13. 罠!
夢を、夢を見ていました。多分。
前にも見た気がするあの部屋です。
窓があるのでいくぶんマシですが、やっぱり暗いみたいです。
今は夜なのかな?
窓際にその人はいました。
いつも通り顔はよく見えません。
でもこっちに気が付くとなんだかあわてた様子で話しかけてくるんです。
その声の調子が、まるで母親のような、姉のような、妹のような。
なんかそんな親近感のわく感じで。
しきりに訴えるんです。早く起きて、と。
――
「……ジョー。悪いけど起きてくれないかい?」
ぼんやりと微睡んでいると、誰かが部屋に入っていたようだ。ってよく見るとエディさんだった。外を見るとまだ暗い、夜中なんだろうな。
「えっと、どうしたんですかこんな時間に」
はっきりとしない頭でなんとか声を絞り出す。あまり無礼な口調にならない様に気を付けてないと、普段のダラけた会話になりそうだ。
「申し訳ない、ちょっと訪ねたいことがあったんだ。リジーを知らないかい?」
エリザベスさん? 客間に送ってもらった後については知らないと素直に答える。
「そうか、もしかするとここにいたのかと思って見に来てみたんだが、どうやらどこかに隠れていでもいるのかな? あまりこんな遊びはする方ではなかったんだが……」
おふざけの大好きなエリザベスさんでも、メイドとして最低限屋敷に迷惑のかかる行動はしたこともないらしい。そんな人が黙っていなくなるというのもおかしな話だ。聞いた話からすると諜報活動で外出している可能性がなくもないが、命令を下すエディさんが知らないっポイのでそれもないのだろう。
「あまり考えたくはないが拉致された可能性も無いわけではない。彼女は有能なメイドで我が家に無くてはならない存在だからね。申し訳ないが探すのを手伝ってくれないか?」
何が自分にできるのか正直手伝いになるのか疑問だったが、むしろ私が探す方が効率がいいらしい。
「魔力を見ることは、もう出来ると聞いている。屋敷の中に魔力の不自然な流れがないか探してみれくれないか? 流石に外を探すのは夜が明けてからにしたいんだが、もしかするともしかするので何か手がかりがないかを探してほしい。エリザベスのことだし『印』みたいなものを残してる可能性もあるしね」
魔力の痕跡を探すのにも魔力を使う。広い範囲を見て回ることを考えると、魔力量の多い私が探すのが適任だという。
「さっきも言ったが、魔力の不自然な流れを探してくれ。滞ったり逆に早く流れている所があれば教えてほしい」
というわけで早速だがエリザベスさんの捜索を開始した。
――
屋敷の中の魔力の流れは思った以上に変な流れだった。壁や床を魔力が通っている様子が見れ取れたが、一定の方向に流れていると思ったら突然方向転換したり妙に集まってるところがあった。どうやら電線が通っているところらしい。電力の流れに影響されてるっぽいな。
それでもエディさんの書斎は魔力の流れがよい感じに集まっていた。大きな流れの中心というか、よどまない流の中にいるっていうか、そんな感じ。考えに集中しやすいようにと考慮されてるんだろうか。建築時にそう設計されてるんだと思うが、こういうのを作る人はほんとにすごいと思った。
色々見て回っているうちに奇妙なことに気が付いた。主に風呂近くだったが魔力の流れが見えないところがいくつかあった。正確にいうと魔力の流れが速すぎて少量ではすぐに消えてしまうように見える場所だ。風呂はわかるがまだああいう所があるのか。実験室周りかな? エデイさんだってこのへん気が付いてると思うから、何か違う気はするんだが。
気になる壁をいくつか調べていると、どうやら隠し扉のようなものが見つかった。一見するとただの壁だが、そこの魔力の流れが妙に薄い。それだけならまだいいが、ピンポイントで「何かある」、ってそんな気がする。
どこか動かす仕組みがあるはずだと探してみるが、このあたりにはどこにも見当たらない。テキトウに見ているだけだしちょっと目のいい素人レベルの私にはわからないのも無理はない。頑張れ自分。もうちょっとすれば見つかるかもしれないじゃないか。
「も少し右から壁を押してみてくれ」
この声はエディさんだな、気が付くとこっちに来ていたみたいだ。あまり考えずに言うとおりにしてみる。うん、ミシッとか音がした。
「そうそこ、じゃぁ動くなよ?」
ガコンという音がする、どうやらエディさんが何かスイッチのようなものを動かしてたようだ。途端に壁がくるりと回る。当然壁に体重をかけていた自分は抵抗することもできずに転がり込んでしまう。
