起
時代考証が気になる人にはお勧めできません
蛍の飛び交う田んぼの畦を、一人男が歩いていた。
日吉は咳きこむと、刀のように細い月を見上げた。
刃の纏う光輪が火の玉となって飛び立ったように、蛍の光は尾を引いて明るい。蛍は日吉と同じ位ゆっくりと、静かに瞬きながら飛ぶ。
蛍を見に来るのは久しい事だ。
日吉の故郷は度々帰るには遠い。江戸に移り住んでから、父母とはすっかり疎遠になっていた。
しかしこのたび療養のため、故郷に戻った。
今ひとたび蛍を訪ねたのは、これが最後と覚悟を決めたからだ。
日吉は故郷を捨てる決意を固めた。親の死をみない不孝者である。それはもうあきらめた事だ。親にも詫びて、呆れた声で許しをもらった。
その上、己の死に目も親に見せない最低の息子である。承知の上で、日吉はここを去る。
今日が新月の夜であればなおよいが、満月の夜も美しかろう。だが今は消え入りそうに細い月が、慰めになった。
少し背ののびた稲の葉が、涼やかな風に吹かれて波打った。
蛍が少し横滑りする。
一段下の畦におりて土手に腰をおろす。山がちで土地が狭い。棚田とは言わないが、土手も石垣も見慣れる田畑だ。
透明な水の底に、のっぺりと泥が沈んでいる。オタマジャクシが水の底に沈んでいる。日吉に驚いて水をはねさせた。
少し離れた田ではカエルがにぎやかに鳴いているが、蛍が少ない。当然の結果だが、繋がりを意識すればぞっとする。
この不格好な黒いしゃもじのような形をした奴らが、いずれ蛍を食い尽くす。
息子が居ない事が、今になってはひたすらに悔やまれる。しかし息子が居たとして、いま悔やむのは自分が培ったあれやこれやを引き継げない事なのだから、まったく薄情な男だ。
悪戯に蛍を捕らえてみようとしたが、せり上がってきた咳に遮られた。背を丸め、胸を抱えて、草むらに身を倒す。
周りに助けの手はない。一声かければ連れになってくれる人間も居たが、日吉はあえてそれをしなかった。
咳が収まってから薄目をあけると、天を流れる白い川がまぶしいほどに美しい。ため池にいけば、これが美しく水面に映ずる。
こんな夜に人をつれて出かければ、頭に浮かんだあれこれを端から誰かに言いたくなってしまう。それをするには酒が足りなかったし、そんな感傷で最後の帰省を盛り上げるほど、日吉は芝居がかった質ではなかった。
むろんこの場合の「芝居がかった」とは悪い意味だが、芝居自体を蔑んでいる訳ではない。単なるものの喩えである。本物の芝居はもっと上等で、日吉なんぞが役者をつとめるものではない。
こんな訂正が必要なのは、日吉が芝居を心から愛するからだ。
ある日、田舎歌舞伎に魅せられた日吉は、本物がみたくなって江戸へ出た。そのまま江戸に居着いて、故郷の事は忘れていた。
そうして、向うの水がすっかり馴染んだころ、病に倒れた。治る見込みもない。
なんの事はない、それだけだ。それだけの事だが戻ってきたのは、死神がその山の向こうあたりまで迫っているのが、わかっているからかもしれない。
病だの故郷だの家族だの。仕事の時に込み入った事、考えるんじゃねぇよ。お前男だろうが。動ければいい。動いて仕事が立派にできりゃ、男としちゃ申し分ねぇよ。そうだろ、日吉。
日吉は苦笑して目を伏せた。実際に声が聞こえた訳ではないし、幻聴が聞こえるほど死期は近くない。
なんと言われるか想像しただけなのに、目の前には鮮やかにその姿が浮かんできた。
喉の奥で笑う。もう咳は出なかった。
こちらにきてからの日数を数えれば、江戸に戻るまでまだ日も長い。妻も喜んでいるようだ。当然と言えば当然。
「動ければ、いいんだよ」
同じ短い命でも、日吉は蛍ではない。美しい光を纏って飛ぶのは、日吉の仕事ではない。
ようやくと身を起こすと、遠くに妻の呼び声と提灯の火が見えた。軽く手を降って応えると、また咳が出た。
いつの間にか、蛍も眠ってしまった。彼らが飛ぶのは日が暮れてから闇が深まるまでの数刻の間である。
光の粒が消え去ると、蛙の声が勢いを増してくるようであった。