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1章5話 男の砲台



「どう見る?」

 試合を見下ろす形で観客室に座っていた、精悍ながらも上品さの漂う顔立ちをした金色の髪を持つ男性が言う。それに対し、横に控えるように立っていた、端正で中性的な顔立ちの漆黒の髪を持つ男性が答える。

「現状を見ればベルギア様が有利ですが、しかしギリア様も大罪人の一人として数えられる御方で御座いますので、私にはどちらとも言う事が出来ません。が、しいて言うのでしたらギリア様でしょうか」

「なるほどな。お前はあの小娘に誘われたこともあったしな。なあヒース」

 質問に答えた、ヒースと呼ばれた男が首を振る。

「あれは誘われたというよりも、社交辞令のような物でしょう。ギリア様はどうやら、そういった行為に及ぶことを忌避しているように感じられます」

「そうだとしたら自己矛盾だな。属性とも服装とも釣り合わない」

「ジア様はどう考えていらっしゃいますか?」

 ヒースにジアと呼ばれた男は、横に控えるヒースを見ずに言った。

「何か切り札があったとしても、今のままじゃどちらも『色欲』の大罪人として力不足だな。俺と戦うまでも無い」

 そのジアの言葉に、ヒースは恭しく頭を下げる。

「さすがはジア様。傲慢でいらっしゃる」

「そう褒めるな。それよりも今は『嫉妬』の方が気がかりだ。『暴食』『色欲』『憤怒』『怠惰』『傲慢』『強欲』の6つの大罪人はそれぞれ判明しているというのに、『嫉妬』だけは未だに空席だ」

「属性が『嫉妬』の方は存在するのですが、大罪人が選ばれないのですね。ジア様の代では7つの大罪の全てが揃うのではないかと、我々も期待していたのですが……」

「揃うさ、俺がそう決めたのだ、そろって貰わねば困る。しかし現れた時、最も脅威となるのも『嫉妬』だろう。あれは厄介だと聞いている」

「『嫉妬』の大罪人とは、そこまで警戒するほどの者なのですか?」

 ヒースは表情を変えずに疑問を口にする。その言葉に、ジアは苦笑と共に答えた。

「『嫉妬』は何も持たない者の為の属性だ。何も持たないがゆえに、他の物を見て大いに嫉妬する、そんな連中だ。古来より、そういう何も持たない連中は、いざという時怖いものと決まっているからな。何もしようとしない『暴食』や『怠惰』、城に籠りきりの『強欲』と比べても危険だ。ましてやそこで苦戦している『色欲』とは比べるまでも無い」

「そうでございますか。ならば我々は、『嫉妬』が大罪人となれるよう準備を行いますので」

 フィールドで右脚の爆発によってよろけているギリアを見ながら、ジアが笑う。

「それは構わないが、本来の仕事を忘れるなよ? お前は今はここの運営の人間だろう」

「それでは私はそろそろ、それを忘れないために仕事に戻りますので」

 そう言い、頭を下げたヒースは、ジアの横から一歩下がり、観戦者の人ごみの中に消えた。



『ギリア選手とベルギア選手のキスだー! ギリア選手、ベルギア選手の宝具の前に防戦一方です!』

「全然防戦一方じゃねーっつうのッ!」

 先の攻撃により内部が爆発した腰の部分を、無理やり金属に変えてカバーしながら地面に立ったギリアは、同様に爆破された右脚を無理やり地面に踏み込み、ベルギアを睨む。

「ほら見ろよ、超余裕! きひ!」

 そんな無意味な強がりを見せているギリアに、心底あきれ返った様子でベルギアは首を振った。

「ショックだわあ。私たち『色欲』の代表があんたみたいな馬鹿だったなんて」

 『淫獣』と叫んだベルギアの横に、黒い影の獣が待機するように座り込む。その頭を撫でながら、ベルギアは続ける。

「まあいいわ。今負けを認めるなら生かして返さないことも無いわよ?」

「つうかオレが勝つから」

「あっそ、『淫獣』!」

 右手をギリアの方へ向けるベルギアの動き合わせて、『淫獣』はギリアの元へと飛ぶ。しかしギリアは、噛まれる部分を金属に変え防御するだけで、他に何の抵抗も無く『淫獣』に噛まれた。

