ、触れる。何があったんだろうか。

 移動ラインとしか見て無かったんだけど、状況の変化にあわせて認識が変わったのか? なんか都合よすぎてますます夢っぽい感じがしてくる。 えぇい、結論の出し方なら簡単なはずだ。この糸をたどって向こうへ行けばいい。


 そう思ってぐいぐいと昇り?始める。どうやら肉体的負荷は感じないようで、腕が痛くなるといったことはなかったが、全く進んでいる気がしない。一応前進というか上昇している気がするんだ。でもあまりに遠すぎる。これだけの距離に手を伸ばすってどういう意思の力だ。夢にしてもすごいな。


 で、思ったんだ。この糸を切ればゴム見たく反対側に引き寄せられるんじゃないかって。なんか楽できそうだなぁ。そうと決まればあとは実行するのみ! と思って後ろの方の糸に手をかける。

 そこでまたフと思った。これって所謂『魂の糸』みたいなものだったりしないのか? 肉体と魂を繋ぎとめる細い糸。これがあるから自分は地球に戻ることができているんじゃないかって考え。そうすると反対に伸びているのはたぶんあちらで使っていた肉体への繋がりなんだろう。


 うむぅ、ここで最後?の決断か。マジ困った。

 あんなかっこつけて覚悟決めてきたはずなのに、いざこうして選択肢を突きつけられると改めて悩む。いや正直に言おう、怯む。

 これが夢だった場合まったくの無駄なんだけどね。でもやっぱり悩む。母にはああいったが、自分が死ぬとわかったらやっぱり悲しませるんだろうか。でも向こうにも心配させている娘がいる気がする。何故だかはっきりと思い出せないが、泣かせてしまった子がいる、そんな気がするんだ。


 だがもう一方で、頭の上の糸を切りさえすれば、多分病院に戻れるだろう。きっと障碍者年金で食うには困らない生活が送れる気はする。きっとダらけちゃうから働こうとするけど結局足手まといになるから引き継ぎ期間のみで自宅に引き籠っちゃう可能性が大だけど。だが平穏な日々に戻ることができる。

 あんな命がけの戦いとか、誰かのために振り回される日々はもう来ない。一人だが何も起こらない平穏な日々だ。安全な。


 ……悩むことなんかなかったはずなんだ。既に覚悟してたんだし。



 糸を切る。



 そう決意して糸を握ると、何の抵抗もなくあっけなく糸は途切れた。これでいい。夢なら目が覚める。夢じゃなくても目が覚めるだろう。なに、後悔するだろうけど、ちゃんと決めたんだ。いつもと違ってちゃんと。


 伸びきったゴムが引き戻るときのような加速を感じながら私は目を閉じた。



――



 目が覚めた。うん、覚えてる。ここはどこだ?


 誰かと目が合う。あ、たぶんリジーだ。うすぼんやりとはっきりしないがこの明かりに透かすてみると薄く赤く見える髪は間違いない。


「……どこから起きてたの?」


「いや、なんかわからないけど、おはよう」


「おはようじゃないわよ! っていうか今は夜中よ?」


 少しほっとしたのか深いため息をつきながらも何かしら不安を隠せない様子で話はじめた。


「もう、あんたは倒れるしノインちゃんはいなくなるし、大変だったのよ!」


 ……ノインがいない? どういうことなんだろうか。そういえば『手』がなかったな。そのせいか?


「あんたが倒れたあと、何が起こったのか話を聞いてみようと思ったのよ。でもなんだか訳がわからないことを言ったかと思ったら、外に飛び出して、そのまま行方不明。どういうことなのかコッチが聞きたいくらいよ」


 当たり前のようにノインが迎えてくれると思っていたんだが、何がどうなってるんだろう……



――



「い、言われたんです、ご主人様の体調をよくする薬だって……」


 文脈から察するに、誰かに薬を手渡されてようだ。お茶と一緒に飲ませればいいとまで言われてその通りに実行したらしい。


「そうしたら、ホンジョー様が倒れてしまって…… もしかするとあのお茶のせいかと思って。もしそうなら私も飲めばなにかわかるかと思って。でも止められて。わ、わたしどうしたらいいのか……」


