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17. フラスコの中の小人

「これが、いわゆる『ホムンクルス』だ。文字通りフラスコの中でしか生きられない存在でしかない。魂も持ち合わせない哀れなものだ」


 全長十cm程度の虫のような薄い羽根を持った人型の生き物。これがホムンクルスか。地球時代で何か似たようなものをゲームで見た気がする。


「実験中なんだ。新しい命をつくろうって試みをしている。私の専門外なんだが興味があってね。ちょっと色々試してしてたんだ」


 専門ではないというが何を研究してるんだろ。


「私の専門についてはそのうち話そう。今はこっちを先に。というわけでまずは可能かどうかを確かめたい。君はそうだな、魔力操作は得意かね?」


「えぇとあんまり得意ともいえないですね。魔力を流し込むとかそういう力技しか試したことがないです」


 魔法の練習として多少、というかまともな訓練は1日しかやっていないしね。


「今のところはそれで十分。あぁあとノイン君かな? 彼女は今起きてる?」


 今は寝ている時間帯だと思ったんだがどうかな?


『はい、起きてます』


「おぉ、声は変えてるのか。なんか器用なことするねぇ。えっと初めましてウィルと呼んでくれ」


『すいませんご主人様、ご命令に背いて起きていました。どんなところか興味があって……その……見てみたかったので……』


 好奇心には勝てなかったのか、しょうがないけどそれは咎めないことにしよう。あんまり同時に起きているとリスクが怖いんだが、まぁそれの解決のためだしな。

 起きていことが確認できたのか、ウィルさんが続けて説明を始めた。


「ん、ではちょっと難しいかもしれないが頑張ってくれ。これは二人が協力しないと成功しない。と思う」


 なんか思うってところに不安があるが、何をさせるのかは興味がある。多分ウィルさんの用意してきた別のフラスコの中身に関係があるのだろう。最初のと同じ、いわゆる三角フラスコってやつだ。


「これがホムンクルスの原料。まぁ生命のスープみたいなものだ。製法については細かく聞かないでくれ? 本来ならこれを見せることすら約束違反なんだよ」


 フラスコ内の約1/3分くらいを占めていたのはクリーム色をした液体だ。時折不定期に脈動してちょっと気持ち悪い感じがする。気になってよく見てみると、微量だが魔力を帯びていた。流れの向きもバラバラだが妙に綺麗に見えた。なんかキラキラとした金属片が漂ってる感じ。


「それではちょっと試してみよう。結構あっさりできちゃう気がするんだ。ホンジョー君はこのフラスコに魔力を流し込むイメージを作ってくれ。あんまり大量に流し込んじゃだめだよ? 破裂しちゃうからね」


 差し出されたフラスコに魔力を流し込むとビクビクッとした反応しはじめた。徐々にだが魔力に呼応するように一つの形を描き始める。どうやら球体として纏まりはじめたようだ。


「うん、いい感じだ。そこで次にノイン君。ホンジョー君の魔力の流れは見えるかね?」


『はい、ご主人様のご覧になるものは私にも見えますので』


「よかった、君が優秀で助かる。この魔力に自分の意識を流し込むイメージを作ってくれ。視界、えっと目線かな? 流れ込むように、スムーズに、滑り込むように」


 言われたようにノインがイメージを整え始めたようだ。いつも無口なのでわからなかったが熱心に集中する様子が感じられた。

 次第になにか、胸のあたりから肩に力の塊みたいな何かが動き始めた。これはあれか?

 もしかするのか?


 私のビックリした感覚が伝わってノインの集中を阻害しないよう、勤めて冷静を装う。呼吸を落ち着け逆らわないように、だか後押ししてノインのペースを乱すようなことはしない。たぶんそうすると邪魔しちゃう気がした。

 力の塊がだんだんと腕を移動して、次第に手のひらへ、そしてフラスコに流れ出て行った。


「最後の仕上げだ。ノイン君は自分の体を思い浮かべて。ホンジョーはそれを『許す』と念じるんだ」


 どういう意味があるんだ? と反射的に問いかけたくなるが今はその時じゃない。言われたように念じる。『ノインの行うことを許す』と。

 すると、ゆっくりとだがフラスコの中のボールが変化を始める。徐々にだがディテールが細かく、確実に変化していく。そう、あの暗い部屋のなかで見かけた『膝を抱えてしゃがみ込む彼女』の姿に。

 微妙に違いもある。ブロンドヘアーではなく少し青みを帯びた銀の髪、そして背中に羽根が生えている。半透明の四枚羽で体を支えるには小さなもののような気がした。


 変化が終わり、それはゆっくりと目を開ける。間違いない、小さいノインだ。例えるならノインの妖精バージョン。



――



「うん、うまくいったね。この状態では安定しないから色々と注意がある。ちゃんと覚えておいてくれ」


 まず妖精ノインだが、魂が分離できているわけではないらしい。意識を移しただけの状態なのだそうなのであまり無茶はしないようにと忠告された。何かのショックで意識が戻ってしまうことが考えれるらしい。

 またホムンクルスベースなのでフラスコの外に出ることはおすすめしないとも言われた。万が一溶けてしまうようなことがあれば、意識は私の体の中にあるノインの魂の元へと戻るだろうが、あまり気持ちの良い経験をするとは思えないらしい。で、最後に言われた注意点がちょっと面倒なことになりそうだ。


「つまりホンジョー君の放つ魔力を媒介として意識を飛ばしているんだ。故にあまりホンジョー君から離れて活動することはできない。まぁ多く見積もって十mくらいが限度かな? その状態でホムンクルス体から魔力が失われると、最悪の場合は体と一緒に意識も消えてしまい戻ってこれなくなる可能性がある。十分注意してくれ」


 ちょっとまって、なんでそんなヤバいこと気楽に試したんですか! 知ってたらやってないですよ!?


