21. 帰還
あれから基本的な訓練と称して体を動かすことばかり強要された。
「いいか、いつでも魔力コントロールを忘れるな! どんな魔法も基本は魔力のコントールだ。これができなきゃ他だって何もできん! ほら、あと十周!」
相変わらずキツいことばかりだが最初に比べれば随分マシになった気はする。どんどん運動量が増えているせいで全く実感が無い。毎日じゃないのだけが救いだ。
ウィルさんの授業は別の意味で汗をかく内容だった。魔獣の角はどう魔力を使っているとか、龍鱗族はどのように鱗を作っているとか。 この世界に雑多な種族がいることを知れたのはいいことだが解体標本を手に喜々と語られるのはかなりしんどい。
また魔法を実践する上での有用な方法を色々と教えてもらった。やはり色々と準備をしておくのが一番実用的らしく、様々な下準備とその有用性について実践を交えて教えてもらっていた。
「一番制御が難しいのは、なんといっても雷撃系だな。あれはどう落ちるのかちゃんと予測するのが難しいんだ。火種程度の小さなものなら問題ないが、大規模破壊などを目的とした場合、近くに味方がいても容赦なく襲いかかることがある。なので集団戦では好まれない傾向が強いね。ただし即時性を重視すれば、火の玉のように避けられることも少ないのでかなり有用なはずだ。欠点は使われてしまう膨大な魔力だな。なにしろ維持するだけ洒落にならないほどの魔力を食う。というわけで示威行動に使われることの多い魔法だね」
雷の落ちてくる時の音と光はそれだけで十分な価値があるだろう。しかしこういう話をしてるとウィルさんは全く話が止まらないな。同席しているリジーさんはかなり退屈そうにしていた。ふと目があうとなんだか恥ずかしそうに向こうを向いてしまう。微妙に違和感を覚えるのだろうか、しきりに気にする左手にキラリと輝く指輪が見えた。
――
「そういうわけなの! お願いだから私と一緒にいて!」
突然のリジーさんのお願いにちょっと面食らったが、ちゃんと話を聞いたところ私の魔力のせいでリジーさんが大変なことになったようだ、定期的魔力を補給してもらわないと困る、ということらしい。
どうやって補給するのか?と聞いたら真っ赤になって教えてくれなったが、バートランド先生にもう一組指輪を作ってもらうことで解決した。別の方法もあるらしい。あんまり面倒な方法じゃないといいんだが。それはダメらしいから追及することもないだろう。一応知っておきたかったんだが、まぁいいか。
リジーさんがしているのは私の髪から作ったものだ。デザインはお揃いだ。バートランド先生が面倒だったからという理由だけど、まぁ特に気にしていない。
私がしているのはリジーさんの髪から作ったものだ。こちらはちゃんと鋏で切り取った。「女の髪をむしり取るとかどんなバカだ?」と真顔で言われた。一応この髪もノインのものなんだが、ウィルさんからもそのへんの事情は他言しないようきつく言われているので黙ることにする。
リジーさんの髪の指輪は黒っぽい茶色で、明かりにすかして見るとちょっと赤みががかった色を見せる変わったものになっている。ノインのと同じく左手の薬指につけた。リジーさんも同じく左手の薬指だ。
「だいたい一緒に行動することになるんだし、もう『リジーさん』とか他人行儀な呼び方しないでよね。好きに呼んでくれてもいいけど、できればリジーって……」
後半聞き取りにくくなってきたが、まぁ多分嫌いじゃないって意思表示なんだろう。なにしろ地球では女性からもてた記憶はない。ゆえに誤解しないように努めて冷静でいるべきだ。こんなおっさんがもてるわけがない! 外見ガキだけどね。
そもそも女性を呼び捨てにするのはかなり気遅れする。いきなりはアレなのでしばらくはこのままということで妥協してもらった。
「でもノインちゃんは呼び捨てよね。なんで?」
「いやぁ、なんででしょ? なんか親戚の子っていうか、妹みたいな感じだからかな?」
「あんた妹いたの?」
なんか不思議なものを見るようにこちらをジッと見つめる。さっきまでの気遅れした感じは既に無くなっていたからヨシとしよう。普段通りのリジーさんの方がこちらも気疲れしなくて済むし。
「いえ、姉ならいますけど」
「ふぅん、まぁいいわ。これからもよろしくね!」
バンと音が出るほど勢いよく叩かれた。こんなもんだよねリジーさんって。随分と安心したのか、やっと笑顔を見せてくれた。
しかしこれ、絶対背中が赤くなってるね。まだヒリヒリするし。
――
バートランド先生にしごかれた後、ふと疑問に思ったので聞いてみた。
「そういえば他の生徒さんはどうしたんですか、自分の場合、リジーさんとばっかりなんですけど」
「あぁ、リジーは別に授業を受けてるわけではないからな。実質お前ひとりだけだ」
