26. 本格的魔法訓練(番外編)
酷い訓練だった。初心者にあんなことさせるなんてどうかしてる、と思いもしたが全員が全員ノルマ達成っていうのは実際にはきつくなかったのかもしれない。体の汚れ以外だけど。
しかしどうしてあんな実践的な訓練から始めたんだろうか。基礎能力の向上的なことはしていたとはいえ、『油断すると死ぬ』とまで言われるようなことをしないといけないほどの危機を感じていなかったんだけど……
だが、今私にはまったく別種の危機が迫っていた。
訓練終了後、基本的に汗だ(蟻の)体液だで凄いことになっていたのでそのまま風呂に直行することになる。風呂っていいよねって! 説得することもなく学院長さん張りきって用意して頂いた。ほんとに何でもしてくれるのでうれしいですありがとうございました。
で、その風呂なんだけど、なんで二人とも入ってくるんですかっ!
「だってほら、お湯がもったいないでしょ? やっぱりみんな一緒の方が効率的だと思うの」
「お背中をお流ししようと思ったのですけど…… ご迷惑でしたか?」
うぐぐ、なんか言い出しにくい。あらかじめ用意していたあたりとか、風呂に入った後から押しかけてくるあたりが作為を感じる。まったく誰の差し金だ。
「だから堪忍して出てきなさいな、別に初めてって訳じゃないんだし!」
「リジーさんはホンジョー様とお風呂をご一緒したことがあるんですか?」
「うん、一回だけ、坊ちゃんの屋敷で。可愛かったわよ~」
「すいませんそれはどういう意味でしょうか?」
「可愛いっていったらそりゃアレでしょ。年相応というか」
「……あぁ、でもあまりそういう事は気にされない方がよいかと思うんですけど、一般的には大きい方が好まれると聞いています。リジーさんの経験としてどうお考えですか?」
「えぇ! け、経験的にってそ、そうね。 うんまぁ年相応よね! うん多分だけど。だってほら私って大人だし~、大人しか相手にしてなかったからこんな子供のはよくわかんないのよ!」
「私はホンジョー様にさえご満足いただければそれで十分なのですが…… あ、どちらに行かれるんですかっ」
あかん。これはあかん。こちらに矛先が向く前にとっとと脱出しよう。
このままいたらナニをされるかわかったもんじゃない。ノインは義務感だろうからまだいいとして、リジーさんは間違いなく遊んでるからな。怖くて一緒にいられる気がしない。
自分が抜けだした後も彼女たちの会話は続いていたようだ。主に私のことについてらしいが。お願いだからそんな事言わないでくれ! やめてほしいなぁとお願いにいったら「んじゃ一緒に入りましょ♪」と引きずり込まれそうになったのでまた逃げだした。勘弁してくれ……
――
夕食を頂いた後で少し反省会を開いた。流石に不甲斐ないとのことで色々と指摘を受けた。あ、対蟻戦のことですよ?
「根本的なところでホンジョーは場馴れしないとだめね。慌てちゃってもうしっちゃかめっちゃかだったわ。逆にノインちゃんは落ち着いてて凄いくらい。あんたも見習っておきなさい」
「いえ、ホンジョー様のお役に立つよう必死でした」
ちなみにノインだが、授業の合間や睡眠までのちょっとした時間を使って食堂のおばさんの所に通ったりしているらしい。ちょこちょこ見なくなったりするが、決まって色々なことを覚えて帰ってくる。テーブルの上の花瓶も彼女の準備したものだ。立派な家政婦になるために勉強中だそうだが、なにもそこまで……
「これくらい当然です。ホンジョー様に命を頂いたも同然ですから!」
本当に楽しそうに答えてくれる。好きにさせるべきと思いもするけど、ちとやり過ぎだと思うので、少し前に学院長に相談してみたんだ。
~ ~ ~