「ご苦労様、予定とは違ったがそろそろ仕上げにかかろうか」
――
転がり込んだ場所だが、8畳ほどの広さのある地下室になっていた。月明かりが差し込んでいるので比較的明るくなっていた。部屋を見渡すと、何かが転がっていた。まるでぼろ布のように薄汚れたそれは、よく見れば誰か人のようだ。
考えるまでもなくエリザベスさんだったんわけですが……
駆け寄って呼吸を確かめる。大丈夫。眠っているだけのようだ。痛めつけられたのだろうか、ところどころ痛々しいほど赤くはれているが。
「あれ? あんまり驚いていないようだね。もしかするとリジーから事情を聴いていたのかな?」
壁の一部が動きだし、鉄格子のようなものがはまった窓が現れる。そして当然のようにエディさんが姿を現した。なんだか可笑しくてしかたないのだろう。実に楽しそうだ。
「予想はしていたさ、だって二人だけで外に出かけた後で行方不明になるんだぞ? そりゃなんか仕込んでいると考えるよ。帰ってきた後で君たち二人が随分と親密になっていたとこからして、誑し込まれたってところだろうな。気軽に体を許すタイプではないんだが、随分とまぁ見込まれたものだよ。教育係にしたのは間違いだったかもしれないね」
なんだか得意げに語りだす。まるで全てお見通しと言わんばかりだ。終始口が笑いっぱなしだ。さぞかし滑稽に見えているのだろうな。なんだか本格的にムかついてきた。
「さて、ここまで露骨に嫌われたのでは当初の計画は断念しなければならんようだ。なに、君の自由意思を奪ってこちらの手駒に変えるだけの話だ。当初の予定とそこまで狂いは無いから安心したまえ」
ここにいる限りは完全に積みだと言いたげでもある。実際手出しができないんだからどうしたものか。
「さてリジー。起きているんだろう? 最後の仕事だ。『制約の元に命令する。ホンジョーを殺せ。全力でだ。この達成を持ってすべての制約を履行するものとする』」
とっさにエリザベスさんを見る。すでに起きていたようで、エディさんをキッと睨みつけていた。その目がゆっくりこちらを見る。うわ、マジだこの人。
――
「確認するわ。すべての制約の履行。つまり解放してくれるってことよね?」
「その通りだ。これで君の役目は終わる。ここからも出してあげよう。我が名において誓う」
「もう一つ。全力というのは文字通りの意味かしら?」
「当然だろう、ホンジョーを相手にするんだ。出し惜しみする余力があると思うなよ?」
実に楽しそうなエディさんと、必死の表情で睨みつけるエリザベスさんの会話が続く。
「じゃぁお許しも出たし全力でお相手するわ。後悔しないでね!」
エリザベスさんが右腕を上げる。二の腕に赤い模様が浮かび上がり、左手でそれをなぞると音も無く消えていく。何かの儀式か? 少しすると彼女に魔力が集まってくるのが見える。出所はとよく見てみるとエディさんからだ。
「あ、そういうことか、ちょっと迂闊だったな。まぁ今更仕方ないか」
あれ? エディさん……だよね?
「私の能力、いわゆる血統魔術の類ね。姿を自在に変えることができるの。自分の魔力を一時的とはいえ貸し与えることになるからあまり使えない術なんだけど、護衛の一環で坊ちゃんの姿を変えていたのよ」
そういう、確かに坊ちゃんとしか言わないはずだ。エディさん。いやエディ君といった方がいいかもしれない。実際には十才ぐらいの少年だったようだ。こっちも魔法を使ってるんじゃないかってくらい可愛いじゃないですかっ! イケメンだったしね~、きっと将来あ~なるって姿だったんだろうけど。やはり恵まれ過ぎですなこの人。
「年齢で才能の有無を判断されることが多くてね、こうして外見の体裁だけでもと整えていたんだが、今度から別の手を考えないといけないようだ」
どちらかというと別方向からの危機を感じる外見ではあります。お姉さま方がほおっておかない感じがしますし。むしろそれ避けじゃないかなぁ。たぶんだけど。
「安心して、二度と手伝ったりしない。絶対よ」
「そんなセリフはホンジョーを殺してから言いたまえ。絶体絶命なのは変わらないぞ?」
冷たい視線が突き刺さる。首筋にいやな汗がしたたり落ちてきて仕方がない。
エリザベスさんからすれば最後のチャンスなんだろう。私を殺せば自由になれる。躊躇う理由もないはずだ。これは本当のピンチってヤツだな。
――
ゴクリと唾を飲みこむ。ホンジョーを殺せば自由。制約を交えた言葉だ。嘘偽りはない。ただしここから出すというのは眉唾ものだ。というかホンジョーに勝てると思って無いのが丸わかりだし。なんて食えないガキなのよ!
