02. 異世界とか言われても
「やぁ、ホンジョー君。よく来てくれたね。」
そういうと、目の前の男は握手を求めてきた。言われるままに手を差し出す。こちらの差し出した手を力強く握ると、大げさに振り回す。ブンブンと音がしそうだ。
というあたりで違和感を覚える。あれ? 俺の手ってこんなに細かったか? 自分の腕をまじまじと眺めてみる。年のわりにはスベスベとした細い…… あれ? 年相応のゴツゴツとした、腕にも指にも目立ちはしないがそこそこ毛が生えていたはずなんだが。だがどういうことだ? 産毛程度のツルッツルだ。 指も細いし力も出なさそう。うちの家系は骨太なのでかなり頑丈な体のはずなんだが。
「うむ? 肉体再現は100%ではないからな。 まぁ生体として不足はないはずだから安心したまえ」
「肉体再現!?」
我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。えぇっと、夢にしちゃ自分に無い知識で語られている気がするぞ? どっかのゲームにでも出てきたんだろうか? いやちょっとまて、今の声って自分のなのか? 妙に甲高いというかハスキーなというか。自分の声はもっと低いおっさん声だったと思うんだが。耳になにか詰まってるのか? むしろパーディグッズの類でも嗅がされてる気さえする。誰のいたずらだ?
「まぁまぁ、混乱するのも無理はない。順番に説明するから慌てないでくれ」
そういわれて素直に頷く。というかこの人も信じていいものか悩ましい。まぁ夢なら自分に害を与えることもないと思いたい。
「現状を説明しよう。こちらに来れるかね?」
といってその男は部屋の隅を指差した。こっちに来いということだろう。これは行かないといけないのだろうな。というわけでがんばって起き上がってみよう。いい加減慣れてきたのか、なんとか上半身を引き起こすことに成功する。少し間をおいてから、寝かされていた台からソロリと足をのばして床に立つ。
体重を足にかけたと思った瞬間、力の入れ方が足りなかったのかそのまま前のめりになってたおれこんでしまう。
ゴツンッ
きっと全力で床板に激突したに違いない。絶対音がした、なんか星っぽいのが飛び散った気がする。こんなこけ方初めてしたぞ!? ってすげー痛いんですけど!
「いやすまん、まだ慣れていなかったか。なにもう少しすれば普通に動けるようになるさ」
といって男が手を差し出してくれた。案外いい人なのかもしれん。見た感じすごい胡散臭いんだけど。その丸メガネとか。ってあれ? 痛い!? 痛いのに起きない!? つい確認したくて自分の額を何度か床に叩きつける、
ゴンゴンゴゴン!!
「おい! どうした!? 魂魄の定着法を誤ったか? 肉体感覚にブレがあるのか?」
男があわてて私を止める。いやまぁわかってるんだが確認したかったんだ。
「すいません、なんか夢を見てるんじゃないかと思いまして」
やはり声に違和感がある。だが現状ではもっと優先すべき確認事項があるの違いない。ほら夢だったら気のせいで終わるし。なんか夢っぽくないけど。夢でいいのよ? ちょっと額がジンジンするけど我慢すれば痛いって感じじゃないし、ないし、ないし!
「あぁそういうことか! しかしだからって血がにじむほど叩きつけることはなかろう」
とちょっと笑いながら、あきれたような顔をされてしまった。だってほら、こういう確認方法って鉄板じゃん? っていうかできればホントに夢であって欲しかったんだよ。
――
「というわけで、これが私の発明した魂魄召喚機のコントローラーだ」
と、なんだがすごい大げさな機械を紹介された。冷蔵庫くらいの大きさの箱に、何十個ものスイッチ、上には怪しげなアンテナ状のものが数本突き刺さっていた。遠目で見ても近くで見てもできの悪いブリキおもちゃにしか見えないが、凄い自信たっぷりだな。配線が窓の外にも突き出ていたので、たぶん屋根にアンテナとかあるに違いない。
「いや、アンテナではなく地面だな。ここの土地には霊脈が通っているのでそれを利用している」
この人、名前をエディというそうだ。このエディさんが言うに、異世界から人を丸ごと召喚することはまだできないんだが、魂魄となった人を召喚する方法が解明できたとのことだ。といっても無作為に選べるわけではないらしい。
「そう、この装置で召喚を可能とするためには『病気や怪我のせいで意識不明であること』『召喚コアとの霊的波長がかなり近しいこと』という条件を満たす必要があるのだよ」
睡眠不足の朦朧とした状態ではだめらしい。なんかイヤな予感がするな。ちなみに声についてはあきらめた、きっとまだガスが切れないんだ。たぶんそうだ。
「えぇっとつまりそれって、元の世界の俺ってかなりヤバいってことですかね?」
「ありていに言えばそうだな。何か大病を患っていたりはしないか?」
親父がC型肝炎だったせいもあって、母上から酒とタバコは呑むなと言われていた。健康診断でも「太ってる以外は健康そのものですね。痩せてください」とダイレクトに言われる程度だ。