「ならさっさと倒れちゃいなさいよぅ!」

 そう言い、ベルギアはギリアに再びキスをした。体を密着させ、相手の体温を直に感じる。ベルギアのもっとも好きな時の1つだった。性格は残念だったが、素晴らしい容姿の少女。彼女を自分のキスによって摘み取る事が出来る。その興奮と快楽に酔いしれた。

 ギリアは一つ、上手くベルギアを倒すアイディアを思いついていた。前にここで戦った二人は、それぞれ防御面でもそれなりに秀でていた。その打ち破り方は、力押しか、不意を衝くかだ。噛まれた部位を内側まで金属に変化させて、相手のキスに備える。

 唇が重なり、正面から向き合う形で体が密着する。その瞬間だった。ギリアは自分の下腹部に巨大な杭を自らを貫く様に発生させ、そのまま相手を穿とうとする。

「ッ!?」

 届く寸前にそのことに気が付いたベルギアが、ギリアの体を放し後退し避けよとする。が。

「間に合わないッ!」

 と、そこにひらりと一匹の蝶が舞い降りる。その蝶はベルギアと杭の間に割り込むと、杭の動きを止めた。

「自動操縦かよ!」

「やってくれたわね! でも無駄だったみたいねえ! 爆破しなさい!」

 同時に、金属に変えたはずの部位が破壊され、ねじ切られたような直接的な痛みがギリアの体を支配する。

「私にはよくわからないけど、そういう防御は無駄よぉ! 『淫獣』の牙は何だって食い破るのよ!」

 その言葉を耳に聞きながら、ギリアの体はゆっくりと地面に倒れて行った。



 ゆっくりと地面に倒れていくギリアの体を見ながら、ベロニカはロベリアに言う。

「ギリア様の負けのようです。ロベリア様の期待には答えられなかったようですね」

「さあ、どうかしら」

「随分と、期待なさっているようで」

 観客席の中、試合を見ながらロベリアは笑う。

「それは嫉妬かしら?」

「……いえ」

「そう、なら良いのだけれど。ええ、期待してるの。私は彼女に、ときめかされることを」

「しかし、負けてしまったようですが」

「まだ負けと決まったわけじゃないわよ。ほら、立ち上がった」

 二人の視線の先で、震えながらもギリアは立ち上がった。それを見ていたロベリアは深く微笑む。

「そう睨まないの、ベロニカ。優勝者同士の最後の試合で、貴女と対戦する相手かもしれないのだから」

「あの硬さが敵なのかとも思っていましたが、宝具でどうとでもなるのでしょう」

「優勝者同士の試合に出るのがあの女ァ? その言葉は聞き捨てならないわね」

 横に座っていたヴァイオレットがひょっこりと顔を出す。

「優勝はこのわたしと決まってるんだから!」

「あらヴァイオレットさん、大会に出ていらっしゃったのですか?」

「なにぃ!? そこからか!?」

 両腕を上げて威嚇するヴァイオレットに微笑みながら、ロベリアは言う。

「今のところほとんどが不戦勝でしたか?」

 その言葉に、ヴァイオレットは上げていた腕をおろしにっこりと笑う。

「そうそう、だいたい全員何がしかで怪我しちゃっててさ、まあちゃんと戦った試合もあるんだし、良いじゃない」

「それは、幸運なことですね」

「でしょ! 運も実力のうちなんて言うし。もうわたしの実力はどれくらいなんだろうって自分でも怖くなるくらいなのよ!」

 その言葉に、自らの不戦勝に罪悪感を感じていたベロニカは噛みついた。

「運も実力などという言葉は、弱者の生み出した妄想だ」

「言うねえ騎士様は」

 ヴァイオレットは子供の様な笑みを浮かべベロニカを見る。

「騎士様も何回か不戦勝になってなかったっけ? 運が良いのね、騎士様は」

 そんな二人の様子を微笑ましそうに見守っていたロベリアがギリアの方を見て言う。

「二人とも。ギリアさんの方が何かするみたいですよ」



「さすがに我慢強いわねぇ」

「見りゃわかるだろ。この流れ、どっからどう見てもオレの必勝パターンだよな」

「減らず口を! 『淫獣』、何度だってやってやるわ!」

 ギリアは自分の右脚を見た。体を支えるのには、少々心もとないかもしれない、そう考える。イメージしたのは鎧だった。自分の両脚を作り替え、鎧とする。妙にシャープな、尖った形状の鎧が脚部に装着されていく。関節部などは、曲がるという機能を付けず、ただ頑丈に設計した。太ももの辺りまで鎧が形成され、そこで一度止まる。まっすぐ伸びた脚は、関節部ががちがちに固められているため、どうにも曲げることはできない。そういう設計だ。

