27. 学院長の夜の秘密
「なんていうのかしら、夜魔の血が入っているらしくてね。夜中になると活性化するのかこうなっちゃうのよ」
お年の割にはチャーミングな仕草が多いと思っていたが、女は化けるってヤツだろうか? うんゴメンね、違うね。
「昼にお会いするときもお美しいのですけど、こちらのお姿はまるで別人なのでちょっと面食らっちゃいましたよ」
というかナイトガウンでスケスケってのがちょっとアレだね。なんかもう少し着て欲しいんですけど我慢しとこう。けして見たいわけじゃないんだからね! 見えてるだけだからね!
……ノインはともかくリジーの視線が痛い。別に何かしたわけじゃないのに。
「あらお上手なこと。で、アレはなんだったのウィル先生?」
「まぁ間違いなく私の資料庫に保管しておいたサンプルの1つでしょう。甲殻系の魔物ですが魔力を分散しやすい外皮を持っている非常に珍しい種族だったのですよ。卵から育成して調査もこれからっていう時だったのに……」
「そちらはあまり重要ではありません。今の事態に際して二つの可能性があるということがわかりました。一つはこの学院内に不穏因子が紛れ込んだという事です。しかもホンジョーさんに何かしらの敵意を持っている」
「敵意ですか……」
そう言われて該当するのは一人しか思いつかない。でもエディ君がそこまでするかな? 付き合いは短いけどそこまでのことをするとは…… あるかもしれないなぁ、たぶんだけど。
「それともう一つは、ウィル先制の管理失敗です。私としてはこっちであって欲しいわね」
いやそれって致命的では?
「ちょっと待ってください! 過去の事故を反省して管理室にも何重もの防壁があるんですよ? 研究室への立ち入りも厳しく制限していますから部外者の入れる余地なんてどこにもありません!」
「でも貴方がちょっと失敗したらそれでおしまいでしょ?」
「いやいやそれは疑いだしたらキリが無いというやつですよ! 今回の件だって封印指定物なんですよ? 学院長だってこれならって許可下さったじゃないですか! まぁ絶対安全か? と言われたら基準によるとしか言いようが無くなりますが」
う~ん、考え過ぎてなんだかわからなくなってきたぞ。
リジーは流石に師匠を疑うとかしてないよな?
「まぁ師匠のやることですから、多少は失敗があってもあんまりおかしくはないですけどね」
うわ、信用薄っ!
「ともかく、警戒だけは怠らずにいてください。こちらも警護の強化を勧めます。今日はもう大丈夫でしょうし、部屋も直しておきましたのでゆっくりお休みなさい」
これ以上色々と考えても無駄かもしれないな。というかこれ以上は逆に迷惑かもしれない。対策してもえるならそれを信じよう。なによりここは学院長の作った場所なんだからどうすればいいのかをわかるのも彼女達だろう。
「なんか一方的にご迷惑をおかけしている状態で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
私が頭を下げるのを見てノインも一緒に頭を下げる。なんかリジーも一緒になってるみたいだな。
「いいのよ、貴方達は私の生徒ですもの。生徒を守るのは私達の役目ですからね」
今の学院長さんにそんな表情をされると別の意味でお世話になりた……いえいえそんな目で見ないでくださいリジーさん。私けしてそんなハイもう戻りましょうってそんな引っ張らないで下さいよノインさんもちょっと二人してせめてあと一目くらいってあ~!