「これといって特には何も」
「大きな怪我を負ったという経験は?」
自慢じゃないが、二階くらいの高さから飛び降りたこともあるが平気だった。ガキの頃だったしもうやらんけど。
「体は頑丈な方なので」
「ふむ、では事故にあったりしたことはないかね?」
……
あぁ。
「もしかすると事故はあるかもしれません」
そういうと、エディさんは納得したように手を打ちつけた。ポンとか効果音が欲しいな。
「そうだろう。まぁそれは副次的なものだ。どちらかというと召喚コアとのシンクロの方が重要なのだよ」
「そもそも召喚コアってなんですか?」
「次はそれについて説明しよう。まずはこの姿見を見てくれ」
そういって、部屋の隅にかけてあった布をめくる。そこには大きな鏡がおいてあった。
「帝都から取り寄せた逸品だ。なかなかの上物だよ? これで君の体をよく見給え」
そういって鏡の前に促される。言われるがまま鏡の前に進んでいくと、映り込んだ人物を見て愕然とした。
「こ、子供!?」
どう見ても12~3才くらい。しかもかなり華奢な体つきだ。骨太の頑丈さだけが自慢だったのに、肩幅もすっかり細くなってこれではスーツが似合わないったりゃありゃしない!
というか全体的に細いな。むしろ痩せてるな。あれ? 腹が出てない! 昔、中年太りというには大げさになった自分の腹を見て脂肪吸引を真面目にしようかと悩んだことがあるんだが、調べているうちに施術の失敗例を大量に見てあきらめていた。毛細血管とか丸ごと吸い取っちゃうらしいねアレ。すごいやばそう。でも今の自分を見るとそういう必要が一切感じられない。素敵! こんなに体が軽いのって初めて! これってラッキーじゃね? うひょう!
とうかれて気が付いてなかったが髪も元の白髪交じりの黒髪ではなくブロンドのショートヘアーになっていた。瞳もブルー。というか顔すらも違うぞ? いわゆる童顔の美、とまではいかないがかなり整った顔立ちになってる気がする。男だからよくわからんが。腐女子好みかもしれん。どうでもいいか、男だし。何より体毛がほとんどないじゃないか! ブロンドだから目立たないのか?
っていうかアソコはどうなってるんだ? あわてて覗き込んでみる。
……
は、生えてない……
いやもともと剛毛ってほどでも無かったんだが、自覚しちゃうとアレだね。スースーするっていうか。ってなんで顔真っ赤なんだ? 恥ずかしいってこともあるまい? 自分?のなんだし。
「君は『召喚』されたといっても正確には魂だけをこちらに取り寄せただけなんだよ」
愕然とした俺に言い聞かせるようにエディさんの説明は続いた。
「まぁ簡単に言うと、君はいま自身の肉体から魂だけを切り離し、こちらの世界に召喚されている。つまり魂だけこちらの世界にいるんだね。むき身の魂だけではいずれ霧散してしまう。そこで『召喚コア』に君を取り込み、君の記憶を読み取ることで君自身の肉体を再現しているんだよ」
理屈はわからないがとにかくすごい技術だ。素直にそう思っておこう。否定してもこの事実は変わらない気がするし。それにしてもいくつか疑問がある。再現したにしては随分と体型が異なりませんか? いやうれしいんですけどちょっと怖いし。聞けるうちに聞いておこう。聞かぬは一生の恥ともいうし。というか今聞かないと機会が無い気がする。
「でも随分違いますよ? 私そろそろ40のおっさんだし」
「あぁそれは気にするな。君の精神がそこまで熟成していないということだろう」
なんだろう、遠回しにバカにされた気がする。ガキなのは認めるが。やっぱりバカかもしれん。
「しかし本当に40なのか? いやこれはコアの状態にもよるのかもしれんな」
なにやらブツブツと言い出した。色々と考えてるようだ。
「そのコアは試作9号でね。魔力容量の一番大きなものを作ろうとしたものなんだ」
「魔力、ですか」
「そう魔力。この世界にはファンタジーさながらの魔法が発達した世界でね。結局生まれ持った資質がそのまま魔力の大きさになるという意味でも量産に向かない非効率的なシステムなんだが威力が素晴らしくてね」
持って生まれた魔力を魔法として扱えるものは少なく、魔力を燃料とした便利機械が横行する世界だとかなんとか。
「これまでの実験でもコアが損傷せずにいられたことはほとんどなくてね、原因として魔力のキャパシティ不足が挙げられたので試験的に魔力容量の大きなものを準備してみたんだ」
この世界でも試行錯誤が重要なんだろう。たまたま自分の時だけ成功したとは思いたくはない。
「おかげで無事成功したと言っていいかな? いやぁこれでも失敗したらどうしようかとヒヤヒヤしていたんだよ! どこか欠損した部位はないな? 痛かったらちゃんと教えてくれよ?」
初成功かよ。勘弁して下さい。一応額が痛い程度だと答えておいた。十分満足のいく結果だったらしい。まぁそのうち治るか。だがもう一つ見過ごせない疑問が思いつく。言葉の壁はどうやって突破したんだろう?