 ギリアはそのまま腰部分を作り替える。自分の体をゆっくりと後方へ倒しながら、鎧を纏わせていく。そしてその鎧の腰の部分から、左右に一本ずつ、合計二本の杭が地面に深く突き刺さる。今のギリアの様子は、リラックスしたような顔で、お気に入りの椅子に足を投げ出して座っているかのような、そういったものだった。

「構わないわ! 噛みつきなさい!」

 ベルギアの叫びに、『淫獣』がギリアに噛みつく。噛みつかれる部分を先に鎧に変えていくので、全身どんどん鎧に包まれていく。数秒後には、首から下のほとんどが鎧で守られている状況となっていた。

「ふふ、体の中だけ壊されるっていうのは、妙な気分になるな」

「そうでしょうねえ。あとは私があなたに最後のキスをするだけで、あなたの全身が悲鳴を上げて、痛みに耐えられなくなって死んでしまうっていうだけねぇ」

「嫌な宝具だなオイ、それ、機族の体までぐちゃぐちゃにするのか」

 安らかな表情で地下闘技場の天井部を見上げながらギリアは言う。それに対し、ベルギアも微笑む。

「ええ、とっても強いのを作ってって言ったら、作ってくれたわ。本当はね、別にキスする必要はないのよ。相手の体内に私の精力さえ入れる事が出来れば何でもいいの」

「そんなにオレとキスしてみたかったってか?」

「ふふ、余裕なのねえ」

 ギリアはベルギアを見て、大きく舌を出して下品に笑った。

「まあな、機族ってのは、体を作り替えている時に何があっても、戻ったらだいたい元通りになるんだよ。さすがに体から離れたりしたら無理だけど、体内の損傷だったらどうとでもなるんでよ」

「でも、痛みはそのまんまでしょう?」

「そりゃあな、それに、体の中で金属が飛び散ったら、他の部位を傷つけちまう」

「あらあら、でも、手加減なんてしてあげないけどね」

「構わねえさ、さあ、キスしてくれよ」

 今度はギリアは上品に微笑んで、せがんで見せた。気でも変になったかとベルギアは近づき、唇を重ねた。

「んっ」

 今度のキスは、先ほどまでの様に触れるだけの物とは違い、長く続くものだった。ギリアは、自分の前歯を相手の舌がノックするのを感じ、それを受け入れる。そのまま舌に口の中を蹂躙されるのを、ギリアは笑いながら感じた。そしてその長い一瞬の後。

「んぁ。ふふ、さあ、お終いね」

 唇を放して、ベルギアが笑う。そのままそっとギリアの胸に自分の手を置いた。

「――――――――ッ!!」

 激痛に、ギリアは逃れようと頭を振り、体をのた打ち回らせようとする。しかし関節を固定され、更に体の腰の部分を浮かせながら杭で固定されているギリアは、動かす事が出来ない。その中で、痛みに泡を吹きながらも、ギリアは笑っていた。

「あぁあぁああああああ!!」

 ついには声を上げる。数歩離れたベルギアは、その声の中に、この状況に相応しくない色を感じ取った。

「悦んでるの!?」

 大きくだらりと舌を伸ばし、体中の鎧を纏っていない部分を動かしながら息を吸うギリアをベルギアは睨んだ。

「ようするにさ、オレは、痛い思いをするのも、好きなんだわ」

「普通それだけで痛みに耐える!?」

「ほらオレ、『色欲』の、大罪人だし、快楽には、強いんじゃねえのん?」

 そう言い、ギリアは右腕をベルギアに向けて伸ばす。両者の距離は数歩分。ギリアは真っ直ぐベルギアを睨みつけた。

「こっからがオレの番よ。ふふ」

 ギリアの右腕が、肩の部分より、金属でできた、相手に向かって長く真っ直ぐ伸びる直方体となる。

それは元の腕の大きさよりも一回り大きいという程度の大きさで、その先には、ベルギアに向かう形で穴が開いており、その穴は腕の先から鳩尾の辺りまで続いている。

更に、それを支えるように添えた左腕からは、固定するように地面に杭が穿たれる。

ようするに、今のギリアの姿は、さながら多脚砲台のようであった。

「な、何よそれえ!」

 ギリアは戸惑うベルギアに向かって言う。

「『色欲』は快楽を精力とするんだよ。宝具は精力によって動く。他人のも自分のも、快楽によって一気にため込むから、『色欲』の宝具火力は凄まじいんだ。……なあ、オレは今すげえ気持ち良いんだ」