「危ないことにはならないと思ってたんだ、むしろ魂を定着できないかなぁとちょっぴり期待してたんだがそれは贅沢な望みだったみたいだね。意識を飛ばすのがせいぜいだったらしい。」


 少なくとも「別の体」を意識させることで「同じ体を共有=魂の同一化」というプロセスを一時的にでも遮断する効果は望めるという。そうでなくても自分の意識だけで動かせる体があるってのはとても重要だろう。


「あぁもう一つ注意しておこう。今の彼女の体はホンジョー君から供給された魔力で維持されているのは解ると思う。別の言い方をするとホンジョー君からの魔力の供給がなければこの肉体を維持できないんだ。 その状態に陥った場合でも、意識は戻る場所を失って肉体と一緒に消えてしまう可能性がある。つまり何があってもホンジョー君のそばを離れてはいけないということだ。わかったかね?」


 簡単に例えるならリモコン人形状態なのか。電源供給と命綱が一緒になったものと考えるべきかな。なんだかデメリットしかないような気もするが。

 だがノインの表情を見て確信する。一番のメリットは「ノインが見たいものを見れる」。これだけでも十分かもしれない。



「とりあえずはホンジョー君はフラスコを持ち歩くことにしてくれ。そのうちノイン君が自力でフラスコを動かすことができるようになるやもしれん」


 あれ? それってマジな話かなり自由に行動できるってことじゃないか?


「彼女が飛べるようになれば、その応用でフラスコを浮かせることも簡単になるはずだ。試に飛んでみたまえ」


『えっと、試してみます』


 フラスコの中なので声が多少こもって聞こえる。でも自分の口が勝手に動くあの感覚はない。意識だけでも別に移されたおかげだな。ちょっとホラーっぽくて怖かったんだよねあれ。


 妖精ノインが背中に意識を集中させる。なんどかぴくぴくと羽根が反応するが、飛べるような速さで動くことはない。ときおり羽根から魔力らしきものが放出されるのを見て、練習次第で飛べそうだなとなんとなく思った。


「練習どころかアドバイスしたこともないので飛び方について細かく指示できないのは勘弁してくれ。どうやらホムンクルスは本能的に飛び方を知っていたみたいでね。今の体になったノイン君なら自然に使えるような気がしていたんだ」


 虎は何もしなくとも強いっていうあの理論だろうか。だとしても元々人間だったノインに空を飛ぶ本能は発現しないと思うんだが……


「いやまぁうまくいかないこともあるさ。とりあえずフラスコを落とさないように注意しなさい」



――



 ほんと急展開だな。だがノインがある程度の自由を取り戻しているのは素直に喜ばしい。体を奪い取っている身としては一刻も早く解放してあげたいところなんだが。どうしたものか。


「しばらくこの状態を観察して最適になるように努力しよう。あぁあとホンジョー君、髪の毛をもらうよ」


 というやいなや、髪の一部をバッサリとナイフで切り落とした。 こわっ! 避ける暇もなかったよ! ってかちょっと説明も無しに動くのやめてくださいよ!


「たぶん魂が定着しなかったのはホムンクルスの素材が問題なんだろう。本人以上に定着しやすい素材はあるまい。なので素材提供を求めたんだ。問題なかろう?」


 そう言われれば断りようがありません。でもいきなりバッサリってのは勘弁してください! なんで髪なんですか? 爪とかでもいい気がしますけど。


「いやいや。髪の毛じゃないと困るんだ。君は人の体の中でもっとも最後まで残るものはなんだか知っているかい?」


 死んだあとに残るものか…… 少し思い返しつつもためらいがちに答える。


「骨、ですかね?」


「そう、正確には骨と髪だな。両方とも人が死んだあとでも残り続ける。 髪の場合は燃やされたりするとだめだが、自然に放置しただけでは腐り落ちることもない。骨の方が適したものになるのだが、あいにく人体から骨を抜いて自然に再生したという記録はない。また手術等をして摘出しなければ骨は使えない。という理由から君の髪の毛を頂いた。正確にはノイン君の髪の毛をだが」


 外見がいかにも私のものと主張していてもこの体の元の持ち主はノイン。つまりこの髪の毛はノインの髪の毛だ。自分の体として扱うのに何の違和感もなかったのでつい忘れがちだが。


「というわけでこの髪の毛からホムンクルス体を精製すれば、ノイン君の魂さえ引き付ける完璧な器が作れるはずだ」


 色々とよく考えが浮かぶものだ。どうしてそんな簡単に対処をおもいつくんだろう。


「学者とは本来、様々な事柄について事前に検討を終えているものだ。それがいかに荒唐無稽に思えても考慮せずにはいられない。そんな執着とも忍耐とも思える成果の積み重ねが今日こんにちの知識の保護に役立っているのさ。

 余計な話はともかく、今から培養して人間サイズにまで育てるには、多分2・3日はかかる。それまで待ってもらうことになるけど、構わないだろう?」


 ノインがまともな体を得られる!? それだけで待つ価値がありそうだ。


「わかりました、その間は学院に留まっていられるように手配をお願いします」


「それについては君を招き入れたリジーに一任する」


「え~、師匠もずいぶん乗る気だったじゃないですか! ちゃんと手伝ってくださいよ!」


「いやぁ私はこっちの研究が、ってあれ? また首を絞めるんですか!? 苦しいから放して下さい! このままだと死んでしまうので、やめてくださいお願いします……」



 首ががっちりホールドされてる。あれだと脱出は不可能なんじゃないか? 今日のリジーさんはマジ容赦ない。何が彼女をそうさせるんだか……?


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