「彼女は今とても不安なの。貴方に命のすべてを依存していた時期もあるし。どうしても貴方のことを中心で考えてしまうのね。それに一時的だったにせよ貴方が意識を失っていた時なんて、自分を責め続けて見ていられなかったわ。あの子を安心させたいなら、まずあの子に好きにさせてあげるのが一番。貴方がいなくならないのが本当は一番いいんだろうけど、そうもいかないでしょ?」
いつまた地球に引き戻されるともしれない以上、簡単に「一緒にいる」と言えないものある。自分自身どうしていいのか結論も出てないし。
「今は一緒にいる時間を大事にしてあげて、将来どうなるかはその時考えるべきよ。彼女がこうしてあげたいと望んでいるのもある程度は尊重してあげて。でもやり過ぎはよくないからそれとなく言い聞かせてみますね。なによりノインさんも私の生徒ですもの。当然あなたもよ、ホンジョーさん」
う~ん、やはり学院長さんには頭があがらないなぁ。
「大丈夫、将来役に立って頂戴。まぁどこかの洞窟からお宝見つけてきてくれるとかでもいいわよ。なんだかんだ言ってもこの学院は資金不足ですから」
さいですか。何も要求されないより全然いいんですけどね。
――
話を戻すと、とにかく場馴れするのが一番という話になった。
「でも、この学院って超実践的な授業しかしないの? 学生っていったらもっと他にすべき勉強があると思うんだけど。世界の成り立ちとか算術とかもっと効率的な魔力機関の使い方とか、そういう生活面で必要そうなこととかさ」
「というかそこが甘いのよ。生き残るための訓練以外に何が必要だっていうの? 情報を集めて戦局を有利に動かすといったレベルのものを求めるのは早すぎるし、そもそも偶発的な戦闘で死んでしまうようでは何も成せないのと同じよ?」
まぁ持論だけどね、とフォローも忘れないリジーは有能で確定である。
本来なら読み書きに始まって魔力回路の構造理論や実践、簡単な工作実習と並行してこの世界における魔力と魔術の関わりや将来至る様々な知識や雑事の習得がお決まりのコースなのだが、いかんせん私が規格外すぎてそんなのんびりと数年かかる勉強など教えていられない、ってことらしい。
自分だけでとっとと身を守れるくらいに魔力を扱えるようにならないと普通の生活ですら無事送れるか怪しいもんだと説き伏せられてしまった。
そう言われちゃうと何も言い返せない。確かにここは地球とは違った命がけの世界なんだ。あまり実感したくなかったなぁ。
「効率ってのは重要よね。同じ効果を得るにしても魔力の使い方一つで生き残る率が段違いだわ。自分なりの効率のよい方法ってのを考えておくのもいいんじゃない?」
そんなわけで色々な効率化の方法についても少し教えてもらった。面での放出は一番効率が悪いからやめろとか、針とか糸とかそうおいうレベルを意識してみろとか、網目状を意識するとある程度の範囲がカバーできるとか云々。
正直さっぱり再現できる気がしない。
「……ってことよ、要はイメージよイメージ、何も正面からぶち壊すだけが魔力の使い方じゃないっていうかこういう風にするのが本来の使い方よ? みんなあんたみたいに魔力の塊じゃないんだから」
二人の訓練後に魔力を補給しているが、実際それほど減っている気がしない。2割も渡していない気がする。というか渡す側から回復している気すらするし。だからといって周りの魔力を根こそぎ吸い取っている感じもしない。本当にどこから来るんだろうなこれ。
「ってちゃんと聞いてるの? こう言っている間にどこかから刺客がやってくる可能性だってあるんだし。ほら窓の外に!」
リジーのオーバーアクションにつられて指差す方向をじっと見つめてしまった。そこには窓があり、今頃ならすでに外は暗く星空が見えて綺麗なんだよ。
だが、窓の外には何か大きな影が立ちふさがっていたんだ。
――
えっと、ここって三階だよな? こんなところを誰かが通りかかるとかありえない。もしかすると鳥とかコウモリとかの可能性も…… いやいやデカすぎるでしょう!