――
「で、私を悪者にしてまで気を逸らしたのは、やはり彼らに気負わせないためですか?」
まぁわかるわよね。ちょっと芝居が過ぎたかしら。
「でも本当のことでしょ? 自分のことなんだからちゃんと自覚しなさい。という訳で警護をお願いしたいのだけどいいかしら?」
「はい、索敵にかかりにくいものを何個か用意しましょう。といっても昆虫型はいい印象がありませんからゴーレムタイプで用意しますか」
妙に気が回るのはいつものことですけど、別のものにも意識を払ってほしいものね。とにかく、対外的な根回しが後回しになっていたのが裏目に出てしまった感じかしら。できうる限り早くに彼らの身柄を学院預かりとして周知させる必要があるわ。所在が露見してしまった以上、ここにいることを隠しておく必要もありませんしね。
「しかし、何と発表すればいいのかしら。英雄の再誕? 世界の救世主? なんだかしっくりこないわね」
「何を言っているんですか、彼らはただの生徒ですよ。出生不明なのはよくあることじゃないですか。それにそんな祀り上げて宣伝しちゃったら、確かに学院の運営資金集めには役立つかもしれませんが彼らに自由なんて無くなりますよ? そうしたらいつ私の実験に付き合ってくれるというんですか!」
あぁうん、こういう子でしたね。ちょっと関心しかかって損しました。
さてそれでは警護体制を練り直しつつも、彼らの邪魔にならないようにがんばってみようかしら。
――
あんな風に変わる人もいるんだねすごいね~ってなんか謎のフォローをする羽目になったけど、変な汗もかいてるけど。まぁ二人は二人で感じ入るところがあったらしく、あれから朝まで大人しくしていてくれた。まぁあんだけの事が起こった後だし、私を出汁にして騒ごうって気にならなかっただけかもしれない。
ただ妙に胸を強調する仕草が増えた気がする。いや人にはそれぞれに合ったサイズというものがあってだね、けして大きければ大きいほどいいってのは間違っていると思うんですよ。
え? あ、ほら度量とかそういうものの話ですよ? ちょっと胸に目線が動くのは男としての本能ですしおすし。み、見たくなんかないんだからね!
……な、ないんだから(チラッ)
でまぁ流石に続けての暴走事故は無かったようです。
ウィル先生が徹底した管理の確認を行ったので事故の起こる要因自体が排除されたおかげだろう。そう何度も襲われてたまるかってもんだ。
朝まで警戒していると息巻いていたリジーさんが鼾をかいていたのはご愛嬌だろうか。
そんなわけで朝食のあと、改めて今後の相談となった。
「特に変わったことをしないでいいのはありがたいのですが、本当にそれでいいんですか?」
学院長さんは同席しておらず、ウィル先生とバートランド先生の二人が揃っていた。
「何があっても結局は基礎が整っていなきゃ話にならん。ホンジョーは出鱈目な魔力でごまかしがきいているだけだ。ゴリ押せなくなる時なんていくらでも来る。焦るだけ無駄ってことだ」
「現状でも結構なハイペースなのですから、これ以上のペースアップは無駄です。むしろ現状維持することでも無理が見えるくらいですから。というか昨晩の撃退戦で随分と疲れているのではありませんか?」
思わず全力というか手加減なく魔力を込めるとかしたもんだから正直少しダルいのは間違いない。でも魔力の流れに淀みを感じられないので問題ないだろう。
「正直あれだけの魔力を放出して翌日には平然としていられる方が驚きです。なんというか本当にすごい才能ですよ。しかし今後のこともありますからね。午前中の実技は無しにしてもらいましたけど午後には行います」
「まぁあれだ、筋肉痛みたいなもんだと思っておけ。体が大出力の魔力に対応できるようになるにはちょっと時間がかかるだけだ。というか無駄が多いって注意したばかりだろう? 今日はそこんとこ徹底的にいくならな!」
結局そのまま座学が始まってしまった。
リジーさんに言われた「穴を通すイメージで装甲を無視」する方法や、そもそも手のひらを介さずに相手に直接作用させる方法、相手に通じないなら周囲を変化させるいくつかの実例なども含めて色々と見せてもらった。
千差万別、思いつく限りの方法を試していくのが魔術師の第一歩だとか。