 自分の中で、エネルギーが形になるのをイメージする。下腹部の辺りで形となったそれは、ギリアの体をゆっくりと上がってくる。精力が、エネルギーが鳩尾に集まる。そこからはもう、右腕から発射するのみだ。心の中で、ゆっくりと引き金を絞る。全てはイメージだ。そこからは、爆発的に加速した精力が右腕から出て行く軌道を描くのみ。後は発射され、それは現実となる。

「ぶち抜け!!」

 右腕の銃口から発射される薄水色の閃光を見て、ベルギアはとっさに念じる。それに合わせるように、『夜の蝶』と『淫獣』がベルギアを守るように立ちはだかる。まず、『淫獣』が閃光に激突した瞬間掻き消えた。閃光は衰えることなく突き進む。

「守りなさいよ!」

 4匹の『夜の蝶』が、それぞれベルギアを守るように精力による壁を出現させる。1匹目と閃光が衝突し、ガラスの割れるような音と共に『夜の蝶』が1匹消える。それを受け、備えるように3匹が同時に衝突する。

「止まれ止まれ止まれ止まれ!!」

 3匹に対して必死で精力を注ぎこみながらベルギアは叫ぶ。閃光は驚くべき速度で、宝具を間に挟めたのも奇跡のようだった。これがおそらくギリアの切り札であろう、とベルギアは考える。ここまでの速度と威力だ。これが取ってあったのなら、中盤からの余裕な態度も頷ける。しかし、とベルギアは思う。ここをしのぎ切れば、こちらの勝ちなのだ。この閃光を打ち消せれば、『夜の蝶』で耐えきることが出来れば、勝てるのだ。避けることは考えなかった。この速度だ。普通に避けようとしても間に合わないだろう。それに今は、自分が満身の力を込めてようやく拮抗しているのだ。ここで変に避けようなどとすると、一瞬で負けてしまう。

「止まれぇえ!!」

「無駄だ! 貫け!!」

 再びガラスの割れるような音が、闘技場に響いた。と同時に、ベルギアは気が抜けた様な妙な感触を味わった。宝具が破れ、放出していた精力が行き場をなくしたのだ。

「あ」

 危ない、と思った時には目の前だった。全身が焼けるように痛く。その衝撃にベルギアは吹っ飛んだ。

「っしゃあ!」

 ギリアは全身を元の体に戻し、痛みを感じながらガッツポーズを取った。飛ばされたベルギアは、立ち上がる気配を見せない。それから10秒ほど静寂が続き、それでも動かないベルギアを見て、実況が声を上げた。

『勝者! ギリア選手!!』

 会場が湧く音を聞きながら、ギリアはベルギアへと近づいた。そのまま顔を覗いてみる。

「げ、生きてやがる。まじかよ、どんだけ粘り強いんだよ」

 それに合わせるように、大会運営側の人間が数人出てきて、ベルギアを運んでいく。どうやら治療がなされるらしい。

「この技、威力落ちたかあ?」

 1人首を傾げていたギリアの横に、運営側の男が立つ。ギリアの担当をしている男だった。

「彼女も属性『色欲』です。ギリア様の打ち込んだものは、純度100%の精力の塊ですよね。つまり彼女は、それを無意識のうちにコントロールして、受けるダメージを減らしたのかもしれませんね」

「なるほどな」

 頷いたギリアに、運営側の男は話しを続ける。

「それはそうと、一つ報告がございまして。本来、1年を通して1人10試合程度行い、勝率の高いもの同士で決勝戦を行うこの大会ですが、今回、何者かによって負傷者が相次ぎ、もう選手がほとんど残っていないのです」