あまりに突然のことに三人とも体が硬直してしまう。だがその影はこちらの様子を察すると迅速に動き出した。
突然響き渡るガラスどうしの不協和音。砕ける木片、なぎ倒される石壁。
バカみたいな騒音を響かせて壁の一部は粉砕された。
「ってこんな感じで突然の奇襲がってあれぇ!?」
喋る余裕があるのは流石だが、何をしゃべっているかわかっているのかリジー。
おかげでなんかツッコミを入れる余裕ができた。ノインが硬直しっぱなしなので肩を掴んでこちらに引き寄せる。
「なんだかわからないが怪物が出たっぽい。ノイン大丈夫か? 撃退は無理でもできればここから逃げ出すなりしたい!」
「は、はい! ホンジョー様! 必ずホンジョー様を脱出させます! まずは私がオトリになりますのでその間にっ!」
ここまで過保護だと逆に怖い。そこまでのウェイトだったのか私は。
しかし女の子に守られるだけってのは異常に腹立たしい、なによりうちの姉がこの事実を知ったら絶対殺されてしまう。それだけは避けねば。
とにかくここで一番なのは体制維持、ノインを戦わせるわけにはいかないから最低限で安全確保だ。その間にリジーが作戦を考え付いてくれるに違いない。
そうと決まればやることは一つ。時間稼ぎだ。
ほっておくと飛び出していきそうなノインを引き留めこちらを向かせる。
「ノイン! リジーを連れて廊下まで後退! 何か盾のように身を隠せるものを探すんだ! リジー! ここから無事に脱出したい。時間を稼ぐからどうにかする手段を考えてくれ! 頼んだぞ!」
「……ホンジョー様がそうおっしゃるなら、ご指示に従います」
「脱出ってなによ! むしろ私が対処した方が簡単、ってノインちゃんちょっとまってぇええぇ!」
取り急ぎ二人の安全を確保したい。しかしこいつはなんなんだ?
大きい上に暗くてよくわからなかったが、体長三mくらいはある大きなカブトムシのようだ。どうやら昼間の昆虫対策が役に立つかもしれない。
まず慎重に観察する。こいつの特技や長所、弱点を探るんだ。
バートランド先生も言っていた。自分は見るだけは得意だと。
良く見て動くんだ。
一瞬も見逃すな!
『昆虫に限らず、動物は動き始める直前に一種の兆しみたいなものが見れるはずだ。体を動かすための魔力の流れだな』
バートランド先生の言葉が頭に蘇る。
蟻の訓練の時は慌てて様子を確認することすら怠った結果さんざんな目にあった。
だが今回は違う。ここでなんとかしないとノインやリジーさんだって危なくなるんだ。
頑張れ俺!
巨大カブトムシの足と背中にピリッとした魔力の流れを見て取る。
今だ!
大きく右側へジャンプ!
動くとほぼ同時に壁に固いものが激突する音が響く。
どうやら突進系らしい。なんとなく兆しみたいなものが見えていたのが幸いした。
あのままいたらぺしゃんこだな。魔力で強化されてるはずなのに全く安心できる気がしない。
突撃直後は流石に動きを止めるが緩急の差が激しすぎる。こいつ突っ込むか狙いをつけるしかしないぞ。昆虫ってそんなのしかいないのか?
まるでロデオだな。
おちついて対処すれば回避は難しくはないはずだ。
だがやはりというか右半身の違和感が足を引っ張る。
瞬間的にだが反応が遅れるので、結局左を軸として左側に回り込み続けることになった。
壁とかコーナーに追い詰められるとどんずまりだ。
何も正面から構えることはない、いっそのこと開き直るか。
左肩を前に、右肩を後ろに。フェンシングでもするかのようにポーズをとる。
左手を正面に慎重に構える。
ヤツの突撃に合わせて軽くジャンプ。体表を手のひらで叩くようにして体制を入れ替える。
うん、意外にうまくいきそうだ。
三回目の突進をかわした後で、このタイミングで魔力を流し込めばいいと思い出す。テンパってるな俺。
反省する間に実行だ。
何度も聞いた鉄板を何かが流れるような音が! したらわかりやすいんだけどよくわかんないね。
魔力を叩きこんだ背中の部分が赤く膨れ上がっていた。どうやら成功したか。
と思ったのもつかのま、赤い腫れはみるみる収まってしまう。
ちょ、魔力の影響を受けやすいんじゃないんですかっ!
唯一の攻撃手段を奪われたようです。マジどうするんだコレ?