「結局のところ、いままで伝えてきた方法は『ある程度の才能を持った人間が比較的簡単に習熟する方法』でしかないんだ。お前に合った方法なんていくらでもあるんだよ。だが万人が学んできた方法だからこその揺るがない本流みたいなものがある。基本というかそうだな、王道って言い換えてもいい。まぁでもお前にはお前のやりかたがあっていい。むしろお前のやり方ってのが見てみたいな。それが俺の正直な感想だ」
豪快な人だよなぁ、外見も込みで。
――
午後の実践で、習ったいくつかのロジックを実行に移すそうと色々試してみる。んだけど、やはりうまくはいかなかった。
いきなり実践ってのは無理があるのかと思っていたが、どうやらそういう話ではないような気がする。
「筋はいいんだ、特に目がいい。だからよく見ていれば実体験として理解できると思ったんだが、ちょっと難しそうだな」
ということで明日からは別角度で試してもらえるらしい。
それに引き替え、ノインの習熟は思った以上に進んでいる様子だ。
もうあいつ一人でいいんじゃないかな。いや魔力電池として自分の出番もあるのか。付いていくだけだけど。
「ホンジョー様が不調な時ほど私が頑張らせて頂きます! そもそもホンジョー様の魔力をお借りしなければ私なんて何の価値もありませんし!」
となんだか必死なフォローをしてくれる。ありがとうノイン。
ついワッシャワッシャと髪を撫でてしまった。なんか犬っぽいんだよな最近。耳でも生えてそう。
今はノインがもらってきたというハーブティをみんなで頂いている。リジーさんからは相変わらず色々と言われているが、純粋に心配されていることもわかってきたので素直に聞くことにした。
「とゆーわけで今日は一緒のベッドでもいいわよね? 警戒するんだから常に一緒にいないと!」
「あ、じゃぁ私も!」
君らは本当に警戒してるのか? 一緒に遊んでたいだけにしか聞こえないんだが。
彼女達も結局私の事情に巻き込まれた被害者だ。私という鎖が無ければもっと自由に生きていられた気がするんだが。魔力的な意味で。
「あれがそ~とかこれがあ~とか、そういう後ろ向きなこと考えても仕方ないのよ。今はあんたがいてノインちゃんがいて私がいる。それでいいじゃない? むしろいなくなろうとしてるんなら、本気で怒るわよ」
「どんなことがあろうと、私はホンジョー様に付いていきます。これは奴隷契約とかそういうことじゃないんです!」
そのへんの義務感も契約に縛られているせいだと思うんだけどなぁ……
なんにせよ、彼女達に対してある程度の責任を果たさないといけない気がする。色々と苦労かけそうだけど。それでも、
なんとか解放できる方法を考えよう。すぐには思いつかないだろうけど。なんとかなるさ。
などとぼんやり考えていたんだが、急に視界が九十度右に傾いた。
あれ?
この部屋、重力おかしくね?
どうやら右頬がテーブルにひっついているような気がする。
あれ?
マジでやばくない?
とにかく起きるか。右手をテーブルにたてて力を込める。つもりがスカッと力が抜けてしまう。
右腕の感覚がまるでない。
なんだコレ?
覚えていられたのはそこまでだった。
――
ホンジョーがバたりと倒れる。唐突に。何の冗談なの?
「あれ? 何もう寝てるの? そんなに疲れたんなら言ってよね! ベッドまで連れてって欲しいのかしら?」
全く返事が無い。いや、わかっているけど様子がおかしすぎるだろ。
「ってなに冗談やってるのよ! 起きてよホンジョー!」
体をゆさぶるが何も反応が無い。もしかすると……
「え……、そ、そんな……!」
ノインちゃんが硬直して動けなくなっている。
「悪ふざけはよして! いいかげん怒るよ?!」
頬を2回3回とひっぱたく。
パンッ! パンッ!
音が響くほどに強く叩いてもまるで反応が無い。
とにかくホンジョーを抱き起して急ぎベッドに寝かす。小さいから持ち運ぶのが楽なのだけが救いだ。
どういうことかは解らないけど、またホンジョーが意識不明になったことは間違いないみたいね。
いったいどういう仕組みでこうなるんだろう。色々調べねば。
急に状態が悪化する要因でもあったのかしら。もしかすると新手の刺客? ってことは飲み物になにか仕込まれた……?