『全力を出せ』って言葉は、私じゃなくて多分ホンジョーに聞かせたかったんだと思う。私が全力で戦うと知ればホンジョーだって本気でかかってくるって考えてのことに違いない。せっかくだし『変化』と解いてしまおう。ちょっとした意趣返しみたいなもんだ。もともと私の魔力だし何も問題ないでしょ。
『変化』を使っている間は、外見の変更に見合った魔力分の最大値が奪われることになる。文字通り全力を出せなくなるのだ。そのため使える相手の数にも限りが出る。髪の毛の色を変えるとかちょっとしたことならそう負担にならないが、全身見た目を切り替えるとなると相当な量になる。実際のところ約半分くらいは奪い取られていた感じだった。
久々に魔力が戻ってきた感じがする。約二年か。随分久しぶりだわ。でもこの程度じゃホンジョーのそれとは比べ物にならない。
私が勝っているのは、多分魔力運用と手先の器用さだけ。ド派手な一発でも食らえばたちどころに消し飛ぶに違いない。ホンジョーがその気になれば、そうね、5回は消される自信があるわ。
あぁもうほんと厄介。寝てる隙に不意打ちでも仕掛けておけばまだ勝機もあったのに、こう警戒されちゃそんなの無理だし。完全に詰みってヤツね。ほんとどうしよう。
――
「朝になったら見にくるから、二人で仲良く楽しんでくれ。なに遠慮はしなくていいぞ! 盛大にやれ!」
なにやら高笑いを響かせながらエディ君の見ていた窓が閉じる。
埃が舞い散る様子を月明かりが静かに照らし出す。
緊張で空気が凍りつくみたいだ。
汗が止まらない。
心臓もバクバクと悲鳴を上げっぱなしだ。
このままじゃ殺される。
まったく実感の無かった話だが、この世界は本来そういうもので出来ているのかもしれない。
身動き一つしなかったエリザベスさん、もう「さん」付けで言えなくなるのかな。
彼女が手を上げる。
指先にはまぶしいくらいの炎の塊。
なるほど、これが実戦で使う魔法ってものか。
高密度の魔力の流れを感じる。かなりの熱量だな。
「悪く思わないでね! これでもまだ死にたくないのよ!」
解き放った魔法の炎は、一筋の強烈な光を放ち私の目の前に迫って来た。
どんな対処をすればいいんだ。
とにかく魔力には魔力で対抗できるはずだ。
自分の体全体を大きな魔力で覆うイメージを描いてみる。
全身を薄く覆った魔力の層は、目の前に迫った炎をはじき燃やされることは阻害した。
だがそれは単なる目くらましだったようだ。
いつの間にか彼女が後ろに回り込んでいた。
首をきつく締め上げられる形になる。
なるほど、最初から炎は陽動か。とっさとはいえ綺麗にハマってしまった。
「さぁ、観念して。手加減してあげる余裕なんてないのよ」
ギリギリと首を締め上げる。だが予想に反してあまり苦しくはない。たぶん全身にまとった魔力のおかげだろう。一時的にせよ身体能力を上げる効果があったに違いない。女性に背後から抱きしめられるなんて、なんてご褒美だと言いたくもなる。なにしろ彼女は美人だし。胸も大きいし…… あれ? あんまり大きいって気がしないぞ?
風呂で感じたようなDだかEだかって感触じゃぁない気がする。いや確かに柔らかくっていい気持ちなんだが、こうタプンって感じがしない。試しにだめもとで聞いてみよう。
「あの、もしかして、エリザベスさんて、自分の体を変えてました? 胸とか……」
急に後ろから押し放される。意味は解らないがエリザベスさんが急に私を突き放したからだ。あわてて振り返ってみると、妙にプルプルと体が震えている。
「……よ」
「え?」
「えぇそうよ! いいじゃないちょっとくらい見栄張ったって! とうぜ男ってのは胸の大きさでしか人を判断してない生き物なんだし、諜報活動に便利だったから変えてたのよ! 大きくしたっていいじゃない! だってその方がウケがいいんだもの、どのお偉いさんもまず胸を見て鼻の下を伸ばしてだらしな~い顔して色々としゃべってくれたわよ! そういう目的があったんだしあんただってデカイ胸がいいんでしょ!? ちょっとサービスして大きく見せすぎたけど、私だって普通くらいはあるんだから!」
よく見なくても普段よりは小さい。いやけして小さいってことはない。B~Cって頃合いだ。そんな悪くないじゃん。むしろ美乳? メイドの時はD~Eって感じでしたけど。
しかし自分の変化を解いての全力ってことなんだろうか。何か違和感がある。だって女の人って見た目重視だろ? どんなことがあっても見栄え重視を変えると思えないんだが。
そんな疑問を考えていたが、なんとなく原因がわかった。
魔力の流出が止まらないのだ。
――
この部屋は魔力が流れやすい特殊な鉱石で覆われている。通しても通しても魔力的に手ごたえは無く、そのまま突き抜ける感じに。魔力の流れを御しやすくした部屋というのが正解なのかもしれない。外部と遮断されたような感覚は、多分魔力の流れを操作して外の流れと合流できないようにしているんだと思う。
そしてこの部屋の本質だが、中に入ったものの魔力を吸い上げる構造になっているようだ。証拠に壁や床に触れている部分から、徐々に魔力が流れ出ている。魔力がスポンジに吸い取られるように自分の体から奪われている。
エリザベスさんの魔力は、もうかなり少なくなっているように感じる。先ほどの火炎魔法のせいも大きいのだろう。放出された魔力は部屋を駆け巡ってとこかに集まっているようにも思えた。
この部屋にいる限り魔力を奪われ続ける。こんな部屋に朝までいたら、吸い殻のようにカラカラの死体となって転がっているしかないじゃないか。本当にヤバいのはこれだったのか。




