15. 『召喚コア9号』
エディさんの発明品でこの世界に召喚されたんだと思っていたが、なんだか変な方向になってきたな。
「召喚コアって…… 何かの機械じゃなかったの? ほらあの部屋にあったデカイ装置みたいなの」
「あれはコントローラーです。エディ様が外的な操作で私の状態を調節するために作られたものですよ。召喚自体は私に与えられた能力です」
電気的な力では電気的なものしか作用を及ぼせない、だから霊的な力を使った。霊脈を使ったのはそのためだと思っていたが、実際には『召喚コアとしての彼女の力を押し上げる』ために使われていたそうだ。
そりゃそうだ。先の理屈が正しいなら『魂に作用するには魂の力を使わなければいけない』ことになる。
「ホンジョー様を迎えようと実験をした時、最初は何も見えませんでした。真っ暗なだけで。でも突然、パッと光ったと思ったら小さいけど白い光が見えたんです。それが貴方の魂だとわかって必死に手を伸ばしました」
あぁ、最初の手は彼女? のものだったのか。ずいぶんでかかったなぁ。
「貴方を召喚してからは、私は意識を封じられていました。そう処理されたのです。私の体がご主人様のお役にたてるのですから何も不満は無いはずでした。
でもあんな真っ暗な部屋で一人きりだったなんて。想像もしていませんでした。お腹も空かないし不満なんて…… そこにも貴方が現れました。窓が無いと言ったら、窓を作って下さいました。おかげで貴方の記憶や今見ていたものを一緒に見ることができました」
凄い感激した目で見られてるんだが、つまり、もしかして色々見てたってことでOK?
シャワーとか、風呂とか、恥ずかしい経験とか。
「……あ、はい。み、見てました……」
あ~うんわかるわ~、気になっちゃうよね。他に見るもんないし。でも遠慮してほしかったなぁ~ とくにあの黒歴史とか…… やべぇ、テンション下がってきた……
「いえ、モロには見てないですよ!? チラッっとした程度で……」
見たと。うん顔が真っ赤だ。ちくしょうこっちも見てやる!
と思ってズボンを下げようとしたんだが右手が必至に抵抗してる。なんだこれ。そういえばなんか手が勝手に動いてた気がすることがあったけど、これって彼女の仕業ってことなのか?
「今はホンジョー様の魔力が枯渇しているせいで、一時的にコアの肉体同調が上手く働いていないんです。だから元のコア、つまり私に戻ってしまったんです。一日もすれば自然と魔力が回復して元の肉体に戻ると思います。そうなれば体の主導権もホンジョー様に移るはずです」
ちょっとほっと、しようと思ったがそうもいかない。自分は彼女に寄生しているだけの状態なのか。何か誤魔化されたような気もするがこっちの話の方が重要だろう。
「ありていに言えばそうですが、正しく言うと私の体の所有者はホンジョー様、貴方なので私がお借りしているというのが正確です」
「あの奴隷紋! そういうことね?」
やっと理解できる話題になったからだろうか、エリザベスさんが声を上げた。あの時は召喚コアの譲渡契約だと思っていたが、実際には召喚コアとしての彼女を奴隷とする契約だったのか。
「エディ様が仰るに、一つの体に複数の意識が混在するのはよろしくないそうです」
「どういうことなの?」
「意識が混在していると、次第に魂が絡み合って一つの魂に融合してしまうようなのです。そうなるとその人達の意識は混乱を引き起こし、最終的には……」
「最終的には?」
「人として生きていくことが難しくなるとか。ただの予想でしかないそうですけど」
え~っとサラッと酷いこと言ってませんか?