ヤツの突進には壁をぶち破るほどの威力はないらしい。ミシミシと激しい音はするが破壊には至っていない。多分それなりに助走距離が必要なんだろう。
室内というのが幸いして動きを制限されているうちになんとかしないと。
基本に戻ろう。再度観察だ。
突進に合わせて再び魔力を叩きこむ。
流し込まれた魔力が体表で反応して赤く変色する。
過剰に反応した魔力が体を破裂させる直前に、体表を魔力が散らばるように流れ去り破裂を防ぐ。
む、これはあれか、魔力を拡散もしくは吸収するタイプか。
べつにコイツ自身が大きくなったりとかスピードが増すとかしている様子はないので拡散タイプかもしれない。
この手のタイプはお約束として装甲の下側、内部破裂とかさせるのが簡単に違いない!
自分の魔力を針のようにとがらせるイメージで叩き込むんだ!
さっそくイメージを。イメージを。
……
んなの避けながらできるか!
もともと細かい操作ができないから接近戦しろって言われてるのにどうしたら……
「動きを止めるからその隙に叩き込みなさい! 全力よ!」
再び壁に突撃して動きの止まったところを炎の鞭が襲いかかる。
ナイスリジー! こうなったら小細工はやめだ! 思いっきり叩き込んでやる!
拳が光って見えるほどに魔力を集めてカブトムシの背中に叩き込む。
これまで以上に大きく背中が膨らみ、自慢の装甲は魔力を拡散させきることができずに破裂音が響きわたる。
背中どころか胸まで通る大穴を開けて、カブトムシは絶命した。
――
「ホンジョー様! 申し訳ありませんお役にたてなくて!」
「何言ってるの、ノインちゃんが連れ出してくれなかったら混乱してる間に全滅よ?」
ノインに胸を掴まれ泣きだされてしまう。うん、ちょっとイベント多すぎ。
「まぁなんとかなったし、とりあえずはみんな無事でよかった」
服の端で手を拭った後でノインの頭をなでる。うんうん頷いてくれはするが掴んだ手の力を緩める気はないらしい。そんなに力いっぱい握らなくても平気だって。
「しっかし無様な戦いよね。あんな力任せってどういうことよ?」
「超必死でろくに考えてる余裕無かった」
「魔力がそらされてた感じだったけど、そういうのもいるからってさっき話したばかりでしょうに!」
あぁ、たしかそんな話を聞いた気がした。
「ちゃんと覚えておきなさい。あの手のやつは体の中にまで魔力を通しちゃえば案外楽勝なのよ?」
「うん、そう思って体に通すように、こー針っていうかとんがった魔力をイメージしてみたんだけど上手くいかなくて……」
「バカねぇ。『魔力で穴を開けて』『その穴に流し込む』とか面倒なプロセス増やしてどうするのよ?」
いや、穴をあけないと通りませんし?
「だから、魔力って別に穴がないと通らないわけじゃないんだから。『元々穴があると思って』通せばいいだけよ。表面を伝うんじゃなくて内部に勝手に染みこむようにってね?」
そういえばそうか、リジーやノインに魔力を渡すのに別に穴を開けてるわけじゃないもんな。
「例外が無いわけじゃないけど、物体に阻害されないってのが魔力の長所よ。鎧とかガチガチに着込んだ騎士が魔術師を恐れるのはそういう理由なの。覚えておきなさい」
今度からそうしよう。ちょっと訓練はいるだろうけどできればモノにしたい。
「慌てて駆けつけてみたけど特に必要無かったかしらね?」
渦巻き模様のパジャマを着こんだウィル先生の後ろから、薄紫のナイトガウンを着込んだ女性が声をかけてきた。
長い銀色の髪。見た感じ三十代くらいだろうか? ご立派なむ……えっと、リジーと比べて大人の魅力を感じる美人さんだ。
「しかし部屋がこんなになっては落ち着くこともできませんね、ちょっとまってて下さい片付けますから。ウィル先生はこの魔物の回収と検査よ。後で説明してもらいますからまとめておいてください」
「いや、でもこれたぶん暴走とかのせいじゃないですよ? 活性化させてませんでしたし」
「いいから回収して! 早く!」
ウィル先生が一方的にコキ使われてる…… もしかすると?
「あら、この姿では初めてだったかしら? もしかしなくても学院長のアインですよ?」
……もしかしなくても変わり過ぎですよ。