「つまり?」

 はい、と前置きして男は言う。

「つまり次が地上と地下それぞれの決勝戦。その次が地上地下両優勝者の試合、という事です」

「はン、随分と早く優勝者が決まるんだな」

「苦肉の策なのです。これ以上続けて被害者を出すのも憚られます」

「まあ、早い分には構わないけどな」

「ありがとうございます」

 そう頭を下げ、男は下がって行った。

 ギリアは天井を見上げる。照明が眩しく、少し目を細めてみると、キラキラと明かりが綺麗な模様を作った。ギリアは微笑み、開場を後にした。

「やっぱオレはこういう勝ち方が一番気持ちいいわ」



「パフォーマンスとしては良い勝ち方ね」

 ヴァイオレットが遠ざかるギリアの背中を見送りながら言う。一度ピンチになって、それを盛り返す。そういう戦いは見る方としては好まれる場合が多いのだ。

「問題はあいつ自体がピンチになるのを楽しんでるってところかしら。嫌な性格ね」

「素晴らしい性格ですよね」

 ロベリアが微笑みながら頷いた。あんたも良い性格だよ、とヴァイオレットは心の中で呟く。

「やはり、ギリアさんは私の事を良くときめかせてくださいますね」

「阿呆の戦い方では?」

 呟くベロニカに、ロベリアが言った。

「貴女も、感情が随分と出ているようですが」

「……申し訳ございません」

「いえ、そもそも貴女は感情の起伏が激しいのだから、わざわざ冷静なふりをしなくてもよろしいのですよ?」

「いえ、良いのです。騎士としてこれが正しい姿です」

「ほんっと、息が詰まりそうねあんたを見てると、そんなに背が高いからそういう生活を強いられるのね」

 ヴァイオレットが身長を羨ましがるように、未練がましい目で見ながら言う。

「でもま、あのムカつくデカ淫乱処女も、わたしが相手となればそういう余裕が持たなくなるんじゃないかしら」

 あらあら、とロベリアは上品に笑う。

「随分と余裕があるんですね」

「まあね、止めるなら今のうちよ? 死んじゃったらときめきも何もないじゃない」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「うわ、その余裕っぽいのムカつくわ。信じてるから、とか言っちゃうの?」

「いえ、そうでは無くて、まだ彼女は私の中では死んでしまっても大丈夫な人間というだけですの」

 はあン、とヴァイオレットがその言葉に溜息をついた。

「なるほどね、じゃああんたにとって死んで大丈夫じゃない人間って誰?」

 横目でちらりとベロニカを見ながら、ヴァイオレットはロベリアに尋ねる。

「……いえ、まだいないですね」

「はン、あんたも対外だわ」

 ヴァイオレットは立ち上がり、ベロニカを見上げた。彼女は無表情のまま、ただ主の横で立っているだけだった。



「『色欲』の大罪人が勝った様でございますね」

 突然の横からの声に、驚くことなくジアは答えた。

「まあ当然だろう。大罪人が、ただの『色欲』程度に負けるようではな」

 そうでございましょうね、とヒースはフィールドに残る閃光の残した痕を見ながら頷いた。

「しかし、凄まじい威力でございましたね。まさか単体であれとは、『色欲』としての加護を最大限に活用すれば、いったいどれだけの威力になるのか」

「まあ見てみたい気もするが、それよりもあの性格が面倒だな、痛めつけると威力が上がるとか」

 ジアは静かに苦笑した。

「まあ、それでも、俺に相対するにはまだ力が足りないさ。あんな砲撃、存在さえ知っていればどうとでもできるしな」

「それを聞いて安心いたしました。ならば後は『嫉妬』の大罪人が現れるのを待つのみ」

 ジアは力強く頷く。

「そう、その時こそ俺の待ち望んだ始まりの時」

「『嫉妬』は生まれるのでしょうか」

 大罪人の任命は、世界に認められた瞬間、世界によってなされる。ならば『嫉妬』の大罪人の誕生には、世界を認めさせるほどの嫉妬が必要なのだ。人間、そこまで人を妬むというのは難しい。

「まあ、嫉妬の対象が一人である必要はないしな。要は最後の引き金を引く者が居ればいいだけなのだ。大罪人『嫉妬』の候補、最早目星は付いているのだからな」

「しかし、あの少女が本当に大罪人『嫉妬』になれるのでしょうか」

「なるさ、『色欲』がその快楽から種族を1つほぼ壊滅させたというのなら、あの少女は嫉妬から国を1つ壊したのだ。素質としては十分だろう」

 ジアは足を組み、天井を眺める。『嫉妬』が現れ、7つの大罪全てがそろう。その時こそが、俺の世界の誕生の瞬間なのだ。ジアはそう笑った。この場に居た全ての物を見下しながら。


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