水を飲んでいるんだろうが、なんかへんな管が口から出てる。どういう構造なんだ。
「えっと、それで他の生徒さんと一緒に勉強ってことはしないんですか?」
「お前な、自分の力が変だって思ったことないのか?」
確かに、勢いで色々やっちゃったみたいだけどかなり特殊な部類らしい。主に出力が。
「お前と同じメニューで一般人をしごいてみろ。死ぬぞ?」
死ぬって、そんな大げさな。
「少し優しく言って、死ぬな。 ちょいリアルに言うと、全身の皮がはじけ飛んで内臓まき散らしながら死ぬ」
すいませんリアルは勘弁してください。
「つまりお前は特別だから指導も特別なんだよ。もし一般にまじって勉強したいならもっと魔力の制御ができるようになってから言え。まぁそこまで頑張りたいってなら早速始めようか、まずは校庭十周!」
藪蛇ったかもしれん。うぐぅ。
――
学院に到着してから1週間。それこそ夢も見ないほど疲れきる毎日だ。肉体と精神が交互に責められて正に怒涛のようだった。だが明日には一つの成果が得られる。
「ノイン君の体だが、そろそろ安定しそうなんだよ。明日の午後には完成する予定だ。なので忘れないで来てくれたまえ」
そう、妖精ノインが人間ノインに進化する! 絶対進化キャンセルしないぞ。
今、ウィル先生に作ってもらっていたのは人間サイズのホムンクルスだ。やはり私の魔力を前提として動くものらしい。ある程度の魔力をため込めるはずなので、フラスコの中にいる必要もないそうだ。ただし定期的な魔力の補給が大前提。これについてはバートランド先生に作ってもらった指輪があるから問題ないだろうとのことだ。ちょっと悔しそうな顔をしていたのが気になるが。
「あとは魂の定着までうまく進めるか、ってことなんだが、ちゃんと材料として君の体を使っているから問題ないだろう。むしろ余計な力をかけるとホンジョー君まで引きずり込まれかねないから注意してくれ」
そうならないように魔力のコントロールを重視していたそうだ。いがみ合っててもちゃんと協力するところは協力してるんだな。ってことはこのことは話したのだろうか?
「いや、無事終わったら説明するよ。君自身の問題として魔力のコントロールは重要課題だったからね」
どう転んでも必要だったのか。しょうがないね。
人間体に移動が完了したら、部屋はどうしようという話になった。
学院長さんは新しく用意してくれると言っていたが、ノインが頑なに断った。
「私は、ホンジョー様の奴隷です。今までご奉仕できませんでしたことを一身に務めさせて頂きたい。そのためにはひと時でもお傍を離れるつもりはありません!」
実際、妖精ノインの時はほとんどつきっきりだった。退屈しないようにいろんな話もした。朝起きた時に気持ちよさそうにして寝ていたから部屋に置いていったことが一度あったが、休み時間に見に行くと大泣きに泣いていた。見捨てられたと思い込んでしまったようだ。以後片時も離れることを許してくれない。お願いだからトイレや風呂の時は勘弁してください。
ついでなので紹介しておくと、妖精ノインは食事を必要としなかった。だが食べることはできるので食事のたびにミニマムサイズの同じメニューを用意した。といっても自分の分を一部加工するなりしただけだ。魔力コントロールのいい訓練になった。
「ご主人様と同じものを頂くなんて、しかもご主人様の分を分けて頂くわけには……」
といっていたが、これも訓練だからと納得してもらった。
ちなみにあの食堂ではない。怖いし。あっちは主に魔力スタミナ系らしい。
バートランド先生ご愛用とのことだが、一般用の方に来るようにしている。他の人も大半はそうだ。
妖精ノインはここでも大人気だ。もともとホムンクルスに触れる機会は少ないらしいが、彼女は特別製でまるで本物の妖精みたいと大評判だ。
2・3日もするとノインに差し入れと称して小さなお菓子を作ってもらっていたりした。やはり女の子。クッキー等と言った甘いものの誘惑には勝てなかったよ。あまり食べすぎるなよと注意したが、ちょっと心配だ。人間体のノインには定期的に運動をさせるべきかもしれない。ジョギング程度ならそんなに負担でもないだろう。バートランド先生式じゃなければだけど。
まぁ余計な心配をしていても仕方がない。今日はぐっすりと眠るとしよう。明日から更に大変だ。いやぁでもワクワクするね! ちゃんと寝れるんだろうか、少しだけ心配だよ……
なんて思いながらベッドに入った瞬間、自分のからだがバシッとなにかに叩きつけられた気がした。
一瞬体がはじけるような奇妙な感覚が全身を覆う。ピリピリっていうかパリパリっていうか。
なんだ? どういうことだ? 油断、というのとは違うな。気が抜けていたんだと思うけど、外的な要因と違う感じがする。そうだな、引き絞った弓を放った後の弦に似てる気がする。ってことはあれか?