「ですから、エディ様は私の意識を『封印』することで回避されました。でも封じていただけで意識はあったようで。本来なら何も感じないはずだったみたいですけどね」
いわゆる冷凍睡眠状態で体の一部に封じ続ける予定だったらしい。だが実際には意識があっても外に向けることができないだけだったみたいだ。
「そもそも奴隷に自由意思なんてありませんし、その扱いに不満があるわけじゃありません。私よりも早く『実験』された人たちは、意識どころか体も無くなることが多くて、私はラッキーでした」
生きているだけラッキーさ! を地でいってるなこの娘。
「六号ちゃん…… わたしと同い年いくらいだったんですけど、彼女の実験はある程度成功だったみたいです。でも実験の後から目を覚まさなくて。魔力容量が足りなくなったためとおっしゃっていました。その後いろいろあって私の実験が始まりましたが、結果はご存じのとおりです」
その結果この有様な訳ですが。
「ですから今は一時的なものです。しばらくすれば元に戻ります。私も再び意識を封じれば、ホンジョー様にご迷惑をおかけすることもありません。ついでしゃばってしまいご無礼しました」
「いやちょっと待て、その理屈はおかしい。つまり9号…… 呼びにくいな、後で考えよう。とにかく君が封じ続けられれば万事解決。そういいたいんだよね?」
「それ以外に解決策はありません」
「あるわよ」
不意にエリザベスさんが口を挟む。
「要は魂を取り出せればいいんでしょ? なら簡単じゃない。ホンジョーの魂の器として貴方が用意されたのと同じように、貴方の魂の器を用意すればいいだけの話よ」
「そ、それだと別のどなたかが犠牲になるだけでは……」
「そこはそれ、ちゃんと考えるから安心して。じゃぁ早速行くわよ! 『魔法使いの塔』へ!」
――
静かな森を歩いていく。後方を警戒しながら痕跡を残さないように注意しながら先を急ぐ。このへんの技術はエリザベスさんに任せきりだ。サバイバル知識まるでないからな。苦労かけっぱなしだ。
9号、と呼ぶのはなんだかいやだったので、本当はなんという名前だったのかと聞いてみた。
「えっと、実は忘れちゃったみたいなんです」
なんだか申し訳なさそうに彼女は答えた。どうやら召喚コアとしての機能を持たせらてた段階でかなり色々と変なことをされていたらしい。奴隷なんて物扱い、と言われても納得はできないが、少なくともエディ君の屋敷の中では誰も異を唱えるものはいなかったらしい。
「なんだか色々忘れちゃったような気がします。忘れちゃっててわからないんですけどね」
そう笑った彼女の笑顔がすこし寂しく思えた。
とりあえず名前を付けることにした。何故か私が名前を考えることになる。奴隷の持ち主なんだから当たり前だという。なんだか解せないが、反論しようもないので頑張って考えるか。
うん。もう色々考えちゃうがどうすりゃいいんだ。ポチとかタマとか、文句言われそうもないけど元ネタを知ったらどう思われるかわかったもんじゃない。
さんざん悩んだが、結局こうした。
「ノイン、ですか」
「へぇ、なんか知らないけど言葉の響きはいいじゃない」
ドイツ語で『9』を現す言葉。悩んでも仕方ない。シンプルと言えばそうだが、厨二病オツと言った感じだ。ごめん才能無くて。
「いえ、せっかくご主人様に頂いた名前です。大事にします」
9号と呼び続けるのもイヤだったしこれで許してもらおう。いやになったら変えるのもありだと思うし。
どうして言葉が通じているのか不明だったが、ノインのおかげだったようだ。彼女が認識できるものは私にも理解ができるらしい。最初はチャンネル?が合わなくて苦労したと言われてしまった。
でもこれって脳を共有してるってことなんだろうか? ノインに聞いてみたがさっぱりわかっていないらしい。そりゃそうか。でも先のことを考えると頭が痛くなるとかそういうのはあるので何か関係があるんかもしれない。無いのかもしれない。
この翻訳作業は予想以上にしっくりと働いたらしい、今はもうノインからの働きかけがほとんど無しで済んでいるとのことだ。見聞きする程度は覚えたってことだろうか。念のために学習する準備は整えた方がいいかもしれない。
もしかするとこの目も彼女の能力ではないかと聞いてみたが、身に覚えがないという。
「そもそも奴隷になるしかない無能者だったので……」
この話題は禁句かもしれん。別の機会にわかる人に聞いてみよう。
――
森を抜けて一週間。今は街道を進んでいる。
結局二日を過ぎたあたりで体は元の男に戻った。戻ったというか魔力が潤沢になったので肉体変化を起こす機能が動き出したというべきか。体が変化する時はかなりの痛みを伴った。召喚された時も意識がなかったから解らなかったけどかなりキツかったんだなこれ。
ノインの意識は私の中に留まる点は同じだが封じるというのは気分としてよろしくない。そう思い何度か練習して表裏を切り替えるように意識の表面を切り替えることができるようにしてみた。ちなみに体は変えない。つまり男のままだ。ほんとは体ごと変えるべきだったんだが、痛すぎるし諦めてもらった。痛覚は共有してるらしいので一方的に私が負担するといったことができなかったしね。