 すっかり混乱している。どうなだめたら良いものか。とりあえずホンジョーの方はさしあたりの危険はない、といいなぁ。まぁ呼吸はしているし大丈夫だと思う。


「……あの人を探してきます! どうにかしてもらわなきゃ!」


 と声が聞こえたと思ったらすでに居なくなっていた。予想外に動きが早くて止める暇もない。それだけ必死だからだと思うけど……

 これが外敵の工作だとしたらやっかいね。取り急ぎ誰かに連絡を取りましょう。といってもホンジョーを一人にするのも危険だし…… 仕方ない、『通話』をしましょう、あれって到達距離も短いし凄い疲れるから使いたくないんだけど、ホンジョーの魔力があればなんとかなるに違いない。


 てな訳で手順は省くけど師匠へと連絡を取り付け、ノインちゃんの捜索とホンジョーの警護をお願いした。

 バートランド先生が飛び込んできたときはちょっとびっくりしたけど、これで探しにいける。私の魔力検知はそれなりなんだから、どこに逃げたって無駄なのよ!


 ……


 と、思っていた時期が私にはありました。強化されたはずなのにまったく痕跡がつかめない。いったいどいうことなのよ!?

 ほとほと疲れ果て、ホンジョーの元に戻ったのは夜半を過ぎたあたりだった。


 やっぱりこの子がいないとどうしようもないのかしら。ノインちゃんの依存っぷりには負けるけど私も大概よね。


「あんたがそんなにコロコロと寝っころがってばっかりだとこっちが困るのよ」


 いくら呼びかけても彼は目覚めない。ついいらついて頭を両手で抱え込むように持ち上げる。


「お願いだからもう起きてよ……」


 無意識だったの、ついなんとなくこうすると目が覚める気がしたのよ。別に他意はないのよ? ちょっと気持ちよさそうだなぁとか、なんか唇がプリプリしてるなぁとか。そんなのは決して。


 ……


 で、ちょっと目を閉じて、しばらくして。なんかもぞもぞ動いてる気がしたのよ。

 あわてて目を開けてみると、ホンジョーが目を開けてたの! うん、マジで起きると思わなかった。というかこのタイミングで起きると思わなかった。

 思わず手を放してごまかしてみる、多分気が付いてなかったわよね? そうよね?


 少ししたらホンジョーは起き上がれるくらいに回復していた。すぐにノインちゃんを探したいようだが、あまり動き回るのも危険だし、学院長に相談しましょう。幸いなことに学院長は既に戻っているようだったので早速お部屋に向うことにした。



――



「という訳なんです。ノインに入れ知恵をした何者かが学院内にいるはずなのですが、心当たりはありませんか?」


 つい強い口調が出てしまった、普段の冷静を装う能力はどうしたものか。こんな状況で落ち着いていられる方がおかしいのかもしれないけど。


「残念ながら特にはなにも。でも仮にノインさんが誘拐されたならそろそろ犯人から要求が届けられても良いと思うのですよ……そうは思いませんか?」


 突然こちらを睨みつける学院長。

 いや、後ろか!?


 振り返ると、自分の影の中から何かがせり出してきていた。これは黒い手か?


 鋭い爪で切り付けるように振り下ろされるそれを、とっさに左に飛んで避ける。

 学院長の声がなかったら完全に不意を突かれた形になっただろう。


 黒い腕は、数秒の硬直の後で静かに動き出した。まるで水面へ浮上するように床から現れた。

 全身が真っ黒のそれは人型を模した闇のようにおぼろげな感じがした。


『さすがにこっちまで連れて行くのは虫が良すぎたか』


「貴方がこの件の実行犯ですか? ノインさんをどこに隠したのか白状してもらいますよ」

 夜時間なので美人バージョンの学院長だ。この外見で言われると妙に迫力がある。魔力が活性化しているせいもあるのだろうがなんだか凄い。


『申し訳ないがボクもただの使いさ、こちらが招待状だ』


 どこからか机の上に四角いものが突き刺さる。


『それではおいとまするよ』


 バートランド先生の渾身の一撃を受けたにも関わらず、黒い影は何の手ごたえも感じさせずに消えるように姿を消していった。



 ヤツが残していったのは手紙だったようだ。学院長が開封して中を確認する。


「何が書いてあるんですか?」


 無言で差し出された手紙を見る。


 ……


 ごめん読めないんだ、リジー助けて。


「もうしまらないわねぇ。えっと『9号は返してもらった、こちらには奴隷契約の解除準備がある。異議を唱えたいならば3日後に当家にて弁明されたし』 だそうよ。どうする?」


 どうするって、やることなんて決まってるでしょう。お姫様の救出作戦だ。


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