ホンジョーが口を付けていたカップを取りに行く。何か痕跡でもあればわかるはずだ。
だかノインちゃんがそのカップに口を付けて残ったお茶を飲みこもうとしていた。
「ちょっと待って! 何をしてるの!?」
とっさのことだったのでとりあげるよりもカップを手から叩き落とすだけで精いっぱいだった。ちょっと失敗したかな。でも今はノインちゃんの方が優先だ。
明らかにおかしい、いつもと違って酷く動揺している。
「い、言われたんです、ご主人様の体調をよくする薬だって……」
「ちょっと待って、それは誰に言われたの?」
「誰って、えっと…… だ、誰でしょうか?」
あちゃ~、これは完全にやられた臭いわね……
――
気が付くとベッドだった。多分地球のだ。
マジでどういうことだ? あれからどうなっているんだ。
というかなんだこれ、マスクか? っていうか気持ち悪いぞこれ。
なんとか顔から引きはがす。喉まで入ってたのか、どうりで気持ち悪いはずだ。
「すいません、誰かいませんか?」
お、今日は口が動く。なんかイガイガして喋りにくいけど、そこは我慢だ。
誰もいないのか、とりあえず左手を動かしてベッド周辺をまさぐってみる。
このコードのスイッチがそうかな? と思って握ってみる。
「本庄さん? 意識が戻りましたか? 今そちらに伺いますね!」
よかった、ナースコールだったらしい。
そのやりとりの後で母が部屋に戻ってきたようだ。洗濯物をしていたようだ。
驚いたことに親父まで来ていた。仕事にしか興味の無い人だから来ないと思っていたんだけどな。ほんとに意外だ。
「タカ。どうだ調子は」
「いや悪いよ。入院してるんだし」
「そうか。まぁあんまり心配かけるな」
「ゴメン」
なんだろう、会話が続かない。
親父は地元で小さな町工場を開いている。腕は確からしい。その証拠によく企業から金型を作ってくれと依頼が来る。問題は二束三文でそういった話を受けてしまうことだ。もったいない。
親父みたいな使われるだけの人生がイヤで東京に出てきたんだ。でも結局は会社に使われる人生になっている。やっぱり親子はどこかで似るんだろうか。
意識がほとんど戻らなかったので、念のために医者に来ておくようにと言われていたらしい。そんなところか。
だけど、なんか見ていた夢が妙にリアルで、あっちであったことが本当だったらどうしようってことばかり考えていた。
なんかさ、やりかけの事って気になるんだよね。
「あんたまたその話? 夢なんだろ? どうしてそんなに気になるのよ?」
浮かない顔をしていたので姉に問い詰められ、つい見ていたと思う夢の話してしまった。昔からこの人には逆らえない。
「ふ~ん、で、その子が自分のせいで苦労をかけているかもしれないってのね。夢にしちゃぁなんか生々しい話だこと」
妙にリアルなんだよな。断片的なわりには変に実感こもっているというか、手に伝わってくる涙の暖かさを感じてたっていうか。
「この前、意識がなくなる前にさ、あんた右手を動かしてたらしいのよ。知ってた?」
当然だが右半身は動かない。なんかピクピクと脈を感じはするが感覚が無いのでどうしようもない。
「動かないはずの右手を上げて『うが~』って叫んでたらしいのよ。あんたがよ? 似合わないわよね、そんな熱血!」
オタク趣味だし体を動かすのは得意ではない。というか熱血は漫画の中でしか見覚えがないんだけどな。
「タカの夢の中まで否定する気はないよ? なんか色々考えてることもあるんだろうし。でもさ、母さんのことも考えてあげなよ。あんたが起きなくてかなりしんどいんだから。今日は家で寝かせるけど、また意識不明になったりするなよ?」
うんと頷くが、つい考え込んでしまう。近いうちにもっと迷惑かけちゃうんじゃないかな。
※学院長さんに対するリアクションを一部追加。
チャーミングで包容力のあるお婆様って素敵やん?(異論は認めない)