意識が切り替えられるということで話し合った結果、私が意識を失っている時。つまり寝ている時は交代することにした。主に夜の見張り等で交代してもらうことにしたんだが、体に負担にならないようにあまり動き回らないよう念押しした。肉体的疲労は魔力を循環させることである程度回復させられることがわかったが、あまり頼り切るとどこで反動が来るか解ったもんじゃない。あまり無理はすべきではないと思う。
当然だが、私の記憶を見ることは避けてとお願いした。なんだかすごい興味があるらしいんだが、余計な物までじっくり見られてはたまったものじゃない。おねしょした時の話とかとくとくと語られちゃったりするとどう言っていいのかわからなくなるじゃないか。恥ずかしいとかいうレベルじゃないんで。もう本当に恥ずかしいからやめて下さいとお願いです。
「はい、ご主人様が恥をかかないよう注意します!」
だから見るのをやめろと。後で気が付いたが、エリザベスさんと私の地球の記憶の話で盛り上がっていたらしい。お前ら後で覚悟しとけよ。勘弁してくださいお願いしますから。
道中どこか人里に出て護衛を雇うことも考えたが、他人と接触すればそれだけエディ君に所在を知られる可能性が高まるとのことで、できるだけ人のいないところを通っていくことになった。困ったのは食糧だが、木の実や果物を集めたり、時には兎やヘビを狩ることでなんとかなった。魔力で周囲の様子を調べられたので、獲物がいる場所をエリザベスさんに伝えれば彼女が上手く仕留めてくれたのだ。エリザベスさんまじ有能すぎ。
しかしこれだけでは栄養が偏りすぎる。新鮮な野菜、せめて塩があればマシになる気がするんだが。昔の船には栄養不足で大変なことになってるって話があった気がする。あとエリザベスさんが、兎の内臓食えってしつこいんですよ……
「あのね? 内臓ってのは真っ先に腐ってダメになっちゃうの。ちゃんと処理してあげてるんだから食べられるうちにちゃんと食べて。あなたが食べなきゃノインちゃんがダメになっちゃうんだから!」
あぁ、うん。マジすんません。目を閉じて、覚悟を決めて口に含む。
火を通されているのもあって全く生臭さを感じない。クリーミーっていうか濃厚っていうか。むしろ旨いんじゃね?
「バカねぇ、虎だって獲物を狩ると最初に食べるのが内臓よ? 旨いから先に食べるに決まってるじゃないの」
獲物をしとめてそのまま腹を食い破れととかダイナミックな食べ方を強要されないだけよしとしよう。なによりノインのためだ。自分だけの体じゃないんだから無責任に自分の好みだけで選んでいられない。
――
『魔法使いの塔』というのはいわゆる俗称で、正確には『ルクツベイン魔法学院』という魔法の学校らしい。彼女の師匠だかなんだかにあたる人がいて、その人を頼るとのことだ。変人ばかりでロクなもんじゃないとか色々言っていたが、とりあえず現状の対策についての話を優先しよう。
「前にも言ったけど、要は器があればいいのよ。ノインちゃんの魂か、ホンジョーの魂。どっちか一方を受け入れられる器がね」
そんな都合よく見つかるものだろうか? ノインだって私の魂を見つけたのはたまたま偶然みたいなことを言っていたんだが。そもそもだが、自分が地球に戻ればいいんじゃないかと思うんだがどうなんだろ?
「すいません、それは避けた方が良いかと思います」
なんだか申し訳なさそうにノインが言う。同じ口で会話する違和感にもそろそろ慣れてきた。
「私とご主人様とは契約で結ばれています。これは魂を縛る強い絆となっています。この状態ですと、ご主人様が地球の体に魂を戻しても、こちらの世界の私に引きずられていずれはこちらの世界に引き戻されることになります。この契約を解くか、あるいはまったく違った方法を考えないといけません」
契約解除の条件を聞いたら、契約に使った契約板が必要らしい。あれ? 砕けたはずだけど?
「多分ですが、ご主人様の魔力が強すぎて契約板が耐えられなかったのかもしれません。契約自体は完了してしまったので……」
「もしかすると坊ちゃんが細工したのかもしれないわね。ホンジョーを地球に戻す気がなかったと考えれば確実とは言わないけどかなり有効な手段だったんじゃない?」
しかしどうしたものか。この状態が続くとしてノインの魂に悪影響が出ないとは言いきれないと思うんだが……
「悩むことも多いけど、塔に着けば解るわよ! 魔法よ魔法! この世界の万物を成す根源にして万能の力! やってできないことはないって! まぁ最終的にあんたの魔力でゴリ押しすれば案外コロッと行けちゃうって!」
他人事だと思って言いたいこといってるなぁ。
「何言ってるのよ、大真面目よおおまじめ。あんたはあたしの恩人だし、できることなら何でもしてあげるわよ」
いかにもといった軽口でウィンクをして見せる。あとで気が付いたがわざと明るく振舞って気を紛らわそうとしてくれてたみたいだ。よっぽど深刻な顔してたんだろうか。へんに気を使わせちゃったな。
途中、何度か追ってと思われる人影を感じ取ることもあったが、魔力での監視を使って上手くけむに巻いた。私はともかくエリザベスさんの察知能力がかなりすごいんだと思う。もう俺、この人から逃げられる気がしないよ……
脱出から二週間。とうとう私たち二人(プラス一人)は、魔法使いの塔へと辿り着いた。