急激に視野が狭まっていく気がする。真っ暗な布が次第に全身を包み込んでいくようなそんな気分。自分の異常を察したのか、ノインが話しかけてきている、気がする。既に声が聞こえない。猛烈にいやな予感がしてシーツや何やらを握りしめる。そうすれば踏みとどまれる気がしたんだ。
――
うすぼんやりと思考が蘇る。なんか長い夢でも見ていた気がする。へんてこな展開で実に私らしい。覚えているうちにメモしておきたいな。
さぁ起きるか。と体を起こそうとするが全く動かない。
動かない!?
意識が戻るにつれ、気持ち悪さが際立ってくる。なんだろこれ。頭がぐわんぐわんというかなんか油断すると吐きそう。とにかく気持ち悪い。
なんとか気を落ち着かせ周りを見回してみる。目の前に照明の明かり、無機質な白で統一された部屋。消毒の匂いにあふれた部屋。
そうか、ここは病院だったっけ。
今、自分は思い出した。重体で緊急入院していたという事実を。
――
少しすると誰かが部屋に入ってきた。あれは母さん?
あぁ、田舎から出てきてくれたのか。随分久しぶりだな。なんかやつれてないか? 正月に見た時はそうでもなかった気がするんだけど。
やっぱり自分のせいか。親不孝でごめん。
などとボンヤリ見ていた。
「今日はいい天気だよ。ほら見える? あんなところに小鳥は2羽とまってるのよ。なんだか仲が良さそうに見えるわねぇ」
「……うん」
頑張って声を出してみる。
「……タカ? タカちゃん? 今返事したの? ねぇ?」
「……うん、返事した……」
喉がガラガラだ。口の中が乾いているんだろう。
「アぁ、ちょっと待ってね、まず先生呼ばないと! すいません看護婦さん! うちのタカが! タカが返事をしたんです!」
そんなことより喉が、といいかけたが母のあまりの喜びように声を出せずにいた。どんだけ心配かけてたんだ俺。
しばらくすると先生らしい白衣の人が駆け込んできた。
「本庄さん! こちらがわかりますか!?」
喉が痛いのでとりあえずうんうんうなづくことにする。目も開けてるしわかってくれるだろう。
「うん、ちょっとまぶしいけど我慢してくださいね」
左目、右目とライトをあてられる。あれだっけ、反射を確認するとかいう。
「意識が戻ったみたいですね。まだ油断できませんが好転していると言っていいでしょう」
「先生ありがとうございます! ありがとうございます!」
いまいちはっきりとしない意識の中、母の泣き崩れる姿をみてちょっと恥ずかしいなぁと思ってしまった。
――
どうやらあの事故から約二週間が経過していたらしい。その間まったく意識が戻らずに植物状態と診断された時の母は一緒に死ぬんじゃないかと周囲を心配させるほどだったそうだ。
そんな話を教えてくれたのは、姉の恵子だ。既に結婚していて子供もいるのですっといられなくてゴメンと謝ってくれた。そこまでする必要ないのにとこちらも謝った。
あれから母は泊まり込みで看病をしてくれている。こんなに話したのはいつ以来だろう。
あまりいいことばかりではなかった。どうやら右半身が動かなくなっていたみたいだ。
脊髄を傷つけてしまったためらしい。回復の望みはあるからあきらめないようにと言われたが、実際に動かない事実を突きつけられた側としてはけっこうショックだね。
でも病状を聞いて最初に思ったのは仕事を続けられるかってことだった。うちの職場にも身体障碍者枠だってあるだろうし、仕事内容は特に問題にならないと思う。世間の目にどう映るかはわからないけど。
今は命があるだけめっけもんだ。後のことはどうにかなるさ。実際のところ障碍者年金もらえる立場になったわけだしなんとでもなる気がする。タクシー乗り放題だぜ! ひゃっは~!
とおどけて見せたが母は心配するだけだった。やっぱり家族には本心を隠すのは難しい。でも心配させまいとしているのは伝わってくれるのか、少し表情が軽くなった気がする。
――
あれから2日たったが、あまり夢らしい夢を見ない。自分は夢を見るほうだと思っていたが、薬のせいでちょっと変になってしまったんだろうか。
でも何か見ている気がする。真っ暗な空間で伸びてくる白い何か。目の前でとぎれてるような。おぼろげな記憶。
目が覚めると、無意識に左手の薬指を見つめている。何もないはずなのに、そこになにかある気がして仕方ない。親指を擦り付けて確認するが、そこには指輪の跡のようなへこみもない。何もないはずなのに。
どうしてこんなに胸がチクチク痛むんだろう。