「あぁ、もしかすると君は都合の良い言葉のイメージとしてこちらの会話を理解した気分になっているだけかもしれんな」
いやそんな怖いこと言わないでください。少なくとも会話として成立してたじゃないですか。
「いやいやすまん! 単なるジョークだ。当然だが今我々が話している言葉は君の母国語とは異なる。『リーズヴェン語』という。意思疎通に時間をかけるのは無駄なので召喚コアに細工をしておいた。一種の変換ロジックを仕込んでおいたんだ。君の聞く言語や発する会話はすべてその変換ロジックを通じてリーズヴェン語に訳されて伝わっている。だが耳に聞こえている音はリーズヴェン語そのもののはずだ。そのうち学習が進めば変換効率も上がって最終的には自然に会話することができるだろう」
あぁ、衛星放送的な奇妙なタイムラグっぽい感じの正体はそれか。慣れれば変換ロジックとやらに頼らなくて済むらしいし、自分の学習能力の高さに期待しよう。しかしどうやってるんだろ? 知りたくもあるがちょっと怖いのでやめておこう。
――
エディさんが色々な機械を準備して私の状態を色々と確認していたようだ。いわく、純粋に容量を求めたのでコア自信が生み出す魔力はほとんど無いはずだが、私が召喚されたことで体内魔力がヤバいことになっているらしい。コアの形態維持や魂の定着にもそこそも魔力を使っているはずなのに、この数値はかなりのものだと褒めてくれた。ふ~んとかそんな風に頷くしかないんだよね。だってわかんないし。
結局、コアの状態が安定するまでは無茶をしないようにと説明された。簡素な部屋だがと客室を用意してもらえたので早速ベッドにもぐりこむ。あまり考え込んでも仕方ない、『とにかくゆっくり休むといい、続きは起きてからで十分だ』というエディさんの言葉に従うべきだろう。
はぁ。なんだか訳がわからん。とにかく寝よう。もうなんだか疲れたよパトラッシュ。
でもエディさんには悪いけど、寝て起きたら現実に帰っていて欲しい。マジで。というふうに思っている間に、まるでスイッチを切るように意識が途切れた。
――
「……さん! 本庄さん! 聞こえてますか!?」
「脈拍安定。 脳波が覚醒レベルに!」
あれ? ここってどこだ?
「本庄さん。私は担当医師の立花という者です。 私の声が聞こえますか?」
うん、と言いかけて声が出ないことに気が付く。うわぁすげぇ。仕方ないのでうんうんうなずこうとしてみたが、なんだかガチガチに固定されてるみたいでビクともしない。まぶたくらいは動かせるかな? おぉ動いた、すげぇ重い。全神経を集中してピクッってなる程度ってなんだ?
「声が出せないんですね? YESならまばたき1回、NOなら2回で合図してみてください」
まばたきを一回する。というか2回するのってキツイから1回で済む質問でよろしく。
「あなたは事故にあわれたんですよ。列車の正面衝突に乗り合わせてしまったんです」
あぁ、会社の帰りか。なんかついてないなぁ。
「すでにご家族にはご連絡済ですが、まだ薬が効いているのでそのまま寝ていてください。今後の方針についてはご家族の方とご相談させて頂きます。よろしいですね?」
ここで1回。もうすごいだるいし面倒だし任せますよ。というかめちゃくちゃ眠い。なんか頭のなかがぎゅるぎゅるしてるし……
――
「本庄さん意識が戻ったの?」
「うん、もうダメかと思ったけど、さっき意識が回復したみたいよ」
「搬送された時はダメかと思ったけど運がいいわね」
「頭蓋骨折って聞いた時は何やっても無駄と思ったけど」
「脳圧が高すぎて今は抑えるので大変なんでしょ?」
「うん、後遺症も残りそうで、これから大変じゃないかしら」
「素直に納得してリハビリしてくれればいいんだけど、癇癪持ちじゃないといいわねぇ~」
翌日、上京してきた母親が担当医師の説明を聞きながら泣き崩れる。重症患者の家族への対応は慣れてはいるが、毎回このシーンだけには居合せたくないものだ。
掲載日時を指定してみるようにしてみるようにしてみました。いや何書いてるのかサッパリですね。